学位論文要旨



No 213618
著者(漢字) 山本,剛久
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,タカヒサ
標題(和) 微量添加BaTiO3焼結体の微細組織制御と電気的特性
標題(洋)
報告番号 213618
報告番号 乙13618
学位授与日 1997.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13618号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 助教授 小田,克郎
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨

 近年の電子セラミックス材料の研究開発にはめざましいものがあり、より集積度の高いデバイス作製を目指した素子の小型化が重要な位置を占めている。素子の小型化の要求に応えるためには焼結体の微細組織を高度に制御しうる技術が必要不可欠である。一方、近年の原料粉末の改良にともない、従来用いられてきた焼結助剤の添加が必ずしも必要ではなくなってきている。そして、それとともに焼結助剤が添加されていない状態での微細組織制御技術が必要不可欠となってきている。本研究では、易焼結性粉末を用いて作製したBaTiO3焼結体の微細組織形成に及ぼす極微量の添加物の影響について調べた。そして、電気的特性として半導性BaTiO3焼結体が示すPTCR(Positive Temperature Coefficient of Resistivity)特性に注目し、PTCR特性と結晶粒方位依存性を調べ以下に示す結果を得た。

 図1に、Ba/Ti比を種々変化させたときの微細組織変化をそれぞれ示す。BaTiO3焼結体の微細組織は極微少量のBa/Ti比の変化によって大きく変化することが明らかとなった。Ba/Ti<1試料では平均粒径が約2m程度の微細結晶粒からなるマトリックス中に粒径約200m以上の粗大結晶粒が分散した混粒組織となるのに対し、Ba/Ti>1試料では平均粒径が10m程度の整粒組織を呈していることが分かる。すなわち、BaTiO3焼結体の微細組織は微少量のBa/Ti比によって制御することが可能であり、Ti添加により異常粒成長、Ba添加により正常粒成長を生じさせることが可能である。図2にNbおよびYを添加し、BaTiO3の結晶構造であるペロブスカイト型結晶構造ABO3のA/B比を変化させたときの微細組織変化を示す。A/B<1試料ではTi添加試料と同様な混粒組織を呈するのに対し、A/B>1試料ではBa添加試料と同様に整粒組織となる。すなわち、BaTiO3の微細組織はA/B比によって制御することが可能であることが分かる。

図1 BaTiO3焼結体の微細組織に及ぼすBa/Ti比の影響。Ba/Ti比は、(a)0.9987、(b)0.9990、(c)0.9993、(d)0.9997、(e)1.0000、(f)1.0003、(g)1.0007、(h)1.0010。図2 BaTiO3焼結体の微細組織に及ぼすA/B比の影響

 図3にBa/Ti比を変化させたときの結晶粒径の熱処理温度依存性を示す。Ti添加試料に関しては、図1(a)〜(e)に示したマトリックス中の微細組織からの平均粒径を示している。連続粒成長を示したBa添加試料では熱処理温度の増大とともに結晶粒径が増大していることが分かる。一方、Ti添加試料のマトリックス部は熱処理に対してきわめて安定であることが明らかとなった。すなわち、Ti添加試料で認められる異常粒成長は、結晶粒成長が強く抑制されている微細結晶粒組織中から生じることが分かる。この現象がTi添加試料で生じる異常粒成長の原因であると考え結晶粒界部のTEM観察を行ったところ、Ti添加試料では、主に{012}タイプのファセットが形成されることが明らかとなった。図4にTi添加試料で認められるファセット粒界部の高分解能観察結果を示す。ファセット面は高分解能レベルで{012}面を構成している。一方、ここで注目できることはファセット粒界部に図中矢印で示したような規則相を示す白い点列が認められることである。この事実は、ファセット粒界部には結晶構造緩和相が存在していることを示唆するものである。EELS測定の結果、図4に示したファセット粒界部には、ルチル型TiO2構造に類似したextra TiO2結合の存在が明らかとなった。すなわち、Ti添加試料では、添加された過剰のTiが結晶粒界部に偏析し、結晶粒界部においてextra TiO2結合を構成するために、ファセット状粒界が形成されるものと考えられる。そして、この結合によって結晶粒成長が強く抑制されるものと結論された。

図3 結晶粒径の熱処理温度依存性図4 Ti添加試料のファセット粒界部高分解能組織

 Bサイト過剰BaTiO3焼結体で生じる異常粒の核生成数および粒径はA/B比に依存して変化することが明らかとなった。Bサイト過剰状態でA/B比を1に近づけるにつれて異常粒の核数が減少するとともに粒径が大きくなる。すなわち、A/B比を制御することにより、異常粒成長による結晶粒径を制御することが可能となる。図5に、Nbを添加しA/B比を0.9995と調整したBaTiO3焼結体の熱処理後の組織を示す。図に示されているように、粒径が1mm以上の粗大結晶粒組織を得ることができた。この様な組織を用いて結晶粒界部での抵抗の直接測定を行い、結晶粒方位との関連性について調べた。図6に抵抗温度特性の3粒界からのずれ角度依存性を示す。図中にはランダム粒界での測定結果も示す。ランダム粒界では約130℃において抵抗値が不連続的に変化するPTCR特性を示していることが分かる。これに対して整合粒界である3粒界では、ランダム粒界で認められたような抵抗値の増大が生じないことが明らかとなった。一方、整合粒界からのずれ角度が増大するにつれて抵抗値に増大が認められる。本結果から、PTCR特性は結晶粒方位関係を用いて整理することが可能であり、整合性が減少するとともにPTCR特性が劣化する事が分かる。

図5 A/B比を0.9995に調整したBaTiO3焼結体の粗大結晶粒組織図6 PTCR特性の3粒界からのずれ角依存性。Curve1:〜9° Curve1:〜4° Curve1:0°
審査要旨

 本論文は、代表的な強誘電体セラミックスであるチタン酸バリウム(BaTiO3)焼結体について、微細組織形成および電気的特性に及ぼす微量添加物の効果を系統的に調べた結果をまとめたものである。本論文は七章より構成されている。

 第一章は序論であり、BaTiO3の微細組織と電気的特性についての従来の研究結果をまとめるとともに、本研究の位置付けについて述べている。

 第二章は、BaTiO3焼結体の結晶粒成長に及ぼす微量添加物の影響について調べた結果である。BaTiO3の結晶粒成長挙動が、Ba/Ti比0.0003程度の極微少の不定比性によって顕著に変化することを明らかにしている。この様な極微少量でも、Ti過剰BaTiO3は異常粒成長し、一方、Ba過剰BaTiO3は正常粒成長することを見いだしている。また、複数のドーパントを添加した場合には、その結晶粒成長挙動がペロブスカイト型ABO3化合物中のA/B比で整理しうることを突き止め、Bサイト過剰では異常粒成長、Aサイト過剰では正常粒成長となることを示している。Ti過剰もしくはBサイト過剰試料では、正常粒成長が著しく抑制され、このために異常粒成長が生じると結論づけている。この正常粒成長の抑制は、Ti過剰試料の結晶粒界に生じるTi-O結合の生成によるものであると結論づけている。さらに、Ti過剰試料で認められる異常粒成長挙動を記述する速度式を導出した。

 第三章は、固相反応によってBaTiO3単結晶および粗大結晶粒BaTiO3多結晶体を作製した結果である。種子結晶を接合した焼結体を、適切な温度で熱処理することにより、3x3x0.5mmの寸法の単結晶を作製している。そして、単結晶育成条件としては、母材が異常粒成長を示すこと、熱処理温度は異常粒成長が生じる温度直下が適していることを見出している。また、第二章で得られた知見をもとに、添加物量を調整することによって、通常の焼結法によって結晶粒径1mm程度の粗大結晶粒の多結晶体を作製することに成功した。

 第四章は、半導性BaTiO3焼結体が示す抵抗-温度特性(PTCR特性)を、結晶粒界の二重ショットキー障壁モデルから導出した理論式を用いて評価を行った結果である。Ba/Ti比や焼結温度からの冷却速度によるPTCR特性の変化を記述する式を示すとともに、実測値と理論からの計算値を比較検討した。その結果、試料の作成条件の違いによって生じるPTCR特性の変化に影響する最も重要な因子が、結晶粒界における界面準位の状態密度の違いであることを指摘している。

 第五章は、粗大結晶粒試料を用いた単一結晶粒界部でのPTCR特性の直接測定結果を述べている。PTCR特性が結晶粒の方位関係に依存することを初めて明らかにした。すなわち、PTCR特性は結晶粒界の整合性に大きく依存し、ランダム粒界では明瞭なPTCR特性が発現するのに対し、3対応粒界ではPTCR特性が発現しないことを見出した。さらに、結晶方位関係が3対応粒界からずれるに従いPTCR特性が明瞭になるという斬新な結果を得ている。

 第六章は、BaF2を添加したBaTiO3焼結体の電気的特性について調べた結果である。BaF2が添加されると半導性を示すこと、そしてPTCR特性が出現することを見出している。BaF2が添加されると、BaTiO3が還元され、空孔生成によって半導性が生じると結論している。実際に、BaF2を添加するとBaTiO3中に多数の空孔型転位ループが生成することを実証した。

 第七章は、本論文の総括である。

 以上を要するに、本論文はBaTiO3焼結体の微細組織形成およびその電気的特性に関する基礎的知見を与えたものであり、材料学の進歩に寄与すること大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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