学位論文要旨



No 213596
著者(漢字) 浜口,智志
著者(英字) Hamaguchi,Satoshi
著者(カナ) ハマグチ,サトシ
標題(和) プラズマ中の荷電微小粒子系
標題(洋) Systems of Charged Grains in Plasmas
報告番号 213596
報告番号 乙13596
学位授与日 1997.11.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13596号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉澤,徴
 東京大学 教授 塚田,捷
 東京大学 教授 和達,三樹
 東京大学 教授 牧島,一夫
 宇宙科学研究所 教授 市川,行和
内容要旨

 本論文では、電荷を持った個体微粒子(塵)のプラズマ中に於ける物理的特性について議論する。プラズマと微小固体粒子の混在する系は、自然界に数多く存在する。例えば、木星や土星の輪、彗星の尾、惑星の磁気圏プラズマ、また、星雲の周りのプラズマなどがそうである。また、工業用に使用される低温プラズマでも、プラズマ中の化学反応によって微粒子がプラズマ中で生成されたり、あるいは、プラズマ閉じ込め容器の内壁から堆積物がはがれ落ちたりして、大量の個体微小粒子が浮遊していることはめずらしくない。半導体製造用のプラズマプロセス装置では、こうしたプラズマ中の塵が製造する半導体製品の製造歩留まりを下げるため、塵を除去する努力が常になされている。逆に、プラズマ中の塵を積極的に利用する例としては、アークなどの熱プラズマ中で良質の微小セラミックス粒子を生成する技術も開発されている。

 最近、宇宙プラズマ物理学上の興味や、上述した工業的応用の観点から、個体微粒子(塵)とプラズマの混在する系(dusty plasma)への関心が非常に高まってきている。しかしながら、その有用性にもかかわらず、dusty plasmaは、これまで主に宇宙プラズマ物理学の一分野としてのみ取り扱われてきた傾向が強く、特に工業用プラズマのパラメーター領域では、プラズマ中の微粒子の輸送や微粒子系の熱力学的性質など基礎的な面についても不明な点が多かった。こうした事情を踏まえ、本論文では、プラズマ中の微粒子系の動的、熱力学的性質を、理論モデルと数値シミュレーションを用いて調べることにした。

 プラズマ中では、電子の移動度がイオンの移動度に比べて高いため、通常、個体微粒子の表面が電子を吸着して負に帯電する。反対に、媒体としてのプラズマは、系全体として電気的中性を保つために、逆の符号に帯電して、電荷中和剤の働きをする。微小とはいえ、プラズマを構成するイオンや電子に比較すると巨視的な物質である微小個体粒子の周りには、その電荷のため、デバイ遮蔽が形成される。一様なプラズマ中では、その空間電位分布は、遮蔽クーロンポテンシャル(湯川ポテンシャル)で近似され、デバイ遮蔽の厚さがデバイ長で表されることはよく知られている(デバイ=ヒュッケルの理論)。

 プラズマの密度分布などが一様でない場合には、デバイ長が密度に依存して非一様となるため、単純なデバイ=ヒュッケルの理論は成り立たない。本論文では、デバイ長の非一様性に比例して分極したデバイ遮蔽の誘起する電場が微粒子上の電荷に力(分極力)を及ぼすことを導いた。このため、非一様プラズマ中にある荷電微小粒子には、外部電場の無いときにも力が働く。分極力の大きさはデバイ長の勾配と電荷の二乗の積に比例し、電荷の符号にかかわらず、常に、デバイ長の減少する向きにはたらく。これはデバイ遮蔽の自由エネルギーがデバイ長に比例することからも導かれる。従って、典型的なグロー放電中の荷電微粒子の輸送は、クーロン力(つまり、電荷と外部電場の積)、分極力、微粒子とイオン流とのクーロン衝突力、および、微粒子と中性粒子(分子)流との衝突力の和によって決定される。通常、グロー放電内部に於いては、電場は弱く、一方、放電容器壁に向かうイオン流や中性粒子流との衝突による力が強いため、荷電微粒子は放電容器壁の近くまで輸送される。放電容器の壁の近くではシースが形成されているため、電場と密度勾配が大きく、荷電微粒子はシース電場および分極力とによって反対方向の力を受ける。そのため、全ての力が均衡する内部プラズマとシースの境界付近で荷電微粒子の輸送が止まる。グロー放電中で塵状微粒子がプラズマ=シース境界に局在するのは、実験的にもよく観察されている。

 プラズマ中に非一様なイオン流のある場合は、プラズマ密度の勾配が無くても、荷電微粒子の周りのデバイ遮蔽が流速勾配により分極する。本論文では、このような場合の分極力も求めた。流体近似の範囲内では、イオン流の大きさがイオン音速に比べて小さい場合には、分極力はイオン流の運動エネルギーの勾配に比例する。従って、イオン流の運動エネルギーが小さければ、イオン流速勾配による分極力も小さい。一方、イオン流速がイオン音速より非常に大きい場合には、イオンが荷電粒子の周りに遮蔽を形成することができず、デバイ遮蔽は、単に、負に帯電した微粒子の周りに於ける電子の欠如によってのみ形成されることになる。従ってこの場合、もし密度勾配があれば、デバイ遮蔽の自由エネルギーは、一般のデバイ長ではなく、電子デバイ長に比例する。

 荷電微粒子が多数集まった系では、系全体のポテンシャルエネルギーが運動エネルギー(熱エネルギー)より大きい場合に強結合系と呼ばれる。本論文では、プラズマ中の強結合荷電微粒子系を、湯川ポテンシャルで相互作用する系(湯川系)でモデル化し、分子動力学法を用いて、その相転移を調べた。実験的にも、プラズマ中の荷電微小粒子系は、そのポテンシャルエネルギーが運動エネルギーより十分大きい場合に結晶構造をとることが観察されている。湯川系の熱力学的性質は、基本的に、デバイ長と温度(運動エネルギー)の二つのパラメータにより決定される。このようなパラメータの無次元量として我々は、/を用いる。ここで、は粒子間距離(Wigner-Saitz長)とデバイ長の比、は平均的な粒子間クーロン相互作用エネルギー/4と典型的な熱エネルギーkTの比である。特に、デバイ長が無限大の極限(→∝)が、いわゆる古典的一成分プラズマ(OCP)系である。この点で、湯川系は、OCP系の古典的拡張と言える。

 湯川系は、プラズマ中の微粒子系のモデルとしてばかりではなく、コロイド粒子系のモデルとしても知られており、その研究には長い歴史がある。しかし、分子動力学法やモンテ=カルロ法などの数値シミュレーションを用いて、湯川系の有限温度の相転移などが定量的に調べられるようになったのは比較的最近のことである。また、これまでのシミュレーションが、デバイ長の短い範囲(短距離相互作用)に限られており、また、相転移の決定に関しても、誤差の比較的大きいものが多かったのに比べて、本研究では、湯川系の数値計算としては初めて、Ewald potentialを正しく取り入れ、OCPを含むすべてのデバイ長における範囲で分子動力学シミュレーションをはるかに正確に行えるようにした。本シミュレーションにより得られた内部エネルギーの温度依存性より自由エネルギーなどの熱力学的量を各デバイ長について計算することによって、kが0から5の広い範囲で相図を求め、とくに、体心立方(BCC)格子と面心立方(FCC)格子、および、流体の三相の共通点である三重点(triple point)の位置を初めて高い精度で決定した(k=4.3、=5.6×103)。図1はこうして求めた湯川系の相図である。

図1:k-上で表わした湯川系の相図。丸は液相とBCC個相の相境界、四角は液相とFCC個相の相境界、三角はBCC個相とFCC個相の相境界を表わす。
審査要旨

 プラズマの物理的性質は、核融合ならびに天体現象と関連して多くの研究がなされており、核融合プラズマではプラズマの磁気閉じ込めの観点から磁場との相互作用に焦点が当てられている。他方、電子やイオンに比べはるかに大きな固体微粒子(塵)がプラズマ中を浮遊するとき、その挙動が重要となる場合も少なくない。プラズマ閉じ込め容器壁から発生する不純物はその一例であり、天体現象としては木星や土星の輪、すい星の尾等がある。これらの現象に比べ低温度のプラズマ中での固体微粒子の物理的特性が重要となる例として、プラズマ加工における固体微粒子がある。たとえば、半導体製造用のプラズマプロセス装置中を浮遊する塵の制御あるいは除去は半導体製品の性能向上と密接しており、また良質の微小セラミックス粒子の生成にはアークプラズマを利用する技術も開発されている。

 プラズマでは電子の移動度がイオンの移動度より大きいため、固体微粒子は通常負に帯電し、周囲のプラズマは反対に正となる。物理的性質が一様なプラズマ中では、固体微粒子の周りの電位分布は遮蔽されたクーロンポテンシャル(いわゆる湯川ポテンシャル)で近似され、その遮蔽厚さを与えるデバイ長は温度と電子ないしイオン密度の比の平方根に比例する。しかし、現実のプラズマではその特性は一様でなく、また粒子間の相互作用が重要となる。

 論文提出者は、固体微粒子を含むプラズマ(dusty plasma)に対して次の2点を中心として研究した:

 (1)プラズマの密度分布が一様でなく、デバイ長が空間的に変化する際に単一固体微粒子に作用する力をもとめる。

 (2)多数の微粒子からなる系でそのポテンシャルエネルギーが運動エネルギーより大きいいわゆる強結合系での相転移を調べる。

 第一課題においては、プラズマの密度分布が一様な場合を第一近似として密度分布の非一様性を摂動的に取り込み、固体微粒子がデバイ長の非一様性より発生する電場より受ける力を導出した。この結果、非一様プラズマ中にある荷電微粒子には、外部磁場がないときにも電荷の符号にかかわらず、デバイ長の勾配と電荷の二乗に比例する力がデバイ長の減少する方向に働くことが見いだされた。また、プラズマ中に非一様なイオン流がある場合、プラズマ密度が一様であってもデバイ遮蔽が流速勾配によって分極し、粒子は力を受けることが示された。これらの結果は、多数の粒子が存在するdusty plasmaを解明する上で決定的なものではないが、微粒子個々の物理的特性を理解する点で興味ある知見といえる。

 第二課題においては、プラズマ中の荷電粒子系を湯川ポテンシャルで相互作用する系(湯川系)でモデル化し、分子動力学法で数値シミュレーションを行い、その特性を詳細に解析した。湯川系の熱力学適性質は、粒子間距離とデバイ長の比(K)、粒子間クーロン相互作用エネルギーと熱エネルギーの比(G)によって特徴づけられる。古典的一成分プラズマはK無限大の極限に対応している。湯川系の有限温度での相転移が定量的に調べられるようになったのは比較的最近であり、従来の研究はKが大きい短距離相互作用の場合に限られ、精度も十分ではなかった。本研究では、長距離相互作用を高精度で解析するためにEwaldのポテンシャルを正しく取り入れ、古典的一成分プラズマを含むすべてのKの範囲で分子動力学シミュレーションを実行し得る方法を開発した。この方法で得られた内部エネルギーの温度依存性より自由エネルギー等をKの広い範囲で計算し、相図を求めた。その結果、K零の極限での液相と固相の境界に関する従来の研究を正しく再現し、体心立方格子、面心立方格子および流体三相の共存点である三重点を初めて精度よく決定することに成功した。

 以上に見るように、論文提出者はdusty plasmaの物理的特性を解析的および数値シミュレーション手法を用いて研究し、プラズマ中の単一固体微粒子の受ける力および湯川系での多粒子効果を調べた。特に、強結合系での相図を広いパラメーター範囲で決定し得る方法を開発したことは、dusty plasmaの物理学的研究において興味深い成果と評価する。なお、本研究は、Rida Farouki博士、Daniel Dubin博士との共同研究であるが、論文提出者が解析、シミュレーション双方において主体となって行なわれたものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50694