学位論文要旨



No 213592
著者(漢字) 増井,俊之
著者(英字)
著者(カナ) マスイ,トシユキ
標題(和) 予測/例示インタフェースシステムの研究
標題(洋)
報告番号 213592
報告番号 乙13592
学位授与日 1997.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13592号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 濱田,喬
 東京大学 教授 田中,英彦
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 石塚,満
内容要旨

 計算機が急速に普及しつつあるが、自動車や電話のように長い歴史をもち完全に生活の一部となっている機械に比べると、計算機は複雑で使いにくい面が多く、誰もが簡単に使えるようになっていない。一般に普及している計算機アプリケーションにおいては、単純な繰り返し作業を人間が行なわなければならないような状況が頻繁に見うけられる。例えば以下のような作業を行なう場合、機械的な仕事であるにもかかわらず、人間が手作業で処理を行なっている場合が多いと思われる。

 ・ワープロの文章中の何行かを字下げする

 ・前回と同じ条件で再コンパイル/リンクを行なう

 ・値を変えて前の計算を再実行する

 ・以前と同じ審美基準でプロックダイアグラムを描く

 このような例は、現在の計算機アプリケーションの多くにおいて、非定型的な繰返し作業を楽に効率良く行なうことが困難であることを示している。

 多くのユーザがいつも全く同じ作業を行なうのであれば、その作業を手順化して登録しておいたり、アプリケーションプログラムの基本機能として用意しておけばよいが、特殊な繰返し作業は稀にしか必要とならないため、それぞれのケースへの対応を最初からシステムで用意しておくことは良い選択ではないし、全ての特殊な場合に対応することは不可能である。一般的でない機械的な繰り返し作業を効率よく実行するには、あらゆる場合を想定してシステムに用意しておくよりも、場合に応じてシステムにユーザの次の操作を予測させたり、以前の実行結果を例として再利用することがより有効であると考えられる。このため、操作に関する一般的知識や、ユーザの以前の操作履歴などを利用してユーザの次の操作を予測する予測インタフェースシステムが提案されている。また、単純な予測インタフェースシステムではユーザの意図や複雑な操作を予測することはできないため、ユーザが明示的にシステムに対して操作の例を指示することによりユーザの意図をシステムに推論させる例示インタフェースシステムも提案されている。

 しかし、多数の予測/例示インタフェースシステムが提案されているにもかかわらず、既存の予測/例示インタフェースシステムの多くは以下のような問題点のいくつかを持っているため、広く使用されていないのが現状である。

 ・複雑な処理を自動化できない(プログラムを作成できない)

 ・ユーザが例を与える操作が面倒である

 ・ユーザがシステムに推論/実行させるのに手間がかかる

 ・正しい推論が困難である

 ・間違った推論結果の実行によるリスクが大きい

 ・予測/例示の採用によりかえって時間がかかる可能性がある

 ・システムの自動予測/実行がユーザの邪魔になることがある

 ・推論のために大量データが必要になる

 ・過度のヒューリスティクスが必要になり適用範囲が狭い

 既存システムにおける以上のような問題点を考慮すると、繰り返しのような操作の意図を効率よく計算機に伝えるためには、以下のような特徴をもつ予測/例示インタフェースシステムが有効であると考えられる。

 ・例からシステムがプログラムを自動的に作成する

 ・ユーザの暗黙的意図が自動的にくみとられる

 ・システムはユーザの指示によりシステム予測や推論を開始する

 ・システムの予測結果は単純な方法で実行される

 ・ヒューリスティクスを多用せず単純で信頼性の高い予測手法を使う

 ・操作取り消しなどの機構により予測の実行によるリスクを回避する

 これをまとめると、信頼性の高い単純な手法によりユーザの操作履歴などからユーザの暗黙的な意図をプログラムとして自動的に抽出し、単純な操作で再利用できるシステムということになる。本論文では、このような考えに基づいて、既存のシステムにおける問題点を克服した新しく実用的な予測/例示インタフェースシステムを3種類提案する。

1.ユーザの操作履歴中から繰り返し操作を自動抽出して再利用するシステム

 テキストエディタにおいて、ユーザの操作の繰り返しから次の操作を予測してマクロとして定義し実行する「動的マクロ生成機能」と、辞書や文脈知識などを用いた各種の予測実行機能を組み合わせて使用することにより、ふたつのキーを使用するだけで、繰り返し操作の検出実行/予測手法の選択/選択された予測結果の繰り返し適用といった各種の予測インタフェースを実現できる。

2.操作履歴情報から依存関係を抽出し再利用をうながすシステム

 電卓の操作やファイル操作などを行なう場合、ユーザの操作履歴やアプリケーション知識を用いて、操作対象間の暗黙的な依存関係を自動抽出することにより、操作を再現したりパラメタを変えて再実行したりすることができる。

3.遺伝的プログラミングを用いて、ユーザの与えた図形配置例から配置の好みを進化的に獲得するシステム

 遺伝的アルゴリズムのような確率的手法を用いてグラフ配置を行なう場合、ユーザの好みを反映した評価関数を作成することは容易でないが、ユーザが美しい配置と感じる例と悪いと感じる例の組をシステムに与えることにより、配置の良否を決定する評価関数を遺伝的プログラミングにより自動的に抽出することができる。

 これらのシステムにおいては、予測/例示インタフェースにおける上述のような問題点がすべて解決されている。また、これらを統合して実現し、かつ広い範囲のユーザインタフェースソフトウェアを容易に構築するためのアーキテクチャについても述べる。

 従来の予測/例示インタフュース手法では冒頭のような問題を簡単に解決することができなかったが、本論文の手法を用いることにより、あらゆる熟練レベルのユーザにとって問題となる各種の繰り返し作業を大幅に簡単化することが可能になる。

審査要旨

 本論文は「予測/例示インタフェースシステムの研究」と題し、計算機のヒューマンインターフェイスをより高度で良好なものにするために、計算機によるユーザの次の操作の予測や、ユーザの以前の操作例にもとづいた処理の決定などの手段を導入した予測/例示インタフェース技術に関する研究成果を述べたものであり、9章よりなる。

 計算機アプリケーションにおいて、あらかじめ想定されていない非定型的な仕事を行なおうとするとき、仕事が簡単なものであっても人間が単純作業を何度も繰り返さなければならないことが多い。このような場合、繰り返される操作を計算機に登録したり、計算機にユーザの操作を予測させることがよく行なわれるが、かえって作業が複雑になったり間違った予測が行なわれてユーザが混乱してしまうことも多い。本論文では、予測や例示により計算機の使用効率を向上させるための要件について検討を行ない、その結果に基づいて、既存のシステムにおける問題点を克服した新しい実用的な予測/例示インタフェースシステムを3種類提案している。また、予測/例示インタフェースを容易に実現するためのソフトウェアアーキテクチャ及び予測/例示インタフェースの幅広い応用の可能性について述べている。

 第1章「序言」では、本論文の背景、目的、概要などを述べている。

 第2章「研究の背景」では、一般のユーザが機械を容易に使用できるようにするための手法として、システムにユーザの操作を予測させたり、システムへの例示により操作手順を指示したりする予測/例示インタフェースが有効であることを示し、現在までに提案されている各種の予測/例示インタフェースシステムの概要について述べている。

 第3章「新しい予測/例示インタフェースの設計方針」では、第2章で述べた既存のシステムの多くが各種の問題点を持っているため実用となっていない点を指摘し、問題点を解決するための新しい予測/例示インタフェースの要件について述べている。

 第4章「操作の繰り返しを利用した予測/例示インタフェース手法」では、ユーザの操作履歴情報から操作の繰返しを自動抽出して再利用することのできるインタフェースDynamic Macroを提案し、その利点及び他の予測インタフェース手法との融合について述べている。ふたつのキーを使用するだけで、繰り返し操作の検出実行/予測手法の選択/選択された予測結果の繰り返し適用といった各種の予測インタフェースを実現できる。

 第5章「依存関係を利用した予測/例示インタフェース手法」では、操作履歴情報やファイルの参照情報を利用して操作間の依存関係を自動抽出し再利用する手法を提案し、それを応用したSmart Makeシステムw及び関連システムについて述べている。電卓の操作やファイル操作などを行なう場合、ユーザの操作履歴やアプリケーション知識を用いて、操作対象間の暗黙的な依存関係を自動抽出することにより、操作を再現したりパラメタを変えて再実行したりすることができる。

 第6章「進化的学習にもとづいた予測/例示インタフェース手法」では、遺伝的プログラミングの手法を用いて、ユーザの好みを示す関数を例データからプログラムの形として抽出し再利用する手法について述べ、またその実例として、以前の配置例をもとにして図形の配置の評価関数を自動抽出するシステムについて述べている。遺伝的アルゴリズムのような確率的手法を用いてグラフ配置を行なう場合、ユーザの好みを反映した評価関数を作成することは容易でないが、ユーザが美しい配置と感じる例と悪いと感じる例の組をシステムに与えることにより、配置の良否を決定する評価関数を遺伝的プログラミングにより自動的に抽出することができる。

 第7章「予測/例示インタフェース統合アーキテクチャ」では、広い範囲のユーザインタフェース構築のための基盤として共有空間通信方式が適していることを示し、これが予測/例示インタフェースシステムの構築にも有効であることを述べている。

 第8章「予測/例示インタフェースの展望」では、繰り返し作業の効率化という観点にとどまらず、広い視点から見た予測/例示インタフェース技術を展望し、文章入力システムや実世界インタフェースへの応用について述べている。

 第9章「結言」では、本論文の成果を要約している。

 以上、これを要するに、本論文ではユーザがより容易に計算機を使うための予測/例示インタフェース技術について広く展望し、新しく有用な複数の予測/例示インタフェース手法及びユーザインタフェースソフトウェアアーキテクチャを創案したものであり、電子工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51063