学位論文要旨



No 213590
著者(漢字) 呉,明児
著者(英字)
著者(カナ) ウー,ミンエル
標題(和) ケーブルと剛体構造による複合構造の構造挙動に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 213590
報告番号 乙13590
学位授与日 1997.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13590号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 半谷,裕彦
 東京大学 教授 友澤,史紀
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 川口,健一
内容要旨

 軽量空間構造の代表として,ケーブル構造,膜構造,張力安定トラス構造(ケーブルドーム等)があげられる。ケーブルネット構造,膜構造,及び張力安定トラス構造などは張力を導入することより剛性を付与することができる。

 張力安定構造には,引張材と圧縮材がある。引張材としては膜やケーブルなどがあり,圧縮材としてはポールやポストなどがある。張力安定構造では引張材の剛性に比べて圧縮材の剛性が非常に大きいことから,圧縮材を剛体と仮定する理論構成が可能である。

 本研究では,任意の形状をした剛体構造を考え,剛体構造とケーブル材による複合構造を扱う。安定化と剛性確保のため,ケーブルによって張力を導入する。このことから,本研究で開発する構造システムを「張力安定複合構造」と名付ける。

 剛体構造の形状は設計に対応して様々な形状となる。そのため,本論文では,剛体構造の重心位置において自由度を考えるのではなく,剛体構造の表面にある節点とケーブルの両端にある節点のみに変位の自由度を許容する定式化を行う。剛体構造の運動学関係を考え,節点の変位により剛体構造の適合方程式を誘導する。また,剛体構造の釣合条件式を考え,節点力により剛体構造の釣合方程式を誘導する。さらに,ケーブル材の適合方程式と剛体構造の適合方程式を合成し,ケーブル材の釣合方程式と剛体構造の釣合方程式を合成すると,複合構造の適合方程式および釣合方程式を定式化することができる。

 張力安定複合構造に関して,本論文では以下に示す研究課題を行う。

 課題I:安定・不安定の判別法

 課題II:張力導入

 課題III:応力・変形解析

 課題IV:動的解析

 課題V:モデル実験

 本論文は以下の9章から成っている。

 第1章「序論」では,本論文の目的および本論文の構成について述べ,本論文の概略を説明する。

 第2章「既往の研究」では,(1)張力構造に関する構造の分類,安定性の判別,張力導入モードの計算及び応力変位解析,(2)膜構造に関する等張力曲面と裁断図の解析方法及び応力変位解析,(3)膜材料に関する材料試験方法,材料定数決定法,材料モデル及びクリープと応力リラクゼーション,(4)最適形態解析と形態制御,(5)張力構造具体例,について既往の研究を述べる。

 第3章「複合構造の基礎方程式」では,複合構造の適合方程式と釣合方程式をケーブル材と剛体構造について誘導する。ケーブル材の適合方程式は節点座標を用い,釣合方程式はケーブル材の内力と節点に作用する節点力の間の関係として誘導する。剛体構造の適合方程式は表面にある節点変位の間の関係を示す式である。そこで,剛体構造内部に設ける節点(例えば重心位置)と表面にある節点の変位の関係式を作り,一般逆行列を利用して解を持つ条件により内部節点の変位を除去する。このようにして,剛体構造の表面にある節点の変位による剛体構造の適合方程式を定式化することができる。剛体構造が節点力のみによって釣合っているとすると,剛体構造の釣合方程式は節点力のみで定式化することができる。ケーブルの適合方程式と剛体構造の適合方程式を合成することと、ケーブルの釣合方程式と剛体構造の釣合方程式を合成することにより、複合構造の適合方程式と釣合方程式が得られる。具体例として,三角形,矩形,四面体,六面体の剛体構造の適合方程式と釣合方程式を示す。

 本章で提案する理論構成の1つの特徴は剛体構造の自由度を剛体構造の表面にある節点のみの自由度とすることである。そのため、剛体構造内部に設ける節点(例えば重心位置)の自由度を除去する必要があり,本章は除去の方法を理論的に示している。

 第4章「複合構造の安定と不安定および張力導入」では,複合構造の安定性と張力導入を述べる。ケーブルや膜で構成される構造は,ケーブルや膜材に曲げ剛性がほとんどないため,通常自然状態では不安定となっている。そこで,初期応力を導入することにより安定化され,利用される。第3章で誘導された適合方程式を利用して,複合構造の安定および不安定を判別する。次いで,剛体運動モードを計算し,有限変位を持つ不安定複合構造の安定化移行過程を追跡する。また,釣合方程式を利用して,張力導入可能性を判別し,張力導入モードを計算する。最後に,振動法を用いて張力導入による複合構造の安定化条件を求める。

 第5章「複合構造の応力・変形解析」では,張力安定複合構造の応力・変形解析法を述べる。張力安定複合構造のケーブル材は弾性を持ち,剛性の評価ができる。一方,剛体構造の剛性は無限大であり,剛性の評価はできない。本論文では,複合構造をケーブル材と剛体構造に分離して考え,ケーブル材による剛性マトリクスを弾性剛性マトリクスと幾何剛性マトリクスとし,剛体構造による適合方程式を付帯条件とする解析方法を提案する。付帯条件を持つ方程式の解析法としてBott-Duffin逆行列による解析方法がある。本論文ではこの方法で複合構造の応力・変形を解析する。

 第6章「複合構造の振動解析」では,張力安定複合構造の振動解析法を述べる。張力安定複合構造は重量が軽く,剛性が低いことが特徴であり,風圧力等動的な荷重に対する検討が必要である。ここでは,剛体構造の表面に設ける節点の変位ベクトルを未知量とし,一般逆行列を利用し,剛体構造の質量を節点で評価し,ケーブル材の運動方程式と剛体構造による付帯条件から支配方程式を誘導する。非線形運動方程式の解析として,収束計算を組み込んだNewmark-法を利用して,自由振動,減衰振動,正弦波入力に対する応答解析を行う。

 本章で提案する理論構成の特徴は剛体構造の質量を剛体構造の表面に設ける節点で評価することである。本章では質量の評価方法を理論的に示している。

 第7章「複合構造の風応答解析」では,複合構造屋根モデルに対して,張力安定複合構造の風応答解析法を述べる。屋根面を8つの領域に分割する。各領域において,平均風圧係数と変動風圧係数を同一の値と仮定する。屋根モデルを扁平構造に近似し,風圧係数と変動パワースペクトルを低ライズ屋根の風洞実験結果を参考にして決定する。屋根面上の2点間の変動風圧の相関性を表すパラメータとして,コヒーレンスおよび位相をモデル化する。各部分の変動風圧力を平均値0の定常確率ガウス過程としてシミュレートし,平均風圧力と変動風圧力の和として全風圧力を各節点に分配することにより風の動荷重を評価している。第6章で述べた振動解析法を利用して,風応答解析を実行している。

 第8章「複合構造の実験」では,実験結果と理論計算の比較を行い,提案した解析理論を検討するため,張力安定複合構造のモデル(屋根モデル)の実験を述べる。実験では,張力安定複合構造の構造設計を行う目的と,開発された解析法を検討するため,「実験住宅」の1/2のスケールのモデルに対して実験を行う。本実験モデルの自己釣合モードは対称と逆対称の二つである。ロッドの張力導入実験では対称モードを導入することが目的であり,そのため,合理な張力導入法,自己釣合状態の調査を行う。載荷実験では,剛体構造の二つの節点に載荷し,屋根面の変位およびロッドの応力を調査する。

 実験では屋根モデルに膜があり,膜の張力導入実験では,膜の初期応力として200kgf/mを導入する。膜面上各部分に約50cm離れた2点間の変形を測定し,膜の歪を評価する。また,膜の初期張力導入後,ロッドの軸力の変化により膜の応力リラクゼーションを求める。材料定数を求めるため,荷重比1:1の二軸引張試験を行い,得られた膜の応力・ひずみ曲線により引張剛性とポアソン比を推定する。膜平面裁断図を用いて,膜面の初期ひずみと導入された応力を有限要素法で解析する。

 第9章「結論」では,本論文から得られた結論を述べる。

審査要旨

 本論文は「ケーブルと剛体構造による複合構造の構造挙動に関する基礎的研究」と題し,任意の形状をした剛体構造とケーブル材による張力安定複合構造を扱っている。張力安定複合構造は初張力を導入することにより安定性を保持するとともに,初期剛性を確保している。そのため,張力安定複合構造の設計においては,張力導入及び張力導入後の安定性の検討が主要なテーマとなっている。本論文では,剛体構造とケーブル材による新しいタイプの複合構造を提案し,研究課題として,課題I:安定・不安定の判別法,課題II:張力導入,課題III:応力・変形解析,課題IV:動的解析,課題V:モデル実験を採り上げ,理論及び実験の両面より研究している。

 本論文は全9章から成っている。

 第1章「序論」では,本論文の目的および本論文の構成について述べ,本論文の概略を説明している。

 第2章「既往の研究」では,本論文に関する既往の研究を詳細に調査し,本論文の位置付けを明確にしている。

 第3章「複合構造の基礎方程式」では,複合構造の適合方程式と釣合方程式をケーブル材と剛体構造について誘導している。ケーブル材の適合方程式は節点座標を用い,釣合方程式はケーブル材の内力と節点に作用する節点力の間の関係として誘導している。剛体構造の適合方程式は表面にある節点変位の間の関係を示す式である。そこで,剛体構造内部に設ける節点(例えば重心位置)と表面にある節点の変位の関係式を作り,一般逆行列を利用して解を持つ条件により内部節点の変位を除去している。この方法により,剛体構造の表面にある節点の変位による剛体構造の適合方程式を定式化することを可能としている。剛体構造が節点力のみによって釣合っているとすると,剛体構造の釣合方程式は節点力のみで定式化することができる。ケーブルの適合方程式と剛体構造の適合方程式を合成することと、ケーブルの釣合方程式と剛体構造の釣合方程式を合成することにより、複合構造の適合方程式と釣合方程式が得られる。具体例として,三角形,矩形,四面体,六面体の剛体構造の適合方程式と釣合方程式を示している。

 第4章「複合構造の安定と不安定および張力導入」では,複合構造の安定性と張力導入を述べている。第3章で誘導した適合方程式を利用して,複合構造の安定および不安定を判別している。次いで,剛体運動モードを計算し,有限変位を持つ不安定複合構造の安定化移行過程を追跡している。また,釣合方程式を利用し,張力導入可能性を判別するとともに,張力導入モードの計算法を提案している。最後に,振動法を用いて張力導入による複合構造の安定化条件を求めている。

 第5章「複合構造の応力・変形解析」では,張力安定複合構造の応力・変形解析法を述べている。張力安定複合構造のケーブル材は弾性を持ち,剛性の評価ができる。一方,剛体構造の剛性は無限大であり,剛性の評価はできない。本論文では,複合構造をケーブル材と剛体構造に分離して考え,ケーブル材による剛性マトリクスを弾性剛性マトリクスと幾何剛性マトリクスとし,剛体構造による適合方程式を付帯条件とする解析方法を提案している。

 第6章「複合構造の振動解析」では,張力安定複合構造の振動解析法を述べている。ここでは,剛体構造の表面に設けた節点の変位ベクトルを未知量とし,一般逆行列を利用し,剛体構造の質量を節点で評価し,ケーブル材の運動方程式と剛体構造による付帯条件から支配方程式を誘導している。

 第7章「複合構造の風応答解析」では,複合構造屋根モデルに対して,張力安定複合構造の風応答解析法を述べている。風圧力をシミュレートし,第6章で述べた振動解析法を利用して,風応答解析を実行している。

 第8章「複合構造の実験」では,実験結果と理論計算の比較を行い,提案した解析理論を検討するため,張力安定複合構造のモデル(屋根モデル)の実験を実施している。実験モデルの自己釣合モードは対称と逆対称の二つが存在する。ロッドの張力導入実験では対称モードを導入することが目的であり,そのため,合理的な張力導入法を検討している。載荷実験では,剛体構造の二つの節点に載荷し,屋根面の変位およびロッドの応力を調査している。屋根モデルでは上面に膜があり,膜面上各部分の変形を測定し,膜の歪を評価している。また,膜面の初期ひずみと導入された応力を有限要素法で解析し,実験結果と比較している。

 第9章「結論」では,本論文から得られた結論を述べている。

 以上のように,本論文では,剛性の無限大である剛体構造を含む複合構造に対して,基礎方程式を定式化し,安定性と張力導入を調査し,応力・変位解析法と振動解析法を提案している。モデル実験による複合構造の構造性能を調べ,提案した理論の妥当性を検証している。本論文における理論構成の特徴は剛体構造の自由度を剛体構造の表面にある節点のみとしたことである。そのため,剛体構造内部に設ける節点(例えば重心位置)の自由度が除去されており,本論文では除去の方法を理論的に示している。本論文は張力安定構造に関する新しい理論構成を提案しており,貴重な研究として評価される。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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