学位論文要旨



No 213563
著者(漢字) 佐藤,誠
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,マコト
標題(和) 好酸球と気道上皮細胞の接着の制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 213563
報告番号 乙13563
学位授与日 1997.10.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13563号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 松瀬,健
 東京大学 講師 大槻,マミ太郎
内容要旨

 近年、気管支喘息を含むアレルギー疾患の病態生理において、炎症の役割が強調されるようになっている。炎症の場においては、リンパ球、好中球、好酸球、好塩基球、肥満細胞、血管内皮細胞、および気道上皮細胞などが複雑なネットワークを形成しているが、慢性炎症性疾患としての気管支喘息においては、好酸球と気道上皮細胞が中心的な役割を果たしていると考えられている。なぜならば、気管支喘息では、血管内皮を通過して細胞外基質に浸潤した好酸球が気道上皮に到達し、最終的には気道上皮を傷害して気道過敏性を増大させると考えられているからである。気管支喘息の病理学的な特徴は、炎症細胞の気道粘膜への浸潤であるが、なかでも好酸球は、粘膜下組織、気道上皮、粘液栓などに広範に観察されると報告された。抗原吸入後の気管支肺胞洗浄液では、好酸球、リンパ球、major basic protein(MBP)、leukotriene C4(LTC4)が増加していると報告された。また、喘息発作で死亡した患者の肺組織にMBPの沈着が認められ、それが傷害部位に一致すると報告された。気管支喘息患者の喀痰中には、好酸球のほかに気道上皮細胞の集塊が観察されると報告された。喀痰中の好酸球は血中の好酸球に比べCD11b、CD11c、intercellular adhesion molecule(ICAM)の発現が増大していると報告された。さらに、気管支喘息患者の喀痰中で、可溶性ICAM-1が増加していることが報告された。これらの知見は、好酸球が気道組織で脱顆粒を起こすことによって気道上皮を傷害し、その際に、接着分子が関与していることを示唆している。気管支喘息においては、好酸球は血管内皮に接着した後、これを通過し細胞外基質に浸潤、遊走する。そして、気道上皮に接着して脱顆粒し、気道上皮を傷害するものと考えられている。したがって、気管支喘息の病態生理において好酸球と気道上皮の接着は極めて重要な役割を果たしている。しかしながら、好酸球と血管内皮の接着については比較的研究が進んでいるが、好酸球と気道上皮の接着については、不明な点が多い。そこで、今回、気管支喘息の病態生理において重要な段階であると考えられる好酸球と気道上皮の接着に関する研究を行なった。すなわち、本研究の目的は、(1)好酸球と気道上皮の接着に対するサイトカインの影響。(2)好酸球と気道上皮の接着に関与している接着分子。(3)接着が双方の細胞に及ぼす影響。(4)抗喘息薬の好酸球と気道上皮の接着に対する影響。の、4点を解明することである。

 気道上皮細胞としては、ヒト気道上皮細胞株であるBEAS-2Bを用い、あらかじめコラーゲンを付着させた培養プレート上で、6種類のホルモンを添加したHam’s F12培養液を用いて培養した。一方、全身的なステロイドの投与も、吸入ステロイドの投与も受けていない気管支喘息患者の末梢血から好酸球を分離した。患者の平均年齢は38.9才、男性7名、女性9名で、末梢血白血球中の好酸球の比率は平均8.7%であった。デキストラン沈降法、パーコール比重遠心法さらにCD16-negative selection法によって純度、viabilityとも95%以上の好酸球を得た。気道上皮細胞株がconfluentになった時点で、好酸球を10%のfetal calfserum(FCS)を含むRPMI 1640 に2×105/mlの濃度で浮遊させ、30分間、気道上皮細胞株とともに培養した。そして、好酸球浮遊液を吸引除去し、2回、Hank’s balanced salt solution(HBSS)で静かに洗浄した。好酸球の接着した気道上皮細胞株を風乾し、エオジン染色した後、光学顕微鏡を用いて、400倍にて無作為に選んだ5視野で観察された好酸球数を合計した。その結果、気管支喘息患者の好酸球は、無刺激の条件下においても気道上皮細胞株に接着することが観察された。気道上皮細胞株に接着する好酸球の数(以下、接着好酸球数)は、好酸球あるいは気道上皮細胞株をいくつかの液性因子で前処理することによって変化した。今回、実験した中では、interferon (IFN-)(100ng/ml)およびtumor necrosis factor (TNF-)(10ng/ml)によって気道上皮細胞株を刺激したときに接着好酸球数は有意に増加した。好酸球に対する刺激については、platelet-activating factor(PAF)(10-7M)およびinterleukin-5(IL-5)(2ng/ml)が接着好酸球数を有意に増加させた。 気道上皮細胞に発現している接着分子としては、これまでICAM-1以外には報告がなされていない。そこで、本研究においても、フローサイトメトリーによってICAM-1の発現を調べた。その結果、気道上皮細胞株の細胞膜上に構成的(constitutive)にICAM-1が発現していることが示された。そして、その発現は、気道上皮細胞株をIFN-(100ng/ml)で刺激することによって31.7倍の増大を示した。そこで、ICAM-1が好酸球と気道上皮細胞の接着に関与しているのではないかと考え、特異的な中和抗体による抑制実験を行った。気道上皮細胞株を抗ICAM-1抗体、抗ICAM-2抗体、抗ICAM-3抗体、抗vascular cell adhesion molecule-1(VCAM-1)抗体あるいはコントロール抗体とともに30分間室温で培養したのち、HBSSで2回洗浄し、好酸球と接着させた。好酸球についても同様に、抗CD11a抗体、抗CD11b抗体、抗CD18抗体、抗CD49d抗体あるいはコントロール抗体とともに30分間室温で培養したのち、10%FCS・RPMI 1640で2回洗浄し、2×105個/mlの濃度で再浮遊させ気道上皮細胞株と接着させた。しかしながら、抗ICAM-1抗体による接着の抑制は認められず、接着を有意に抑制したのは抗CD18抗体のみであった。次に、好酸球と気道上皮細胞株が接着する際に、あらかじめ両者を刺激しておくことにより、好酸球からのeosinophil cationic protein(ECP)放出、および気道上皮細胞株からのsecretory leukocyte proteinase inhibitor(SLPI)放出が増大することが示された。最後に抗喘息薬の好酸球と気道上皮細胞株の接着に対する影響について検討した。気道上皮細胞株をデキサメタゾン10-7M以上の濃度で処理することにより接着好酸球数の減少を認めた。そして、この効果は濃度依存的であった。テオフィリンも2g/ml以上の濃度で好酸球接着を抑制する傾向を示した。塩酸エピナスチンは100g/mlで接着好酸球数を減少させた。

 以上の結果から次のように考察した。本研究において、光学顕微鏡により直接的に、気管支喘息患者の好酸球と気道上皮細胞株が接着することが示されたが、その接着はいくつかのサイトカイン刺激によって増加した。これらの実験的事実は、リンパ球や肥満細胞が産生するサイトカインが、好酸球と気道上皮細胞の接着を助長し、気道上皮細胞の傷害を引き起こすことにより気管支喘息の病因に深く関与していることを示唆している。気道上皮細胞上のICAM-1の発現については、いくつかの報告がなされているが、ICAM-1が好酸球と気道上皮細胞の接着に関与しているか否かは議論の分かれるところであった。今回の実験結果からはICAM-1の関与は否定的であり、好酸球と気道上皮細胞の接着においては、好酸球側ではCD18が、気道上皮細胞側ではICAM-1、ICAM-2、ICAM-3以外のCD18に対するcounter-receptorが関与していることが示唆された。ただし、抗CD18抗体による接着の抑制も部分的なものであったため、好酸球側でもCD18以外の接着分子が関与している可能性が考えられる。あらかじめ刺激を受けた気道上皮細胞株と接着することにより、やはりあらかじめ刺激を受けた好酸球がより多くのECPを放出することが示されたが、好酸球は気道上皮細胞と接着することが刺激となって活性化され、傷害性のタンパクを放出するものと考えられる。逆に、刺激を受けた気道上皮細胞株は、刺激を受けた好酸球と接着することにより、より多くのSLPIを放出することが示された。SLPIは分泌型のプロテアーゼ阻害物質であり、好酸球によって傷害を受けた気道上皮細胞を白血球由来のプロテアーゼから保護する役割をしているものと考えられる。ステロイドは、好塩基球の浸潤を抑制するほか、気道上皮からのgranulocyte-macrophage colony stimulating factor(GM-CSF)産生を抑制することによって好酸球の局所での生存を短縮することが報告されていたが、さらに、本研究において、ステロイドのひとつであるデキサメタゾンが生理的な血中濃度である10-7M以上の濃度にて好酸球と気道上皮細胞株の接着を阻害することが示された。ステロイドは、有効な抗喘息薬であり、気管支喘息の病態の様々な段階で有効性を発揮していると考えられている。本研究の結果から、この好酸球と気道上皮細胞の接着の抑制がステロイドの気管支喘息に対する作用機序の一つである可能性が示された。ステロイドによる気道上皮細胞のICAM-1発現の抑制が報告されているが、今回の結果から、ICAM-1、ICAM-2、ICAM-3以外の何らかのCD18のcounter-receptorの発現がステロイドによって抑制されることにより接着好酸球数が減少している可能性がある。塩酸エピナスチンが好酸球接着を阻害し、テオフィリンも接着好酸球数を減少させる傾向を示したが、これらの薬剤も上に示したステロイドと同様の作用機序によって気管支喘息に対して有効性を有している可能性がある。

 今後、好酸球と気道上皮の接着を何らかの機序で阻害する薬剤が気管支喘息の治療に結び付く可能性があるものと考えられた。

審査要旨

 本研究は気管支喘息の病態生理において重要な役割を果たしていると考えられる好酸球と気道上皮細胞の接着の制御機構を明かにするため、気道上皮細胞株(BEAS-2B)とヒト末梢血好酸球を接着させる実験系において、接着に対する各種サイトカインの影響、接着に関与している接着分子、接着が双方の細胞に及ぼす影響および抗喘息薬の接着に対する影響の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.好酸球と気道上皮細胞株は無刺激でも接着したが、気道上皮細胞株をIFN-(100ng/ml)あるいはTNF-(10ng/ml)で刺激した場合、および、好酸球をPAF(10-7M)あるいはIL-5(2ng/ml)で刺激した場合に接着好酸球数は増加した。

 2.フローサイトメトリーによって気道上皮細胞株の細胞膜上にICAM-1が構成的に発現しており、IFN-(100ng/ml)刺激によりその発現量が著明に増大することが示された。しかしながら、気道上皮細胞株を抗ICAM-1抗体で処理しても接着は抑制されなかった。いくつかの抗接着分子抗体で同様の実験を行ったが、抗CD18抗体を好酸球に用いた場合にのみ部分的に接着は抑制された。したがって、好酸球と気道上皮細胞の接着においてはCD18が関与しているが、そのcounter-receptorはICAM-1以外の接着分子である可能性が示唆された。

 3.好酸球と気道上皮細胞株が接着する際に、あらかじめ両者を刺激しておくことにより、好酸球からのECP放出、および気道上皮細胞株からのsecretory leukocyte proteinase inhibitor(SLPI)放出が増大することが示された。よって、好酸球と気道上皮細胞は、接着を介して相互を活性化していることが示唆された。

 4.最後に抗喘息薬の好酸球と気道上皮細胞株の接着に対する影響について検討した。気道上皮細胞株をデキサメタゾン10-7M以上の濃度で処理することにより接着好酸球数の減少を認めた。そして、この効果は濃度依存的であった。テオフィリンも2g/ml以上の濃度で好酸球接着を抑制する傾向を示した。塩酸エピナスチンは100g/mlで接着好酸球数を減少させた。したがって、この好酸球と気道上皮細胞の接着の抑制が抗喘息薬の作用機序の一つである可能性が示唆された。

 以上、本論文において、好酸球と気道上皮細胞の接着にはCD18が関与していることが示唆され、この接着の阻害が気管支喘息の新たな治療目標となる可能性が示された。本研究は、気管支喘息の病態生理において重要であると考えられているにもかかわらず不明な点が多かった好酸球と気道上皮細胞の接着の制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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