学位論文要旨



No 213562
著者(漢字) 上甲,覚
著者(英字)
著者(カナ) ジョウコウ,サトル
標題(和) ハンセン病の免疫遺伝学的解析
標題(洋)
報告番号 213562
報告番号 乙13562
学位授与日 1997.10.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13562号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 新家,眞
 東京大学分院 助教授 古江,増隆
内容要旨 [はじめに]

 ハンセン病は抗酸菌の1種であるらい菌による感染症で,WHOの指定した6大熱帯病の1つである。開発途上国では,罹患率は減少傾向を示さず,年間60万人の新患者の発生がみられることから世界的には依然として重要な感染症といえる。

 ハンセン病の発症機序はらい菌の体内侵入経路,潜伏期間を含めて未解明な問題が多い。患者の半数は感染源が特定できず,他の感染症と同様に発病者は感染の既往者の一部であると考えられている。また,単一病原菌によって発症する疾患でありながら異なる皮膚の病型を示す点や,高頻度に合併する眼疾患の発症機序も明確ではない。

 これまでに,特定のタイプのヒト白血球抗原(human leukocyte antigens:HLA)の遺伝子と相関のみられる疾患が多数報告され,HLAは疾患感受性因子として重要な役割をはたしていると考えられている。ハンセン病とHLAとの相関では,HLA-DR2とDQ1抗原との関連が多数報告されている。近年,分子生物学の著しい進歩によって,HLAタイピングは遺伝子レベルで行われるようになった。しかし,ハンセン病に関しては,HLAのタイピングを遺伝子レベルまで行い解析したのは,インド人患者での報告のみである。

 今回,日本人ハンセン病既往者で,HLA-A,-B,-C,-DR,-DQ抗原の血清学的タイピングとHLAクラスIIのDRB1,DRB5,DQA1,DQB1のDNAタイピングを行い,以下のことを研究目的として検討した。

 1)ハンセン病の疾患感受性因子の一つであるHLAを遺伝子レベルで解析し,過去の報告と比較検討する。

 2)ハンセン病の病型分類とHLAとの間に関連があるのか検討する。

 3)ハンセン病は眼合併症の高い疾患であり,中でもぶどう膜炎は高頻度にみられ且つ重篤な視力障害をきたすことが知られている。このぶどう膜炎の発症とHLAとの間に相関があるのかを検討する。

[対象および方法]

 国立療養所多磨全生園に入園している血縁関係のない日本人ハンセン病既往者93例を対象とした。R&J分類の病型では,lepromatous(LL)は21例,borderline-lepromatous(BL)は24例,mid-borderline(BB)は17例,borderline-tuberculoid(BT)は26例,tuberculoid(TT)は5例である。また,ぶどう膜炎の既往群は46例で,既往のない群は47例である。なお,正常対照として健康成人114例のHLA検査も行った。

 HLA-A,-B,-C,-DR,-DQ抗原の検索は,対象者の末梢血のリンパ球を用い補体依存性リンパ球細胞障害試験により行った。DNAタイピングは,polymerase chain reaction(PCR)-single strand conformation polymorphism(SSCP)法とPCR-restriction fragment length polymorphism(RFLP)法を用いて解析した。

 2群間の比較を行うための統計学的検討は,カイ2乗検定を行い,期待値が5以下の場合はFisherの直接確率法を用いた。得られたP値は補正した。

[結果]1)ハンセン病とHLA

 患者群全体と対照群を比較した結果,血清学的タイピングでは,DR2の表現頻度は,患者群で67.7%となり,対照群の33.3%と比べて有意な増加を示した。一方,DR53とDQ4は,患者群でそれぞれ44.1%,11.8%となり,対照群の171.9%,38.6%に比べて有意な減少を示した。

 DNAタイピングでは,DRB1*1501,DRB1*0101,DQA1*0102,DQB1*0602が,患者群でそれぞれ43.0%,43.0%,53.8%,40.9%となり,対照群の14.0%,14.0%,27.2%,13.2%に比べて有意な増加を認めた。一方,DRB1*0405,DQA1*03とDQB1*0401は,患者群で10.8%,6.5%,17.2%,43.0%,8.6%となり,対照群の29.8%,17.5%,30.7%,78.1%,29.8%に比べて有意な減少を示した。

 HLA-DR/DQハプロタイプ表現頻度では,DRB1*1501-DQA1*0102-DQB1*0602は,患者群で40.9%となり,対照群の13.2%に比べて有意な増加を認めた。DRB1*0405-DQA1*03-DQB1*0401は,患者群で8.6%となり,対照群の29.8%と比べて有意な減少を示した。

2)各病型分類の病型とHLA

 R&J分類,マドリッド分類およびWHO-MDT分類の各病型間で,補正P値レベルの有意差を示すHLA抗原,対立遺伝子はなかった。P値レベルで,DRB1*1501陰性のDRB1*0405のヘテロタイプの頻度は,各病型分類の軽症型で増加を示した。

3)ぶどう膜炎とHLA

 HLA-DR2は,ぶどう膜炎有りの群(78.3%)がない群(57.4%)と比較して,P<0.05レベルで有意な増加を示した。DR4は,ぶどう膜炎有り(15.2%)がない群(38.3%)と比較して,P<0.05レベルで有意な減少を示した。DQB1*0302は,ぶどう膜炎あり(8.7%)がない群(25.5%)に比べ,P<0.05レベルで有意な減少を示した。DR2陽性でDR4とDQB1*0302陰性の表現頻度は,ぶどう膜炎有りの群で67.4%となり,ない群の38.3%と比較して,P<0.005レベルで有意な増加を認めた。

[考按]1)ハンセン病とHLA

 ハンセン病発症の感受性因子としてHLAの検索が試みられ,これまでにHLAクラスIIのDR2とDQ1の正の相関が多数報告されている。集団を越えてHLA-DR2とDQ1はハンセン病の感受性因子の一つとして考えられ,今回もDR2は補正P値でも正の相関を示し,過去の報告と一致した結果が得られた。

 DNAレベルで検討したRaniらのインド人ハンセン病での報告では,補正P値でもDRB1*1501,DRB5*0101とDQB1*0601が正の相関を示している。P値レベルでは,DRB1*1502,DRB5*0102,DQA1*0102と0103が正の相関を示し,DRB1*0404,0701,1401とDQB1*0503は負の相関を示している。今回の結果とRaniらの報告を比較してみると,DRB1*1501とDRB5*0101が共通して強い正の相関を示している。また,両集団のHLA-DR/DQハプロタイプによる検討から,感受性と第1義的な相関を示す対立遺伝子はDQ座よりDR座にあると考えられ,DRB1*1501とDRB5*0101は,集団を越えて本病の発症に重要な役割を果たしていると言える。今回の研究によりハンセン病において,HLA遺伝子領域のどの対立遺伝子が疾患感受性と第一義的な相関を示すのか明らかになってきたと考えられる。

 ハンセン病は,一度発症すると治癒した後も知覚障害や視力障害など後遺症として,日常生活に影響をもたらす疾患である。また,長期に渡り薬物を服用するため副作用の問題もあり,有効なワクチンの開発がいそがれ,その意味でも今回の研究結果は,ワクチンの開発に対する基礎的データとして重要であると考えられる。

2)病型とHLA

 R&J分類による病型とHLAとの関連を調べた報告は多数あるが,血清学レベルでは,HLAとR&J分類の病型との相関は一定の見解は得られていない。遺伝子レベルで病型間の比較を報告した研究は少なく,集団ではインド人のみである。Raniらの報告では,多菌型(LLとBL)は少菌型(TT)に比べて,DRB1*1501とDRB5*0101の有意な増加,DQB1*0201の有意な減少を認めている。しかし,LLとBL間では有意差はなく,BBとBTの患者の検討は行なっていない。

 R&J分類以外の病型分類でも各病型とHLAとの間に強い関連は得られなかった。

 過去の報告と今回の結果から,ハンセン病の病型による違い,すなわち皮膚病変の表現型の相違には,HLA遺伝子よりも他の遺伝的因子や環境因子が強く影響していると考えられた。また,らい菌には亜型が存在し,病原性の強弱が病型の違いに影響を与えている可能性も考えられた。

3)ぶどう膜炎とHLA

 ハンセン病は,ぶどう膜炎の発症率が非常に高く,再発を繰り返し重篤な視力障害を起こすことがあるが,その発症機序は明確ではない。今までに,強直性脊椎炎にみられるぶどう膜炎とHLA-DR8.1との間に強い相関があることが報告されている。このように1疾患に合併する眼合併症の1つであるぶどう膜炎にHLAが関連する可能性が示唆されている。

 今回,ハンセン病にみられるぶどう膜炎とHLAの間に関連があるのかを検討した結果,DR2はぶどう膜炎と弱い正の相関を示し,DR4とDQB1*0302は弱い負の相関を示した。特に,DR2の発現が陽性でDR4とDQB1*0302陰性の患者は,ぶどう膜炎の合併する危険度の上昇がみられた。したがって,ハンセン病のぶどう膜炎の発症にHLA遺伝子産物が関係している可能性が考えられた。

審査要旨

 本研究は,1)ハンセン病の疾患感受性と第1義的な相関を示すのが,human leukocyte antigens(HLA)遺伝子領域内のどの遺伝子座のどの対立遺伝子か,2)皮膚病変の臨床および病理組織学的所見から分類するRidleyとJopling(R&J)の提唱した病型分類や,他のハンセン病病型分類とHLAとの間に関連があるのか,3)眼合併症の1つであるぶどう膜炎の発症とHLAとの間に相関があるのかを明確にするため,日本人ハンセン病患者において,HLA-A,-B,-C,-DR,-DQ抗原の血清学的タイピングとHLAクラスIIのDRB1,DRB5,DQA1,DQB1のDNAタイピングを行い,統計学的解析を試み、下記の結果を得ている。

 1.日本人ハンセン病患者群と対照群を比較した結果,HLAのDNAタイピングでは,HLA-DRB1*1501,-DRB1*0101,-DQB1*0602が,患者群と強い正の相関を示した。Raniらのインド人ハンセン病での報告では,HLA-DRB1*1501,-DRB5*0101とDQB1*0601が強い正の相関を示している。今回の結果とRaniらの報告を比較してみると,HLA-DRB1*1501とDRB5*0101が共通して強い正の相関を示している。また,両集団のHLA-DR/DQハプロタイプによる検討から,感受性と第1義的な相関を示す対立遺伝子はDQ座よりDR座にあると考えられ,DRB1*1501とDRB5*0101は,集団を越えて本病の発症に重要な役割を果たしていると言える。

 2.R&J分類,マドリッド分類およびWHO-MDT分類の各病型間で,補正P値レベルの有意差を示すHLA抗原,対立遺伝子はなかった。P値レベルで,DRB1*1501陰性のDRB1*0405のヘテロタイプの頻度は,各病型分類の軽症型で増加を示した。しかし,各病型とHLAとの間に強い関連はみられなかった。今回の結果と過去の報告から,ハンセン病の病型による違い,すなわち皮膚病変の表現型の相違には,HLA遺伝子よりも他の遺伝的因子や環境因子が強く影響していると考えられた。

 3.今回,ハンセン病にみられるぶどう膜炎とHLAとの間に関連があるのかを検討した結果,HLA-DR2はぶどう膜炎と弱い正の相関を示し,HLA-DR4とHLA-DQB1*0302は弱い負の相関を示した。特に,DR2の発現が陽性でDR4とDQB1*0302の発現が陰性の患者で,ぶどう膜炎の合併する危険度の上昇がみられた。したがって,ハンセン病のぶどう膜炎の発症にHLA遺伝子産物が関与している可能性が考えられた。

 以上,本論文によりハンセン病において,HLA遺伝子領域のどの対立遺伝子が疾患感受性と第一義的な相関を示すのか明らかになってきたと考えられる。また,ハンセン病のぶどう膜炎の発症機序にHLA遺伝子産物が関係していると考えられた。ハンセン病は,一度発症すると治癒した後も知覚障害や視力障害など後遺症として,日常生活に影響をもたらす疾患である。また,長期に渡り薬物を服用するため副作用の問題もあり,有効なワクチンの開発がいそがれ,その意味でも今回の研究結果は,ワクチンの開発に対する基礎的データとして重要であり学位の授与に値するものと考えられる。

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