学位論文要旨



No 213588
著者(漢字) 高田,二郎
著者(英字)
著者(カナ) タカダ,ジロウ
標題(和) 活性型ビタミンKの新規薬物送達法に関する研究
標題(洋)
報告番号 213588
報告番号 乙13588
学位授与日 1997.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13588号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 本間,浩
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 序論

 薬物療法において最も重要なことは活性部位における薬物あるいは活性体のバイオアベイラビリティを確保することである.ビタミンK(VK)やビタミンE(-トコフェロール,-T)など分子内にポリプレニル基を有する化合物は,生体膜と密接に関係して有用な生理作用を発現する.最近,これらの脂溶性ビタミンの旧来用いられてきた製剤による治療では,活性体を活性部位に送達する過程が非効率的で不確実であるため,治療効果の発現が制限されていることが明らかになってきた.

 VKは-カルボキシグルタミン酸残基(Gla)を含有するVK依存性蛋白質の生合成に必須のビタミンである.VK自身は活性を持たず,還元体であるVKヒドロキノン(KH)が活性体であり,グルタミン酸残基(Glu)をGlaに変換するVK依存性カルボキシラーゼ(カルボキシラーゼ)の補因子として機能する.VKの還元的活性化は,VK回路を構成しクマリン類で阻害される経路(クマリン感受性経路)と阻害されない経路(クマリン非感受性経路)の2経路で行われ,通常はクマリン感受性経路が主要な活性化経路である.

 ワーファリンなどクマリン系抗凝血薬はクマリン感受性経路とVKエポキシド還元酵素を阻害し,VK回路をブロックすることで作用を発現する.しかし,この抗凝血作用はVKの大量投与によって克服される.この時,VKの還元的活性化はクマリン非感受性経路で行われ,この経路の還元的活性化効率が低いために大量のVK投与が必要とされる.また,この経路による還元は1電子還元であり途中セミキノンラジカルを生成するため,その酸化的毒性が懸念されている.すなわち,ワーファリン中毒などVKの急速且つ確実な作用発現が必要な病態ではVK回路が十分機能しておらず,VKの還元的活性化が治療効果を大きく左右していることになる.このような病態の治療において還元的活性化に依存しないでKHを活性部位に送達することが可能であるならば,治療効果の大きな改善が期待される.しかし,これまでにVKの還元的活性化過程を考慮した治療上の戦略は全く検討されていない.

 一方,臨床に用いられているVKはメナキノン-4(MK-4,vitamin K2(20))とフィロキノン(PK,vitamin K1)であり,これらは分子内に疎水性のポリプレニル基を持ち,水に全く溶解しない化合物である.緊急療法に用いる注射剤は界面活性剤ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油(HCO-60)を用いて可溶化されている.しかし,HCO-60は重篤な過敏症を誘発することが明らかにされ使用回避が強く望まれている.

 このような現状分析から,著者はKHの薬物送達上の問題を解決し,治療効果を改善する目的で,KHのプロドラッグ化により難溶性を克服すると同時に,還元的活性化に依存しないでKHを活性部位に送達できる非還元的活性化薬物送達法の開発を企画し本研究を行った.プロドラッグはKHのヒドロキノン性水酸基に解離性残基をエステル結合で導入することで酸化に対する安定性と水溶性を付与した誘導体であり,活性部位(肝臓)の加水分解酵素でKHに再変換することで肝臓への選択的なKHの送達を可能にし,還元的活性化に依存しないでKHをカルボキシラーゼの補因子として機能させるものである.

結果・考察1.静脈投与可能な-Tの水溶性プロドラッグの開発

 このプロドラッグ化の概念をKHに適用する前段階として,まずポリプレニル基を有するヒドロキノンの水溶性プロドラッグ化に適した修飾基の検索を目的として,KHと同様にポリプレニル基を持つヒドロキノンであり酸化に対して比較的安定な-Tを取り上げ,その静脈内投与可能な水溶性プロドラッグの開発を行った.-Tはラジカル反応による脂質過酸化を抑制する内因性の防御機構を構成する最も重要な連鎖破壊性の抗酸化剤であり,その難溶性が薬物送達の障害になっており,臨床上低用量化が望まれている化合物である.カチオン性の解離性基を持つアミノ酸誘導体を種々合成し,プロドラッグとしての有用性を評価した.In vitroの検討において,N-メチルグリシンおよびN,N-ジメチルグリシン(TDMG)誘導体は,水溶性が高く肝臓中の加水分解酵素で特異的に-Tに再変換されることが明らかとなった.プロドラッグ候補としてTDMGを選択し,その静脈内投与におけるラット体内動態の検討から,TDMGはHCO-60で可溶化した-Tおよび-Tの酢酸エステル(TA)に比較して投与後速やかに肝臓に移行し,-Tの肝臓アベイラビリティを高くすることが明らかになった.すなわち,TDMGはHCO-60の使用を回避して静脈内投与が可能であり,-Tの肝臓への選択的送達法として機能するプロドラッグであることが明らかになった.

2.KHのプロドラッグ化によるKHの非還元的活性化薬物送達法の開発

 -Tプロドラッグの開発で得られた知見を踏まえて,MK-4の活性体メナヒドロキノン-4(MKH)のN,N-ジメチルグリシン誘導体(1-モノ,4-モノ,l,4-ビスエステル)を合成し,MKHの還元的活性化非依存性送達法として機能するプロドラッグとしての評価を行った.MKH誘導体の塩酸塩は水溶性であり,ラット肝臓中の加水分解酵素でMKHに再変換されることが明らかになった.

 肝臓加水分解酵素によって生成されたMKHが還元的活性化を回避してカルボキシラーゼの補因子として機能するのか,あるいは一旦MK-4に酸化され還元的活性化を経由して機能するのか判別できる評価系をラット肝臓ミクロソームを用いて確立し,MKH誘導体のカルボキシル化反応の機構を検討した.この評価系はMKHエステルの加水分解機能を有し,合成基質BOC-Glu-Glu-Leu-OMeをカルボキシラーゼが基質として受け入れ,VK回路が人工的還元剤ジチオスレイトール(DTT)の添加によって活性化される機能を備えている.MKH誘導体はDTTの非存在下,すなわちVK回路が活性化されず還元的活性化過程が機能していない場合でもカルボキシラーゼ活性を示し,この活性は加水分解酵素阻害剤によって強く阻害された.さらに,MKH誘導体はワーファリンでVK回路を強くブロックした系(ワーファリン中毒モデル)においてもカルボキラーゼ活性を示した.すなわち,MKH誘導体は肝臓ミクロソーム中の加水分解酵素でMKHに再変換され,生成したMKHは還元的活性化に依存しないでカルボキラーゼの補因子として機能し,ワーファリン中毒においても優れた効果を発揮できるプロドラッグとして機能することが明らかになった.

 さらに,MKH誘導体のプロドラッグとしての有用性をin vivoで評価した.MKHは非常に酸化されやすく体内動態を直接評価することはできない.一方,MKHは補因子として機能した際MK-4エポキシド(MKO)に代謝される.VK回路が強く阻害された状態ではMKOの再利用が阻害されるためMKOの動態はMKHの動態を反映すると考えられる.そこで,ワーファリンでVK回路を強くブロックし低プロトロンビン血症を誘発したラットを用いて,MKH誘導体の静脈内投与後の体内動態および血液凝固活性を検討した.MKHへの再変換性に優れた1-モノエステルおよび1,4-ビスエステルは市販HCO-60可溶化MK-4製剤(H-MK-4)に比較して高いMKHのバイオアベイラビリティを示し,MKHの活性部位(肝臓)への高い選択的送達性を示した.また,MKH誘導体はH-MK-4に比して高い血液凝固活性を示した.以上の結果,MKH誘導体は当初目的としたHCO-60の使用を回避でき,MKHの非還元的活性化薬物送達法として機能し,ワーファリン中毒などVKの緊急療法に適したプロドラッグであることが明らかになった.

 このMKHの新規送達法のヒトにおける有用性を評価する目的で,ヒト肝臓ミクロソーム評価系を用いてMKHプロドラッグのカルボキシル化反応機構を検討した.その結果,MKHプロドラッグはヒト肝臓加水分解酵素でMKHに再変換され,MKHは還元的活性化を回避してカルボキシラーゼの補因子として機能し,VK回路が損なわれた場合でも補因子として機能することが明らかになった.従って,MKHプロドラッグはヒトにおいてもMKHの非還元的活性化薬物送達法として機能し,ワーファリン中毒などVKの緊急療法に適したプロドラッグであることが強く示唆された.

 フィロキノン(PK)は西欧をはじめ諸外国で最も汎用されており,MK-4に比較すると作用発現が遅い反面,作用時間が長いVKである.MKHと同様のプロドラッグ化をPKの活性体フィロヒドロキノン(PKH)について試みた.In vitroとin vivoの検討の結果,PKHのN,N-ジメチルグリシン誘導体は,MKH誘導体と同様にHCO-60の使用を回避でき,PKHの非還元的活性化薬物送達法として機能するプロドラッグであることが明らかになった.特に,PKHのプロドラッグはPKに比較して速やかに作用部位にPKHを送達し,速やかに作用発現することが明らかになり,この点からも緊急療法における効果を改善できることが示された.

 本研究は,キノン型VKの還元的活性化過程の治療効果に及ぼす影響を考慮に入れ,治療効果の律速過程になっている還元的活性化過程を回避して活性体KHを活性部位に送達することを可能にした初めての研究である.VKには血液凝固以外に骨粗鬆症に対する臨床上の有用性が明らかにされている.また,KHによる肝癌細胞のアポトーシス誘発効果が明らかにされ臨床応用に期待が寄せられている.今後,これらの病態に対するプロドラッグの効果を明らかにしていく計画である.また,キノン系抗癌剤(アジリジニルキノン,マイトマイシンCなど)はVKと同様にヒドロキノン体が活性体であり,還元的活性化過程が薬効,毒性,薬剤耐性の発現に関与していることが明らかにされつつある.本研究で明らかにした還元的活性化に依存しないヒドロキノンの薬物送達法は,これらの抗癌剤の治療効果の改善に応用できる可能性を持っている.

審査要旨

 薬物療法に於ける生物学的利用能を高めるためには、薬物を作用部位に効率よく送達させることが重要である。本研究は、従来治療効果に難点のあったビタミンK(K)やビタミンE(-トコフェロール)などの水難溶性ビタミンを、水溶性とすると同時に、活性体として作用部位へ効率よく送達できるようなプロドラッグ化を試み、その有用性を検討したものである。

 Kは-カルボキシグルタミン酸残基(Gla)を含有するVK依存性蛋白質の生合成に関与する酵素(グルタミン酸残基をGlaに変換する)の補因子として必須のビタミンであるが、K自身は活性を持たず、還元体であるKハイドロキノン(KH)が活性体である。KHは作用後VK-エポキサイドとなり、さらにこれはビタミンK-エポキサイド還元酵素によりビタミンKへと変換されるK回路を形成している。この回路の中で、Kの還元的活性化はクマリン類で阻害される経路と、クマリン類で阻害されない非クマリン経路の2経路で行われ、通常はクマリン経路が主要な活性化経路と考えられている。ワーファリンなどクマリン系抗凝血薬は、クマリン経路とK-エポキサイド還元酵素を阻害し、K回路をブロックすることで作用を発現する。これを阻止するには、非クマリン経路によるKの還元的活性化を利用するKの大量投与が必要である。

 現在、臨床で用いられているKは、メナキノン-4(MK-4)とフィロキノン(PK)であるが、これらは水に難溶であるため、ワーファリン中毒などの緊急療法に用いるKの注射剤は、界面活性剤であるポリオキシエチレン硬化ヒマシ油(HCO-60)を用いて可溶化されている。しかし、重篤な過敏症を誘発することが明らかにされ、HCO-60の使用回避が強く望まれているのが現状である。

 そこで、KHを水溶性とすると同時に、還元的活性化経路を利用せず、活性体を標的部位へ送達できるプロドラッグ化を検討した。

 1。静脈投与可能なトコフェロールの水溶性プロドラッグ化

 Kのプロドラッグ化の試みとして、まず、KHと同じくポリプレニル基を有する比較的安定なビタミンEのトコフェロールを取り上げ、カチオン性の解離性基を持つアミノ酸誘導体を種々合成した。そのうち、N-メチルグリシンおよびN,N-ジメチルグリシン(TDMG)誘導体は水溶性が高く、In vitroの検討において、肝臓中の加水分解酵素で特異的にトコフェロールに再変換されることが明らかとなった。TDMG誘導体はラット静脈内投与に於いても、投与後速やかに肝臓に移行し、トコフェロールの肝臓への取り込みを高くすることが明らかになった。

 2。KHのプロドラッグ化によるKHの非還元的活性化薬物送達法の開発

 上記の結果を踏まえて、メナヒドロキノン-4(MKH)のN,N-ジメチルグリシン誘導体(1-モノ、4-モノ、1、4-ビスエステル)を合成し、MKHのプロドラッグとしての評価を行った。MKH誘導体の塩酸塩は水溶性であり、これらはラット肝の加水分解酵素でMKHに再変換されることが明らかとなった。

 さらにモデル評価系を用いて検討したところ、MKH誘導体はラット肝ミクロゾーム中の加水分解酵素でMKHに再変換され、生成したMKHは還元的活性化に依存しないでカルボキシラーゼの補酵素として機能でき、またワーファリン中毒においても優れた効果を発揮できるプロドラッグとして機能することが明らかになった。

 さらに、MKH誘導体のプロドラッグとしての有用性をin vivoで評価した。即ち、ワーファリン投与で低プロトロンビン血症を誘発したラットを用いて、MKH誘導体の静脈内投与後の体内動態および血液凝固活性を検討した。MKHへの再変換性に優れた1-モノエステルおよび1,4-ビスエステルは市販HCO-60可溶化MK-4製剤(H-MK-4)に比較して高いMKHの生物学的利用能を示し、MKHの活性部位(肝臓)への高い選択的送達性を示した。また、MKH誘導体はH-MK-4に比して高い血液凝固活性を示した。以上の結果、MKH誘導体は当初目的としたHCO-60の使用が回避でき、MKHの非還元的活性化薬物送達法として機能し、ワーファリン中毒などKの緊急療法に適したプロドラッグであることが明らかになった。

 また、ヒト肝ミクロゾーム評価系を用いて検討したところ、MKHプロドラッグはヒト肝加水分解酵素でMKHに再変換され、カルボキシラーゼの補酵素として機能することが明らかとなった。従って、MKHプロドラッグはヒトにおいてもMKHの非還元的活性化薬物として機能し、ワーファリン中毒などKの緊急療法に適したプロドラッグであることが強く示唆された。

 最後に、西欧をはじめ諸外国で最も汎用されているフィロキノン(ビタミンK1)の活性体(フィロハイドロキノン、PKH)についても同様の誘導体による検討を行った。In vitroとin vivoの検討の結果、PKHのN,N-ジメチルグリシン誘導体は、MKHと同様にHCO-60の使用を回避でき、PKHの非還元的活性化送達薬として機能するプロドラッグであることが明らかになり、緊急療法における効果を改善できることが示された。

 以上、本研究は、キノン型Kの治療効果の律速過程になっている還元的活性化過程を回避して、活性体KHを活性部位に送達することを可能にした初めての研究である。この成果は、Kと同様ヒドロキノン体が活性体であり、今後、還元的活性化過程が薬効、毒性、薬剤耐性の発現に関与しているとされるキノン系抗癌剤(アジリジニルキノン、マイトマイシンCなど)等のプロドラッグ化への応用も期待される。よって、本研究は薬物療法学への寄与が大なると思われ、博士(薬学)の学位に相応しいと判断した。

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