学位論文要旨



No 213580
著者(漢字) 鈴木,匡
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサシ
標題(和) キュウリモザイクウイルス遺伝子の機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 213580
報告番号 乙13580
学位授与日 1997.11.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13580号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 平井,篤志
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 白子,幸男
 東京大学 助教授 山下,修一
内容要旨

 キュウリモザイクウイルス(CMV)は多くの主要作物に甚大な被害を与えるウイルスで、極めて広い宿主範囲を有する。ゲノムとして3本の分節1本鎖(+)RNA(分子量の大きい方から順にRNA1,RNA2,RNA3)を持つ。そのうちRNA1は1aタンパク質を、RNA2は2aタンパク質をそれぞれコードしており、それらは両方ともRNA複製酵素の主要構成成分であると考えられており、一方、RNA3は移行タンパク質と考えられている3aタンパク質およびコートタンパク質(CP)の2種をコードしていることが知られている。しかしながら、ウイルスの細胞・組織間移行や病徴発現などにおけるこれら遺伝子産物の機能の全容については、まだ十分に明らかにされてはいない。本研究は、CMV黄斑系統(CMV-Y)のRNA1,RNA2,RNA3のコードする4種のタンパク質の機能の詳細を分子生物学的手法を用いて解析することを主たる目的として行った。その結果、3aタンパク質およびコートタンパク質に関して従来推定されていた機能を確認するとともに、新たにコートタンパク質がウイルスの細胞・組織間移行ならびに病徴発現にも強く関与していることを明らかにした。さらに、RNA1および2のcDNAを導入した形質転換タバコにおいて従来とは異なる機構によってウイルス抵抗性が発現することを見出した。

1.完全長cDNAクローンとin vitro感染性トランスクリプトの作製

 CMV-Yゲノムの全塩基配列に基づき、各分節ゲノムRNAについてT7プロモーター下流に接続した完全長のcDNAを作製した。RNA1については3個のクローンを連結後に転写ベクターへ挿入することにより、RNA2および3についてはT7プロモーター配列を含む5’末端合成プライマーを用いてそれぞれのcDNAを作製した。得られた完全長cDNAをT7RNAポリメラーゼを用いてin vitroで転写した後、これらのトランスクリプトRNA1,2,3を混合してタバコおよびササゲに接種したところ、親株CMV-Yと同様の病徴を生じた。この際、ウイルスRNAの5’末端へのG残基の付加と転写効率ならびに感染性との関係を検討したところ、G残基の付加が2・3個の方が転写効率は高いが、G残基の付加が無い方が感染性は高いことが示された。

2.3aタンパク質およびコートタンパク質遺伝子の細胞間移行機能

 RNA3cDNAクローンの3aタンパク質あるいはコートタンパク質のそれぞれの遺伝子内に、制限酵素を用いてさまざまな欠失変異を導入した。これらのRNA3部分欠失クローンのin vitroトランスクリプトを、RNA1および2のin vitroトランスクリプトと混合してタバコ葉肉プロトプラストあるいはタバコおよびササゲの植物体に接種した。プロトプラストでは接種1日後に蛍光抗体染色して感染率を測定するとともに、抽出したRNAについてノーザンプロットハイプリダイゼーションを行い、プロトプラストにおけるRNA3部分欠失クローンの蓄積をみた。その結果、3aタンパク質部分欠失クローンはプロトプラストでは野生型と同等の感染率ならびにRNA3の蓄積を示した。一方、コートタンパク質部分欠失クローンはプロトプラストで複製はしたが、野生型に比べRNA3の蓄積量は低かった。タバコおよびササゲの植物体に接種した場合にはいずれの変異クローンも全身感染しなかったが、これらのうちコートタンパク質のN末端側26アミノ酸のみを欠失した変異クローンはタバコ、ササゲで局部病斑のみを形成した。電顕観察の結果、この変異クローンのウイルス粒子はかなり不安定であった。以上のことから、細胞間移行には3aタンパク質が必須であるが、一方、全身移行には3aタンパク質とともにコートタンパク質が必須で、その際、特にコートタンパク質による完全なウイルス粒子の形成が重要であることが示唆された。

3.コートタンパク質の病徴発現に関与する領域

 CMV-Yはタバコに黄色モザイク症状、CMV-O(普通系)は緑色モザイク症状、CMV-M(国外産黄色病徴系統)は黄色モザイク症状を引き起こす。CMV-Y,CMV-OそれぞれのRNA3のコートタンパク質遺伝子について、cDNAレベルで種々のアミノ酸置換クローンを作製し、それらのin vitroトランスクリプトをRNA1,2とともにタバコに接種したところ、N末端から129番目のアミノ酸がプロリン(O型)の場合は緑色モザイク、セリン(Y型)の場合は黄色モザイク、ロイシン(M型)の場合は葉脈えそ症状を生じたが、野生型CMVにはないフェニルアラニンに置換すると接種葉にえそ斑を、グリシンに置換すると緑色モザイクを生じた。以上の結果から、コートタンパク質のN末端から129番目のアミノ酸が黄色モザイク、緑色モザイクのみならずえそ病徴発現にも関わっていることが明らかになった。これらアミノ酸置換クローンの接種葉およびプロトプラストについてノーザンならびにウェスタンプロット解析を行ったところ、RNA量、コートタンパク質量ともに野生型と大きな差は見られなかったが、えそ型であるロイシンあるいはフェニルアラニン置換クローンでは電顕観察でウイルス粒子がほとんど検出されず、プロトプラストの蛍光抗体染色で抗原の凝集が認められた。このことからえそ型置換クローンではコートタンパク質の凝集とそれに伴うウイルス粒子の形成能の著しい低下が生じ、それが何らかの引き金となってえそが誘導されると推定された。また、フェニルアラニン置換クローンを接種したタバコから得られた全身感染復帰型変異クローンを解析したところ、129番のフェニルアラニンは保存されているが、他の部位に置換が認められる例があった。以上の結果から、えそ症状は129番目のアミノ酸とその近傍のアミノ酸とで形成される高次構造が変化し、コートタンパク質がウイルス粒子をほとんど形成できなくなる結果、誘導されるのではないかと考えられた。

4.RNA1および2のcDNAを導入した形質転換タバコの作製とそのCMV抵抗性

 CMVの宿主範囲は広く、また、多数の系統が存在することから、抵抗性の母本となる植物が少なく、従来から行われてきた交雑による抵抗性植物の育種には限界がある。近年、タバコモザイクウイルス(TMV)のコートタンパク質遺伝子を植物に導入・発現させることによってTMVに対する抵抗性を付与できることが報告されて以来、数多くの植物ウイルスについてコートタンパク質遺伝子の導入による抵抗性植物の作製が広く行われるようになった。CMVにおいても、ウイルス遺伝子もしくはCMVサテライトRNAを導入した形質転換植物が作られ、CMV抵抗性植物が作製されている。最近、ウイルスRNA複製酵素遺伝子の一部もしくはその変異遺伝子の導入によってもウイルス抵抗性が付与されることが報告され、その機構が注目されている。そこで本研究ではCMVのRNA複製酵素をコードするRNA1およびRNA2のcDNAをタバコに導入し、この形質転換タバコにおける導入遺伝子の発現とCMVに対する抵抗性について検討した。CMV RNA1およびRNA2の完全長cDNAをカリフラワーもザイクウイルス35Sプロモーターの転写開始点直下に連結し、バイナリーベクター法によってタバコ(品種:BY-4)に形質転換を行った。得られた形質転換タバコ(V1;RNA1導入、V2;RNA2導入)からそれぞれ1系統を選抜し、両者を交配してRNA1とRNA2をともに発現する形質転換タバコ(V1V2およびV2V1)を作製した。RNase protection assayの結果、V1タバコ、V2タバコではそれぞれRNA1,RNA2が導入されているにも関わらず、RNA1あるいはRNA2の転写量は極めて低かった。これに対しV1V2(V2Vl)タバコではRNA1およびRNA2の転写量がV1タバコ、V2タバコの10〜20倍と高かった。このことから、V1V2(V2V1)タバコではRNA1およびRNA2が転写後に自己複製しているものと推定された。V1V2(V2Vl)タバコの細胞レベルでのCMV抵抗性をプロトプラストで検定したところ、CMV粒子あるいはCMV RNAの接種に対してともに強い抵抗性を示したが、植物体ではCMV粒子を接種した場合よりもCMV RNAを接種した場合の方が特に強い抵抗性を示した。一方、交配親であるV1タバコおよびV2タバコは植物体レベルでほとんど抵抗性が認められなかった。以上の結果は、近年、ウイルス遺伝子導入形質転換植物の抵抗性に関して提唱されているreplicase-mediated resistanceに相当するが、それらの機構として従来からあげられているRNA・mediated resistance,coat protein-mediated resistanceのいずれの仮説でも十分説明できない反応であり、新たな抵抗性機構が存在する可能性を示唆したものとして注目される。

審査要旨

 キュウリモザイクウイルス(CMV)は、ゲノムとして3本の分節1本鎖(+)RNA(分子量の大きい方から順にRNA1,RNA2,RNA3)を持つ。RNA1は1aタンパク質を、RNA2は2aタンパク質をコードしており、ともにRNA複製酵素の主要構成成分である。RNA3は移行タンパク質である3aタンパク質およびコートタンパク質(CP)の2種をコードしている。しかし、ウイルスの細胞・組織間移行や病徴発現などにおけるこれら遺伝子産物の機能の全容については、未だ十分に明らかにされていない。そこで本研究では、CMV黄斑系統(CMV-Y)のRNA1,RNA2,RNA3のコードする4種のタンパク質の機能について解析した。

1.完全長cDNAクローンとin vitro感染性トランスクリプトの作製

 CMV-Yゲノムの各分節ゲノムRNAについて、T7プロモーター下流に接続した完全長のcDNAを作製した。得られた完全長cDNAをin vitroで転写した後、これらのトランスクリプトを混合してタバコおよびササゲに接種したところ、親株CMV-Yと同様の病徴を生じた。

2.3aタンパク質およびコートタンパク質遺伝子の細胞間移行機能

 RNA3cDNAクローンの3aタンパク質あるいはコートタンパク質のそれぞれの遺伝子内に、さまざまな欠失変異を導入し、これらのRNA3部分欠失クローンのin vitroトランスクリプトを、RNA1および2のトランスクリプトと混合してタバコ葉肉プロトプラストあるいはタバコおよびササゲの植物体に接種した。その結果、3aタンパク質部分欠失クローンはプロトプラストでは野生型と同等の感染率ならびにRNA3の蓄積を示した。一方、コートタンパク質部分欠失クローンはプロトプラストで複製はしたが、野生型に比べRNA3の蓄積量は低かった。タバコおよびササゲの植物体に接種した場合にはいずれの変異クローンも全身感染しなかった。以上から、細胞間移行には3aタンパク質が必須であり、全身移行には3aタンパク質とともにコートタンパク質が必須であることが示唆された。

3.コートタンパク質の病徴発現に関与する領域

 CMV-Yはタバコに黄色モザイク症状、CMV-O(普通系)は緑色モザイク症状を引き起こす。CMV-Y,CMV-OそれぞれのRNA3のコートタンパク質遺伝子について、cDNAレベルで種々のアミノ酸置換クローンを作製し、それらのin vitroトランスクリプトをRNA1,2とともにタバコに接種したところ、N末端から129番目のアミノ酸がプロリン(O型)の場合は緑色モザイク、セリン(Y型)の場合は黄色モザイクを生じた。以上の結果から、コートタンパク質のN末端から129番目のアミノ酸が病徴発現に関わっていることが明らかになった。

4.RNA1および2のcDNAを導入した形質転換タバコの作製とそのCMV抵抗性

 CMVのRNA複製酵素をコードするRNA1およびRNA2をともに発現する形質転換タバコを作製し、この形質転換タバコにおける導入遺伝子の発現とCMVに対する抵抗性について検討した。その結果、この形質転換タバコではRNA1およびRNA2が転写後に自己複製しており、そのプロトプラストではCMV粒子あるいはCMV RNAの接種に対してともに強い抵抗性を示した。一方、その植物体ではCMV粒子を接種した場合よりもCMV RNAを接種した場合の方が強い抵抗性を示した。

 以上を要するに、本研究は、CMVのRNA1,RNA2,RNA3のコードする4種のタンパク質の機能を解析した結果、3aタンパク質およびコートタンパク質に関して従来推定されていた機能を確認するとともに、新たにコートタンパク質がウイルスの細胞・組織間移行ならびに病徴発現にも関与していることを明らかにした。さらに、RNA1および2のcDNAを導入した形質転換タバコにおいてウイルス抵抗性が発現することを見出した。本研究で得られた成果は学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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