学位論文要旨



No 213564
著者(漢字) 茶山,一彰
著者(英字)
著者(カナ) チャヤマ,カズアキ
標題(和) 日本人から検出された希なC型肝炎ウイルスサブタイプ(genotype3b)の全塩基配列の決定とその構造の解析
標題(洋)
報告番号 213564
報告番号 乙13564
学位授与日 1997.10.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13564号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 講師 白鳥,康史
 東京大学 教授 清水,洋子
 東京大学 教授 野本,明男
内容要旨 <緒言>

 C型肝炎ウイルス(HCV)は1989年に発見された、約9,400塩基からなる+鎖RNAウイルスである。HCVに対する抗体(HCV抗体)によるスクリーニング法の改善により、非A非B型とされていた慢性肝疾患の90%以上がHCVによるものであることが明らかとなった。HCVは、持続感染を起こしやすく、感染者の多くは慢性肝炎を発症し、20年から30年の経過で肝硬変へと進行する。肝硬変へ進展した患者からは年率約5%で肝細胞癌が発生するため、ウイルスを排除し、肝癌への進行を防ぐことが重要な課題となっている。

 HCVには数多くのサブタイプが存在する。その分類は、中和抗体を用いた分類が現在不可能であることから、遺伝子の配列を解析することにより決定する方法が主にとられ、従って、サブタイプもgenotypeと表現される場合が多い。1990年にEnomoto et al.が4種類のgenotypeの存在を示して以来、これまで少なくとも38種類のgenotypeが報告されている。現在最も広く用いられているgenotypeの分類はSimmondsが提唱したものである。彼らは、当初9種類報告されていたgenotypeをNS5B領域の222塩基の配列に基づき1から6の6種類のtypeに分け、さらに、そのtype1から3をそれぞれ1a、1b、2a、2b、3a、3bのsubtypeに細分した。ところが、その後、東南アジアなどから多数のgenotypeが発見され、部分的な配列の解析ではtypeとsubtypeの中間に当たるような配列を有するisolateが多数見出された。従って、これらのgenotypeの全塩基配列を決定し、ゆるぎない分類を確立する必要性が明らかとなった。これまでにgenotype1a、1b、2a、2b、3aの全塩基配列は決定されているが、他に関してはまだ報告されていない。

 また、これらの全塩基配列の決定は、現在難航しているワクチンの開発を考える上でも重要である。効率の良いワクチンを開発するためには、各genotype間で共通の抗原性を有する部分に対する抗体を誘導し得るような抗原epitopeを見出す必要がある。

 さらにgenotypeに関して重要なことは、現在唯一有効なHCV治療薬であるインターフェロンの効果予測因子としてgenotypeが大きく関与していることである。すなわち、genotype1bは2aあるいは2bのHCVに比べ難治性であることが明らかとなった。この差異がウイルスのどの構造に依存するのかは未だ不明だが、このようなgenotype間の生物学的な差異を解明するためにも各genotypeの全配列の決定とその構造の比較は重要である。

 筆者らは、1993年に日本人患者から得られたHCVの塩基配列を検討しているうちに、新たなgenotypeと考えられる配列を見出し、Tr型として報告した。さらに、日本に存在すると考えられた6種類のgenotypeの頻度を調べたところ、このgenotypeは、日本人患者のおよそ0.6%と比較的希であり、Mori et al.がタイ国の患者から発見したgenotype Tbと相同性が高く、その後のSimmondsの分類による3bに相当すると考えられた。そこで、この3bのgenotype分類上の位置を明らかにし、生物学的特性との関連を明らかにするために、このgenotypeの全配列を決定し、その特徴を明らかにすることを試みた。

<方法>

 患者血清はNS5B領域の配列を解析により、Tr(3b)型と判定した患者血清を使用した。全配列の決定をおこなった症例は、1929年生まれの男性であり、1980年に受診し、腹腔鏡、肝生検で肝硬変と診断され、1993年に肝癌を発症して治療中である。患者血清からウイルスRNAを抽出し、RT-PCRにより増幅を行った。全ゲノムのPCRによる増幅は、これまでに報告されたgenotype間で保存されている領域にprimerを設定し、PCRによる増幅を試みた。しかし、genotype3bと、他のgenotypeとの配列の違いのために、増幅不能の箇所が全長の約1/3を占めた。このため、増幅不能の箇所及び5’及び3’末端の配列については、RACE法を一部改変して決定した。最終的にgenotype3bの全ゲノムを21のoverlapするsegmentとして増幅することができた。PCRで増幅されたDNA断片の塩基配列を決定するために、予測されたサイズのDNA断片をagarosegelから回収し、cloningした。各DNA断片に対して3clone以上の配列をdideoxy法で決定した。

<成績>

 genotype3bの全塩基配列は3’末端のU-stretchを除いて9439塩基からなり、3023アミノ酸からなるsingle open reading frameをコードしていた。この配列には、宿主のsignalaseの認識部位、helicase/ATPase、RNA dependent RNA polymeraseなどに保存されている共通のモチーフが何れも存在していた。これらの配列を既報の5種のgenotypeと比較すると、5’noncoding regionは、genotype1、2では341塩基であるのに対してgenotype3bでは3aとともに339塩基と2塩基の欠失を認めた。single open reading frameにコードされているポリプロテインはgenotype1では3010-3011、genotype2では3033アミノ酸であるのに対して、genotype3bでは3023であり、3021と報告された3aとともにgenotype1と2の中間のサイズであった。Ustretchを除く3’noncoding regionは3bでは31塩基であり、3aの23塩基に次いで短かかった。

 さらに、ウイルスの各部位ごとに、塩基配列及びアミノ酸配列のホモロジーを比較すると、5’noncoding regionの塩基配列が最も高度に保存されており、この部位においてはホモロジーが最も低いgenotype2bとでも90.0%と高い保存性を示し、最もホモロジーの高い3aとの間では96.7-97.1%であった。高度に保存されたこの領域でも、最も5’末端の17塩基はgenotype間での変異が多く認められた。しかしながら、この5’の末端の20-21塩基はヘアピン構造をとることが知られているが、これらの変異はすべてこの構造を保持するような変異であり、この構造がウイルスの増殖、安定性に重要なものであることをうかがわせた。3’noncoding regionはgenotype間で最もホモロジーが低く、最もホモロジーの高い3aでも76.7-83.3%であり、最も低い2bとでは48.4%ときわめて低かった。また、この3’末端には3つのstem-loop構造が存在することが知られているが、この構造はgenotype3bにおいても同様に存在することが想定された。さらに、ウイルスポリプロテインのアミノ酸配列をgenotype間で比較すると、全ポリプロテインではそのホモロジーは最も低い2bとの間で67.1%、最も高い3aとの間で84.9-85.5%であった。このポリプロテインを各部位毎にgenotype間で比較すると、core、NS3、NS5領域ではアミノ酸の保存性が高かったが、NS2、NS5A領域では低かった。さらに、アミノ酸の保存性の低い部位について、詳細にみると、E2/NS1領域とNS5A領域に各genotype間で極めて保存性の低いdomainが存在した。

<考察>

 Enomoto et al.が最初にgenotypeの存在を報告して以来、最近の報告を含めると、世界各国から報告されたgenotypeの総数は38に及ぶ。これらのgenotypeは、Simmondsの分類に準じて、部分的な配列を決定して暫定的に決定されたものであり、本来は、ウイルス全長の配列を決定、比較することにより確定的な分類を確立する必要がある。筆者らはHCVのNS5領域の配列を解析し、日本人患者からそれまでに報告されていないgenotypeと考えられる配列を有するisolateを見出し、genotype Trとして報告し、日本には5種類のgenotypeが存在することを示した。その後、筆者らは、在日パキスタン人から第6のgenotypeを見出し、これら6種類のgenotypeすべてを検出するようなgenotype決定法を確立した。今回genotype3bの全配列を決定したことにより、これら6種類のgenotypeの全配列はすべて決定され、筆者らが確立したgenotype決定法の妥当性も示された。従って、日本に存在するHCV genotypeの分類、決定法に関しては問題点はなくなったといえよう。今後さらに世界各地に存在する残りのgenotypeの全配列の解析も進めば、これらのタイプ間の関係もより明らかにされるものと考えられる。

 最近Enomoto et al.はインターフェロンの治療効果を規定する領域がNS5A領域のアミノ末端側に存在することを見出し、Interferon Sensitivity Determining Regionとして報告したが、この部位は、genotype間でアミノ酸配列がかなり異なっており、genotype間でアミノ酸のinsertion、deletionもみられる部位であった。なぜこのような保存性の高くない部位がインターフェロンの治療効果と深く関わっているのかは今後究明すべき課題であるといえる。

 さらに、今後HCVに対するワクチンの開発を考えるときに、今回筆者が明らかにしたようなgenotype間でのHCVの構造の違いは重視すべき問題点である。特に、envelopeの蛋白をコードしており、ワクチン戦略のターゲットとなると考えられるE1、E2/NS1領域のアミノ酸配列がgenotype間で非常に変異が多いという事実はgenotype共通のワクチンの開発が困難であることを予想させる。今後さらに未決定のgenotypeの全配列を決定し、各genotype間で保存されている、免疫原性の高いドメインを見出し、多くのgenotypeに有効なワクチンを作製して行く必要があると考えられる。

審査要旨

 本研究は日本人から検出されるC型肝炎ウイルスサブタイプのうち、著者らが見いだした希な型であるgenotype3bの全構造を決定し、他のサブタイプと比較することによりこのgenotypeの特徴を明らかにすることを試みたものであり、以下の結果を得ている。

 1.genotype3bの全塩基配列は3’末端のU-stretchを除いて9439塩基からなり、3023アミノ酸からなるsingle open reading frameをコードしていた。この配列には、宿主のsignalaseの認識部位、helicase/ATPase、RNAdependent RNA polymeraseなどに保存されている共通のモチーフが何れも存在していることが示された。

 2.genotype3bの配列を既報の5種のgenotypeと比較することにより、5’noncoding regionは、genotype1、2では341塩基であるのに対してgenotype3bでは3aとともに339塩基と2塩基の欠失を認めた。single open reading frameにコードされているポリプロテインはgenotype1では3010-3011、genotype2では3033アミノ酸であるのに対して、genotype3bでは3023であり、3021と報告された3aとともにgenotype1と2の中間のサイズであった。U-stretchを除く3’noncoding regionは3bでは31塩基であり、3aの23塩基に次いで短かいという特徴を有していることが示された。

 3.genotype間の塩基配列を比較し、5’noncoding regionの塩基配列が最も高度に保存されており、この部位においてはホモロジーが最も低いgenotype2bとでも90.0%と高い保存性を示し、最もホモロジーの高い3aとの間では96.7-97.1%であることが明らかにした。さらに、高度に保存されたこの領域においても、最も5’末端の17塩基はgenotype間での変異が多く認められることが示された。しかし、この5’の末端の20-21塩基はヘアピン構造をとることが知られているが、これらの変異はすべてこの構造を保持するような変異であり、この構造がウイルスの増殖、安定性に重要なものであることが示された。

 4.3’noncoding regionはgenotype間で最もホモロジーが低く、最もホモロジーの高い3aでも76.7-83.3%であり、最も低い2bとでは48.4%ときわめて低いことが示された。また、この3’末端には3つのstem-loop構造が存在することが知られているが、この構造はgenotype3bにおいても同様に存在することも明らかにされた。

 5.ウイルスポリプロテインのアミノ酸配列をgenotype間で比較することにより、全ポリプロテインではそのホモロジーは最も低い2bとの間で67.1%、最も高い3aとの間で84.9-85.5%であることが明らかにされた。さらに、各部位毎のgenotype間の比較により、core、NS3、NS5領域ではアミノ酸の保存性が高いが、NS2、NS5A領域では低いことが示された。アミノ酸の保存性の低い部位について、詳細に比較することにより、E2/NS1領域とNS5A領域に各genotype間で極めて保存性の低いdomainが存在することが示された。

 以上、本論文は希なC型肝炎ウイルスサブタイプであるgenotype3bの全配列を決定し、その構造の特徴を明らかにした。本研究は現在なお困難であるC型肝炎ウイルスの培養とワクチンを開発する上でのウイルスの構造の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51062