学位論文要旨



No 213567
著者(漢字) 新海,宏
著者(英字)
著者(カナ) シンカイ,ヒロシ
標題(和) 消化器癌における所属リンパ節リンパ球のフェノタイプおよび接着分子の検討
標題(洋)
報告番号 213567
報告番号 乙13567
学位授与日 1997.10.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13567号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 講師 針原,康
 東京大学 講師 川内,基裕
内容要旨 [緒言]

 リンパ節には多くの免疫担当細胞が存在し,感染や炎症のみならず癌進展のバリヤーとしても機能していることは以前から知られているが,本来バリヤーとなるべきはずのリンパ節にしばしば癌の転移が見られ,これが癌の予後を規定する重要な因子の一つとなっている。癌転移成立のメカニズムについては,癌細胞上の接着分子が関わるものとして,カドヘリンや主要組織適合坑原(MHC)の発現低下・喪失,インテグリンの増加やvariant CD44の発現など多くの報告が見られる。また一方で,TGF-(transforming growth factor-)をはじめとする腫瘍組織由来の免疫抑制物質の報告も多いが,リンパ節局所におけるリンパ球の接着分子の変化を検討したものはほとんど存在しない。抗腫瘍エフェクター細胞が癌細胞を認識して破壊する際,細胞同志の接着は必須の現象であり,LFA-1(lymphocyte function associated antigen-1)をはじめとする多くの接着分子がこれに関与している。そこで本研究では消化器癌患者の臨床材料を用いて,所属リンパ節におけるリンパ球のフェノタイプおよび接着分子,特に細胞障害活性をもちうるCD8陽性細胞における,LFA-1の発現・機能の変化を中心に検討した。

[対象と方法]

 1990年8月から1993年10月までに当科において手術を施行された消化器癌(食道癌,胃癌,膵臓癌,大腸癌)および消化器良性疾患患者(胆石症,慢性膵炎)の47例について,手術時に末梢血・所属リンパ節を採取した。採取リンパ節は病理組織学的検査にて癌転移の有無を判定し,転移陰性・陽性リンパ節の両者が得られた癌患者37例,リンパ節転移の存在しなかった癌患者5例および良性疾患患者5例を以下のassayに用いた。末梢血および所属リンパ節から,Ficoll-Hypaque separ ation methodにてリンパ球を分離し,末梢血リンパ球(PBL),転移陰性リンパ節リンパ球(LNL-),転移陽性リンパ節リンパ球(LNL+)浮遊液を作成した。

リンパ球サブセットおよび接着分子の発現:

 所属リンパ節において腫瘍免疫の中心となるリンパ球,特にCD8陽性細胞の比率およびその接着分子が癌細胞によりどの様な修飾を受けているかを検討するために,リンパ球のサブセットおよび接着分子の発現を調べた。各リンパ球をモノクローナル抗体で標識し,Flow-cytometryにてCD3(T cell),CD4(helper/inducer T cell),CD8(cytotoxic/suppressor T cell),CD16(NK cell)およびCD19(B cell)の比率を測定し,リンパ球サブセットを検討した。同様に,CD4およびCD8陽性細胞それぞれにおけるCD11a(LFA-1),CD44,CD29(1-integrin)の各接着分子の発現強度を測定した。

リンパ球のヒアルロン酸およびICAM-1への接着:

 癌細胞がリンパ球の接着分子の接着機能に対しどのような影響を与えているかを検討するためにahesion assayを行った。ヒアルロン酸(HA)コーティングおよびICAM-1をtransfectしたCHO(chinese hamstar ovary)細胞をコーティングしたプレートを作成。各リンパ球をC-DFA(car boxyl fluor escein diacetate)で蛍光染色して各wellに加え,50×gにて5分間遠沈,3回gentle washした後,automatic microfluorometer(MPV-MT2)にて各wellのfluor escein intensity(F.I.)を測定し,HAあるいはICAM-1に対する接着細胞数(%)を測定した。また,MACS(magnetic cell separ ator)を用いてリンパ球からCD8陽性細胞を分離し,ICAM-1に対する接着機能を検討した。

リンパ球と癌細胞とのcoculture:

 癌細胞がリンパ球上のCD11a(LFA-1)へ及ぼす影響を検討するために,リンパ球と癌細胞とのcocultureを行った。リンパ節転移陽性の大腸癌症例の各リンパ球とDLD-1(ヒト大腸癌細胞株)とのcocultureを行い,各リンパ球のCD8陽性細胞におけるCD11aの発現の変化とICAM-1に対する接着機能の変化を検討した。コントロールにはヒト正常腸管粘膜細胞株(FHs)とのcocultureを用いた。

[結果および考察]リンパ球サブセットおよび接着分子の発現:1)リンパ球サブセット:

 CD3陽性細胞(T細胞)の占める割合は、末梢血・リンパ節および症例を問わずいずれも60%前後であった。一方、CD8陽性細胞は末梢血よりもリンパ節で有意に減少し,転移陽性リンパ節では8.6%しか存在しなかった。CD16陽性細胞(NK細胞)も所属リンパ節では1%以下しか認めず,殺腫瘍作用を持ちうるCD8陽性細胞およびNK細胞は転移陽性リンパ節には少数しか存在していないことから,癌由来の何らかの免疫抑制の存在が推測された。

2)接着分子の発現:

 いずれの接着分子(CD11a,CD44,CD29)もリンパ節リンパ球より末梢血リンパ球においてその発現が強い傾向が見られ,特に転移陽性リンパ節中CD8陽性細胞におけるCD11aの発現は転移陰性リンパ節よりも有意に低かった(Figure 1)。すなわち,転移陽性リンパ節においては,腫瘍免疫の中心となるべきCD8陽性細胞上のLFA-1の発現が低下しており,これが癌の進展に深く関わっている可能性が考えられた。

リンパ球のヒアルロン酸およびICAM-1への接着:

 各リンパ球のヒアルロン酸への接着には大きな差はみられなかったが,ICAM-1に対する接着は,PBL,LNL-,LNL+の順に低下しているのが観察され,特に分離CD8陽性細胞を用いると,転移陽性リンパ節中リンパ球中のCD8陽性細胞のICAM-1に対する接着は有意に低下してた(Figure2)。

リンパ球と癌細胞とのcoculture:

 大腸癌細胞株DLD-1とのcocultureを行ったリンパ球のICAM-1に対する接着機能は,特に転移陽性リンパ節中CD8陽性細胞において著明に低下するのが観察され,癌細胞由来の何らかの抑制因子が癌の転移に先行してリンパ節中のCD8陽性細胞上のLFA-1の機能を低下させ,癌細胞のリンパ節転移を容易にしている可能性が考えられた(Figure 3)。

[結論]

 消化器癌患者における所属リンパ節においては,CD8陽性細胞上のCD11a(LFA-1)を介した,癌細胞由来の免疫学的抑制機構の存在が推測され,これが癌のリンパ節転移に深く関わっている可能性が考えられた。

Figure 1 Mean intensity of fluorescence(MIF)of(a)CD11a,(b)CD44and(c)CD29 on both CD4+ cells(left)and CD8+ cells(right)in PBL,LNL- and LNL+ obtained from 10 patients with gastrointestinal cancer with lymph node involvement. Data are expressed as MIF±SD*P<0.05,**P<0.005 PBL :peripheral blood lymphocyte LNL- :lymph node lymphocyte without cancer involvement LNL+ :lymph node lymphocyte with cacer involvementFigure 2 Adherence to ICAM-1 of (a)total lymphocytes and(b)purified CD8+ cells in PBL,LNL- and LNL+ obtained from 8 patients with colorectal cancer with lymph node involvement.Data are expressed as the mean percentage of adhesive cells±SD.*P<0.05. PBL :penpheral blood lymphocyte LNL- :lymph node lymphocyte without cancer involvement LNL+ :lymph node lymphocyte with cancer involvementFigure 3 Adhesion of purified CD8+ cells in PBL,LNL-and LNL+ to ICAM-1 after being co-cultured with DLD-1 for 24h.CD8+ cells were obtained from 5 patients with colorectal cancer with lymph node involvement. CD8+ cells co-cultured with FHswere also examined as a control.Data are expressed as the mean percentage of adhesive cells±SD.*P<0.05,**P<0.0001(vs control). PBL :peripheral blood lymphocyte LNL- :lymph node lymphocyte without cancer involvement LNL+ :lymph node lymphocyte with cancer involvement
審査要旨

 本研究は癌のリンパ節転移とリンパ球上の接着分子との関わりを明らかにするため,消化器患者の臨床材料を用いて,所属リンパ節におけるリンパ球のフェノタイプおよび接着分子の解析を試みたものであり,下記の結果を得ている。

 1.所属リンパ節リンパ球のフェノタイプの検討では,癌転移陽性リンパ節においてCD8陽性細胞とNK細胞が著明に減少していることが示された。CD8陽性細胞とNK細胞は,その細胞障害活性により抗腫瘍作用を持ちうる細胞であることから,癌細胞による所属リンパ節のリンパ球フェノタイプに及ぼす免疫抑制状態が示された。

 2.接着分子の検討では,CD11a,CD44およびCD29の各接着分子のいずれも,末梢血リンパ球よりリンパ節リンパ球においてその発現が弱く,特にCD8陽性細胞におけるCD11a(LFA-1)の発現は転移陽性リンパ節において有意に低下していることが示された。さらに,CD11aの接着機能も,転移陽性リンパ節リンパ球において有意に低下しており,所属リンパ節中のCD8陽性細胞上のCD11aに対する免疫抑制状態が示された。

 3.大腸癌細胞株DLD-1とリンパ球とのcocultureをin vitroにおいて行うことにより,リンパ節由来のCD8陽性細胞上のCD11aの接着機能が低下することが明かとなり,CD8陽性細胞上のCD11aの接着機能に対する抑制は癌細胞由来であることが示された。

 以上,本論文は消化器癌患者の所属リンパ節において,CD8陽性細胞上のCD11a(LFA-1)を介した,癌細胞由来の免疫学的抑制機構の存在の可能性を明らかにした。本研究は,現在までに研究がなされていないリンパ節リンパ球の接着分子,特に細胞障害活性をもちうるCD8陽性細胞における,LFA-1の発現・機能に着目したものであり,接着分子と癌転移との関わりの解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク