学位論文要旨



No 213621
著者(漢字) 宮内,正人
著者(英字)
著者(カナ) ミヤウチ,マサト
標題(和) たばこ構成素材の吸着特性に基づく包装設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 213621
報告番号 乙13621
学位授与日 1997.12.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13621号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 助教授 宮脇,長人
 東京大学 助教授 相良,泰行
 東京大学 助教授 大下,誠一
内容要旨

 たばこ製品は、葉タバコ(タバコ(緑葉)にキュアリング操作を施したシガレット用原料タバコ)、紙、フィルター、活性炭、包装フィルムから構成されている。概略図を図1に示す。

図1 たばこ製品の概略図

 たばこ製品には、水や香料など多くの揮発成分が含まれている。貯蔵、流通段階で、揮発成分は、パッケージ内では吸着平衡関係にしたがって移動し、揮発成分の一部蒸気は包装フィルムを透過し、揮散すると推測される。その結果、製品品質は、製造後、消費されるまで、劣化し続けているといわれている。しかし、たばこ構成素材への吸着、透過特性の系統的な報告例はなく、この劣化はたばこの味と香りの官能検査を基にして経験的に取り扱われていた。そこで、本研究の目的は、貯蔵中に生じる品質劣化を抑制するために、たばこ構成素材への水分の吸着特性、たばこ構成素材への香料と水の2成分吸着特性、包装材料の透過特性を明らかにし、得られた物性値に基づき香料と水の移動量を推算し、貯蔵、流通段階の様々な環境条件に対応した最適な包装設計や貯蔵条件を提示することである。

 まず、葉タバコのような植物材料を取り扱う際に基礎となる水分の吸着平衡を測定した。吸着平衡測定には、図2に示す流通式多成分吸着平衡装置、図3に示す脱着装置を用いた。得られた水の吸着等温線は、次式に示す修正DA式によって定量的に表現した。

 

 ここで、wは吸着容積、Aは吸着ポテンシャル、また、nの値は1以下の正の実数である。本装置で得られた吸着量は、従来から用いられてきた閉鎖循環式装置で得られた吸着量と一致していた。したがって、本装置により正確な吸着量が測定可能である。また、葉タバコ、紙、フィルター、活性炭の水の吸着等温線は、修正DA式に良好に適合した。

図2 流通式多成分系吸着平衡測定装置1,乾燥管;2,マスフローコントローラ;3,パプラ;4,恒温水槽;5,逆止弁;6,熱交換器;7,3方コック;8,吸着セル;9,エアバス;10,ヒーター;11.6方コック;12.ガスクロマトグラフ(FID);13.ガスクロマトグラフ(TCD)図3 脱着装置1,乾燥管;2,マスフローコントローラ;3,オーブン;4,吸着セル;5.バルブ.6:液体窒素7,;トラップ管;8,真空計;9,真空ポンプ;10;ヒーター

 次に、香料の吸着特性の第1ステップとして、酢酸エチル(水溶性香料)を用いて、たばこ構成素材への水溶性香料-水系の2成分吸着平衡を測定した。実験条件は、シガレットが相対湿度0.6(温度303K)の条件下で巻き上げられるため、温度303K、水蒸気圧2.5kPa(一定)の条件下とした。葉タバコと活性炭の2成分吸着平衡の結果を図4および5にそれぞれ示す。葉タバコや紙では、酢酸エチルの吸着は、材料に吸着している水への溶解であると結論づけられた。したがって、酢酸エチルの吸着等温線は直線平衡で近似できた。フィルターでも、酢酸エチルの吸着等温線は直線平衡で近似できたが、酢酸エチルはアセチル化された疎水的な表面にも吸着することが示唆された。活性炭では、酢酸エチルの蒸気が存在すると、吸着水が脱着し、酢酸エチルが吸着した。酢酸エチルの吸着等温線はDA式(n値が2)に良好に適合した。得られた結果から、貯蔵中には、香料が葉タバコから活性炭およびフィルターへ、一方、水が活性炭から葉タバコへ移動することが明らかになった。

図4 葉タバコへの酢酸エチル-水系の2成分吸着平衡図5 活性炭への酢酸エチル-水系の2成分吸着平衡

 さらに、香科の吸着特性の最終ステップとして、たばこ構成素材への様々な非および難水溶性香料(酪酸エチル、L-メントール、D-リモネン)-水系での2成分吸着平衡を測定した。まず、常温で、固体の昇華性物質であるL-メントールは、吸着平衡の報告例がないので、示差走査熱量測定(DSC)を用いて、L-メントールの吸着状態を確認した。DSC測定結果から、たばこ構成素材中のL-メントールから融解による吸熱ピークが観察されなかった。したがって、製品中のL-メントールは吸着層として存在していることが明らかになった。次に、葉タバコ、紙、フィルターへの香料の吸着量は、香料の水への溶解度が増加するにつれて増大した。一方、活性炭では、香料の吸着等温線がDA式に良好に適合した。香料の吸着平衡をまとめると、葉タバコ、紙、フィルターでは、水が吸着すると材料が膨潤するため、香料の吸着は水に影響を受け、その度合いは葉タバコが最も大きくなる。一方、活性炭では、香料の吸着は水の影響を受けない。次に、香料の吸着は、葉タバコ、紙では吸着水への溶解、フィルターでは吸着水への溶解と材料表面への吸着、活性炭では材料表面への吸着と毛管凝縮に支配される。したがって、香料の吸着に及ぼす香料の重要な物性値は、葉タバコ、紙では香料の水への溶解度、フィルターでは香料の水への溶解度と極性、活性炭では香料の分子径と極性であることが分かった。

 酢酸エチル、酪酸エチル、L-メントール、D-リモネン、水の包装フィルムからの透過特性を測定した。実験に用いた3つのフィルム構造を以下に示す。フィルムAとBは、ポリプロピレン系フィルムで、フィルムAはポリプロピレン共重合体で、フィルムBはポリ塩化ビニリデン層で、それぞれ両表面がコートされている。一方、フィルムCはフィルム内に極めて薄いアルミ蒸着層が含まれる複合フィルムである。実験では、透過量が透過成分の蒸気圧に依存することが知られているため、透過速度は定常状態における単位時間当たりの透過量から求めた。香料の透過速度の実験結果を図6に示す。ここで、フィルムCの透過速度は図中に示せない程小さい値であった。香料の透過速度はフィルム材質に大きく依存していることが分かる。ポリ塩化ビニリデン層、アルミ蒸着層は香料透過の抑制に効果的であった。また、香料の透過係数は蒸気圧が増加すると増大した。フィルムA、Bからの透過はフィルムへの溶解に、一方、フィルムCからの透過はクヌーセン拡散に、それぞれ支配されていることが分かった。

図6 各種香料の透過係数

 望ましくない香料と水の移動を抑制するフィルターへのエタノール吸着処理を新しく提案した。吸着処理は、(1)水の移動に起因する活性炭中の水の脱着と、(2)パッケージ内のエタノール蒸気圧の増加を目的とする。本処理の基本概念は、パッケージ内のエタノール蒸気が増加すると、活性炭への香料の吸着量が減少し、香料の移動が抑制されることである。実験結果から、エタノールと水の混合蒸気の吸着処理では、フィルターチップ中の水の吸着量を、水の移動が生じない最適値に保ちながら、エタノールを吸着させることが可能であった。また、フィルターチップへのエタノール吸着量が増加すると、たばこカラムの香料量が増大すること、つまり、香料の移動を抑制することが分かった。したがって、フィルターへのエタノールと水の混合蒸気による吸着処理を施すことによって、貯蔵中に生じる香料と水の移動を同時に抑制することを可能とした。

 夏季の自動販売機内の製品状態を明らかにするために、香料と水の移動に関するシミュレーションを行った。夏季の自動販売機内の温湿度変化サイクルを、SIN関数を用いて定式化した。透過速度が十分に小さいため、パッケージ内では常に平衡状態であると仮定した。推算には、得られた吸着平衡関係と透過速度を用いて、各たばこ構成素材中の水と香料量を求めた。夏季の自動販売機内における製品中の葉タバコの水および香料量の経時変化を図7に示す。フィルムB、Cで包装した製品の品質劣化は、香料でなく水の移動に起因することが分かった。本推算モデルを用いることにより、夏季の自動販売機内など貯蔵中における各たばこ構成素材中の水と香料量をシミュレーションすることを可能とした。

図7 製品中の葉タバコの水および香料吸着量の経時変化

 上記の推算モデルを用いて、各世界市場の貯蔵、環境条件に対応した包装、貯蔵条件を検討し、次の包装設計の指針を示した。水の移動抑制の観点からは、環境条件に応じた低温(283K)貯蔵または貯蔵期間の短縮などの必要性、香料の移動抑制の観点からは、香料の添加量に応じた包装フィルム材質の選択が重要となる。さらに、エタノール吸着処理を施すと、香料添加量を低減することが可能となる。

 本研究を総括すると以下の通りである。まず、たばこ構成素材への水の吸着等温線を修正DA式で定式化し、次に、葉タバコ、紙、フィルター、活性炭への香料と水の吸着平衡関係を、そして、水溶性、非水溶性香料の吸着平衡関係をそれぞれ定量的に表現した。さらに、包装フィルムの透過速度を定量化した。これらの吸着平衡関係から、香料と水の移動を抑制するため、フィルターへのエタノール吸着処理を提案した。最後に、得られた吸着、透過特性をまとめて、香料と水の移動に関する推算モデルを提唱し、最終的には、各世界市場での様々な環境条件に応じた包装設計の指針を提示した。本研究の成果は、揮発成分の移動抑制する包装設計法として、たばこ製品に適用するだけでなく、植物材料やその加工品などを扱う製品に広く応用や活用が可能である。

審査要旨

 シガレットの味や香りを補強するために、多種多様の揮発成分がますます重要な役割を果たしている。しかし、貯蔵中に、多くの揮発成分は吸着平衡特性や包装材料からの透過特性にしたがって移動することが考えられる。この望ましくない揮発成分の移動は味や香りの重大な品質劣化を引き起こす。葉タバコ、紙、フィルター、活性炭、包装フィルムが、たばこ製品に含まれる。本研究の目的は、(1)吸着、透過特性を明らかにし、(2)香料と水の移動量を推算するモデルを提唱し、(3)包装設計や貯蔵条件の重要な要素を提示することである。

 流通式の吸着平衡測定装置を用いて、たばこ構成素材への水の吸着等温線について実験的検討を行った。修正Dubinin-Astakhov式は水の吸着等温線を正確に表現した。

 流通式の多成分吸着平衡装置を用いて、各材料への香料と水の2成分吸着平衡を測定した。水溶性香料のモデルとして酢酸エチルを選択した。葉タバコ、紙およびフィルターへの酢酸エチルの吸着平衡は直線平衡、活性炭への吸着平衡はDubinin-Astakhov式で近似できた。得られた吸着平衡から、貯蔵中には、香料はたばこカラム(シガレット中たばこ部分)からフィルターチップ(シガレット中フィルター部分)へ、一方、水が逆に移動することが分かった。

 各材料への各種香料と水の2成分吸着平衡を測定した。L-メントールは、固体状態から昇華すると、不飽和状態では相変化を伴わずに材料表面へ吸着することが分かった。2成分吸着特性は以下の通りである。(1)葉タバコと紙では、香料は主に吸着水へ溶解により吸着し、一部は材料表面の疎水的部分に吸着する、(2)フィルターでは、香料はセルロースアセテート繊維内部のアセチル化された疎水的部分に吸着する、(3)活性炭では、香料は活性炭の微細孔内表面に吸着し、その吸着は香料の分子径に依存する。

 たばこ製品に使われている3種類のタイプの包装フィルムからの各種香料および水の透過に関して実験的検討を行った。フィルムの透過係数は定常状態での透過速度から算出した。L-メントールを含め、香料と水の透過係数を広範囲な濃度、温度条件で包括的に得ることが可能であった。香料とエタノールの透過係数は、主にフィルムへの吸着量に依存した。さらに、ポリ塩化ビニリデン層やアルミ層を有するフィルムは、貯蔵中の香料透過抑制に効果的であることが確かめられた。

 貯蔵中にたばこ製品内でおこる望ましくない香料と水の移動を抑制するため、フィルターチップへのエタノール吸着処理(EAT)を提案した。EATは、たばこカラムを取り付ける前のフィルターチップに、水とエタノールの混合蒸気による吸着処理を行うものである。EATを施すと、エタノールはフィルターチップ内へ物理吸着し、フィルターチップ内の含水率を水の移動が生じない望ましい値に制御した。また、貯蔵中、パッケージ内にエタノール蒸気が存在すると、主に活性炭への香料の吸着量を減少させることにより、香料の移動を抑制した。EATは香料と水の移動を同時に減少させることに効果的であることが確かめられた。

 固形成分で構成されているたばこ製品の最適な包装設計や貯蔵条件を検討するために、貯蔵中の各材料の香料と水の分配量を推算するモデルを提案した。本モデルは、葉タバコ、紙、フィルターおよび活性炭の吸着平衡と包装フィルムからの透過速度に基づく。推算値は実験値と良好に一致し、本モデルの適用は実用上十分であった。夏季の自動販売機内など市場では、ポリ塩化ビニリデン層を有するフィルムで包装されていると、香料より水の揮散が進行すると推算され、その結果、たばこ製品の品質劣化が生じることが分かった。

 最終的に、世界市場の貯蔵条件下での各材料の香料と水の量を推算した。最適な包装設計や必要な貯蔵条件は、(1)EAT、(2)低温貯蔵や貯蔵期間短縮、(3)包装フィルムの選択である。

 以上を要するに、本研究は、エタノール吸着処理がたばこ製品内で望ましい香料と水の分配量を可能とすることを明らかにし、吸着平衡と透過速度に基づいた香料と水の量を推算するモデルは様々な市場や貯蔵条件での包装設計に関する有益な情報を提示することを可能としたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク