気管支喘息は、可逆性の閉塞性呼吸器疾患であり、気道局所への好酸球を中心とした炎症細胞の浸潤を伴う、慢性的炎症性疾患と定義される。このことから、気管支喘息をコントロールするためには、気道閉塞を寛解すると共に、気道の炎症を制御することが重要である。 一方、フォスフォジエステラーゼ(phosphodiesterase;PDE)は、細胞内環状ヌクレオチドの加水分解を触媒する酵素である。PDE isozymeの遺伝子ファミリーは、少なくとも7種類存在しており、各PDE isozymeの分布は、細胞または臓器により異なる。PDE4は、環状アデノシン3’,5’-一リン酸(cyclic adenosine 3’,5’-monophosphate;cAMP)を特異的に分解するisozymeであり、気管支平滑筋と多くの炎症細胞に分布する。PDE4活性を阻害すると、細胞内cAMPレベルが上昇し、気管支平滑筋の収縮ならびに多くの炎症細胞の活性化が抑制される。このことから、PDE4活性を阻害する薬剤は、気管支拡張作用と抗炎症作用の両者を発揮する可能性がある。これまでに、気管支拡張作用と抗炎症作用の両者を明確に発揮する気管支喘息治療薬は普及していないことから、PDE4阻害薬は、新規気管支喘息治療薬としての有効性が期待される。 我々は、新規気管支喘息治療薬の開発過程において、新たにPDE4活性を特異的に阻害する化合物(T-440と呼称)を見いだした。これまでに、T-440の一連の誘導体が、モルモット肺のPDE4を選択的に阻害し、麻酔モルモットにおける抗原あるいはヒスタミン誘発気管支収縮を抑制することを明らかにしている。T-440は、これら一連の誘導体のうち、PDE4阻害活性および他のPDE isozymeに対する選択性の点で、最も優れた性質を有する化合物である。 本論文では、T-440の抗喘息作用ならびにその作用機序を明らかにし、気管支喘息治療薬としての可能性を追求することを目的とした。 気管支喘息患者の約半数は、抗原吸入後に二相性の呼吸困難症状、すなわち即時型喘息反応(immediate asthmatic reaction;IAR)および遅発型喘息反応(late asthmatic reaction;LAR)に見舞われる。このことから、動物モデルにおいてIARおよびLARに対する作用を検討することは、気管支喘息治療薬を評価する上で重要である。 そこでまず、モルモットを用い、IARおよびLARの両者を発現する実験喘息モデルの作製を試みた。感作モルモットに特異抗原を吸入暴露すると、IARは発現したが、LARは発現しなかった。しかしながら、コルチコステロイドの生合成を阻害するメチラポンを慢性的に処置することにより、明らかなLARの発現が認められた。 この実験喘息モデルに対するT-440の作用を、抗炎症作用を有する気管支喘息治療薬である、ステロイド剤のデキサメサゾンを対照薬に用いて検討した。T-440を経口投与することにより、抗原誘発IAR、LARおよびLAR発現に伴う気道内への好酸球浸潤は、いずれも同程度の用量で抑制された。デキサメサゾンは、LARおよび好酸球浸潤を抑制したが、IARに対しては影響を与えなかった。T-440の有効用量は、デキサメサゾンとほぼ一致していたことから、T-440のIAR、LARおよび好酸球浸潤に対する抑制作用は、臨床においても同時に発揮される可能性が示唆された。 IARは、抗原暴露後に肥満細胞などから放出される、種々のケミカルメディエーターによる気管支収縮反応を反映していると考えられている。そこで、T-440によるIAR抑制の作用機序の一端を解明する目的で、麻酔モルモットにおける抗原およびケミカルメディエーター誘発気管支収縮に与える影響を検討した。その際、気管支拡張作用を有する気管支喘息治療薬として処方されており、非選択的PDE阻害作用を有するテオフィリン(TP)との比較を行った。その結果、T-440は、抗原ならびに種々のケミカルメディエーターにより誘発される気管支収縮を用量依存的に抑制し、その効力は、いずれもTPより強かった。このことから、T-440が気管支拡張作用を有しており、T-440によるIAR抑制に、抗原暴露後に放出された種々のケミカルメディエーターによる気管支収縮に対する抑制作用が関与していることが示唆された。 TPは、多くの副作用を有しており、少なくともその一部分は、PDE阻害作用における非選択性に起因すると考えられている。そこで、PDE阻害薬に懸念される副作用の一つである、心拍数増加作用について、麻酔モルモットを用い、静脈内投与で検討した。その結果、T-440の心拍数増加作用は、TPよりも弱かった。このことは、T-440のPDE4に対する高い選択性を反映していると思われる。それゆえ、T-440が、気管支拡張作用だけでなく、副作用の面においても、TPよりも優れた気管支喘息治療薬となる可能性が示唆された。 医薬品の最も一般的な投与経路は、経口投与であるが、特に、呼吸器疾患治療薬を処方する場合、吸入製剤もよく用いられる。そこで、T-440のヒスタミン誘発気管支収縮抑制作用を、吸入投与および十二指腸内投与で検討し、静脈内投与の場合と比較した。その結果、T-440は、吸入投与および十二指腸内投与によっても気管支収縮を抑制し、その効力は、いずれもTPよりも強かった。このことから、T-440の吸入製剤化の可能性も示唆された。 一方、LARは、抗原暴露に伴い気道に集積した、好酸球を中心とする炎症細胞から放出される、種々のケミカルメディエーターによる気道狭窄反応を反映していると考えられている。近年、この気道における好酸球性炎症の発症に、活性化T細胞から産生されるinter leukin(IL)-5が重要な役割を担うことが明らかにされてきた。そこで、まず、気管支喘息における気道の好酸球性炎症の発症に対する、T細胞が産生するIL-5の役割をさらに明らかにする目的で、気管支喘息患者末梢血単核球(peripheral blood mononuclear cells;PBMC)のIL-5産生能について検討した。その結果、PBMCは、特異抗原もしくはCキナーゼの活性化薬であるphorbol-12-myristate-13-acetate(PMA)とCa2+イオノフォアであるイオノマイシンの同時刺激(PMA・イオノマイシン刺激)に応じてIL-5を産生した。また、PBMC中のIL-5産生細胞のほとんどは、ヘルパー(CD4陽性)T細胞であることが明らかとなった。アトピー性気管支喘息患者および非アトピー性気管支喘息患者のPBMCは、PMA・イオノマイシン刺激に応じてIL-5を産生したのに対し、健常人のPBMCは、IL-5をほとんど産生しなかった。IL-2、IL-4およびIFN-の産生量は、いずれもPMA・イオノマイシン刺激に応じて増加し、各群間で、その産生量に明らかな差は認められなかった。このことから、IL-5は、気管支喘息の発症を制御する主因子の一つであることが示された。 気管支喘息患者における気道の好酸球性炎症に、ステロイド剤が有効性を示すことが知られている。また、我々は、デキサメサゾンが、モルモットにおける抗原誘発LARおよび気道内好酸球浸潤を抑制することを明らかにした。このことから、ステロイド剤は、T細胞のIL-5産生を抑制する可能性が考えられる。そこで、気管支喘息患者PBMCのIL-5産生に対する、ステロイド剤の作用を検討した。その結果、デキサメサゾンは、in vitroでPBMCのIL-5産生を抑制した。また、プロピオン酸ベクロメサゾンを用いた気管支喘息治療に伴う臨床症状の改善と並行して、PBMCのIL-5産生能が低下した。このことから、ステロイド剤は、ヘルパーT細胞のIL-5産生を抑制することが明らかとなり、気道の好酸球性炎症に対するステロイド剤の治療効果に、IL-5産生抑制作用が関与していることが示された。また、抗原暴露に伴う、気道局所への好酸球浸潤およびLARの発現は、ヘルパーT細胞から産生されるIL-5によって制御されていることが示唆された。 そこで、T-440によるLARおよび気道内好酸球浸潤抑制の作用機序の一端を明らかにする目的で、気管支喘息患者PBMCのIL-5産生に対する作用を検討した。その結果、T-440は、抗原刺激によるPBMCのIL-5産生および増殖反応を濃度依存的に抑制した。T-440は、concanavalin(Con)A刺激によるPBMCのIL-2、IL-4およびIL-5産生も抑制した。プロスタグランジンE2、フォルスコリンおよびジブチリルcAMPもConA誘発IL-2、IL-4およびIL-5産生をT-440と同様に抑制した。T-440は、PBMCのcAMP-PDE活性を阻害し、それに伴い、細胞内cAMPレベルを上昇させた。それゆえ、T-440が、PDE阻害に基づく細胞内cAMPレベル上昇作用により、ヘルパーT細胞のIL-5産生を抑制することが明らかとなった。このことから、T-440によるLARおよび気道内好酸球浸潤抑制に、IL-5産生抑制作用が関与していることが示唆された。 以上の成績から、T-440は、cAMP-PDE活性を阻害することにより細胞内cAMP濃度を上昇させ、気管支拡張作用に基づいてIARを抑制し、また、IL-5産生抑制作用に基づいて気道内への好酸球浸潤ならびにLARを抑制することが明らかとなった。このことから、T-440は、気管支拡張作用と抗炎症作用を合わせ持つ、新規気管支喘息治療薬となる可能性が示唆された。 |