学位論文要旨



No 213579
著者(漢字) 星野,達夫
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,タツオ
標題(和) 都市化地域における農地所有権移転とその農地利用への影響
標題(洋)
報告番号 213579
報告番号 乙13579
学位授与日 1997.11.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13579号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨 1.目的

 農地の所有権移転は、農地の集積が進むなど営農の効率化に寄与することが望ましい。しかし、都市周辺地域においては、都市化を背景とした代替農地取得を理由とする農地所有権移転が高い割合を占めている。更に、農地の所有権移転の範囲が広域化する傾向にあり、市町村の境界を越えた農地所有が増加し地域の農地所有の細分化と錯綜が進んでいる。こうした点を問題意識とし、本研究では、第一に土地利用転換と農地所有権移転の関連性を把握すること、第二に農地分散が地域の農地利用におよぼす影響について考察することを目的とする。本論では大都市周辺地域として位置づけられる埼玉県を対象に調査を行った。

2.土地利用転換と農地所有権移転の関連性

 I章では、埼玉県全域において統計データを用い、都市化と農地所有権移転の空間的な分布に関する考察を行った。都市化に関する指標は、東京都心への近接性に対応していた。農地の所有権移転に関わる指標は、都市近接性に関わらず一定のものや、80分〜100分でピークの見られるものなど都市化の指標とは異なる傾向にある。ただし、個別の指標は類似の変化パターンを示すものがあるため、これらの指標を用い主成分分析を行った。主成分負荷量より、第一主成分は農地の所有権移転の活発さを示す成分、第二主成分は都市化を示す成分と解釈した。農地所有権移転の活発さを示す成分は、都市化が進んだ地域を一部重複し取り巻く形で分布していた。

 II章では、統計分析で得られた結果が農家の農地取得行動とどのように関連しているか知るために東武東上線沿線の5市町において農地取得者を対象にアンケート調査を行った。都市近接性の高い地域における農地取得行動は、代替農地として取得した割合が高い、農地を売却した経緯のある割合が高いことなどが示された。また農家毎の農地売却と農地取得の回数をクロス集計すると、過去に農地を売却した回数が多いと農地の取得回数も多かった。すなわち農家レベルにおいても農地売却と農地取得の関連性が示された。

 III章では、都市近接性の高い地域において占める割合の高い、代替農地取得のプロセスを把握した。そして代替農地取得が地域の農地所有権移転におよぼす影響と農地分散の評価を行った。調査は入間市において行われた首都圏中央連絡道(以下、圏央道)の用地買収を対象とした。用地買収を契機に代替地取得を行った地権者と行わなかった地権者はどの地目においても用地売却面積に大きな差異が見られた。この差は畑が最も大きく、売却のみが平均757m2で代替農地取得を行ったものは平均1,573m2であり倍の差が見られる。次に地目別に代替地取得の発生率をみると農地の場合19.3%と約5件に1件が代替地取得を行っているが、農地以外は8%程度であり農地の代替地需要の発生率が高いことが示された。市の農地所有権移転件数を月別にみると所有権移転件数が突出して多い月が見られる。この月は圏央道の代替地を理由とするものが8割程度を占めている。つまり農地所有権移転の件数の増減は、代替農地需要が反映されている。次に代替農地取得に伴う農家と農地の距離評価を行い農地分散を考察した。対象とした37ケースの内、通作の距離変化も所有者の距離変化も共に小さくなるのは7ケースである。反対に共に距離変化が大きくなるものは20ケースあり、農地分散が進む場合の方が多い。なお距離変化が共に小さくなった7ケースにおいても代替地取得により面積が増加したケースは1例である。このように代替農地取得により農地所有の分散と細分化が進むことが示された。

 入間市の事例は用地買収の行われた周囲に集団的な農地が広がっており、代替農地のほとんどは集団的な農地の中に求められた。このため代替農地の取得が最もローカルな範囲で収まったケースと言える。一方、入間市内においては圏央道以外の代替農地取得者はほぼ半数が入間市外居住者である。特に東京都からの農地取得が多い。このように地元に適当な取得先が無ければ、他の市町村に代替農地を求めることになり、農地分散は、入間市の事例より大きくなる。

3.農地分散が農地利用におよぼす影響

 IV章では、属人的な視点から考察を行うため代替農地取得による出作について考察した。高島平団地建設に伴い水田が全面的に改廃し、出作の発生した板橋区を対象に調査を行った。板橋区農家の区外農地の分布は、隣接する和光市、その隣の朝霞市に多い。区の農家の区内農地と区外農地の作目構成を比較した。区外農地では、野菜の作付け割合が26.9%で区内農地の割合64.9%に対して低い。反面、区外農地の果樹の割合が、区内農地よりも15ポイント高い。また花きの栽培は区内農地のみ見られ、穀物の栽培は区外農地でのみ見られる。すなわち区外農地では区内農地より粗放的栽培に適した作目が選択されている。

 V章では属地的視点から入作率の高い入間市を対象に、入作者の農地利用およびにそれが地域の農地利用に及ぼす影響を考察した。入間市内に農地を持つ入作農家は631戸である。居住地別の入作農家の数は青梅市、瑞穂町、所沢市など隣接の市町が多い。入耕者の居住地の分布は東京方面に広がっている。反面、入間市より北方や西方に住む入作者は少ない。市域の中央部分にあたる農地を対象に、農地利用の観察調査を年4回行い入作農地と地元農地の差異を検討した。この結果、入作農地は地元農地に比べ地場産品の茶の作付け比率が小さいなど作目の異質性が見られた。管理不良農地の発生は、入作農地が夏期に高いが、秋季と冬季ではほほ同じであった。年4回の調査で常に管理不良である農地の発生比率は変わらなかった。しかし、年1、2回管理不良と見なされる農地は入作農地の割合が高いことから、入作農地の方が粗放的な管理の行われる傾向にあり、夏期の間雑草が目立つことにつながっていると考えられる。

 入作農家全戸に対して、郵送によるアンケート調査を行った。そして入作農家の居住地を「都心方面」と「その他地域」に区分し、入間市から都心方向に居住する入作者とそれ以外の地域に居住する入作者の差異を検討した。その結果、現在の農地経営状況、今後の営農意向、農地管理の自己評価などの項目は、都心方面の入作者の方がかえって良好な回答が得られた。農地取得の理由に関して都心方面では代替農地の割合が高く、郊外地域では相続の割合が高い。このため農地の取得理由と農地利用の関連を調べた結果、相続により取得された農地で管理が低下する傾向が見られた。

 VI章では土地利用規制の緩い事例として草加市を対象とした。市街化区域における農地の維持という観点から農地分布と農地所有者の居住地との関係を考察した。市街化区域においては市内の農地所有者よりも市外農地所有者の農地から雑種地が発生し易かった。しかし、市域の縁辺部の農地および、隣接市町村居住者により所有されている農地は維持される傾向が見られた。農地の立地条件から小面積で隣接地が駐車場、資材置場、荒れ地などの場合、雑種地が発生し易いことが示された。

4.農地利用向上のための提言

 都市周辺地域における農地利用の是正を行う視点として、農地所有権移転のあり方に関する問題の是正と農地所有の分散と錯綜に対する問題の是正を取り上げる必要がある。前者は、圏央道の例のような用地買収ではなく、圃場整備と一体的な用地の捻出を行い換地処分の中で代替農地需要を吸収してしまう方策が望まれる。農地所有権移転の広域化防止については、農地を地元で取得することにメリットが生ずるような制度の確立が望まれる。後者の農地所有の分散と利用に関する是正としては、相続が発生した時の農地の継承をどのようにするべきか検討する必要がある。また、農地の交換分合を促進する必要があるため法人として土地保有機能を持つ農業振興公社の農地の斡旋機能の充実が考えられる。

5.結論

 第一に、土地利用転換と農地所有権移転の関連性については、都市化と農地所有権移転の指標の分布、属人的な売却と取得の関連性、用地買収契約と農地所有権移転件数の増減により示した。また、農地と農家の距離評価により代替農地取得により農地分散の進むことを示した。第二に農地分散と農地利用については地元農地に比べ、作目の異質性および粗放的な管理が見られた。管理不良農地の発生については、相続による影響が強かった。

審査要旨

 本研究は、都市周辺地域における農地の所有権移転が都市的土地利用のための農地売却を契機として行われていることに着目し、都市化を背景とした農地の所有権移転とそれが農地利用に及ぼす影響について論じている。

 これまで都市的視点からの農地所有権移転に関する研究は、都市開発の際に生ずる代替農地の取得やその農地利用にまでは関心が十分に払われていなかった。反対に、農業・農地の観点からの研究は、農地所有権移転を都市周辺地域における農地利用上の問題として取り上げているものの、都市化については定性的に捉えていたり、農地所有権移転を都市開発にまでさかのぼって把握するなどの点については十分に研究されてこなかった。本論は、すなわち、都市的視点からの研究と農地・農業的視点からの研究のそれぞれにおいて境界領域となっていた部分を重点に行った研究である。

 研究手法についても以下に示すとおり対象地域のスケールと精度に合わせ研究を掘り下げ、都市化と農地所有権移転のプロセスを詳細に把握している。そして農地所有の広域化と農地管理について属人的および属地的な2つの視点から検討を重ね、新たな知見を得ている。

 本論文の構成および各章の論点は以下の通りである。研究の背景と目的を序章において述べ、研究の対象地域を大都市周辺地域である埼玉県とした理由を示している。本論文の前半部分に相当する1〜3章は、都市化と農地の所有権移転の関連性をマクロからミクロへとスケールを変化させながら、より詳細に考察している。1章では、埼玉県92市町村を対象として、都市化と農地所有権移転に関する統計データの空間的な分布から、農地所有権移転が活発な地域は都市化が進んだ地域を取り囲むようにして分布していることを明らかにした。2章では、アンケート調査に基づき、都市近接性の高い地域においては代替農地取得を理由とした農地所有権移転の割合が高いことを示している。そして属人的には都市的な土地利用のための農地の売却と代替地としての農地取得が一体として行われていることを明らかにしている。3章では道路用地の買収を例に、経時的な視点から道路用地の買収件数の増減が農地所有権移転件数の増減に結びついていることを示している。また、代替農地取得に伴う農地分散について農家と農地の距離変化を分析し、代替農地取得が狭域的範囲にとどまっても農地分散が進むことを明らかにしている。

 後半部分の4〜6章については、都市化を背景とした広域的な農地所有権移転後に生ずる、市町村の境界を越えた農地所有を取り上げ、属人的および属地的な視点から検討を加えている。季節を変えた数百筆に及ぶ農地の観察調査や聞き取り調査により農地の利用調査を丹念に行い、詳細なデータに基づき農地利用の実態を論じている。4章では属人的な視点から出作を捉え、出作農地は農家の居住する地元農地に比べ、粗放的な栽培に適した作目が選択される傾向にあること、長期的に見ると出作農地は管理が低下する傾向にあることを明らかにしている。5章では属地的な視点から農振農用地区域を中心とした地域における入作地の農地利用と地元農家の農地利用の差異を、観察調査により得られたデータを用いて、明らかにしている。入作農地は地元農地に比べ作目の異質性と夏期を中心とした管理の粗放化が見られることを示すとともに、農地の管理不良は相続による要因が強いことを明らかにしている。6章では農業振興地域の指定のない事例地域について、同様に属地的な視点から、農地利用の実態を分析している。所有者の居住地や農地と市域境界との距離関係など、登記簿農地の属性の比較を通して、現況が雑種地となり易い条件の検討を行い、5年間の現況地目の変化を通じて雑種地は隣接地が農地以外の場合に発生し易いことを明らかにしている。

 以上を要約するに、都市化と農地所有権移転の関連性について、農地所有権移転の活発な地域の空間的分布、属人的に見た農地売却と農地の取得の一体性、道路用地の売却件数と農地の所有権移転件数の時間的な連続性を定量的分析により明らかにしていること、農地分散について、代替農地取得による農家と農地の位置関係にみられる距離変化を、通作の距離変化と所有者の距離変化とに分けて農地分散が進むことを明らかにしたこと、出入作農地の利用について、属人的に長期的には出作農地において管理低下が生じるが、代替農地取得が活発に行われている地域では、入作地が直ちに管理低下に結びつくという単純な図式で捉えられないことを明らかにしたものであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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