本研究は癌の転移の基本的な機構を解明し、転移抑制の可能性を検討するため、マウス肝、肺より臓器血管内皮細胞を分離培養し、IIIIIIV章ではマウス神経芽細胞腫との相互関係を検討し、同系マウスを用いた実験転移系と対照させることによって、転移形成を決定する因子の解析を試み、V章ではヒト骨肉腫細胞を低酸素状態で培養し、VEGFの発現について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.マウス肝、肺より安定して血管内皮細胞を分離培養する方法を確立し、同定した。いずれの細胞も敷石状に増殖する単層培養を形成し、継代培養可能であった。肝よりMHE-1とMHE-2の2種類の血管内皮細胞株、肺よりMLEの1種類の血管内皮細胞株を得た。 2.早期継代の肝血管内皮細胞(MHE-1)と異なる転移性を示す2種類の神経芽細胞種(C1300,N18LM5)を用いた実験で、脾臓内移植後の肝転移性と腫瘍細胞の肝血管内皮細胞(MHE-1)への接着性が相関する結果を得た。浸潤性では2つの神経芽腫細胞間で有意差を認めなかった。血管内皮細胞株の継代数が10継代目になると、接着性が低下し、腫瘍細胞間の接着性の有意差が消失した。以上の結果より、早期継代血管内皮細胞は臓器内における血管内皮細胞の性質を反映していると考えられ、腫瘍細胞の血管内皮細胞に対する接着性がin vivoでの腫瘍の転移性に関与していると考えられた。 3.腫瘍細胞(C1300)の肝、肺血管内皮細胞単層培養に対する接着性、浸潤性を比較したところ、早期継代血管内皮細胞株で比較すると、C1300は肝血管内皮細胞(MHE-1)に対して有意に高い接着性を示した。浸潤性では肝、肺血管内皮細胞で有意な差を認めなかった。C1300はin vivoの転移実験において肝に対して臓器特異的な転移性を示し、血管内皮細胞に対する接着性が転移の臓器特異性に関与していることを示唆する結果であった。肝血管内皮細胞(MHE-1)と腫瘍細胞(C1300)の接着はVCAM-1に対する抗体で阻害され、VCAM-1が接着に関与していると考えられた。肝血管内皮細胞(MHE-1)のVCAM-1の免疫染色では,10継代目では染色性が低下し、接着実験の結果と合致した。 4.同系マウス肝臓より肝細胞、Kupffer細胞を分離培養し、培養上清を血管内皮細胞単層培養に加えて、腫瘍細胞(C1300)の血管内皮細胞に対する接着性の変化を検討したところ、肝血管内皮細胞(MHE-1)に対する接着性が有意に上昇した。この上昇は抗IL-1 抗体で用量依存的に阻害された。リコンビナントIL-1 はC1300のMHE-1に対する接着性を上昇させたが、肺血管内皮細胞(MLE)に対する接着性には有意な変化はみられなかった。肝細胞、Kupffer細胞培養上清中のIL-1 がMHE-1の接着性上昇に関与していると考えられ、生体内において、肝血管系の接着因子の発現が周囲の肝細胞、Kupffer細胞よりのIL-1 を含むparacrineな因子により、上昇、維持されている可能性が考えられた。 5.ヒト骨肉腫細胞(MG-63)を低酸素下と通常酸素培養下で培養し、培養上清を回収し、マウス肝血管内皮細胞増殖活性を比較したところ、低酸素培養上清は有意に高い増殖活性を示した。RT-PCR法にて腫瘍細胞におけるVEGFmRNAを比較したところ、低酸素培養細胞は通常酸素濃度培養に比較して約8倍の有意に高いVEGFの発現を示した。 以上、本論文はマウス肝、肺血管内皮細胞と同系神経芽細胞腫の相互関係を検討し、神経芽細胞腫の早期継代肝血管内皮細胞(MHE-1)に対する接着性が、脾臓内移植による肝転移性と相関し、肝血管内皮細胞に対する高い接着性が神経芽細胞腫の肝に対する臓器特異的転移性に関与していることを示す結果を得た。又、神経芽細胞腫と肝血管内皮細胞との接着にVCAM-1が関与しており、肝血管系におけるVCAM-1の発現が、生体内において、肝細胞、Kupffer細胞等周囲よりの、IL-1 を含むparacrineな因子により、上昇、維持されている可能性を示し、癌の転移機構の解明に重要な貢献をなすと考えられた。さらに、転移標的臓器における2次腫瘍形成過程において、血管新生が関与する可能性について、低酸素下における腫瘍細胞のVEGFの発現を転写レベルと血管内皮細胞増殖活性の両面において確認し、転移機構の解明ならびに将来的な転移抑制に貢献をなすと考えられた。以上の研究は学位の授与に値するものと考えられる。 |