内容要旨 | | 鍛造加工の解析は,従来からもスラブ法,すべり線場法,上界法などによりおこなわれてきたが,いずれも解析対象が比較的単純な形状に限られており,実際の鍛造加工設計に役立つ情報が得られなかった.ところがこの20年ほどの間に,コンピュータ技術の発達にともない弾塑性有限要素法,剛塑性有限要素法,UBETなどの新しい数値解析技術が次々に提案され,実際の鍛造加工設計に利用できる環境が整ってきた.鍛造加工の設計は,従来熟練技術者の経験や勘に頼る面が大きかった.しかし近年の多種少量生産に対応するためには,設計システムの一層の最適化,合理化が求められており,数値解析技術の導入もその有効な手段として期待されている.鍛造の工程設計,工具設計では,数値シミュレーションによる予測が可能な部分が多く,またその予測精度も実用に耐えるレベルにある.しかし鍛造加工の実際の設計現場においては,それらの数値解析手法が充分に生かされる状態にない.この理由として現場の技術者レベルで,さまざまな加工問題を容易に,短時間でシミュレートできる解析技術がいまだ確立されていないことがあげられる.したがって現場技術者が広範囲の鍛造加工を容易に短時間で必要とされる精度以上でシミュレートする数値解析手法を確立することにより,実際の鍛造設計への解析技術の利用が促進されることが予測される. 鍛造加工が直面している課題は,上記の他にも,時代の要請である省エネルギ,省力化,効率化またニアネットシェイプ,ネットシェイプ鍛造,フラッシュレス鍛造など数多くあり,それらを解決していくためにも,多種多様な鍛造加工を一般の技術者レベルで手軽に効率よくシミュレートする数値解析手法が必要不可欠である.本研究は,鍛造加工の工程設計,工具設計の段階で必要な加工荷重,加工圧力,ひずみ,変位,材料流動状態,工具充満過程などを容易にシミュレートしうる基礎的な数値解析技術の開発をその目的としている. 本論文は,8章より成る. 第1章「序論」では,まず鍛造加工における解析技術の本来あるべき姿について考察を加えた.次に,現在までに提案されている代表的な理論的解析手法,実験的解析手法を展望し,それぞれの手法の特徴について概説した.また鍛造加工の有力な解析方法である上界法,UBETと,剛塑性有限要素法に関連する研究の歴史を振り返った.最後に本研究の位置づけと構成について明らかにした. 第2章「UBETによる軸対称鍛造シミュレータの開発」では,各要素の速度場として平行速度場を,また最適化の手法として直接探索法の一種であるFlexible Polyhedron Search法を用いた,UBETによる軸対称鍛造シミュレータの基本的構成について概説し,さらにシミュレータの基礎式となる体積一定の条件式および速度場の式を導入し,それらの式にもとづき各種仕事率(内部仕事率,せん断仕事率,摩擦仕事率)を定式化した.これらの構成,定式化にもとづくシミュレーションプログラムを作成し,それによる解析結果を,他の研究者による,上界法の解析結果あるいは実験結果と比較,検討することにより,開発したシミュレーションプログラムの妥当性,応用性,発展性について考察を加えた.その結果として,UBETで計算される加工荷重は,実測値と定量的によく一致すること,UBETにより,被加工材の変形挙動を半定量的に把握することが可能であること,解析の際に必要な計算機のCPUタイム,メモリ使用量は,FEM法に比較して著しく少なくすむ事などを明らかにした. 第3章「UBETによる押出し鍛造用データシートの作成」では,第2章で述べたUBET軸対称鍛造シミュレータの実際的な応用として,従来データシートが作成されていない中空ビレットの前方押出し,後方押出しおよび前後方複合押出しについて,加工荷重を簡便に予測することのできるデータシートの作成を試みた.またその使用方法,適用限界などについて考察を加えた. 第4章「UBETによるボス,リブ付環状品の半密閉鍛造の逆方向解析手法の提案」では,UBET鍛造シミュレータを用いて,軸対称鍛造過程の逆方向解析を試み,この手法の可能性,適用性について検討した.3種類の基本的な型鍛造工程について,種々の幾何学的形状を持つ最終製品より,プリフォーム形状を求めた.得られた計算結果はおおむね妥当であり,UBETによる逆方向解析が有効であることが明らかになった.有限要素法と比較して,手軽に材料流動の傾向,加工荷重及びプリフォーム形状を予測することができ,CAD,CAMなどと組み合わせることにより鍛造工程の設計に有用な情報を提供することができる事を示した. 第5章「UBETによるすえ込み-押出し鍛造時の不均一変形解析モデルの提案」では,自由表面における不均一変形を解析する事を目的として,準平行速度場を持つ要素の組み合わせによりビレットのバルジ変形を解析する速度場と,ビレットの自由変形領域を2つの領域に分割し,異なる座標系により速度場を数式化することにより,バルジ変形およびフォルディングの解析を可能とした速度場を定式化した.これらの2種類の速度場とすでに提案されているUBETの速度場を組み合わせることにより,円柱ビレットの単純すえ込み加工およびすえ込み-押出し複合加工の解析をおこない,実測値との比較を通して,その解析モデルとしての妥当性,有効性について検討を加えた. その結果,準平行速度場の組み合わせによりビレットのバルジ変形を解析するモデルでは,摩擦条件が緩やかな時またビレット初期アスペクト比が大きい時は実測値と良い対応を示すが,摩擦条件が厳しくビレットの初期アスペクト比が小さい時は,実測値との間にかなりの差を生じることが判明した.一方ビレットを2つの領域に分割した速度場では,従来上界法ではシミュレートすることのできなかったビレット自由表面の工具面へのフォルディング現象をシミュレートできることを確認した. また同じ速度場を,円柱のすえ込み-押出し複合加工の解析に適用した.新しい速度場による解析結果は,実測値と定量的に一致し,本速度場の有効性が確かめられた.また既に提案されているUBETの要素との組み合わせにより,複雑な形状の鍛造加工にも対応できることを示した. さらに,UBETの計算時間を短縮するための簡易化の手法について述べた.またその簡易手法にもとづき計算をおこない,従来法の結果と比較した.簡易法による計算結果は,従来法による結果と多少の差を生じるが,計算時間を従来法の約1/3に短縮できることを確認した. 第6章「仮想要素法による工具面接触圧力分布の解析モデルの提案」では,UBETの理論や計算技術を応用し,従来上界法では直接的に求めることが不可能とされてきた被加工材と工具間の接触圧力分布を求める手法として,新たに仮想要素法(Imaginary Element Method)を提案し,単純すえ込み,後方押出し,前後方押出しについて接触圧力分布を求め,この手法の妥当性,発展性,問題点などについて検討した. 単純すえ込み加工時の圧力分布について,仮想要素法による解析結果は,被加工材の寸法比h/dの大小にかかわらず,常に中心部に向かって圧力が上昇する,いわゆるフリクションヒルの傾向を示し,Siebelのスラブ法による解と完全に一致する事を確認した. また接触圧力が接触面近傍の被加工材の内部応力と対応するものであるとの考えから,微小な外乱Uの影響範囲と言う概念を導入した.この考え方に基づいて求められた後方押出し,前後方押出し加工の圧力分布は実測値と定性的に一致し,妥当なものである事を明らかにした. さらに仮想要素法が,傾斜工具面における圧力分布の解析にも応用できることを示し,すえ込み加工および後方押出し加工における傾斜工具面の圧力分布を求めた. 第7章「鍛造加工の工具変形の検討手法の提案」では,工具の弾性変形の理論的な検討方法として,仮想要素法により求めた圧力分布解析結果をもとにした,弾性有限要素法解析を試みた.一方実験的な検討方法として,電極間隔変化型の静電容量型変位計の出力の非直線性を電気的に線形化した高感度で直線性の良い静電容量型変位計により,工具-被加工材接触面の弾性変形量の測定をおこなった.平行ダイスによる単純すえこみ加工における工具の弾性変形を,これらの方法により検討し,その有効性を確認した.また同形式の静電容量型変位計をもちいて,鍛造加工におけるダイコンテナの弾性変形測定用工具変位計を試作し,この変位計を冷間後方カップ押出しにおけるダイコンテナ-被加工材接触面の変形量の測定に適用した. 第8章「結論」では,本研究によって得られた結果及び知見について総括している. |