学位論文要旨



No 213598
著者(漢字) 鈴木,雄久
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タケヒサ
標題(和) レトロウイルスベクターによるAP-1のtransdominant suppressor導入によるtransformationの抑制とその機序の解析
標題(洋)
報告番号 213598
報告番号 乙13598
学位授与日 1997.11.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13598号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 吉倉,廣
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
内容要旨 〈序〉

 AP-1は多くの癌遺伝子の最終ターゲットの一つと予想される。私はAP-1を阻害するこにより、細胞のtransformationが抑えられるか否か、又transformした細胞においてAP-1の質的、量的変化がどのようになっているかに興味をもった。AP-1がdimerより成ることからFos及びJunに変異を導入して得たtransdominant suppressor(supFos,supJun)を開発した。細胞のtransformation及びこれの抑制をassayする系として、Rouse Sarcoma Virus(RSV)を基にしたreplication competentなレトロウイルスベクターを使ってCEFに遺伝子を導入するシステムを用いた。このシステムを使って様々なoncogeneのtransformationがsupFos,supJunにて抑制されるか否か、調べた。次に代表的な幾つかのoncogeneでtransformした細胞でAP-1のDNA結合活性、転写活性、タンパク、RNAの発現量の変化を調べた。

 更に個体レベルでのsupFos,supJunによるAP-1の阻害実験をおこなった。

〈方法〉1.細胞培養及びレトロウイルスベクターの作製

 ニワトリ卵より得た胎児よりchicken embryo fibroblast (CEF)を得た。ウイルスベクターはplasmidのconcatemer(2g)をリン酸カルシウム法でCEFにtransfectionし、5〜6日後の培養上清をウイルスストックとした。focus assayによりウイルスのタイターを求めた。

2.Transformation Assay

 CEFを最初のウイルス感染後、4日後に次のウイルスへ感染させ、形態の変化を観察した。また、2重感染した細胞3000個をsoft agarに浮遊させて、2週間後に出現したコロニー数を計算した。

3.Gel shift Assay

 ウイルス感染細胞より核抽出物を調整し、AP-1結合部位を32Pでラベルしてprobeとした。又、必要に応じて、プローブを加える15分前に抗体を含む血清を加えてスーパーシフトを解析した。混合物は4℃で、5%の非変性アクリルアミドゲルで電気泳動した。

4.CAT Assay

 AP-1サイトを3copy直列でもつレポータープラスミド5gを、ポリブレーンDMSO法でCEFへtransfectionし、cell lysateをCAT assayに使用した(41)

5,RNase protection Assay

 感染細胞よりRNAをAGPC法で調整し、10gのtotalRNAを80%ホルムアミドの中でRNAprobeとhybridyzeさせた後RNase AとのRNase T1で消化した。RNaseの消化より保護されたBandを電気泳動で検出した。

6,免疫沈降、Western blot

 細胞を35Sにてラベルして変性状態(2%SDS下煮沸)にて細胞成分を調整し免疫沈降をおこなった。細胞成分(80g)をSDS-10%ポリアクリルアミドゲルにて泳動しpolyvinylidine difluoride膜へtransferし、ECL Western blot system(Amersham)にて検出した。

〈結 果〉1.supFos,supJunによるtransformationの抑制

 V-Src、V-yes、V-fps、c-H-ras、N末欠失した活性型rafのtransformationがsupFos,supJunによって抑制されたが、V-myc、及びV-rosのtransformationは全く抑制されなかった。

2.transformした細胞におけるAP-1のCAT活性

 V-src、c-H-ras、ND-rafでtransformした細胞では有意にAP-1CAT活性が上昇している。1の結果と合わせて、これらの癌遺伝子のtransformationの重要な共通ターゲットの1つがAP-1であることを示唆している。これに対してmycでtransformした細胞では全くAP-1活性は上がっていない。V-rosのtransformationはsupfos、supJunに抵抗性があるが、V-rosでtransformした細胞ではAP-1は上がっていた。

3.transformした細胞におけるAP-1DNA結合性

 V-src、c-H-ras、ND-rafでtransformした細胞で、AP-1をprobeとしたGel-shiftを行った所、DNA結合活性の上昇が認められた。また上昇したAP-1結合活性は抗fra-2、抗Jun抗体によってスーパーシフトした。

4.transformした細胞におけるAP-1のコンポーネントの変化(RNA)

 V-src、c-H-ras、ND-rafでtransformした細胞では、fra-2とc-Junのm-RNAが増加していた。しかしJunDのm-RNA量に変化はみられなかった。c-fosは放射性活性の高いRNA probeで検出感度を上げたが、全く検出されなかった。

5.transformした細胞におけるAP-1のコンポーネントの変化(蛋白)

 v-src,v-fps,v-ros,v-yes,c-Ha-ras,ND-raf感染細胞にてJunのタンパク量の増大が観察された。Fosは検出できなかったが、Fra-2のタンパク量の増加とリン酸化の上昇がみられた。

6.個体レベルの実験

 個体レベルでAP-1 を破壊することを目的にsupFosを導入したtransgenic mouseを作成した。マウスで安定した発現が期待されるRSVのLTR領域をプロモーターとして選んだがsupFosの発現量がきわめて低くsupFosの生物活性を確認できなかった。それにかわる手段としてウイルスベクターをchickenに感染させるという実験を行ったがsupFos,supJunを感染させて腫瘍抑制の生物活性を確認するのは困難であった。細胞増殖に不利な活性を個体レベルでみるにはレトロウイルスは感染効率が低すぎると判断した

〈結論〉

 FOS family、JUN familyおよび、AP-1family以外にsrc、yes、fps、h-ras、rafのtransformationがsupFos,supJunによって抑制され、これらの遺伝子のtransformationにおいてAP-1が必要である可能性が示唆された。

 そしてそのようなtransformした細胞においてはfra-2とc-Junの転写レベルでの発現量の増大とそれによるAP-1の転写活性能、DNA結合活性の増加が確認された。

 これに対しV-mycのtransformationはAP-1を必要とせず、又V-mycでtransformした細胞でAP-1の上昇はみられない。V-rosはAP-1活性の増加を起こすがV-rosのtransformationはAP-1を必要としなかった。

〈考察〉

 (1)いくつかの癌遺伝子のtransformationにAP-1の存在が必要である可能性が示唆された。そして、それらのtransformした細胞においてAP-1活性が上昇していた。更にAP-1は正常なprimary cellをtransformすることなども総合してAP-1がtransformationにおいて本質的に重要な役割をしている可能性が示唆された。

 (2)transformした細胞においてFra-2の量の増加とリン酸化の亢進がみられ、重要な役割をはたしていると推測された。これに対しFosは検出されなかった。

審査要旨

 本研究は転写因子AP-1を阻害するこにより、細胞のtransformationが抑えられるか否か、又transformした細胞においてAP-1の質的、量的変化がどのようになっているかを調べることにより細胞のtransformationにおけるAP-1の意義を明らかにしようと試みられたものであり以下の結論を得ている。

 1.V-Src、V-yes、V-fps、c-H-ras、N末欠失した活性型rafによるchicken embryo fibroblast(CEF)のtransformationはFos及びJunに変異を導入して得たtransdominant suppressor(supFos,supJun)によって抑制された。これより,これらの遺伝子のtransformationにおいてAP-1が必要である可能性が示唆された。

 V-myc、及びV-rosによるCEFのtransformationはsupFos,supJunによって全く抑制されなかった。

 2.V-src、c-H-ras、ND-rafでtransformした細胞では有意にAP-1CAT活性が上昇していた。1の結果と合わせて、これらの癌遺伝子のtransformationの重要な共通ターゲットの1つがAP-1であることを示唆している。これに対してmycでtransformした細胞では全くAP-1活性は上がっていなかった。V-rosのtransformationはsupfos、supJunで抑制されなかったが、V-rosでtransformした細胞ではAP-1は上がっていた。

 3.V-src、c-H-ras、ND-rafでtransformした細胞で、AP-1をprobeとしたGel-shiftを行った所、DNA結合活性の上昇が認められた。また上昇したAP-1結合活性は抗fra-2、抗Jun抗体によってスーパーシフトした。

 4.V-src、c-H-ras、ND-rafでtransformした細胞では、fra-2とc-Junのm-RNAが増加していた。しかしJunDのm-RNA量に変化はみられなかった。c-fosは全く検出されなかった。

 5.v-src,v-fps,v-ros,v-yes,c-Ha-ras,ND-raf感染細胞にてJunのタンパク量の増大が観察された。Fosは検出できなかったが、Fra-2のタンパク量の増加とリン酸化の上昇がみられた。

 6.supFosを導入したtransgenic mouseを作成した。マウスで安定した発現が期待されるRSVのLTR領域をプロモーターとして選んだがsupFosの発現量がきわめて低くsupFosの生物活性を確認できなかった。それにかわる手段としてウイルスベクターをchickenに感染させるという実験を行ったがsupFos,supJunを感染させて腫瘍抑制の生物活性を確認するのは困難であった。

 以上,本論文はいくつかの癌遺伝子のtransformationにAP-1の存在が必要であり、それらのtransformした細胞においてAP-1活性が上昇していることなどからAP-1がtransformationにおいて重要な役割をしている可能性を示したものである。更にtransfromした細胞におけるAP-1活性が上昇がfra-2とc-Junの転写レベルでの発現量の増大によるものであることを示した。本研究はtransformationと転写因子の関係の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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