血管内皮細胞が抗血液凝固性を発揮する際、中心的な役割を果たしているのが、トロンボモジュリン(TM)である。TMは血液凝固カスケードの中心的因子であるトロンビンと1:1に結合し、トロンビンの有するフィブリノーゲンのフィブリンへの変換活性、血小板の凝集活性、FV,FVIIIの活性化活性、及びFXIIIの活性化活性など向凝固活性全てを阻害する。さらに、TMはトロンビンと結合することによりトロンビンのもともと有している「プロテインCを活性化プロテインC(APC)へ活性化させる作用」を著しく増強させる。その結果生じたAPCはFVa、FVIIIaを分解し凝固反応の進行を阻害する。このようにTMは、血液凝固反応が昂進しトロンビンが血液中に生成するとトロンビンと結合し、トロンビンの向凝固活性を阻害すると同時にAPCを産生させることにより、凝固反応の進行を阻害するネガティブフィードバック制御を司っている分子である。 TMの抗凝固作用について、in vitroで上記のような作用を有していることは従来までの研究により明らかになっているが、実際に体内でどのように機能しているかについては知見がない。また、TMは内皮細胞の抗凝固作用の中心的な役割を担っている分子であることから、抗凝固剤としての応用が期待される。そこで、本研究においては、実験材料として、また薬剤として実用可能な遺伝子組み換え型ヒト可溶性TM(recombinant human soluble thrombomodulin,rhs-TM)を用いて、rhs-TMの抗凝固作用の特徴をラットを用いた動物実験で調べ、TMの司る凝固に対するネガティブフィードバック制御機構の意義について考察することを目的とした。 現在までの研究により、マウスにトロンビンを静脈内投与して肺梗塞を起こすモデルで、rhs-TMが実際に肺梗塞の発症程度を軽減させることが明らかとなっている。ところが、このようにトロンビンをマウスに投与するようなモデルでは、体内で凝固系の活性化からトロンビン生成までの反応を経ることなく、いきなりトロンビンによって血栓が生じるため、rhs-TMの作用機構の特徴のうち、トロンビン活性阻害作用だけしかみることができない。そこで、本研究においては、rhs-TMのプロテインC活性化促進作用が実際にどのように薬効に反映されるのかを明らかにするため、動物の体内において血液凝固活性化の引き金が引かれ一連の凝固系活性化反応を経てトロンビンが生じ血栓が形成するような動物モデルを用いることとした。また、rhs-TMの作用の特徴を把握する上で、既存の薬剤との作用の比較を行っていくことによりrhs-TMの作用の特徴を浮き彫りにできると考えられる。従って、臨床現場で最も広く使用され、研究の歴史も古い抗凝固剤であるヘパリンを比較対照薬として用いることとした。 【rhs-TMのDIC発症抑制効果】 凝固系活性化を誘起する様々な反応を活性化するエンドトキシンをラットに投与し播種性血管内血液凝固症(DIC)を誘発させるモデルを用いてrhs-TMの抗凝固作用を調べた。 エンドトキシンをラットに4時間静脈内持続投与した結果、血液中のフィブリノーゲン濃度及び血小板数の顕著な減少、さらにFDPの上昇が認められ、ラットがDIC状態に陥っていることが確認された。このDICモデルラットにrhs-TMをエンドトキシンと同時に持続投与した。rhs-TMを投与したラットでは、コントロールの生理食塩水を投与したラットと比較してフィブリノーゲン濃度、血小板数の低下の程度が有意に軽度であり、DIC発症抑制効果が認められた。rhs-TMの対照薬としてヘパリンの効果についても調べた結果、rhs-TMと同様にDIC発症抑制効果が認められた。また、DICモデル実験に用いたこれらのラットにおいて腎糸球体の病理組織学的観察を行ったところ、rhs-TMを投与せずにエンドトキシンのみを投与したラットでは腎糸球体へのフィブリン(血栓)の沈着が認められたが、rhs-TMを投与したラットでは腎糸球体へのフィブリン沈着が認められず、rhs-TMが血栓の形成をin vivoで抑制し、組織を血栓形成による虚血性障害から保護する作用を有していることが示唆された。 【rhs-TMの血栓形成抑制効果】 rhs-TMの有する特徴をさらに詳細に調べること、及び、ヘパリンとの比較を通じて血液凝固系におけるネガティブフィードバック制御機構がどのように機能しているのかを明らかにすることを目的として研究を行った。 このためにまず、血栓形成と血栓形成阻害を定量的に把握することのできるラットの動静脈シャントモデルを用いて、in vivoにおけるrhs-TMの血栓形成阻害効果を調べることにした。血栓形成の15分前にrhs-TMを静脈内投与しておいたラットと、コントロールとして生理食塩水を投与しておいたラットで、それぞれの動静脈シャントモデルにおける血栓重量を比較した。rhs-TMを投与しておいたラットでは、rhs-TMを投与していないラットと比較して有意に血栓重量が減少しており、0.5〜4mg/kgの範囲で投与量依存的な血栓形成阻害効果が認められた。ヘパリンについても同様の実験を行い血栓形成に対する阻害効果を調べたところ、rhs-TMと同様に投与量依存的な血栓形成の阻害効果が認められた。この実験で用いたラットの血漿を採取し活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を測定したところ、ヘパリンにおいてはAPTTの著明な延長が認められたものの、rhs-TMにおいてはAPTTはわずかに延長したに過ぎず、rhs-TM、ヘパリン間でAPTTに対する影響に明確な差が認められた。このことから、rhs-TMとヘパリンでは抗凝固作用の作用メカニズムが明らかに異なると考えられた。 APTTの延長程度は出血の副作用の強さとも関連していると報告されていることから、rhs-TMはヘパリンよりも出血の副作用が少ない可能性があるという仮説のもと、ラットを用いて両者の出血時間に及ぼす影響を調べた。この結果、rhs-TM、ヘパリンを投与したラットそれぞれで投与量依存的な出血時間の延長が認められたものの、ヘパリンと比較してrhs-TMでは出血時間の延長の程度が有意に軽度であった。 rhs-TMがネガティブフィードバック系を介して抗凝固作用を示すことにより、ヘパリンと作用の特徴上の相違が生じているのかどうかを調べるため、in vitroにおいて、rhs-TMのプロテインC活性化作用を調べた。その結果、rhs-TMのラット血漿におけるプロテインC活性化作用が、ヒト血漿との比較において非常に弱いことが明らかとなった。従って、ラットの血栓モデルにおけるrhs-TMの効果はトロンビン活性の直接阻害を通じて発揮されており、ネガティブフィードバック系を介していないことが推察された。ヘパリンとの作用の相違は、rhs-TMがトロンビンに対して特異性が高いことによると推察された。 【rhs-TMのATIII低下DICモデルに対する効果】 rhs-TMが抗凝固作用を示す場合、rhs-TMはトロンビンを直接的に阻害するのと対照的に、ヘパリンはトロンビンを直接阻害するのではなく、血液中にもともと存在するアンチトロンビンIII(ATIII)を活性化することによりトロンビンを間接的に阻害する。従って、ヘパリンの効果はATIII依存的であり、ATIIIレベルの低下している患者においては薬効が低下してしまうという欠点を有している。DICの患者においてはATIIIレベルが消費性に低下してしまっている場合が多く、rhs-TMの効果がATIIIレベルの低下によりどのように影響されるかはrhs-TMをDICの治療薬として用いる場合大きな問題である。そこで、我々はラットのATIIIに特異的なウサギ抗体を調製し、抗体によってATIIIレベルを低下させ、ATIIIレベルの低下がrhs-TMの薬効に及ぼす影響を調べることにした。 抗ATIII抗体をラットに静脈内投与することにより速やかに血漿中ATIIIレベルは低下した。この抗ATIII抗体投与ラットにDIC発症の原因物質である組織因子を1時間持続投与した結果、フィブリノーゲン濃度、血小板数の低下が認められ、これらのラットがDIC状態にあることが示された。そこで、このATIII低下DICモデルラットに、正常ラットの組織因子投与DICモデルでほぼ同等のDIC発症抑制効果を示した投与量のrhs-TM、ヘパリンをそれぞれ投与した。その結果、rhs-TMは有意にDICの発症を抑制したのに対し、ヘパリンはDIC発症抑制効果を示さなかった。従って、ヘパリンはATIIIが低下している状態ではDIC発症抑制効果の減弱が起こるのに対して、rhs-TMではATIIIが低下してもDIC発症抑制効果が発揮されることが実証された。 【まとめ】 以上の実験結果より、rhs-TMは既存薬であるヘパリンと比較して優れた特徴を有する抗凝固剤であることが示された。今後は、なぜラットにおいてはrhs-TMのプロテインC活性化作用が発揮されないか、を調べていくとともに、プロテインC活性化作用が発揮されることが明確な動物種(ヒト、サルなど)でrhs-TMの薬効の特徴を詳細に調べていくことが課題である。これらの研究を通じて、rhs-TMの抗凝固剤としての特徴がさらに明らかになっていくのと同時にTMを介した血液凝固のネガティブフィードバック制御系の役割が明らかとなっていき、質の高い血栓症治療の発展に寄与していくものと期待される。 |