学位論文要旨



No 213606
著者(漢字) 吉川,日出雄
著者(英字)
著者(カナ) キッカワ,ヒデオ
標題(和) 新規気管支拡張薬TA-2005の薬理学的特徴および2アドレナリン受容体との相互作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213606
報告番号 乙13606
学位授与日 1997.12.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13606号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 佐藤,能雅
内容要旨

 アドレナリン受容体(受容体)はGタンパク質に共役する7回膜貫通型受容体であり,近年の分子生物学の進歩と種々のリガンドの開発により,構造と機能の解析が進んできた.特に,isoproterenolなどのカテコールアミン化合物と受容体との相互作用の部位が明らかとなり,アゴニストによる受容体活性化機構が分子レベルで理解出来るようになってきた.しかし,非カテコール系化合物やサブタイプ選択性の高いアゴニストに関してはほとんど検討されておらず,これら化合物の受容体活性化機構およびサブタイプ選択性を与える受容体上の結合部位についてはほとんど明らかにされていない.本研究では,新規気管支拡張薬TA-2005(8-hydroxy-5-[1(R)-hydroxy-2-[[2-(4-methoxyphenyl)-1(R)-methylethyl]amino]ethyl]carbostyril hydrochloride)の薬理学的特徴を研究するとともに,2受容体活性化およびサブタイプ選択性に関与する薬物と受容体との相互作用部位について検討した.

 まず最初に,気管筋弛緩作用および2受容体に対する選択性を,モルモット摘出組織を用いて検討した.その結果,TA-2005の弛緩作用(pD2=9.79)は,formoterol,procaterol,isoproterenolおよびsalbutamolに比べ強く,また,この時の内活性はほぼ1であった.摘出右心房における拍動数増加作用と比べた気管に対する選択性は高かった.モルモットの心室筋および肺を用いた受容体結合実験も,TA-2005が2受容体に対する非常に高い親和性(Ki=1nM)と選択性(38倍)を有していることを示した.

 次に,麻酔モルモットおよびネコにおける気管支収縮抑制作用を他の2アゴニストと比較検討した.モルモットにおけるhistamine誘発気管支収縮,ネコにおける5-HT誘発気管支収縮および感作モルモットにおける抗原誘発気管支収縮に対するTA-2005の静脈内投与による抑制作用は,他の2アゴニストに比べ強かった.吸入投与(モルモット)および十二指腸内投与(ネコ)によりTA-2005の気管支拡張作用を検討したところ,salmeterolやformoterolと同等以上の作用持続を示した.この様に,TA-2005は他の2アゴニストに比較し,in vivoにおいても極めて強い気管支拡張作用を示し,また作用持続も長かった.

 TA-2005のヒト1,2および3受容体に対する薬理学的性質をisoproterenol,salbutamolおよびsalmeterolと比較検討した.COS-7細胞に発現させた2受容体に対し,TA-2005は,他のアゴニストに比べ高い親和性(Ki=12nM)と2選択性(53倍以上)を示した.さらに,CHO細胞に発現させた受容体を用いadenylyl cyclase(AC)の活性化を検討すると,TA-2005の強い刺激作用と2選択性が観察された.TA-2005により2および3受容体を刺激したときの最大AC活性は,isoproterenolと等しかったが,1受容体における最大活性化作用はisoproterenolの32%と低かった.この様に,TA-2005は2受容体に対し強力かつ選択性の高いアゴニストであり,また,1受容体に対しては部分活性薬として,2および3受容体に対しては完全活性薬として作用することが明らかとなった.

 Isoproterenolのカテコール骨格に存在するメタおよびパラ位の水酸基は2受容体のSer204およびSer207とそれぞれ相互作用し,2受容体活性化に重要とされている.そこで,Ser204およびSer207とTA-2005との相互作用について検討した.TA-2005の2受容体に対する親和性は,Ser204およびSer207をAlaに置換(それぞれS204AおよびS207A)することにより有意に低下した.親和性変化の程度は,salbutamolおよびsalmeterolに比べ大きかった.S204A-2受容体においてTA-2005および8位水酸基を除いた化合物(I)の親和性は低下したが,S207A-2受容体においてはその低下はわずかであった.TA-2005のAC活性化作用は,S204A-およびS207A-2受容体とWT-2受容体との間で差が認められなかったが,化合物(I)のAC活性化作用はS204A-2受容体において低下した.アゴニストが存在しなくても活性化状態にあると考えられているconstitutively active(CA)な2受容体を作製し同様の検討を行った.その結果,CA-2受容体において全てのアゴニストの親和性がWT-2受容体と比べ増加した.TA-2005の親和性は,CA-2受容体のSer204をAlaに置換することによって低下したが,WT-2受容体の場合に比べ小さかった.salbutamolおよびsalmeterolの親和性は,WT-2受容体のSer207の置換によっては変化しなかったが,CA-2受容体においては,Ser207の置換により有意に低下した.以上より,TA-2005の2受容体への高親和性結合はSer204およびSer207を必要とするが,ACの活性化には必要ないことが明かとなった.なお,TA-2005の8位水酸基はSer207と相互作用すると推測された.さらに,アゴニストの内活性は2受容体のSer204およびSer207との相互作用に関連しており,また,カテコールと非カテコール化合物でこれら2つのSerとの相互作用に差が見られ,特に非カテコール化合物はrestingな状態とconstitutively activeな状態で大きく異なっていることを明らかにした.

図1.S204A-およびS207A-2受容体におけける各アゴニストの親和性変化のWT(Open Symbol)-とCA(Closed Symbol)-2受容体における違い完全活性薬(isoproterenol,TA-2005)に比べ部分活性薬(salbutamol,salmeterol)では,Ser204およびSer207との相互作用の程度が小さかった.また,WT-2受容体(Open Symbol)においてはSer204およびSer207の関与に偏りが見られるが,CA-2受容体(Closed Symbol)においては,salbutamol,salmeterolはSer207とより相互作用するようになった.一方,TA-2005はSer204との相互作用が小さくなった.その結果として,いずれのアゴニストとも2つのSerとほぼ同程度相互作用(傾き1の直線状に乗る)するようになった.しかし,このWT-2受容体とCA-2受容体における親和性の変化は,カテコール化合物(isoproterenol)に比べ非カテコール化合物(TA-2005,salbutamol,salmeterol)で大きかった.

 最後に,TA-2005の高い2選択性に寄与する結合部位の解析を行った.TA-2005の2受容体選択性は,p-methoxyphenyl基あるいはp-methoxyphenyl-methylethyl基を除いた化合物では失われた.2受容体の第1,2および7番目の各トランスメンブラン(TM)領域をそれぞれ1受容体の相当する領域に置換したキメラに対する親和性を検討したところ,TA-2005は第2あるいは第7番目のTM領域を1受容体に置換することにより親和性の低下がみられた.逆に,1受容体のTM領域を2受容体と置換した場合,第7番目のTM領域を置換したときのみTA-2005の親和性が有意に増加した.さらに,この第7番目のTM領域で1および2受容体の間で一致しないアミノ酸残基(10箇所)を1個ずつAlaに置換した2受容体ミュータントを作製し親和性を検討したところ,Tyr308をAlaに変えたY308A-2受容体においてTA-2005の親和性の明かな低下が認められた.また,2受容体のTyr3081受容体の同じ位置に相当するアミノ酸残基Pheに置換したY308F-2受容体において,TA-2005の親和性はWT-2受容体に比べ有意に低下した.この様に,TA-2005のp-methoxyphenyl基と第7番目のTM領域が相互作用しており,特にTyr308との相互作用がTA-2005のサブタイプ選択性に大きな役割を果たしていることを明らかにした.

図2.本実験から推測されるTA-2005の2受容体との相互作用部位

 以上のごとく,新規気管支拡張薬TA-2005は,極めて強い2受容体刺激作用と高い2受容体選択性を有する2受容体アゴニストであることを明らかにした.このTA-2005を用いて2受容体との相互作用部位を検討したところ,2受容体に作用する化合物とSer204およびSer207との相互作用は,完全活性薬と部分活性薬,カテコールと非カテコール化合物および受容体活性化状態により違いのあること,また,TA-2005のサブタイプ選択性を与える高親和性結合部位としてTyr308が重要な役割を果たしていることを明らかにした.

 本研究の内容は,アドレナリン受容体アゴニストの刺激作用やサブタイプ選択性に関与する結合部位など構造と機能の解析研究に重要な情報を与え,今後の研究に新たな方向性を示した.また,TA-2005はこの様な研究の有用なツールとなると期待できる.

審査要旨

 Isoproterenolなどのカテコールアミン化合物と受容体との相互作用部位は,かなり明らかにされてきている.しかし,非カテコール系化合物やサブタイプ選択性の高いアゴニストは側鎖の先に特徴があるが,この面からは検討がされていない.本研究は,新規気管支拡張薬TA-2005(8-hydroxy-5-[1(R)-hydroxy-2-[[2-(4-methoxyphenyl)-1(R)-methylethyl]amino]ethyl]-carbostyril hydrochloride,構造式は図を参照)の薬理学的特徴を個体レベル,摘出組織レベルで明らかにし,またリコンビナントの2アドレナリン受容体(2受容体)を用い,活性化およびサブタイプ選択的結合に関与する受容体上の部位を研究したものである.

 以下にその主な内容を示す.

1.TA-2005の薬理学的特徴

 TA-2005はモルモット摘出組織を用いた実験から,強い気管筋弛緩作用(pD2=9.79)と,2受容体に対する高い親和性(Ki=1nM)を示し,また,1受容体と比べ2受容体に対する高い選択性(38倍)を示した.また,この時の内活性はほぼ1であった.

 モルモットおよびネコを用いた検討から,TA-2005はin vivoにおいても極めて強い気管支拡張作用を示し,また作用持続の長いことを明らかにした.

 TA-2005は,ヒト2受容体発現系においても,他のアゴニストに比べ高い親和性(Ki=12nM)を示し,また高い2選択性(1および3受容体に対し共に50倍以上)を示した.さらに,adenylyl cyclase(AC)の活性化作用においても強い刺激作用と2選択性が観察された.また,1受容体に対しては部分活性薬としての性質を示すが,2および3受容体に対しては完全活性薬であることを明らかにした.

2.2受容体上のリガンド結合部位に関する研究

 Isoproterenolのカテコール骨格に存在するメタおよびパラ位の水酸基は2受容体のSer204およびSer207とそれぞれ相互作用し,isoproterenolによる2受容体活性化に重要とされている.しかし,非カテコール系アゴニストに関しては,ほとんど明らかにされていない.本研究では,カルボスチリル骨格のTA-2005と,Ser204およびSer207との相互作用についてサリゲニン骨格のsalbutamolおよびsalmeterolと比較検討した.その結果,TA-2005とSer204およびSer207との相互作用は,isoproterenolとこれら2つのSerとの相互作用とは異なっていること,TA-2005の2受容体への高親和性結合はSer204およびSer207を必要とするが,ACの活性化には重要でないことを明らかにした.なお,TA-2005の8位水酸基はSer207と相互作用すると推測された.アゴニストの内活性は2受容体のSer204およびSer207との相互作用に関連しており,またカテコールと非カテコール化合物でこれら2つのSerとの相互作用に差が見られ,特に非カテコール化合物はrestingな状態とconstitutively activeな状態で大きく異なっていることを明らかにした.さらに,TA-2005への高い2受容体選択性に寄与する結合部位について調べ,TA-2005のp-methoxyphenyl基と第7番目のトランスメンブラン領域に存在するTyr308との相互作用がサブタイプ選択性に大きな役割を果たしていることを明らかにした(図).

図. 本実験から推測されるTA-2005の2受容体との相互作用部位

 以上,本研究はTA-2005が現在知られている最も強力かつ高い選択性を有する2受容体アゴニストであることを明らかにした.このTA-2005を用いた研究により,2受容体に作用する化合物とSer204およびSer207との相互作用は,完全活性薬と部分活性薬,カテコールと非カテコール化合物および受容体活性化状態により違いのあることを示し,さらに,TA-2005のサブタイプ選択性を与える高親和性結合部位としてTyr308が重要な役割を果たしていることを明らかにした.

 本研究の内容は,アドレナリン受容体とリガンドとの相互作用部位の解析,およびより選択的なリガンドの開発に多大な貢献をすると考えられ,博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた.

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