学位論文要旨



No 213584
著者(漢字) 野口,修治
著者(英字)
著者(カナ) ノクチ,シュウジ
標題(和) Ustilago sphaerogena由来リボ核酸分解酵素RNase U2の立体構造X線結晶構造解析による研究
標題(洋)
報告番号 213584
報告番号 乙13584
学位授与日 1997.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13584号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨 [序]

 リボ核酸分解酵素RNase U2は、Ustilago sphaerogenaが産生する114アミノ酸残基からなるendoribonucleaseである。RNase U2は一本鎖RNAのプリン塩基、特にアデニンを特異的に認識し、ホスホジエステル結合を切断する。その酵素反応では、RNAのリボースO2’が塩基触媒にプロトンを渡してリン原子を求核的に攻撃し、リボースO5’が酸触媒からプロトンを受け取ってリン原子から脱離して2’,3’-環状ヌクレオチド中間体を生じ、次に、水分子がリン原子に求核的に付加し、リボースO2’が脱離してヌクレオチド3’-リン酸が生じると推定されている。本研究では、RNase U2の蛋白質立体化学的な特徴及び立体構造の多様性を明らかにし、酵素反応機構を解明するために、RNase U2のX線結晶構造解析を行った。

[結晶化とX線解析]

 U.sphaerogenaの培養液から精製したRNase U2を蒸気拡散法により結晶化し、シンクロトロン放射光または銅K線を用いてX線回折強度を収集した。IIからVII型の7種の結晶型のうち、まずII型結晶について、RNase U2とのアミノ酸の一致度が28%のAspergillus oryzae由来のRNase T1をモデル分子とした分子置換法により初期構造を求め、分子モデル構築と結晶学的構造精密化を行った。III、IV、V、VI、VII、及びVIII型の各結晶の構造はII型結晶の構造を用いる分子置換法により決定し、結晶学的構造精密化を行った(表1)。II、III型結晶では硫酸イオンが、VII型結晶では阻害剤のアデノシン2’-リン酸(2’-AMP)とCa2+が、VIII型結晶では酵素反応産物のアデノシン3’-リン酸(3’-AMP)が蛋白質分子に結合している。

表1 精密化されたRNase U2結晶構造の統計
[三次元構造の概略]

 RNase U2は直径約30Åの球状の蛋白質で、N末端側から2本鎖シート、4.4回転のヘリックスと5本鎖シートを持ち、ヘリックスと5本鎖鎖がほぼ直交した形で積み重なっている(図1)。さらに、Ala47からGlu49に1回転の310ヘリックスと、Ser74からAsn77に分子表面に突き出た長いヘアピンが存在する。RNase T1と共通なアミノ酸残基の原子位置の根二乗平均変差は2.5Åであり、アミノ酸残基の相同性が28%と低いにもかかわらず小さな値である。II、III、IV、V、VI、VII、VIII型結晶の構造を重ね合わせると、主鎖原子位置の根二乗平均変差は0.47Å、全原子位置では1.00Åである。各結晶構造間で構造の変差が大きい部位は分子表面に存在するAsp34、Asp45、Arg75、Asn91とTyr107付近に局在している。これらの領域は温度因子が大きく、構造の揺らぎも大きいと考えられる。特に、VII型ではヘリックスのC末端側の部位にはCa2+が結合し、Ser74からAsn77のヘアピン構造が約4Å移動して変差が大きくなっている。

図1. RNase U2と3’-AMP複合体の全体構造
[Asp45のイソアスパラギン酸への異性化]

 II型結晶ではAsp45がイソアスパラギン酸(isoAsp)に異性化していることを見いだした(図2)。これは結晶化の過程でアスパラギン酸がスクシンイミドを経て異性化したものと考えられる。isoAsp45主鎖部分は伸びきったコンフォメーションを示し、L-isoAsp-L-Alaの結晶構造とほぼ同じである。これはペプチド結合を形成するアミノ酸の安定なコンフォマーの一つであることを示している。isoAsp45はO1原子がAla47Nと、O2原子が隣接分子のAsp37’及びTyr72’と水素結合を形成しており、これら水素結合が主鎖にメチレン基が導入されて自由度の増したisoAsp45のコンフォメーションを安定化している。

図2. IsoAsp45周辺の電子密度

 このようなアスパラギン酸の異性体がニワトリ卵白リゾチームにも存在することに着目し、その異性体を精製、結晶化して、構造解析を行った。その結果Asp101から生じたスクシンイミド体の立体構造を初めて得ることができた。スクシンイミドの近傍はtype I ターンに似た構造を形成している。

[アデニン塩基の認識]

 VIII型結晶では、酵素反応産物の3’-AMPはRNase U2分子の中央にある幅約9Åの溝状部に結合している(図3)。3’-AMPのリボースのパッカリングはC3’-endo、塩基はsynの配置である。アデニン塩基はTyr44、Glu49、Asp108に囲まれた領域に結合している。アデニン塩基にはTyr44主鎖のNとOがそれぞれアデニン塩基のN7とN6に、Glu49側鎖のOとOがアデニン塩基のN6とN1に水素結合しており、これらの残基がアデニンの特異的認識を担っている。310ヘリックスを挟んで配置するTyr44主鎖とGlu49側鎖から成る塩基認識部位の構造は、RNase T1などの微生物由来の類似のRNaseには存在せず、アデニン塩基の認識に特徴的なものと考えられる。

図3. 3’-AMP結合部周辺の構造
[触媒部位の構造と反応機構]

 RNase U2に結合した3’-AMPリン酸基の酸素原子のうち、O3Pは蛋白質分子の内部を向き、Glu62側鎖とArg85に水素結合しでいる。O1PとO2Pは溶媒領域に面してWat549に水素結合しており、またTyr39OがO2Pに、His101がO1Pに水素結合している。リボース部分ではHis41とリボースO2’間に水素結合が形成され、リボースO2’はリン原子に関してO1Pと反対側に位置している。この3’-AMPの結合様式では、リボースO5’及びリン酸基のO1PまたはO2PのまわりにRNA鎖が連なり得る空間が存在しており、基質のRNAもこの結合様式をとり得ることを示している。

 このような触媒部位の構造から、次のような酵素反応機構が考えられる。まずリボースO2’がO1Pの反対側からリン原子に接近して求核的に攻撃する。このときリボースO2’からプロトンを受け取る塩基触媒の役割を果たす残基は、His41またはGlu62である。触媒部位の奥に位置するArg85は、RNase U2分子内部を向くO3Pと水素結合を形成してリン原子の求電子性を高め、リボースO2’によるリン原子への求核攻撃反応を促進する役割を果たす。リボースO2’がリン原子に付加して生じる三角両錐型の五配位リン原子遷移状態では、O1PはリボースO2’と共に両錐の頂上部を占め、O2PはO3P及びリボースO3’と共に平面三配位部を占める。次に、リン原子からリボースO5’が脱離し2’,3’-環状ヌクレオチドが生じるが、O1Pが脱離するヌクレオチドのリボースO5’に対応する場合は、His101が脱離するリボースO5’にプロトンを供給する酸触媒の役割を果たす。一方、O2Pが脱離するリボースO5’に対応するとした場合は、リン原子に結合した原子が偽回転を起こし、O2Pが五配位の両錘頂上部を占めてリン原子から脱離する。リボースO5’は偽回転前にTyr39から、または偽回転後にHis101からプロトンを受け取る。反応中間体である2’,3’-環状ヌクレオチドの加水分解は、RNA切断の逆反応として起こるとして理解できる。

[ヌクレオチド結合サブサイト]

 RNase U2はRNA切断反応時には、切断されるホスホジエステル結合O5’側の少なくとも2残基のヌクレオチドと相互作用する事が示唆されており、ヌクレオチドが結合するサブサイトが存在すると考えられる。VII型結晶での2’-AMPの結合位置は、切断されるホスホジエステル結合のO5’側1番目のヌクレオチドの結合サブサイトの位置を示していると考えている。2’-AMPのリン酸基は、3’-AMPのリン酸基とほぼ同じ位置に結合し、アデニン塩基はPro81からPro83の領域とHis101に囲まれた領域に結合してHis101のイミダゾール環と3.2Åの密な接触をしている。このサブサイトの位置は、触媒部位に関してリン酸基を求核攻撃するリボースO2’とは反対側にあり、リン原子からヌクレオチドが脱離するのに適している。

[総括]

 RNase U2の結晶構造を、アミノ酸配列の相同性が28%と低いRNase T1をモデル分子とした分子置換法により決定することができた。全体構造はヘリックスと5本鎖鎖がほぼ直交した形で積み重なっており、類縁の微生物由来RNaseと共通のトポロジーであるが、塩基結合部近傍の310ヘリックス及び分子表面の長いヘアピン構造はRNase U2に特有の構造モチーフである。酵素反応産物の3’-AMPとの複合体の結晶構造から、310ヘリックスを挟んで位置するTyr44とGlu49がRNase U2の特徴であるアデニン特異性を担うことを見いだし、酵素反応に関与するアミノ酸残基を同定して基質との相互作用様式を考察することができた。また、酵素反応の結果リン酸基から脱離するヌクレオチドが結合するサブサイトを発見した。今後、酵素反応中間体の2’,3’-環状ヌクレオチドとRNase U2との複合体の結晶構造が得られれば、反応機構に関するさらに詳細な知見が得られると考えられる。

 イソアスパラギン酸を持つRNase U2とスクシンイミドをもつリゾチームの結晶構造を、アスパラギン酸が異性化している蛋白質の立体構造として初めて決定した。アスパラギン酸が異性化した蛋白質は加齢によって生体内に蓄積されるという報告があり、蛋白質におけるアスパラギン酸異性化と老化現象との関連が注目されているが、これらの結晶構造は蛋白質におけるアスパラギン酸の異性化反応を構造生物学的に解明するための基礎となり得る。

審査要旨

 リボ核酸分解酵素ribonuclease(RNase)U2は,クロボキンUstilago sphaerogenaが産生するアミノ酸114残基からなるendoribonucleaseである。RNase U2は1本鎖RNAのプリン塩基,とくにアデニンを特異的に認識することからRNAの配列解析にも用いられている。その酵素反応の機構では,類縁のAspergillus oryzae由来RNase T1との類推から,2’,3’-環状ヌクレオチド中間体を経てRNAを水解切断するものと推定されているが,これら酵素の認識機構と反応機構の構造的な知見は未だ十分には得られていない。本論文は,RNase U2の三次元構造上の特徴と多様性,基質認識と酵素反応の機構の解明を目的としたX線結晶構造解析による研究を述べたものである。

 研究では,シンクロトロン放射光と銅K X線を用いてRNase U2の結晶の7型についてX線回折強度を測定した。まず,II型結晶について,RNase T1をサーチ構造とする分子置換法によりRNase U2の初期構造を求め,結晶学的に構造を精密化した。ついで,III,IV,V,VI,VIIおよびVIII型の各結晶の構造をII型結晶の構造を参照して同様に決定した。得られた主な知見は以下のとおりである。

 RNase U2分子は直径約30Åの球状であり,N末端側から2本鎖シート,4.4回転のヘリックスと5本鎖シートを有する。7種の結晶型の構造を重ね合わた結果,主鎖原子位置の根二乗平均変差は0.47Å,全原子位置では1.00Åと大きく,この大きな構造変位と,Ala47からGlu49に1ターンの310ヘリックス,Ser74からAsn77にかけて分子表面に突き出た長いヘアピン構造を有することがRNase U2の特徴である。

 II型結晶では,報告されていたアミノ酸配列の誤りと,Asp45がイソアスパラギン酸(isoAsp)に異性化してペプチド結合を成していることを,電子密度分布に基づいて見いだした。isoAsp45の主鎖部分は,主鎖にメチレン基が挿入され,L-isoAsp-L-Alaの結晶構造とほぼ同じ伸びきった自由度を増したコンフォメーションをとっている。

 研究では,アスパラギン酸の異性化がニワトリ卵白リゾチームにも生ずることに着目し,異性体蛋白質を精製し,X線結晶構造解析を行った。その結果,Asp101から生じたイソアスパラギン酸体,環状のスクシンイミド中間体の双方の三次元構造を得ることに成功した。アスパラギン酸が異性化した蛋白質が加齢とともに生体内に蓄積されていくとの報告が増えつつおり,本研究は異性化反応の構造的な理解を初めて与えるものである。

 VIII型結晶では,RNase U2分子の中央の幅約9Åの溝状部に酵素反応産物のアデノシン3’-リン酸(3’-AMP)が結合しており,そのアデニン塩基はTyr44,Glu49とAsp108に囲まれた領域に位置し,Tyr44主鎖のNとOがそれぞれ塩基のN7とN6に,Glu49側鎖の2とが塩基のN6とN1に水素結合することによって認識されている。Tyr44主鎖とGlu49側鎖から成る塩基認識部位の構造は微生物由来の類似の酵素とは異なり,アデニン塩基を認識するRNase U2に特有のものである。

 結合した3’-AMPのリン酸基の酸素原子はTyr39,Glu62,Arg85,His101,および水分子549と水素結合を形成している。His41が水素結合しているリボースO2’はリン原子に関してリン酸基の酸素原子O1Pと反対側に位置する。この触媒部位の構造から,酵素反応は次の経路をとると考察した。まず,リボースO2’がO1Pの反対側からリン原子を求核的に攻撃する。このときO2’からプロトンを受け取る塩基触媒の残基としてHis41またはGlu62を論文では指摘している。生じた三角両錐型の五配位リン原子の遷移状態ではO1PはO2’と共に両錐の頂上部を占め,次いで,リン原子からリボースO5’が脱離して2’,3’-環状ヌクレオチドを生ずることになるが,O5’にプロトンを供与する酸触媒の残基としてはHis101を有力とし,Tyr39の寄与も指摘している。

 RNA切断反応時には,切断されるO5’側の少なくとも2残基のヌクレオチドが結合するサブサイトの存在が考えられる。VII型結晶でのアデノシン2’-リン酸(2’-AMP)のリン酸基は触媒部位,塩基はPro81からPro83にかけてとHis101に囲まれた領域に位置している。この領域を1番目のヌクレオチドが結合するサブサイトに帰着することにより,サブサイトへの結合がヌクレオチドの脱離を促進するという知見をよく説明できた。

 本論文は,RNase U2の構造と機能の理解に必須とされる詳細な三次元構造の知見を与え,また,蛋白質中のアスパラギン酸が環状スクシンイミドを経てペプチド結合を生ずることを三次元構造に基づいて初めて示した。よって,本論文は,蛋白質の構造化学,構造生物学および薬学の進歩に貢献するところが大きく,博士(薬学)の学位の授与に価する内容を有すると判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54039