学位論文要旨



No 213586
著者(漢字) 安田,公助
著者(英字)
著者(カナ) ヤスダ,コウスケ
標題(和) キラルアミンを用いるケトン類のエナンチオ選択的マイケル反応の開発
標題(洋)
報告番号 213586
報告番号 乙13586
学位授与日 1997.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13586号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨

 マイケル反応は有機合成化学上重要な炭素-炭素結合形成反応の1つである。また、ケトン類1は最も基本的なsynthonであり、その金属エノラート1’はマイケル反応のdonorとしても汎用される化学種である。従って、ケトンをdonorとする不斉マイケル反応を開発すれば有用な不斉合成反応となると考えられる(Figure 1)。しかし、エナンチオ選択的なケトンの不斉マイケル反応に関してはその例が極めて少なかった。一方、古賀らは、キラルアミン6-Hを用いるケトンの不斉アルキル化反応に於いて高いエナンチオ選択性を得ている(Figure 2)。そこで、キラルなアミン類を不斉リガンドとすればマイケル反応に於いても高い選択性を期待し得ると考え本研究を行なった。

Figure 1 ケトンを用いるエナンチオ選択的マイケル反応Figure 2 キラルアミンを用いたエナンチオ選択的アルキル化反応1.メチルケトンをdonorとするエナンチオ選択的マイケル反応1-1.条件検討

 キラルアミン6-Hからメチルリチウム-リチウムブロマイド錯体(MeLi-LiBr)を用いて作ったリチウムアミド6-Liによりアセトフェノン1aを脱プロトン化するか(Method A)、または、アキラルな2級アミン8-Hのリチウムアミドを用いて1aを脱プロトン化した後6-Hを添加することによりキラルアミン・リチウムエノラート錯体9を調製し(Method B)、additiveの共存下・非共存下にaging処理をした後、ベンジリデンマロン酸ジメチル3aと-80℃で反応させた(Figure 3)。付加体4のeeは、光学活性カラムを用いたHPLCによりを決定した。

Figure 3. キラルアミンを用いるメチルケトンのエナンチオ選択的マイケル反応

 各種の条件検討により、以下のような最適条件を見い出した。トルエン中、ヘキサメチルジシラザン8a-H(2eq.)とMeLi-LiBr(MeLi1.04eq.;MeLi:LiBr=1:1.15)から調製したリチウムヘキサメチルジシラジド8a-Liにより1aの脱プロトン化を-20℃、30min行ない、6-H(1.1eq.)を添加した後、agingを-20℃30min;0℃30min行なって錯体9(濃度0.02M)を生成させる。9の等量がacceptor3aに対して2eq.になるようにし、-80℃で、72h反応を行なう事により4aを収率93%(based on 3a)、ee92%で得た(Table 1;run 1)。また、各種のキラルアミンを用いて反応を行なったが、収率・ee共に6-Hが最も良い結果を与えた。

Table 1 各種の基質を用いたメチルケトンのエナンチオ選択的マイケル反応
1-2.各種の基質を用いた反応

 1-1.で得られた最適条件下に他の基質を用いて反応を行なった(Table1)。Donorを1aとし、acceptorとしてベンジリデンマロン酸ジエチル3bを用いた場合94%eeと高い不斉収率が得られた(run2)。ベンジリデンマロノニトリル3cでは不斉誘起は殆ど見られなかった(run3)。-ニトロスチレン3dでは付加体4dのeeは69%であった(run4)。Acceptorとして3aを用い各種のメチルケトンをdonorとして反応を行なった場合、R=Ph、4-MePh、4-MeOPh、2-Naphthyl(1a〜d)では90%以上の高いeeで付加体4a、e〜gが得られた(run1,5〜7)。一方、1-アセトナフトン1e、及び、ピナコロン1fの場合不斉誘起は見られなかった(run8,9)。カルボニル基の周辺が込み合った1e、1fでは錯体9が立体的要因のため旨く形成されなかったためと考えている。

2.連続する3級不斉炭素骨格の構築

 前節で述べた通り、芳香族メチルケトンをdonorとする反応に於いて高いエナンチオ選択性を得ることができた。一方、本反応を位にアルキル基を持つケトンを用いて行なった場合、マイケル付加体4のカルボニル基の位、及び、位に一挙に連続する3級不斉炭素が立体選択的に構築できると期待される(Figure 1)。

2-1.アルキルフェニルケトンをdonorとする反応

 実際、6-Hを用いた反応出は得られた付加体4j〜oの収率は全て95%以上であり(Table2;run1,4〜8)、4oで選択性がやや低い以外は、syn/antiの比は4/96〜1/99、anti-4のeeは96%〜99%と非常に高いジアステレオ、及び、エナンチオ選択性を示した。対照実験としてキラルアミン6-Hの非存在下に反応を行なった。THF中LDAを用いた場合、及び、6-Hの有無以外は不斉反応と同条件で反応を行なった場合共に、ジアステレオ選択性は低かく(run2,3)、本反応に於いて6-Hはエナンチオ選択性のみならず、ジアステレオ選択性をも支配しているものと考えられた。

Table 2 連続する3級不斉炭素骨格の構築

 主生成物として得られたanti-4j〜oの立体化学はchemicalcorrelationと誘導体のX-線結晶構造解析により決定した。一例として、anti-4mの立体化学は、Pharaoh’s antのtrail-pheromoneである(3S,4R)-faranal12の全合成に於ける中間体11へと3工程76%で誘導し、(1’S,2’R)と決定した(Figure 4)。12の効率的な形式全合成は本反応の有用性を示すものと考えている。

Figure 4 (-)-anti-4mの絶対配置の決定2-2.反応機構の考察

 リチウムエノラート1g’のTMSClによる捕捉を行なったところ、得られたシリルエノールエーテル13は99%以上(Z)-体であった(Figure 5)。(E)-エノラートしか与えないシクロヘキサノンを用いた反応の場合、ジアステレオ、及び、エナンチオ選択性は共に低かった事より、本反応では1’の立体化学は(Z)であることが必須であると考えられる。以上の結果より、メチルケトンをdonorとする反応も含め、反応遷移状態15を想定すると生成物の立体化学を合理的に説明することが可能と考えている(Figure 6)。

Figure 5 トリメチルシリルクロライドによるリチウムエノラートの捕捉Figure 6 反応機構のモデル
3.まとめ

 キラルアミン6-Hを用いて、ケトン1をdonorとしアルキリデンマロン酸エステル等3をacceptorとするエナンチオ選択的マイケル反応を行なった。芳香族メチルケトン1a〜fをdonorとして用いた場合には最高94%eeでマイケル付加体4a〜iが得られた。また、アルキルフェニルケトン1g〜iをdonorとした場合、マイケル付加体4j〜oをsyn/antiの比16/84〜1/99、ee81〜99%で得ることができた。本反応は鎖状系に於いて、エナンチオ選択的マイケル反応により連続する3級不斉炭素骨格の立体選択的構築に成功した初めての例である。さらに、(+)-faranal12の効率的な形式全合成により本反応の有用性が示された。

審査要旨

 ケトンの脱プロトン化によって得られるエノラートは、有機合成化学において繁用される代表的な炭素求核剤である。しかし、これをマイケルドナーとして用いたエナンチオ選択的なマイケル反応の例は極めて限られている。本論文は、ケトンのリチウムエノラートをマイケルドナーとし、キラルなアミンをリチウムの不斉配位子として用いたエナンチオ選択的なマイケル反応の検討を行った経緯を記したものである。

 四座配位子型キラルアミン(1)をリチウムに対する配位子として用いると、リチウムエノラートのアルキル化反応が臭化リチウムの存在下に高エナンチオ選択的に進行する例はすでに知られていた。この結果は、リチウムエノラートのエナンチオ面の識別がこの条件で可能であることを示している。そこで、メチルケトンのリチウムエノラートをマイケルドナーとしたマイケル反応においても、この手法が適用できるかを検討した(Table 1)。

Table 1. Enantioselective Michael Reaction of Ketones(2)Using 1 as a Chiral Ligand

 その結果、芳香族メチルケトン(2)のリチウムエノラートをドナー、ベンジリデンマロン酸エステル(3,X=Y=CO2R)をアクセプターとしたマイケル反応は、アクセプターのエナンチオ面を識別することにより、最高94%ee(収率52〜94%)で付加体を与えることが判明した。

 この反応において、メチルケトン(2)の代わりにアルキルケトン(5)を用るとき、連続した二個の不斉三級炭素を持つ付加体(7)がエナンチオ選択性およびジアステレオ選択性がどのように制御できるかを次に検討した(Table2)。

Table 2. Enantio-and Diastereoselective Michael Reaction of Ketones(5)Using 1 as a Chiral Ligand

 その結果、フェニルアルキルケトン(5)のリチウムエノラートをドナー、アルキリデンマロン酸エステル(6)をアクセプターとしたマイケル反応は、ドナーおよびアクセプターのエナンチオ面を同時に識別することにより、付加体(anti-7)を高いジアステレオ選択性、エナンチオ選択性で与えることが判明した。

 以上、本研究は、化学量論量のキラルアミン(1)を必要とするものであって、これを触媒化することには成功していないが、ケトンのエノラートをドナーとしたエナンチオ選択的なマイケル反応の新たな例を、また、鎖状ケトンのエノラートをドナーとするエナンチオ選択的な反応の初めての例を示したものとして、有機合成化学に寄与するものであり、博士(薬学)の学位に値するものと認める。

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