本研究は強風かつ蒸暑の地域における島嶼、特に沖縄を中心とする南西諸島の集落・民家を対象にして、風性状と温熱環境に及ぼす屋敷林の効用を、現地での長期にわたる実測や実験等の科学的手法によって明らかにしたものである。さらに地域の気候風土に立脚した民家の空間構成の合理性を解明すると共に、南島における住宅の設計及び改善のための提案を行ったものである。 本論文は以下の7章より成る。 第1章、序論では、本研究の目的として、沖縄の気候風土の特徴分析から、沖縄民家の空間構成を知るには強風防除と室内通風などの風特性,および日射受熱の温熱特性と民家屋敷林との関係を解明すべきであると述べている。更にこのような観点で屋敷林の効用を総合的に調べた研究は過去において皆無に等しいことを述べ、本研究の意義を裏づけている。 第2章は、集落の風環境の実測で、沖縄に在る7種類の地形の集落について13カ月間、風観測を行い、海岸の風速に対して各集落の風速低減率を求めたものである。その結果、伝統的な形態を残している集落では、海岸部の風速を1.0とすると、集落内での比率はいずれの集落でも0.7〜0.8になることを明らかにしている。また、風速比が0.7〜0.8に低減しない一部の集落でも、敷地を掘り下げることにより風速低減を図る工夫がなされていることを示した。更に集落内の路上では、屈曲の多い道やT字路、食い違い十字路、石垣、樹木などによって風速比は0.6以下に減衰され、穏和な風環境を作り出す工夫がなされていることを明らかにしている。 第3章は、屋敷林の風速低減効果に関する実測調査で、実在民家の敷地内において13カ月にわたる風観測を行い、沖縄民家の外部空間構成と防風性能の関係を追究したものである。 沖縄の屋敷林はフクギと呼ばれる樹高8〜10mの樹木が主体で、敷地外の風速1.0に対して敷地内の風速を0.5〜0.6程度に低減させる効果を有することを明らかにしている。更に集落の地形的減衰との相乗効果によって、海岸部の風速1.0に対して、屋敷内の風速が0.4〜0.5に低減されることを述べている。 沖縄の伝統的民家は、その構造からみて倒壊しないための許容限界風速を約30m/sであると試算し、実測した風の低減率からみて海岸部の風速が60m/sの風までは、家屋の倒壊には至らないと推定し、この推定の正しいことを過去の強風記録より実証している。また、強風を制御する一方で、夏季の室内通風を図るため、屋敷林の地上1.5〜2.0mの下枝を取り払い、日常の平穏な生活風を取り入れる工夫がなされていることを示している。 第4章は、風洞実験による風の特性の解明で、島全体の地形模型と民家周辺の模型を用いた2種類の実験を行い、風の特性を調べている。実測値(第2、3章)と比較した結果、実験値と実測値は良く合致することを示し、これによって集落・民家の外部空間構成と風性状の解析には風洞実験が有効であると述べている。 第5章は、屋敷林の効果に関する風洞実験で、屋敷林の形状や敷地の条件を系統的に変化させた場合における敷地内の風速低減効果を調べたものである。その結果、最も防風効果が大きい屋敷林は四周囲い型で、主屋は、樹木から樹高の3倍離れたところに置くのが最適であることを明らかにした。更にこの形態による防風効果が期待できる敷地の広さは1500〜1700m2であると推定し、実際に沖縄民家の敷地面積が最大で1500m2程度であることと符合していると述べている。 第6章は、温熱環境に関する実測および実験で、構法・材料の異なる民家において実測した室内温熱環境と、日射遮蔽の効果に関する基礎的実験結果とを比較検討している。近年増加しているRC造住宅と伝統的民家において同時期に温熱環境を測定した結果、RC造住宅の夏季温熱特性が劣悪であることを示し、その原因が日射によるコンクリートの蓄熱と、夜間におけるコンクリートからの放熱であることを明らかにした。次に寸法形状の同じ2棟の小屋を用いて、それぞれに日射遮蔽や屋根断熱材の防暑手段を設置して両者の室内温熱特性を比較する実験を行った。その結果、150mmの屋根断熱材を設置した小屋より日射遮蔽を施した小屋の方が日中の室内気温はおよそ4度も低いことを示し、沖縄の民家には断熱材よりも日射遮蔽を優先すべきであることと、小屋裏の気積を大きくし、換気を増加させることが重要であることを提言している。 第7章は終章として、沖縄を初め各地の集落・民家の保存と再生について述べ、本研究の成果をふまえて、今後の沖縄民家の設計指針と改善方法について提案している。 沖縄をはじめ南島の民家は、現在ある屋敷林の保存は勿論のこと、更に失われた屋敷林の復活に積極的に努めるべきであることを主張し、この屋敷林を失うことは伝統的集落・民家の滅失につながり、ひいては環境の破壊に結び付くと述べている。また、新しい技術の導入は地域の伝統と組み合わせて行くことが大切であると主張している。 以上により、本論文は沖縄民家の空間構成を環境工学的手法を用いて解析したものであり、伝統に培われてきた民家の空間構成、屋敷林の効果を極めて明快に自然科学的解析より明らかにし、総合的に民家の構成の仕組みを解読する手法を提案したものとして高く評価することができる。さらに本研究成果は、沖縄など自然条件が厳しい地域において、現存する住宅の居住環境の改善はもとより、今後の住宅設計の指針として極めて有効であると言える。 よって、本論文は博士(工学)の学位を受けるに値するものとして合格と認められる。 |