学位論文要旨



No 213613
著者(漢字) 古川,修文
著者(英字)
著者(カナ) フルカワ,ノブヒサ
標題(和) 沖縄民家の風性状と温熱環境に及ぼす屋敷林の効用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213613
報告番号 乙13613
学位授与日 1997.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13613号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 藤森,照信
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨

 本研究は日本の強風地域における島嶼、特に沖縄など南西諸島の集落・民家を対象にして、風性状と温熱環境に及ぼす屋敷林の効用を現地での長期にわたる実測結果並びに風洞実験結果より明らかにし、地域の気候風土に立脚した民家の空間構成の合理性を解明すると共に、南島における住宅の設計及び改善のための提案を行ったものである。

 本論文の構成は、序論を述べた第1章、風環境の実測結果に関する研究をまとめた第2章〜第3章、風洞実験結果に関する研究をまとめた第4章〜第5章、および温熱環境に関する研究をまとめた第6章、結論と提案をまとめた第7章の、全7章よりなる。

 第1章では、序論として研究目的のほかに、研究方法、調査地域、本論文に関しての既往の研究状況を述べ、沖縄の気候風土の特徴分析から本研究の意義を裏づけている。

 第2章では、沖縄に在る集落を風環境の視点に立って地形的に7種類に分類し、それを久米島、渡名喜島、竹富島に選定した。そしてそれらの集落に風速計を設置して1年1カ月にわたる風の実測を行い、海岸の風速に対して各集落の風の減衰比を求めたものである。その結果、伝統的な形態を残している集落では、どのような集落形態であっても、海岸部に吹く風速を1.0とすると、集落の生活空間内での風速は0.7〜0.8になることを示している。また、地形によって風速が0.7〜0.8に下がらない集落では、樹木の他に敷地の掘り下げなどによって下がるような工夫がなされている。三方を山で囲まれた地形は沖縄では最適な集落の立地条件とされているが、山からの吹き下ろしの風が強くなることがあり、風環境から見た場合、必ずしも最適とはいえない。集落内の路上の風は、地形ばかりでなく、曲がりの多い道の形態やT字路、食い違い十字路、野面積みの石垣、樹木などによって減衰されている。このように沖縄の集落は、総合的な構成によって適正な風環境を作り出していることを明らかにした。

 第3章では、屋敷林の形態を詳細に実測し、他地域との比較によって沖縄民家の外部空間構成の特徴を明らかにした。更に民家の敷地内で1年1カ月にわたる風観測を行い、屋敷林の形態と防風性能の関係を追究したものである。

 沖縄の屋敷囲いは防風に対するものであり、屋敷林はフクギと呼ばれる樹高8〜10mくらいの樹木が中心である。一般的な沖縄民家の屋敷林は、地形や方位に応じて樹高や間隔を調整し、敷地外の風速1.0に対して敷地内の風速を0.5〜0.6程度に減衰させる効果を有する。したがって集落の地形的減衰との相乗効果によって、海岸の風速を1.0とすれば、屋敷内の風速は0.4〜0.5に減衰される。この屋敷林による風速減衰が満たされない場合は伝統的木造住宅は成り立たず、RC造に変えざるを得ない。その例は宮古、石垣、与那国島などに多く見られる。沖縄の伝統的民家は、構造からみて倒壊しないための許容限界風速は計算から約30m/sであるが、実測した風速低減率から見て沖縄の民家は風速60m/sの風に対処した形態と言える。仮りに海岸で風速60m/sの風が吹いた場合、大棟や降り棟の破損は免れないが、家屋の倒壊までにはいたらないと推定し、過去の強風記録と照合してこの推定が正しいことを実証した。また、沖縄で一般に見られる屋敷林は、地上1.5〜2.0mの下枝を払い、そこに潅木を植えて隙間を作り、屋根面に当たる暴風は防いでいるが、日常の平穏な生活風は取り入れる工夫がなされていることを報告した。

 第4章では、久米島および実測した集落・民家の模型を用いた風洞実験から、集落や民家敷地内の風速・風向を求め、第2、3章で述べた実測値との比較を行った。その結果、実測値と実験値はほぼ合致することを示し、風洞実験によるシミュレーション手法は集落・民家の風の再現に有効であることを実証した。これによって集落・民家の外部空間構成と風性状の解析には風洞実験が有効であることを述べたものである。

 第5章では、前章の風洞実験による風の解析手法を用いて沖縄民家の外部空間構成と風との関係を明らかにした。屋敷林による囲いが持つ防風効果で最大のものは敷地四周を囲む形態であるが、この屋敷林による防風効果が期待できる敷地の広さは、樹高との関係から1500〜1700m2が限界であることを明らかにし、実際に沖縄における民家の敷地面積は最大規模で1500m2程度であることを示している。また、防風効果からみて、四周囲い型屋敷林内における主屋の位置は、樹木から樹高の3倍離れたところに位置するのが最適である。沖縄の民家は実際にこのような形態が多いことを示した。以上のように沖縄民家の空間構成の合理性を実験によって実証したものである。

 第6章では、屋敷林による日射遮蔽の効果について述べ、更に構法・材料の異なる民家で実測した室内温熱環境を比較し、日射遮蔽による温熱環境の改善法を、基礎的実験によって追究している。現在、沖縄ではRC造住宅が増えているが、室内温熱環境から評価すると、RC造住宅は屋根、壁の構成材料の蓄熱量が大きいため、木造住宅に比べて夏季の室内温熱環境が極めて劣悪である。RC造の温熱環境の改善には、断熱材よりも日射遮蔽による効果の方が大きいことを述べ、沖縄民家は断熱材よりも日射遮蔽を優先すべきであることと、小屋裏の気積を大きくし、換気を増加させることが重要であることを提言している。

 第7章は終章として、沖縄を初め各地の集落・民家の保存と再生について述べ、今後の沖縄民家の設計指針と改善方法について提案している。

 沖縄をはじめ南島の民家は、現在ある屋敷林の保存は勿論のこと、更に失われた屋敷林の復活に積極的に努めるべきであると主張している。この屋敷林を失うことは伝統的集落・民家の滅失につながり、ひいては環境の破壊に結び付く。その土地の気候風土に根ざした特有の住文化を守ることがその土地の自然環境を守り、地球全体の環境を守ることにつながる。沖縄の住宅にもコンクリートをはじめ新しい技術が入ってくることを否定はできない。しかし、伝統的手法の本質を見きわめて、地域の伝統と組み合わせて行くことが大切であることを主張している。

 以上、従来は間取り構成や歴史的考察を目的とした民家研究が多い中で、本論文は沖縄の屋敷林に関わる居住環境を手がかりとして、伝統的民家の空間構成を科学的に解析したものである。すなわち、伝統に培われてきた民家の空間構成の合理性や屋敷林の効果を明らかにし、総合的に民家の構成の仕組みを解読する手法を提案したものである。本研究は、沖縄など自然条件が厳しい地域において、現存する住宅の居住環境の改善はもとより、今後の住宅設計の指針として提言するものである。

審査要旨

 本研究は強風かつ蒸暑の地域における島嶼、特に沖縄を中心とする南西諸島の集落・民家を対象にして、風性状と温熱環境に及ぼす屋敷林の効用を、現地での長期にわたる実測や実験等の科学的手法によって明らかにしたものである。さらに地域の気候風土に立脚した民家の空間構成の合理性を解明すると共に、南島における住宅の設計及び改善のための提案を行ったものである。

 本論文は以下の7章より成る。

 第1章、序論では、本研究の目的として、沖縄の気候風土の特徴分析から、沖縄民家の空間構成を知るには強風防除と室内通風などの風特性,および日射受熱の温熱特性と民家屋敷林との関係を解明すべきであると述べている。更にこのような観点で屋敷林の効用を総合的に調べた研究は過去において皆無に等しいことを述べ、本研究の意義を裏づけている。

 第2章は、集落の風環境の実測で、沖縄に在る7種類の地形の集落について13カ月間、風観測を行い、海岸の風速に対して各集落の風速低減率を求めたものである。その結果、伝統的な形態を残している集落では、海岸部の風速を1.0とすると、集落内での比率はいずれの集落でも0.7〜0.8になることを明らかにしている。また、風速比が0.7〜0.8に低減しない一部の集落でも、敷地を掘り下げることにより風速低減を図る工夫がなされていることを示した。更に集落内の路上では、屈曲の多い道やT字路、食い違い十字路、石垣、樹木などによって風速比は0.6以下に減衰され、穏和な風環境を作り出す工夫がなされていることを明らかにしている。

 第3章は、屋敷林の風速低減効果に関する実測調査で、実在民家の敷地内において13カ月にわたる風観測を行い、沖縄民家の外部空間構成と防風性能の関係を追究したものである。

 沖縄の屋敷林はフクギと呼ばれる樹高8〜10mの樹木が主体で、敷地外の風速1.0に対して敷地内の風速を0.5〜0.6程度に低減させる効果を有することを明らかにしている。更に集落の地形的減衰との相乗効果によって、海岸部の風速1.0に対して、屋敷内の風速が0.4〜0.5に低減されることを述べている。

 沖縄の伝統的民家は、その構造からみて倒壊しないための許容限界風速を約30m/sであると試算し、実測した風の低減率からみて海岸部の風速が60m/sの風までは、家屋の倒壊には至らないと推定し、この推定の正しいことを過去の強風記録より実証している。また、強風を制御する一方で、夏季の室内通風を図るため、屋敷林の地上1.5〜2.0mの下枝を取り払い、日常の平穏な生活風を取り入れる工夫がなされていることを示している。

 第4章は、風洞実験による風の特性の解明で、島全体の地形模型と民家周辺の模型を用いた2種類の実験を行い、風の特性を調べている。実測値(第2、3章)と比較した結果、実験値と実測値は良く合致することを示し、これによって集落・民家の外部空間構成と風性状の解析には風洞実験が有効であると述べている。

 第5章は、屋敷林の効果に関する風洞実験で、屋敷林の形状や敷地の条件を系統的に変化させた場合における敷地内の風速低減効果を調べたものである。その結果、最も防風効果が大きい屋敷林は四周囲い型で、主屋は、樹木から樹高の3倍離れたところに置くのが最適であることを明らかにした。更にこの形態による防風効果が期待できる敷地の広さは1500〜1700m2であると推定し、実際に沖縄民家の敷地面積が最大で1500m2程度であることと符合していると述べている。

 第6章は、温熱環境に関する実測および実験で、構法・材料の異なる民家において実測した室内温熱環境と、日射遮蔽の効果に関する基礎的実験結果とを比較検討している。近年増加しているRC造住宅と伝統的民家において同時期に温熱環境を測定した結果、RC造住宅の夏季温熱特性が劣悪であることを示し、その原因が日射によるコンクリートの蓄熱と、夜間におけるコンクリートからの放熱であることを明らかにした。次に寸法形状の同じ2棟の小屋を用いて、それぞれに日射遮蔽や屋根断熱材の防暑手段を設置して両者の室内温熱特性を比較する実験を行った。その結果、150mmの屋根断熱材を設置した小屋より日射遮蔽を施した小屋の方が日中の室内気温はおよそ4度も低いことを示し、沖縄の民家には断熱材よりも日射遮蔽を優先すべきであることと、小屋裏の気積を大きくし、換気を増加させることが重要であることを提言している。

 第7章は終章として、沖縄を初め各地の集落・民家の保存と再生について述べ、本研究の成果をふまえて、今後の沖縄民家の設計指針と改善方法について提案している。

 沖縄をはじめ南島の民家は、現在ある屋敷林の保存は勿論のこと、更に失われた屋敷林の復活に積極的に努めるべきであることを主張し、この屋敷林を失うことは伝統的集落・民家の滅失につながり、ひいては環境の破壊に結び付くと述べている。また、新しい技術の導入は地域の伝統と組み合わせて行くことが大切であると主張している。

 以上により、本論文は沖縄民家の空間構成を環境工学的手法を用いて解析したものであり、伝統に培われてきた民家の空間構成、屋敷林の効果を極めて明快に自然科学的解析より明らかにし、総合的に民家の構成の仕組みを解読する手法を提案したものとして高く評価することができる。さらに本研究成果は、沖縄など自然条件が厳しい地域において、現存する住宅の居住環境の改善はもとより、今後の住宅設計の指針として極めて有効であると言える。

 よって、本論文は博士(工学)の学位を受けるに値するものとして合格と認められる。

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