学位論文要旨



No 213597
著者(漢字) 青梨,和正
著者(英字)
著者(カナ) アオナシ,カズマサ
標題(和) リモートセンシングデータをメソスケール数値予報モデルに導入する物理的初期値化の研究
標題(洋) A Study on Physical Initialization to Incorporate Remotely-Sensed Data into Mesoscale Numerical Weather Prediction Models
報告番号 213597
報告番号 乙13597
学位授与日 1997.11.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13597号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 木本,昌秀
 東京大学 助教授 新野,宏
 東京大学 教授 新田,勍
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 教授 山岬,正紀
 東京大学 教授 住,明正
内容要旨

 水平規模が数百キロメートル以下のメソスケールの気象擾乱を予報する、数値予報システムの現在の問題点の一つは水平間隔約300キロメートル程度の高層ゾンデを中心とする現業観測網から作られた、モデルの初期値がメソスケールの気象情報を欠いていることである。このため、高い分解能を持つ数値予報モデルを用いてもメソスケールの気象擾乱を予報することが難しい。

 近年のリモートセンシング技術の発達(レーダー、衛星搭載のマイクロ波放射計等)は降水強度、可降水量、凝結水量などの様々なデータを利用可能にしている。これらリモートセンシングデータは広い範囲で高分解能の情報を与える。従って、これらのデータは、数値予報モデルにメソスケールの気象擾乱周辺の初期値を提供するものとして期待されている。特にメソスケールでは、降水による非断熱加熱が大きな熱源となっている。従って、台風や梅雨前線に伴う降水が周囲の力学場及び熱力学場に及ぼす影響についてのscientificな知見を得るためには、現実的な降水分布を数値予報モデルに同化してそのインパクトを研究する必要がある。

 しかし、大気数値予報モデルに降水強度などのデータを直接的に取り入れることは非常に難しい。これは、降水強度などの物理量がモデルの予報変数(気温、湿度、上昇流等)の非線形の関数として数値モデルでパラメタライズされる量なので、予報変数についての通常の逆問題として解くのが困難であるためである。

 このためKrishnamurti et al.(1984)は、Krishnamurti et.al(1983)の対流性降水パラメタリゼーションスキムを使う数値予報モデルに降水データを間接的に導入する初期値化手法を提案した。このパラメタリゼーションスキムは、条件付き不安定な成層の領域では水蒸気の鉛直移流による増加量と対流性降水による減少量がバランスするという仮定を用いて降水強度を計算するものである。彼らの初期値化手法は、上記のパラメタリゼーションスキムの仮定を利用して、数値予報モデルが初期時刻に観測された降水強度に等しいモデル降水強度を作るように初期の上昇流等を調節するものである。この手法のように数値予報モデルの物理過程のパラメタリゼーションを用いて、数値予報モデルでパラメタライズされる物理量の観測値とconsistentな初期値を求める手法は物理的初期値化と呼ばれている。

 湿潤対流調節スキム(MCA)やArakawa and Schubertスキム(AS)を使用する数値予報モデルではKrishnamurti et al.(1984)と違った物理的初期値化手法が必要である。これはこれらのスキムがKrishnamurti et.al(1983)とは異なる仮定を用いているためである。本研究の目的は、MCAおよびASスキムについての物理的初期値化手法を開発することである。

 本研究で用いたMCAの仮定は条件付き不安定な大気の相対湿度が気温減率の関数である、臨界相対湿度を超えると積雲対流が生じてこの臨界相対湿度まで気柱を安定化するというものである(第2章参照)。またASスキムは各雲頂高度に対して気温と水蒸気量の関数であるCloud Work Function(CWF)を計算する。そしてASスキムはこのCWFがあらかじめ決められた閾値を超えると、積雲対流を起こしてCWFをこの閾値になるように調節する(Arakawa and Schubert,1974)。すなわち、MCA及びASスキムを用いた数値予報モデルでは以下の近似が成り立つ:

 1)降水域での熱力学場(気温、水蒸気量)がある準平衡状態(臨界相対湿度、CWFの閾値)をとなる。

 2)この準平衡状態から熱力学場を不安定化させる大規模場のforcingを補償する降水強度が計算される。

 本研究で開発する物理的初期値化手法は、Krishnamurti et al.(1984)と同様に観測降水強度とconsistentな上昇流等の力学場を調節する(以下力学場の調節と呼ぶ)ことに加えて、観測降水域でモデルの熱力学場がMCA,ASスキムの要求する準平衡状態を満たすように調節する(以下熱力学場の調節と呼ぶ)ことである。この熱力学場の調節を行って、rain flag(降水域であるかどうかの指標)の観測データから熱力学場の物理的初期値化を行うことが本研究の方法の特色である。

 本研究はこの物理的初期値化手法のインパクトを調べるため、レーダーと衛星搭載のマイクロ波放射計のリモートセンシングデータを上記パラメタリゼーションスキムを使うメソスケール数値予報モデルに導入する予報実験を行った。

 第2章ではMCAと大規模凝結スキム(LSC)についての物理的初期値化手法を開発した。この手法によってレーダーアメダス雨量解析データを気象庁の現業のメソスケール数値予報モデルであった日本域スペクトルモデル(JSM)に導入した。この物理的初期値化手法の特徴は:

 1)熱力学場の調節として観測降水域でモデルの熱力学場がMCAスキムの要求する臨界相対湿度を満たすように水蒸気量を調節する。また、モデル降水域で実測の降水域でない領域では、熱力学場の調節は、相対湿度を経験的に決めたしきい値まで下げる。ただし簡単化のため熱力学場の調節では初期場の仮温度は一定とした。

 2)MCAとLSCスキムが観測降水強度と同じ降水強度を作るように上昇流を変えて、初期の大規模場の気温及び水蒸気量の移流量を調節する。

 この初期値化手法による降水情報導入の降水予報へのインパクトを、梅雨前線上の擾乱の事例(1990年6月30日)に対する予報実験によって調べた。その結果は以下のとおりである:

 1)この初期値化手法による降水情報導入は、数時間にわたって降水予報(特に位置ずれ誤差)を改善した。

 2)熱力学場の調節は初期にメソスケール降水擾乱があるところを臨界相対湿度とすることで、モデル降水域とした。このことにより数値予報モデルに与えられた現実的な初期の降水域の情報が、降水予報の位置ずれ誤差の改善に寄与していることがわかった。

 3)力学場の調節によって数値予報モデルへ導入された観測降水強度とconsistentなメソスケールの上昇流の初期場が、予報早期の降水強度の改善をすることがわかった。これは、現業の高層観測網データから得ることのできない、風速のメソスケールの発散成分の情報が物理的初期値化によって推定できたためである。

 この手法は気象庁の現業数値予報に’93年から’96年まで用いられた。気象庁数値予報課が計算した降水予報の精度の経年比較はこの手法が現業の降水予報精度の向上に寄与したことを示す(松村、1993)。

 第3章では降水の観測データを数値予報モデルへ導入するため、Arakawa and Schubert型スキムの1つである、Economical Prognostic Arakawa and Schubert (EPAS)スキム(Kuma,1993)についての物理的初期値化手法を開発した.この物理的初期値化手法の特徴は:

 1)条件付き不安定成層の領域内で降水が観測された地点でのCWFをEPASが降水を作る閾値と等しくなるように熱力学場を補正する。また初期場でCWFが上記閾値よりも大きな、super critical stateがあればこれを閾値まで下げるように熱力学場を補正する。

 2)条件付き不安定成層の領域内で観測の降水強度と初期のモデル降水強度との差をゼロにするように初期のcloud base mass fluxを調節する。

 3)上記熱力学場及びcloud base mass fluxの補正値の計算を,CWFと降水強度を強い拘束条件とする補正値の最小値問題として定式化した。CWFと降水強度はそれぞれ各層の気温、水蒸気とcloud base mass fluxの関数なので、これらについての拘束条件付きの最小値問題を解くことで各層の気温、水蒸気とcloud base mass fluxの最適な補正値計算することができた。このことによって、第2章で導入した、’仮温度一定’等の簡単化のための仮定を導入する必要がなくなった。

 EPASについての物理的初期値化手法の効果を調べるために、台風9407号の周辺のレーダーアメダス解析雨量をJSMに導入した予報実験(’94年7月23日00Z初期)を行なった.この予報実験の結果は、本研究のEPASについての物理的初期値化手法が、最初の1時間に見られた降水予報の立ち上がり誤差を解消したこと、また数時間にわたって降水予報の位置ずれ誤差を減少させたことを示す。これらの結果は以下のことを示唆している:

 1)従来のJSMでは初期のCloud Base Mass Fluxをゼロと仮定していた。これが降水予報の立ち上がり誤差の主な原因である。この立ち上がり誤差の解消には初期のCloud Base Mass Fluxの補正による、従来より現実に近いCloud Base Mass Fluxの初期値を与えることが不可欠である。

 2)初期のCloud Base Mass Fluxの補正は観測の強雨域付近でモデルの対流性降水を強めることで降水予報の位置ずれの減少に寄与している。

 3)初期の熱力学場の補正は観測非降水域内の非常に対流不安定な部分を除去することで降水予報の位置ずれの改善に寄与する。

 第2章及び第3章では数値予報モデルに同化する情報としてレーダーで観測された降水域及び降水強度のデータを用いた。レーダーデータは降水に関する高精度の情報であるが利用できる範囲が限られる。海上で広い範囲の降水情報を与えるものとしてSSM/I(Special Sensor Microwave Imager)等の衛星搭載のマイクロ波放射計がある。しかし、マイクロ波放射計から求められた降水域データは高い精度を持つが降水強度の精度は十分でない(Ebert,1996)。そのかわりにSSM/Iから海上の可降水量を高い精度で求めることができる(Shibata,1994)。そこで第4章では、SSM/Iの降水域と可降水量のデータを組み合わせてJSMの水蒸気場へのデータ同化に利用する手法を開発した.なお降水強度の観測値が得られていないので、初期の力学場の調節は実行しなかった。(ここで用いたJSMはMCAとLSCを降水スキムとして使用するものである。)降水域と可降水量のデータは、以下の手順で同化された:

 1)SSM/Iで観測された降水域では、第2章と同じ物理的初期値化による熱力学場の調節を行い、相対湿度を臨界相対湿度になるようにする.

 2)SSM/Iの観測非降水域では、SSM/I可降水量と第1推定値の可降水量の差を各レベルの相対湿度の調節量に分配する.この分配には、統計的内挿法を用いて、JSMの可降水量の予報誤差と各レベルの相対湿度の予報誤差の統計的相関に比例させた.また、臨界相対湿度を超す格子点では、第2章と同じ熱力学場の調節を行い、相対湿度を経験的に決めたしきい値まで下げる。

 この手法は1988年7月12日21UTCの事例で、降水予報の位置ずれを12時間以上にわたって減少させた。これはSSM/I可降水量のデータ同化と物理的初期値化の組み合わせが大規模なスケール(数百キロメートル以上)の偽の降水域を解消したためである。またこの事例についての予報実験の結果は以下のことを示している:

 1)観測非降水域で、可降水量の導入と物理的初期値化の組み合わせが、臨界相対湿度より十分低い相対湿度を作ることで、モデル降水域を消すのに有効であった。

 2) SSM/Iの降水域情報の物理的初期値化は第2章と同じく、観測の降水域を臨界相対湿度とすることでモデル降水をつくるのに有効であった。

 本研究で得られた知見をまとめると:

 1)本研究の予報実験及び数値予報課の調査結果から、従来の現業観測網のデータから作られた数値予報モデルの初期値がメソスケールの降水情報を欠いていることが確認された。

 2)またこれらの結果は、本研究の物理的初期値化は、数値予報の初期に現実的なメソスケールのモデル降水を作るのに成功したこと、この現実的なメソスケールの降水の初期値の導入が数時間程度の降水予報を改善していることを示している。

 3)第4章で述べたように、データの少ない海上では、従来の現業観測網のデータから得られる、大規模なスケールの水蒸気場にも、現実大気とずれがみられた。このような事例では可降水量のデータ同化に降水に関する物理的初期値化をつけ加えることが、大規模な水蒸気場のより現実的な初期値を求めるのに効果的であった。この大規模なスケールの水蒸気初期場の改善が、12時間以上降水及び水蒸気場の予報を改善した。

 本研究は現実的な降水分布を数値予報モデルに同化した。そのインパクトの持続期間等から、梅雨前線や台風に伴う降水が周囲の力学場及び熱力学場に及ぼす影響についての考察をまとめると:

 1)第2章の対象としたのは梅雨前線にともなうメソスケールの降水擾乱である。この事例の場合降水情報の導入の数値予報モデルへのインパクトの持続期間は数時間であった。これはNinomiya and Kurihara(1987)の降水情報の導入の数値予報モデルへのインパクトの持続期間が24時間以上であったのとは対照的である。Ninomiya and Kurihara(1987)の擾乱は’長命’(2-3日)で、対流圏の中下層の渦を伴っている。非断熱加熱によってこの渦度が増して、下層の循環を変えたために次の世代の擾乱の生成に影響した。一方、本研究の降水擾乱は’短命な’(数時間程度)擾乱で、対流圏中下層に渦を伴わない。このため、降水擾乱の次の世代の擾乱の生成に対する影響が小さかった。すなわち、ある時点の降水の非断熱加熱と数時間後の周囲の場の循環とを結びつける、対流圏の中下層の渦の存在の有無がこの違いを作ったと考えられる。

 2)第3章の、台風に伴う降水を数値予報モデルへ導入したインパクトの持続期間は2-3時間であった。この場合は、台風全体の降水域でなく、その一部分だけを数値予報モデルに導入した。このため、台風の渦への影響が小さかったと考えられる。

 以上の議論から導き出される、本研究の今後の課題は次のようにまとめられる:

 1) 上記考察を確かめるために、梅雨前線や台風に伴う降水等の多くの事例についてのデータ同化実験を行い、降水が周囲の力学場及び熱力学場に及ぼす影響について研究する。

 2) 熱帯低気圧や温帯低気圧全体をカバーする、広い範囲の情報を得るため、衛星搭載のマイクロ波放射計やレーダー等のリモートセンシングデータを利用できるようにする。このために、複数のリモートセンシングデータと物理的初期値化を組み合わせて、より実況に近い初期値を得る手法を開発する。

ReferencesArakawa,A.,and W.H.Schubert,1974:Interaction of a cumulus cloud ensemble with the large-scale environment,Part I.J.atmos.Sci.,31,674-701.Ebert,E.E., 1996:Overview of the AIP-3 project: Preprints of the eighth conference on satellite Meteorology and Oceanography,Amer.Meteor.Soc.,215-219.Krishnamurti,T.N.,S.Low-Nam and R.Pasch,1983:Cumulus Parameterization and rainfall rates II.,Mon.,Wea.Rev.,111,4,816-828. -,K.Ingles,S.Cooke,T.Kitade,and R.Pasch,1984:Details of low-latitude,medium-range numerical weather prediction using a global spectral model.Part 2:Effects of orography and physical initialization.J.Meteor.Soc.Japan,62,613-648.Kuma,K.,1993:Impact of EPAS on Typhoon forecasts by a global NWP model.Proceedings of the 63rd Conference of Japan Meteorological Society,208.(in Japanese).Ninomiya,K.and K.Kurihara,1987:Forecast experiment of a long-lived meso-scale convective system in Baiu frontal zone.J.Meteor.Soc.Japan,65,885-899.Shibata,A.,1994:Determination of water vapor and liquid water content by an iterative method.Meteorolol.Atomos.Phys.54,173-181.松村崇行、1993:レーダーアメダスを使った初期値化のインパクト.平成5年度数値予報研修テキスト、25-40.
審査要旨

 数値天気予報システムの現在の問題点の一つは、水平間隔約300キロメートル程度の高層ゾンデを中心とする現業観測網から作られた初期値が、水平規模が数百キロメートル以下の、いわゆるメソスケールの気象情報を欠いていることである。このため、高い分解能を持つ数値予報モデルを用いてもメソスケールの気象擾乱を予報することが難しい。これを補うのに、レーダーや衛星等リモートセンシングによる広範囲、高分解能のデータ、とくにメソスケールの降水情報の利用に期待が集まっている。しかし、降水量のように、気温、湿度等大気モデルの予報変数から高度に非線型な演算を通して得られる量の場合、逆問題として解くことは容易でなく、観測量をモデルに取り込む作業は単純ではない。

 申請者は、本論文において、レーダーおよび衛星搭載マイクロ波放射計による降水データを大気モデルの初期値に有効に取り込む手法を考案した。リモートセンシングデータをモデルに取り込む具体的な方法は、用いるデータと、パラメタリゼーションと呼ばれるモデル内での降水計算の手法に応じて異なる。申請者は、本研究において、湿潤対流調節および荒川-シューバート方式の2つの対流性降水のパラメタリゼーション法について、レーダー雨量データを取り込む手法を考案し、また、前者については、衛星計測による広域の降水域、可降水量データを取り込む手法も提案している。

 観測された降水分布を数値モデルに与える試みはこれまでもあったが、本論文で提案された手法は、降水域では、モデルが観測された降水強度を与えるようにパラメタリゼーション手法の仮定に合わせて初期値の熱・力学場を調節する、より合理的なもので、物理的初期値化法と呼ばれている。これは、米国の研究者によって提案されたものであるが、申請者は、彼らの扱わなかった2種の主要なパラメタリゼーション法について独自の方法を提案した。とくに、降水域であるか否かの観測情報を利用し、力学場だけでなく、熱力学場の調節も行なった点が特色である。

 本論文の第2章において、申請者は、デジタルレーダーとアメダス自動気象観測ネットワークによる雨量データを、湿潤対流調節と大規模凝結パラメタリゼーションを用いるメソスケール大気モデルに取り込む手法を考案した。提案された手法の有効性は、梅雨前線上の擾乱の事例に対する予報実験で詳細に解析された。その結果、(1)本論文が導入した熱力学場の調節の効果で、初期時刻後数時間にわたって降水予報、特に位置ずれ誤差が改善されること、および、(2)力学場の調節によって、メソスケールの風の発散成分について現実的な情報をモデルに導入できたため、予報早期の降水強度の改善がもたらされたこと、がわかった。この手法は、気象庁の現業数値予報に93年から96年まで用いられ、降水予報精度の向上に貢献したことが示されている。

 第3章では荒川-シューバート方式のパラメタリゼーションについて、物理的初期値化手法が考案された。この手法においては、変分法アルゴリズムの導入により、熱力学場の調節にあたって、仮温度一定等の簡単化のための仮定が排除できることが示された。考案された手法の効果は、台風9407号の予報実験について詳細に解析された。その結果、レーダー・アメダス降水量データの導入によって、最初の1時間に見られた降水予報の立ち上がり誤差が解消され、また数時間にわたって降水予報の位置ずれ誤差が減少することが示された。

 第4章では、海上の広い範囲をカバーする衛星搭載マイクロ波放射計データの大気モデルへの取り込み手法が考案された。この測器は、降水強度の定量的な精度は劣るものの、降水域の同定、可降水量(鉛直積分した水蒸気量)の推定ができる、という特色がある。申請者は、このようなデータの特性を考慮して、大気モデルの水蒸気場を、観測された降水域ではパラメタリゼーションの仮定する臨界状態を満たすように、また、非降水域では衛星の可降水量に合うように調節する手法を提案した。梅雨期の日本の南海上の降雨事例について有効性が調べられ、降水予報の位置ずれが12時間以上にわたって減少することが見い出された。これは、数百キロメートルスケールの初期降水分布の改善による。

 以上のように、本論文は、提案した物理的初期値化手法によってリモートセンシングデータの持つメソスケールの降水情報を大気モデルに有効に取り込むことができること、また、それによって、降水の数値予報が改善できることを示した。数値予報システムにおいては、前の解析時刻からの予報値を次の解析の第一推定値とする、予報-解析サイクルを用いているため、新しいデータの情報は格子点解析値の改善につながる。したがって、本論文の成果は、単に予報精度の向上に資するのみならず、観測の少ない、降水を伴うメソスケール擾乱周辺の力学・熱力学場の推定、理解にも貢献し、また、リモートセンシシグデータを用いたよりグローバルなスケールの水・熱エネルギー循環の研究にも光明を与えるものと評価される。

 なお、本論文の第3章は、隈健一、松下康広氏と、第4章は、柴田彰氏との共著であるが、本申請者が主体となって行ったもので、申請者の寄与が十分と判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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