学位論文要旨



No 213611
著者(漢字) 荒井,治
著者(英字)
著者(カナ) アライ,オサム
標題(和) 水利用高度化システムに関する研究 : 持続的水開発管理の一手法の研究
標題(洋)
報告番号 213611
報告番号 乙13611
学位授与日 1997.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13611号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 助教授 河原,能久
内容要旨

 首都圏においては人口の増加と生活水準の向上等による水需要は年々増加し,一方ダム等の水資源開発は全く追いつかたいため水需要と水供給の間には大きたギヤツプがあり,このギヤツプは地下水採取による関東平野の広域的地盤沈下をもたらしており.その沿水経済的被害額は深刻である。このため水資源開発は急がれているが,下水処理水の再利用と河川水を組合せた開放循環型の新たな水資源開発即ち水利用高度化システムに係る計画論と新技術の開発手法を確立した。

 第1に下水処理水の再利用と河川流況を組合せ新しい水資源開発を行うため,貯水池と下水処理水を水質浄化する河川浄化施設の組合せにより水利用高度化システムの事業化を図るための計画論をわが国で初めて行ないその実現を図った。

 第2に,河川浄化施設は礫間接触酸化システムを基本原理とし,下水処理水を河川維持用水との振替可能た水質レベル(BOD3mg/l)を満足する技術手法をわが国で初めて開発に成功した。またBODを目標値にするにはNH4-NE1mg/l以下にする必要があるため曝気付礫間接触酸化システムにより,礫表面の生物膜の活性化により長さ30mの礫槽を3時間の滞留により目標水質の逹成か得られることも明らかにした。

 第3に,このシステムの意義は従来の下水道や上水道の浄化技術ではなく,河川内での河川浄化技術として位置付けられる点が新しい。

 第4に,礫間接触槽内の発生堆積物は従来の下水処理場の機能の固液分離たけではなく,有機物含有量の分解作用も認められる.このため曝気排泥方式を採用することが可能となった。

 第5に,礫間浄化システムを基本とする河川浄化施設の弱点は下水処理水中の残留塩素濃度が高い場合,SS濃度が高い場合NH4-N濃度が高い場合には浄化能力が低下することが明らかとなった。

 第6に,水利用高度化システムは平成6年夏の首都圏の大渇水時において大へん有効な水資源開発施設であることが証明された。このことから下水処理水の開放循環型の再利用システムの将来における水資源開発の有効性が期待されるものである。以上

審査要旨

 本論文は「水利用高度化システムに関する研究-持続的水開発管理の一手法の研究-」と題し、首都圏においては増大する水需要と水供給の間の大きな溝を埋めるために、下水処理水の再利用と河川水を組み合わせた開放循環型の新たな水資源開発の計画論を構築し、新技術の開発手法を確立したものである。

 本論文は6章から構成され、第1章では首都圏における水需給計画の落差を埋めるために、渇水年には地下水が大量に利用され、地盤沈下が広域的に発生している現況が取りまとめられた。さらに、地盤沈下により治水施設の能力が低下し、追加の投資がどの程度必要になるかを分析した。このように首都圏においては新たな代替水源が緊急に必要とされているが、上流部にダムを建設する従来の技術手段のみではこれに対応するには困難となっており、下水道整備の進展に伴い大量に発生している下水処理水を、新たな水資源対策に取りいれることを発想するに至った経緯が述べられている。この新しい概念のもとに、研究すべき課題を明らかにし、本論文の構成を取りまとめている。

 第2章は「水利用高度化計画の策定」と題し、河川空間を利用した下水処理水の浄化方法の基本的な構造を検討し、実用化に伴う問題点の解決を図っている。まず、下水処理水を河川に排水する際に用いられる可能性のある処理手法を考察した。すなわち、酸化池による方法、土壌浄化法、ハニカム材による浄化法、河川敷の礫間浄化法である。これらの内、多量の下水処理水を浄化できる方法は広大な高水敷を利用し、かつ河川に豊富に存在する材料である礫を用いた、礫層接触浄化法であるとの結論に達した。そして、多摩川における浄化実験が著者の尽力のもとで開始された。

 また一方、礫間浄化方式と下水処理水を組み合わせた水利用高度化計画の適地の選定が行なわれた。治水目的で調節池の建設が進められるとともに、付近に下水処理場、秋ケ瀬堰が既に存在し、河川流況と下水処理水とを組み合わせた水資源の高度利用を考える適地として、荒川が選ばれることとなった。さらに、水利用高度化計画が具備すべき条件を整理し、振り替え流量に対する条件を明文化し、河川浄化施設が河川管理施設として法的に位置付けられることが重要であることを明らかにしている。

 第3章は「河川浄化施設の基本設計」と題し、設計の目標となる水質項目、対象となる下水処理水の特性、施設の地下構造物に要求される性能などが検討されている。この検討結果は、荒川において昭和52年度から開始された、前期10年間の実験に採用された。また、昭和63年度から開始された実物施設における検証を総括して、水利用高度化システムの機能が明らかにされた。

 河川浄化施設からの処理目標水質はBOD3mg/lである。しかしながら、砂ろ過法によってはBOD5mg/lまでを達成することが上限であった。これは砂ろ過法ではBOD全体の70%を占める粒状態のBODを除去することは出来ても、残りの部分を占める溶解性BODの除去が出来ないためである。溶解性BODの挙動を追求するうちに、アンモニア性窒素がこの溶解性BODの主要構成物質となっていることが判明した。アンモニア性窒素の濃度を下げるためには、亜硝酸性窒素に変化させ、さらに硝酸性窒素に酸化させる必要がある。このためには酸素が必要となるので、著者は曝気付礫間接触酸化法を提唱した。実験結果に基づいてこの曝気付礫間接触酸化法の反応過程を精査し、放流水の水質が所定のBOD濃度を満足するために最適となる、酸化槽の長さ、深さ、槽内での滞留時間、曝気空気量を定める方式が確立された。

 第4章は「水利用高度化システムおよび河川浄化施設の効果検証」と題し、渇水時における水利用高度化システムの効果の検証、運転に伴う課題等の総括が行なわれている。近年において全国的な大渇水であった平成6年夏期は、荒川調節池水利用高度化計画は工事中にも拘わらず、渇水期間中5月3日から9月11日まで毎秒3立方メートルの渇水補給を行い、大きな効果を発揮した。また水質面においても、河川環境基準を十分満足する結果を示した。さらに、首都圏は平成7年12月から8年2月にかけてかつて経験の少ない冬期において渇水に見舞われた。このため、河川浄化施設は未完成の試験運転中にも拘わらず毎秒1.25立方メートルを放流する緊急運用を行った。冬期の場合には受け入れる下水処理水の水質レベルが必ずしも計画値以内に収まらない場合が見られ、河川浄化施設の放流水も30%程度の期間は河川環境基準を満足していないことが判明した。これは下水処理水のアンモニア性窒素濃度が高く、冬期には生物作用の水準が低いためであり、異常渇水時の対策としては曝気槽を増設し、かつ槽の長さを増すことが必要であると判断された。

 河川浄化施設は試験運転を始めてから約8年を経過しているので、その間の発生堆積土の堆積形状、空隙率、堆積土量の分析が行なわれた。その結果、年間を通して本格的に運転された場合には、計画より20%程度多い堆積土が発生することが予想された。しかし、発生堆積土の有機物含有量が河床土と同じであることが判明したので、河川流量が大きく、河川水の濁度が大きいときに年に1〜2回排泥し、自然現象の脈動を活用し、かつ経済的に堆積土の処理を行う維持保全の手法が考察された。曝気が可能な排泥管を設置する改造を行い、施設内および下流河川での観測を行い、メンテナンスフリーという所期の目標が達成できることが確かめられた。

 また水利用高度化事業により開発される水の費用の算出を行い、過去の例と比較すると、一番高い部類となった。しかし、今回の費用には調節地の建設費が含まれているので高めに算出された嫌いがあり、下水処理水の開放循環型再利用は経済的にも成立する事業であることが示された。将来においては適地の減少、環境の保護という面からしてダム開発は非常に困難となると考えられ、水利用高度化システムは有力な代替手段であると考えられる。

 第5章は河川における水循環の調整と回復を、流域別下水道整備計画と河川の利水計画、河川の流況との関連から論じている。そして、河川側から見た好ましい低水環境と水循環系を導いている。

 第6章においては得られた成果を取りまとめると共に、持続可能な水開発管理の在り方を整理している。

 以上要するに、本論文は開放循環型の水の再利用システムの基本構想を構築し、技術的な課題を解決したものである。この方式で実用化された荒川の水利用高度化システムは、平成6年夏の首都圏の大渇水時において有効に活用され、持続可能な水開発の手法として貢献できることが実証された。本論文で得られた成果は、今後の水資源開発計画に有力な解決手法を与えるものであり、河川工学に寄与するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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