学位論文要旨



No 213610
著者(漢字) アレクシス,アカシオ
著者(英字) Alexis A.ACACIO
著者(カナ) アレクシス,アカシオ
標題(和) 液状化地盤中に埋設された浅い基礎の被害予測
標題(洋) RISK ASSESSMENT OF STRUCTURES WITH SHALLOW FOUNDATIONS RESTING ON LIQUEFIABLE DEPOSITS
報告番号 213610
報告番号 乙13610
学位授与日 1997.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13610号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 佐藤,徹
 東京大学 助教授 目黒,公郎
内容要旨

 本研究では、主に1990年のフィリピン地震の際にダグパン市において発生した地盤の液状化現象の詳細な検討を試みた。この液状化現象を正確に把握するために、構造物の損壊程度・傾斜・側方変位の方向・基礎の沈下量などに関する地震被害の詳細な調査を実施した。このような地震被害の観察に加えて、標準貫入試験・ダッチコーン貫入試験・スウェーデン式貫入試験等の現場試験を、地盤が液状化した地域と液状化しなかった地域の両方で実施した。これらの調査においては、特に河川近傍における地盤の側方流動被害に注目した。

 ダグパン市の地質を詳しく調べたところ、地盤の表層には柔らかい非液状化層が存在することがわかった。この非液状化表層の存在は、標準貫入試験・ダッチコーン貫入試験・スウェーデン式貫入試験によっても確かめられた。

 構造物の中で最も大きな被害を受けたものは、旧河川に自然堆積したりあるいは人工的に埋め立てられたゆるいシルトと砂からなる地盤上にあった建築物である。これらの地域は、最も大規模な地盤の側方変形が生じた地域と一致する。また、洪水時の河川の浸食・堆積作用によって形成された砂州堆積物からなる地盤上の建築物も大きな被害を受けた。一方で、河川の自然堤防の背後に堆積した密な砂地盤上に建設された建築物は液状化による被害を免れている。

 ダクパン市で生じた河川堤防盛土の変形に関して、どのような破壊形態が生じるのかを特定するために重力によるせん断荷重と土の残留強度や定常状態強度を比較することにより、安定解析を行った。もし重力によるせん断荷重sが土の残留強度Suよりも小さいならば、土の変形量はかなり限られたものとなると判断できる。一方、もしせん断荷重が残留強度に等しいかまたはより大きいならば流動破壊にともなって大きな変形が生じることになる。このような解析によって地震動の終了と同時に土の変形も停止するのかそれとも地震動が終了した後も変形が継続するのかを知ることにより、堤防の永久変形が限定されたものになるのかあるいは非常に大きなものとなるのかを判断することができる。

 地震振動が終了した後に実際に地盤の変形が継続していたかしていなかったかを調べることにより、地盤を構成する土の残留強度を見積もることができる。もし評価の対象である地盤が地震動の終了後も継続して変形していなかった場合には、地震後の逆解析によって計算されるせん断荷重sは土の残留強度Suよりも小さいことになり、逆解析によるせん断荷重を土の残留強度と見なすことはできない。すなわち、s<Suである。一方、もし地盤の側方変形が地震動の終了後も明らかに継続していた場合には、変形後の安定解析によって逆計算されるせん断荷重sは残留強度または定常状態強度と等しいものと考えられる。地震による地盤破壊に関するの逆解析が変形後の地盤の形状に基づいて行われている場合には、地盤の変形が地震動の終了後に生じたことが確認されている場合にのみ、計算されるせん断応力が残留強度または定常状態強度と等しいと言うことができる。

 地表面の非液状化層の厚さH1と液状化した砂層の厚さH2の関係について考察した。ダグパン市における地盤調査によって非液状化表層の厚さは場所によっては8m以上あるり、その下に液状化層が存在することがわかった。

 構造物の基礎が液状化層の中にある事例では、液状化によって明らかな被害が生じている。一方、基礎が表層の非液状化層に位置している構造物の基礎が液状化被害を免れるためには、基礎が十分に浅い位置にあるかまたは液状化層の上端から十分に離れた位置に存在する必要がある。

 非液状化層の厚さH1、液状化した砂層の厚さH2、及び基礎の根入れ深さを用いた建築物被害の発生・非発生に関する解析方法を提案した。この液状化被害の解析手法の妥当性をダグパン市における実際の地震時の建築物被害から検証した。非液状化層の厚さH1、液状化した砂層の厚さH2、基礎の根入れ深さDは、地震によって液状化が生じたときの被害の有無を評価する際の相関パラメータとなっている。

 建築物の高さ・奥行き・幅・底面積などのいろいろな組み合わせと、傾斜・沈下量などの地震被害パラメータの相関を検討した。その結果、地盤の液状化による建築物の傾斜や沈下量は建築物の寸法に関係していることが明らかになった。

審査要旨

 本論文は、液状化した砂質地盤上に設けられた構造物基礎の沈下災害を、事例調査と模型実験を中心に研究したものである。従来から、液状化する砂層厚さH2に比べて地表に近くて液状化しない土層が厚ければ(H1)、地下の液状化の悪影響が地表の亀裂や噴砂につながらないと、言われていた。しかし地上に建物が存在していて基礎が地中に埋められている場合には、確たる考え方が存在していなかった。

 1990年にフィリピンで発生した地震ではルソン島のダグパン市で液状化が大規模に発生し、多くの建物が沈下による被害をこうむった。市街地がゆるい砂層上に広がり、かつ建物の基礎が浅くて杭基礎などでは支えられていなかったことが、被害を拡大した。論文提出者は地震直後からたびたび現地を踏査し、液状化災害の実態や建物被害の調査に従事してきた。本研究ではその成果や市当局で収集した被災建物の基礎構造図面が大きな役割を果たしている。

 本論文は全体で11章から構成されている。第一章は、研究全体の位置づけを説明したものである。第2章では液状化した砂の大変形挙動および砂地盤の流動破壊現象について、既往の研究をまとめている。非排水状態でゆる詰め砂をせん断するとピーク強度後に軟化が起こり、過剰間隙水圧が急増して流動破壊状態に至ることが説明されている。

 第三章ではダグパン市の現地調査の方法を説明した。地盤調査として標準貫入試験の他に簡易なスウェーデン式貫入試験が実施された他、採取した土試料の物理的性質の測定、被害建物の実態調査が行なわれた。

 第四章では被害の実態を説明している。地盤の荷重支持力が失われた結果、地上の建物が沈下を起こしたり埋設管が座屈したほか、建物の傾斜や埋設物の浮き上がりが見られた。これらはいずれも液状化層のせん断剛性の大幅な減少と流動的破壊を原因としている。

 第五章ではダグパン市地盤の性状を報告している。同市の液状化地域が旧河道上の若い地盤の上に位置していること、そしてさらに古い地盤は液状化を免れたことは重要である。また標準貫入試験とスウェーデン式貫入試験結果を報告して、地盤の断面の土層構造を推定している。フィリピンで現在行なわれている標準貫入試験の方法はわが国のものとかなり違いがあり、その観測結果をわが国で使用されている液状化強度推定の経験公式に直接代入することは、妥当ではない。そこで特に両国の方式の比較実験を行ない、互いの観測値の換算方法を定めた。

 第六章は、ダグパン市の地盤が水平方向に流動した事例を調査した結果である。標準貫入試験に加えて、より迅速なスウェーデン式貫入試験を併用し、すべり面と思われる弱層の位置を同定した。そうしてすべり運動した土塊についての力の釣り合いから、すべり面のせん断強度を逆推定した。強度を標準貫入抵抗値に対してプロットした図は、安定解析で実用上の価値がある。

 第七章では建物の沈下量と基礎深さ及び土層厚さH1、H2の関係を考察した。従来提案されていたH1とH2の関係から被害の有無を判定する方法は、建物の場合、特に基礎が埋め込まれている場合には、適用できない。基礎底面と液状化層との間が狭まるほど、地震時に基礎を支えるべき安定土層が薄くなるからである。ここでは埋め込み深さに応じて従来提案の方法を補正する手法を考案し、実際への適用性を確かめた。

 第八章では建物の幾何学的形状と沈下の関係を検討した。建物の平面形状(正方形に近いか細長いか)や面積と沈下、傾斜とを比べた。建物の幅が広いほど傾斜角度が小さくて済むこと、基礎幅と沈下量をそれぞれ液状化層厚H2で正規化したところ、両者の間に関係が存在することなどが示された。

 第九章の振動台実験は、基礎の深さと沈下速度との関係を調べるために、実施された。底面を地表においた場合と埋め込んだ場合との二例を実験し、後者の方が沈下量が大きいことがわかった。これは前章までで推定されていたことと一致する。また、基礎の直下には構造物の重量に由来する静的なせん断応力があり、そのために過剰間隙水圧が上昇しにくいことも観察された。地盤の中には色砂で格子模様を設けておき、振動後の変位、変形を観察した。それによれば、液状化層の中央で横方向の変位が最大値をとり上下両端でゼロとなる、という特徴的なモードが見られた。

 第十章は、沈下解析の理論と計算例の紹介である。液状化して大変形する砂には、剛性の小さな固体としての取り扱いとビンガム流体としての取り扱いとがありうる。ここでは後者の立場をとり、降伏強度を無視することによってニュートン流体とした。基礎の沈下とニュートン流体との相互作用を離散化して数値解析を適用することは、現状においては計算技術の面で大きな困難を伴う。そこで本論文では地盤の変位が振動台実験で観察されたモードに従う、と考え、モードの成長を時間領域で追跡する一自由度解析を行なった。この方法をダグパン市の沈下事例に適用するにあたっては、液状化砂の粘性係数と沈下に要した時間が全く不明であった。そこで地震マグニチュードを考慮して沈下継続時間を約40秒と仮定し、その間にちょうど観測沈下量を満足する粘性を逆推定してみた。その結果、一自由度系の臨界減衰比を20ないし60程度に設定すれば、現実の沈下を説明しうることがわかった。

 第十一章は全体の総括と結論である。

 以上をまとめると本論文は、液状化に起因する建物の沈下現象を事例調査、模型実験、解析の三方向から研究したものである。その成果は埋立地に代表される液状化危険地盤上の浅い基礎の安定評価のために有用であり、地盤工学と耐震工学上の業績は大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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