学位論文要旨



No 213568
著者(漢字) 森,晶夫
著者(英字)
著者(カナ) モリ,アキオ
標題(和) IL-2刺激により誘導されるヒトヘルパーT細胞のIL-5産生は、免疫抑制剤FK506により抑制されるが、増殖反応は、FK506に対して不応性である
標題(洋) IL-2-induced IL-5 synthesis,but not proliferation,of human CD4+T cells is suppressed by FK506
報告番号 213568
報告番号 乙13568
学位授与日 1997.10.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13568号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 市村,恵一
 東京大学 助教授 北村,聖
内容要旨 a研究目的、研究の背景

 気管支喘息の病因に関する最近の臨床的、免疫組織学的研究によって、気道粘膜における慢性の好酸球性炎症の重要性が確立された。気管支喘息は、病理学的にchronic desquamating eosinophilic bronchitisと定義されるが、好酸球性炎症の成立には、T細胞の関与が重要である。T細胞サイトカイン、殊にIL-5は、好酸球に選択的な増殖因子、活性化因子、遊走因子として、好酸球の組織浸潤に不可欠な因子であり、1)喘息患者の気道粘膜でのIL-5産生が亢進している、2)喘息の重症度とIL-5産生の程度が相関する、3)グルココルチコイド治療の効果と併行して、IL-5産生が低下する、等がこれまでに報告されている。加えて、われわれは、アトピー型および非アトピー型気管支喘息患者の末梢血ヘルパーT細胞のIL-5産生能が健常人に比して、有意に亢進していることを報告している。IgE抗体の有無にかかわらず、T細胞のIL-5産生亢進に基いて、好酸球性炎症が成立するものと推察される。

 ステロイド薬は、臨床使用されている唯一の好酸球性炎症治療薬であるが、糖尿病、高血圧、肥満、免疫抑制、骨粗鬆症、大腿骨頭壊死、白内障といった多彩な副作用のために、投与量が著しく制限されている。T細胞のIL-5産生機序を解明することによって、より効果/副作用比の高い治療法が開発されるものと期待される。免疫抑制剤FK506およびcyclosporin Aは、主にT細胞に作用して、IL-2,IL-3,IL-4,IL-6,IL-8,IL-13,IFN-,GM-CSF等の産生を抑制する。臓器移植の分野で、拒絶反応の予防、治療に広く使用されているが、近年、ステロイド抵抗性の気管支喘息や重症のアトピー性皮膚炎に対する有効性が確立されつつある。われわれは、気管支喘息患者末梢血単核球のIL-5産生が、FK506およびcyclosporin Aによって抑制されることを報告したが、他の研究者からは、マウスT細胞株を用いて、IL-5産生がFK506に抵抗性であるとの報告がみられる。ヒトT細胞において、FK506のIL-5産生に対する作用を確定することは重要な課題であると考えられた。

 また、われわれは、ヒトヘルパーT細胞では、IL-2に応答して、IL-5産生が誘導されることを報告した。IL-2レセプター(IL-2R)を介する活性化シグナルは、T細胞レセプター(TCR)を介するシグナルとは、異なった経路を伝達される。1)TCRを介した活性化刺激に際しては、早期のCa2+流入が認められるが、IL-2Rを介した刺激に際しては認められない、2)protein kinase Cの細胞膜translocation,PIturnoverは、TCRシグナルには付随するが、IL-2Rシグナルには付随しない、等の差が明らかである。Ca2+流入を伴う活性化シグナルは、FK506やcyclosporin Aによって抑制されるが、Ca2+流入を伴わないIL-2Rを介したシグナルは、抑制されないと考えられている。ヘルパーT細胞において、IL-2Rシグナルに応答して誘導されるサイトカイン産生が、FK506によって抑制されるか否かを明らかにすることは、興味深い課題と考えられる。

b研究方法1.Der f II特異的T細胞クローン

 アトピー型気管支喘息患者末梢血単核球を、ダニアレルゲンに含まれる主要アレルゲンDer f IIで刺激し、limiting dilution法により、ヘルパーT細胞クローンを樹立した。2週毎に、抗原刺激を加えて維持した。抗原刺激後10-14日以上経過した細胞を回収し、Ficoll-Paque比重遠心法にて生細胞を回収し用いた。

2.T細胞クローンの活性化

 T細胞クローン(105/well)を、96穴平底培養プレートにて24時間培養し、上清を採取した。固相化抗CD3抗体刺激の場合は、10g/mlの抗CD3抗体で4℃ overnight前処理をした。増殖反応を測定する場合は、72時間培養の最後16時間、3H-thymidine(0.5Ci/well)パルスを行った。

3.サイトカイン測定

 上清中のIL-2、IL-4、IL-5量を特異的sandwich ELISA法にて測定した。

4.Reverse transcription-polymerase chain reaction(RT-PCR)法およびNorthen blot法

 T細胞クローン(2×106/well)を、24穴プレートで培養後、cytoplasmic RNAを抽出し、IL-5と-actinに特異的なprimer setを用いて、RT-PCR法によりmRNA発現を検出した。また、10g/laneのRNAを1%アガロースゲルにて電気泳動し、nylon membraneにblotting後、32PラベルIL-5cDNAをプローブとしてhybridizationを行った。

5.IL-5遺伝子転写活性測定

 ヒトIL-5エンハンサー/プロモーター遺伝子(転写開始点に対して-511から+4の領域)をルシフェラーゼ遺伝子に接続したベクターpIL-5(-511)Lucを構築した。T細胞クローンにエレクトロボレーション法により、一過性に遺伝子導入し、活性化にともなって誘導されるルシフェラーゼ活性を検出した。

6.ゲルシフト解析

 Schreiberらの方法に従って核蛋白を抽出した。NF-B、AP-1、Oct-1のconsensus binding site、ヒトIL-2distal NF-AT siteに相当するoligonucleotideをT4ポリヌクレオチドキナーゼで末端ラベルし、プローブとした。核蛋白とプローブの混合物を、4%未変性アクリルアミドゲル、0.5×TBEバッファーで電気泳動し、乾燥後、オートラジオグラフィーにてバンドを検出した。

c実験結果および考察

 1.ヒトヘルパーT細胞のTCRシグナルに対するIL-5産生は、FK506によって抑制される。

 T細胞クローンを、固相化抗CD3抗体で、TCRを介した活性化刺激を与えた。FK506を培養中に加えることで、IL-5産生は、用量依存的に抑制された(図1)。本実験で用いたT細胞クローンは、95%以上純粋なT細胞集団であることが、FACS解析により確認されているので、FK506は、T細胞を直接の作用標的として、IL-5産生を阻害することが明らかである。

図1 ヒトヘルパーT細胞クローンのT細胞レセプター刺激により誘導されるIL-5産生はFK506によって抑制される。T細胞クローン(105/well;○,HK5;△,YA5;□,HK2)を、固相化抗CD3抗体により刺激した。各濃度のFK506を、培養開始時より添加した。24時間培養上清中のIL-5濃度を、特異的ELISA法により測定した。無刺激群のIL-5産生量は、1pg/ml以下であった。

 2.IL-2Rシグナルに対するIL-5産生は、FK506により抑制されるが、増殖反応は抑制されない。

 IL-2刺激に反応して、誘導されたIL-5産生は、TCR刺激における場合と同等のdose responseにおいてFK506によって抑制された(図2A)。一方、IL-2によって誘導されるT細胞の増殖反応は,FK506に影響されなった(図2B)。この実験結果は、マウスのIL-2依存性cytotoxic T細胞ラインにおいて、IL-2依存性の増殖が、FK506やcyclosporin Aに対し、resistantであるという報告と合致する。IL-2Rのシグナル伝達においては、細胞増殖に至る経路は、従来の指摘通り、FK506-resistantであり、ヘルパーT細胞でのサイトカイン産生に至る経路には、FK506-sensitiveな因子が関与するものと解釈される。

図2 ヒトヘルパーT細胞クローンのIL-2刺激により誘導されるIL-5産生は、FK506により抑制される。A)T細胞クローン(105/well;○,HK5;△,YA5;□,HK2)を100U/ml rIL-2により刺激し、24時間後の上清中IL-5濃度を特異的ELISA法により測定した。B)IL-2刺激により誘導される増殖反応を、72時間培養の最後16時間3H-thymidine(0.5Ci/well)パルスにより測定した。

 3.FK506は、転写レベルでIL-5産生を抑制する。

 IL-5mRNA発現のレベルで、本知見を確認した。図3に示す如く、TCRシグナル、IL-2Rシグナルのいずれも、明らかなIL-5mRNA発現を誘導した。FK506は、IL-5mRNA発現を抑制した。さらに、RT-PCR法に比べて定量性に優れるNorthern blot法を用いて、本知見が確認された(本文中のFigure4C)。T細胞クローンに遺伝子導入されたpIL-5(-511)Lucは、活性化にともなって明らかに転写され、FK506によって、有意に抑制された(図4)。これらの実験事実は、FK506のIL-5産生抑制が、遺伝子転写レベルの作用であることを示している。さらに、本実験で用いた約500bpの領域に、IL-2-responsiveかつFK506-sensitiveなelementが存在することが示唆される。

図3 FK506は、ヒトT細胞クローンのIL-5遺伝子発現を抑制する。T細胞を、固相化抗CD3抗体あるいはrIL-2(100U/ml)により刺激し、8時間後に全RNAを抽出、RT-PCR法によりIL-5mRNAを検出した。FK506(100nM)は、培養開始時より添加した。図4 FK506は、ヒトIL-5遺伝子プロモータ/エンハンサー活性を抑制する。T細胞クローン(2.5x107)を、0.5mlに懸濁、pIL-5(-511)LucとpCMV--galを加え、エレクトロボレーション法により一過性に遺伝子導入した。細胞を5群に分け、固相化抗CD3抗体あるいは、rIL-2(100U/ml)で刺激した。FK506(100nM)は、培養開始時より添加した。24時間後に細胞を回収し、ルシフェラーゼ活性-ガラクトシダーゼ活性(□)を測定した。4.NF-AT,AP-1,NF-kB,Oct-1に対するFK506の作用

 T細胞のサイトカイン遺伝子転写に関与することが明らかになっている転写因子のうち、代表的なNF-AT,AP-1,NF-kB,Oct-1の発現について、ゲルシフト法を用いて解析した。TCR刺激に応答して、NF-AT,AP-1,NF-kB binding activityが増強した。Supershift実験により、NF-ATのバンドは、NF-ATp,c,x,3,4、AP-1は、c-Jun,Jun-D,c-Fos,FosB、NF-kBは、p50,p65、Octamerは、Oct-1により構成されることが明らかになっている。FK506は、NF-ATの誘導をほぼ完全に阻害するとともに、NF-kBの誘導も軽度に抑制した。しかしながら、AP-1,Oct-1には影響しない。TCRを介するIL-5産生シグナル経路において、NF-ATが重要であるとの考えに矛盾しない。一方、IL-2R刺激に際しては、NF-AT,AP-1,NF-kB,Oct-1のいずれも有意な増強は認められなかった。IL-2R刺激により得られるIL-5蛋白の産生量、IL-5mRNAレベル、ヒトIL-5遺伝子転写活性の誘導が、TCR刺激の場合とほぼ同等であることを考慮すると、IL-5遺伝子転写には、これら4種以外のユニークな転写因子が関与する可能性が示唆される。

d結語

 1.FK506は、T細胞レセプターおよびIL-2レセプターを介して活性化されるヒトヘルパーT細胞のIL-5産生を、用量依存的に抑制した。

 2.FK506は、遺伝子転写レベルで、IL-5産生を抑制した。

 3.IL-2やIL-4の遺伝子転写に関与するNF-AT,AP-1,NF-kB,Oct-1以外のユニークな転写因子が、ヒトヘルパーT細胞のIL-5遺伝子転写に選択的に関与する可能性が示唆された。

 4.IL-5遺伝子をその他のT細胞サイトカイン遺伝子とは独立に制御しうる可能性があり、次世代のアレルギー治療法として有望である。

審査要旨

 気管支喘息、アトピー性皮膚炎は、持続性の好酸球性炎症を特徴とする。その発症過程において重要な役割を演じるT細胞由来の好酸球活性化因子IL-5の産生機序を解析する目的で本研究が行われ、下記の結果が得られている。

 1.アトピー型気管支喘息患者末梢血単核球から樹立したチリダニ主要アレルゲンのDer f II特異的ヘルパーT(Th)細胞クローンは、固相化抗CD3抗体によるT細胞受容体(TCR)刺激に応答して、IL-5を産生するが、免疫抑制剤FK506は、dose-dependentにその産生を抑制した。

 2.本研究で用いたヒトThクローンは、TCRを介するシグナルのみならず、IL-2受容体(IL-2R)を介するシグナルに応答してIL-5遺伝子を転写し、IL-5蛋白を産生した。IL-2とIL-4の産生はみられなかった。IL-2Rシグナルは、Ca2+上昇とリンクしていないため、IL-2依存性の細胞増殖反応には、FK506は無効であった。FK506は、Ca2+,calmodulin依存性phosphataseであるcalcineurin活性の阻害を介して、細胞内Ca2+上昇を伴うシグナルを阻害するとされている。しかしながら、IL-2Rシグナルによって誘導されるIL-5産生は、FK506によって、1.と同等のdose-responseにおいて抑制された。

 3.FK506のIL-5mRNA発現におよぼす作用を、IL-5cDNAに特異的なprimer setを用いたReverse transcription-polymerase chain reaction法およびNorthern blot法によって確認し、TCR刺激、IL-2R刺激のいずれにおいても、ヒトThクローンのIL-5mRNA発現が誘導され、FK506により抑制されることが示された。

 4.ヒトIL-5遺伝子5’上流のpromoter領域(-511to+4)をluciferase遺伝子に接続したベクターpIL-5(-511)Lucをelectroporation法によって、ヒトThクローンに一過性に遺伝子導入した。TCR刺激、IL-2刺激により明らかなluciferase活性の誘導がみられ、FK506により抑制された。この事実は、FK506のIL-5産生抑制作用は、遺伝子転写レベルにおける作用であることを示している。

 5.T細胞のサイトカイン遺伝子転写は、IL-2をモデルに研究され、転写因子NF-AT、AP-1、NF-kB、Oct-1が重要であることが示されている。ゲルシフト法を用いて、ヒトThクローンの転写因子を解析した。TCR刺激によって、NF-AT、AP-1、NF-kB結合活性が誘導され、Octamer結合活性はconstitutiveに存在した。Supershift法により、ヒトThクローンにおいては、NF-AT結合活性は、NF-ATp、c、x、3、4、AP-1結合活性は、c-Jun、Jun-D、c-Fos、Fos B、NF-kB結合活性は、p50、p65、Octamer結合活性は、Oct-1により構成されることがわかった。FK506によって、総和としてのNF-AT結合活性の誘導は、ほぼ完全に抑制された。TCRシグナルによるIL-5産生誘導過程に、NF-ATが関与することが示唆される。一方、IL-2Rシグナルにおいては、NF-AT、AP-1、NF-kBの誘導は見られなかった。IL-2R刺激により得られるIL-5蛋白の産生量、IL-5mRNAレベル、ヒトIL-5遺伝子転写活性の誘導が、TCR刺激の場合とほぼ同等であることを考慮すると、IL-5遺伝子転写には、IL-2遺伝子転写に重要なこれら4種以外のユニークな転写因子が関与する可能性が示唆された。

 以上、本論文はヒトヘルパーT細胞において、TCRとIL-2Rの2つの異なったシグナル伝達系路を有する活性化シグナルによって、ともにFK506-sensitiveなIL-5遺伝子転写が誘導されるメカニズムを解析し、ヒトIL-5遺伝子は、IL-2やIL-4遺伝子とは独立した転写機構により制御されうることを明らかにした。IL-5遺伝子転写に選択的に関与する転写因子は、新たなアレルギー治療のターゲットとなりうる。本研究は、今後のアレルギー発症機構、治療法の研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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