学位論文要旨



No 213617
著者(漢字) 遠藤,昭彦
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,アキヒコ
標題(和) Pt添加Y-Ba-Cu-O系酸化物超電導材料における包晶凝固と高温安定相粒子の補捉挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 213617
報告番号 乙13617
学位授与日 1997.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13617号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨

 溶融凝固法により作製されたYBa2Cu3O7-5(Y123)系酸化物超電導材料は、焼結プロセスで作製した場合と比較して高い超電導臨界電流密度(Jc)が得られることが知られている。結晶配向性の改善により粒界の弱結合が抑制されると同時に、包晶反応時における高温安定相Y2BaCuO5(Y211)粒子のY123結晶中への取り込みによる磁束ピンニング力の改善がJc向上の主な要因と言われている。特に白金(Pt)添加によりY211粒子の微細分散化が可能となり、液体窒素温度(77K)、1Tの磁場中においても104A/cm2以上のJc特性が得られるようになった。組織依存性が大きいJc特性をさらに向上させるために組織制御技術の確立すなわち凝固成長機構の解明が不可欠である。溶融法により超電導材料が生成する過程は、大きく二つの現象に分けられる。第1にY211相と液相の半溶融状態からの包晶反応によるY123相の結晶成長、第2に磁束ピンニングサイトとなるY211粒子の捕捉現象である。Y123結晶成長機構に関して、これまで溶質拡散律則を仮定した理論的アプローチがなされてきたが、ファセット性結晶であるY123成長を理解する上で重要とされる界面反応機構についての系統的な実験や理論的考察は殆ど行われていなかった。またY123結晶成長のみならずJc特性の要因である磁束ピンニング力にも影響を及ぼすと考えられるY211粒子の捕捉機構は研究の対象とされていなかった。そこで本論文ではこれらの現象を解明することを目的とし、Ptを添加したY系酸化物超電導材料においてシーディング法を併用した過冷凝固法により様々な過冷度でY123結晶を成長させ、過冷度とY123結晶成長速度の関係および成長速度と捕捉Y211粒子分布の関係を詳細に検討した。

 図1はY211-Y123-(3BaCuO2+2CuO)を結ぶ擬二元系状態図の模式図を示す。Y123+xY211[x=0-0.6]にPtを0.5wt%添加した組成C0の前駆体ペレットをY123相の包晶温度Tpより高い温度に昇温し半溶融状態にした後、ab面またはac面で劈開したSmBa2Cu3(Sm123)結晶をペレット上におくことによりシーディングを行なった。その後、TpよりT低い温度に冷却し、所定の時間等温保持することでY123結晶を成長させた。図2はSm123結晶のab面をシーディングしたときのペレット中に成長したY123結晶の模式的に示す。Y123結晶はファセット性を示し、背面ラウエパターンよりSm123種結晶からエピタキシャル的に成長していることを確認した。成長長さと保持時間より求めた各過冷度(T)におけるa軸方向の成長速度とY211添加量xの関係を図3に示す。同じxにおいては、過冷度が増加するにつれて成長速度が増加する。等過冷度における成長速度は、xの増加に伴い増加するがx=0.2以上では飽和傾向を示す。またc軸方向に関しても同様な傾向を示した。Y123結晶成長においてY溶質はY211相およびY123相と接する液相の濃度差Cdを駆動力として液相を介して拡散することが知られている(液相内溶質拡散モデル、図4)。溶質拡散律速(CdC)を仮定すると、Y123相成長の溶質供給源である液相中のY211相の増加に伴い成長速度は単調に増加することが予想されるが、実験結果と異なることは明らかである。そこでY123相界面濃度を平衡濃度CL123と異なるCi123とする界面キネティックスを考慮した液相内拡散モデルを提案した(図4)。計算結果(図3中、実線)と実験結果は良い一致を示し、Y123結晶成長における界面キネティックスの寄与が大きいことを明らかにした。

図1 Y211-Y123タイライン上の模式的擬二元系状態図における出発組成(C0:Y123+xY211、0≦x≦0.6)と過冷度(T)の定義。図2 Sm123種結晶(ab面)からペレット中に成長したY123相結晶の模式図。図3 各過冷度におけるa軸成長速度のY211相添加量(x)依存性の実験結果(記号)と界面キネティックスを考慮した凝固モデルの計算結果(実線)。図4 界面キネティックスを考慮した液相内拡散モデルにおけるY123相/液相凝固界面近傍の各濃度の模式図。図5 様々な過冷度で成長させたY123相結晶中に捕捉されたY211相粒子の平均粒径と体積分率の成長速度依存性。V1211.calは出発組成(x=0.4)から予想されるY211相の体積分率を表す。

 図5にx=0.4組成のペレット中に様々な過冷度(図中の数字)でY123結晶を成長させた時のa軸およびc軸方向の各成長領域(図2参照)におけるY211粒子の平均粒径および体積分率の成長速度依存性を示す。体積分率(V1211)は成長速度の増加に伴い大きくなり、出発組成から予想される体積分率(V1211cal=0.23)に漸近する。またその傾向は成長方位によって異なり、同じ成長速度で比較した場合、c軸成長領域中のY211相の体積分率が小さいことがわかる。一方、平均粒径は成長速度の増加に伴い減少している。Y123結晶中のY211粒子分布と成長速度の関係は、介在物粒子の凝固界面における捕捉・排出理論と定性的に一致する。この理論は、固体が成長速度R*凝固する時、成長速度および様々な要素により決定される臨界半径r*より小さな粒径を有する不純物粒子が固体に捕捉されず凝固界面によって押し出されるというものである。球状粒子に働く力を界面エネルギーによる斥力F1と粘性力による引力FDとし(図6)、これらの力のバランスで捕捉・排出が決定されるとすると、R*とr*の関係は(1)式で表されることが知られている。

 

 ここで00sp-SL-PLで定義され、SPは固相と不純物粒子、SLは固相と液相、PLは不純物粒子と液相の各々の界面エネルギーを示す。または液相の粘性係数である。このモデルをY123/Y211系に適用するとY123成長速度とY211粒子捕捉臨界半径の関係は図7で表される。低過冷度成長の成長速度は小さいため、捕捉可能なY211粒子の半径は大きくなり、比較的小さなY211粒子はY123凝固界面により押し出される。その結果、Y123結晶中に占めるY211粒子の体積分率が出発組成から予想される分率よりも小さくなる。一方高過冷度の場合、低過冷度と比較して成長速度が大きく臨界半径が小さくなり、低過冷度で押し出される小さなY211粒子も捕捉可能となる。よってY211の体積分率も理論値と同程度まで増加する。また(1)式より捕捉臨界半径は、成長速度のみならず固液界面エネルギー(0)により変化する。ファセット性の強いY123結晶の場合、成長面によって界面エネルギーが異なるものと考えられる。従って同じ成長速度においても各成長面に対して不純物の捕捉臨界半径が異なることが予想される。ここで0がab面(c軸)とac面(a軸)との間に0ah>0acの関係を仮定し、各面の成長速度の過冷度依存性を考慮すると、Y211粒の捕捉現象面異方性の説明が可能になる(図7)。図8に各成長面およびランダムな結晶方位を有するY211粉末試料に対して行ったX線回折測定の結果を示す。両者を比較すると、Y211相粒子が排出され易い低過冷度成長では、Y123結晶成長面に対してY211相の(001)面が平行となるようにY211粒子が捕捉されていることがわかる。この現象を、当方的な界面エネルギーを有する球状介在物粒子を取り扱った従来の捕捉・排出理論により説明することは困難である。我々は、Y211相粒子が界面エネルギーの異方性を有したファセット性結晶でありまた凝固相に対して活性である高温安定相であることに注目し、従来の捕捉・排出モデルにこれらの効果を加えることで優先捕捉方位の存在を説明した。

図6 凝固界面前方に存在する介在物粒子に働く力。図7 捕捉・排出現象における臨界成長速度R*と臨界半径r*の関係の模式図。図8 低過冷度(T=7K)および高過冷度(T=19K)で成長させたY123結晶のab面、ac面およびY211粉末試料に対するX線回折結果。

 現在、酸化物超電導材料研究は実験室レベルの基礎研究から実用化を目指した大型化、長尺化の応用研究へ進みつつある。本論文では、一般にY系超電導材料作製に用いられている徐冷法におけるY123結晶成長と比較し、さらに等温保持法で作製したY123試料のJc特性を評価しY211相粒子捕捉挙動との関係を明らかにした。従って上述した新しい知見は凝固基礎現象の理解にとどまらず、実用化研究において今後益々重要になるであろう組織制御技術すなわちプロセス制御技術の確立のための指針を与えるものと考えられる。

審査要旨

 本論文は,YBa2Cu3O7-8(Y123)系材料の臨界電流密度(Jc)をさらに向上させるために組織制御技術の確立を目的に行ったもので,全7章よりなる.

 第1章は序論であり,Y123相の結晶成長ならびに高温安定相Y2BaCuO5(Y211)粒子の捕捉現象を明確にする必要性を指摘し,本研究の目的と構成を述べた.

 第2章はシーディング法を併用した過冷凝固法により様々な過冷度でY123結晶を成長させ,過冷度と結晶成長速度の関係を求めた.すなわち,Ptを0.5wt%添加した前駆体ペレットをY123相の包晶温度Tpより高い温度に昇温し半溶融状態にした後,abまたはac面で劈開したSmBa2Cu3Oy結晶をペレット上におくことによりシーディングを行なった.その後,TpよりT低い温度に冷却し,所定の時間等温保持することでY123結晶を成長させた.成長長さと保持時間より求めた各過冷度(T)におけるa及びc軸方向の成長速度とY211添加量xの関係を求めた.等x量では,過冷度が増加するにつれて成長速度が増加し,等過冷度における成長速度は,xの増加に伴い増加するがx=0.2以上では飽和傾向を示した.Y溶質はY211相およびY123相と接する液相の濃度差を駆動力とする液相内溶質拡散モデルによれば,Y123相成長の溶質供給源である液相中のY211相の増加に伴い成長速度は単調に増加することが予想されるが,実験結果は異なる.

 第3章はY211粒子の捕捉現象,すなわち様々な過冷度でY123結晶を成長させた時のaおよびc軸方向の各成長領域におけるY211粒子の平均粒径および体積分率の成長速度依存性を詳細に検討した.体積分率(V1211)は成長速度の増加に伴い両成長方向とも大きくなり,出発組成から予想される体積分率(V1211cal=0.23)に漸近した.また,同じ成長速度で比較した場合,c軸成長領域中のY211相の体積分率が小さくなった.一方,平均粒径は成長速度の増加に伴い両成長方向とも減少した.Y123結晶中のY211粒子分布と成長速度の関係は,介在物粒子の凝固界面における既往の捕捉・排出理論と定性的に一致し,このモデルを適用することで,上記の現象は説明できた.ファセット性の強いY123結晶の場合,成長面によって界面エネルギーが異なるものと考えられ,さらに各面の成長速度の過冷度依存性を考慮すると,Y211粒子捕捉現象の面異方性の説明が可能になる.

 第4章ではY211粒子の優先捕捉方位が存在することを指摘した.Y211相粒子が排出され易い低過冷度成長では,Y123結晶(001)成長面に対してY211相の(001)面が平行となるようにY211粒子が捕捉されていることがわかった.これらの現象を,Y211相のファセット性ならびに,従来の捕捉・排出モデルにこれらの効果を加えることで優先捕捉方位の存在を説明した.

 第5章は,Y123相界面濃度は平衡濃度と異なる界面キネティックスを考慮した液相内拡散モデルを展開した.第2章においてY123の結晶成長速度はY211添加量の増加とともに単純に増加せず飽和することを指摘し,界面キネティックスを考慮しないと液相内拡散モデルでは実験結果を説明できなかった.本モデルでは計算結果と実験結果は良い一致を示し,Y123結晶成長における界面キネティックスの寄与が大きいことを明らかにした.

 第6章では,シーディングによる過冷等温保存法で作製したY123結晶と一般にY系超伝導材料作製に用いられている徐冷法におけるY123結晶のJc特性を評価しY211相粒子捕捉挙動との関係を明らかにした.

 第7章は,本論文の総括である.

 以上を要するに,本論文はY系超伝導材料作製の凝固・結晶成長の基礎現象の理解にとどまらず,実用化研究において今後重要になるであろう組織制御技術すなわちプロセス制御技術の確立のための指針を与えるものであり,凝固・結晶成長工学に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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