学位論文要旨



No 213624
著者(漢字) 大賀,圭治
著者(英字)
著者(カナ) オオガ,ケイジ
標題(和) 国際食料政策シミュレーションモデルの開発と世界食糧需給予測
標題(洋)
報告番号 213624
報告番号 乙13624
学位授与日 1997.12.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13624号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 泉田,洋一
 東京大学 教授 藤田,夏樹
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 齋藤,勝宏
 東京大学 助教授 中嶋,康博
内容要旨

 世界の食料需給の将来予測は、食料の過半を輸入に依存する我が国にとって、国民的関心事であり、食料、農業政策を検討するに当たって前提となる重要な情報である。

 本論文は、1973年以来、筆者が中心となって開発、改良してきた世界食料需給モデルの最新バージョンとしての国際食料政策シミュレーションモデルとこれを用いた予測結果を基に、世界の食料需給の展望と予測方法について考察したものである。

 筆者は、1974年の農林水産省による、わが国としては初めての世界食料需給モデルの開発と予測を担当し、その後FAOでこれを改良して、FAOの「世界食料モデル」の原型を開発した。

 1970年代には先進国が農業保護を強化する一方、開発途上諸国において「緑の革命」が成果を上げた結果、1980年代には世界的な食料需給の緩和、国際農産物価格の低迷、農業保護のための財政負担の増大に直面し、各国は市場志向的な政策への転換による財政負担の削減を図ろうとした。かくして世界の食料需給問題の分析においても、農業保護の削減、価格政策の転換が農産物の国際価格に及ぼす影響の分析に焦点があてられるようになった。

 国際食料政策シミュレーションモデル(IFPSIMモデル)は、世界食料需給モデルを農業保護の削減効果を分析するための政策シミュレーションモデルとして発展させたものである。IFPSIMモデルは、OECDのMTMモデル,USDAのSWOPSIMモデルの成果を取り入れ、農業保護の程度の計量的な推計値である「生産者補助金相当額」及び「消費者補助金相当額」を政策変数として明示的に組み込んでいる。IFPSIMモデルは、時間の遅れを伴った変数間の因果関係を組み込んだ動学モデルであり、MTMモデルやSWOPSIMモデルが、政策変更の効果を静学的に時間を捨象した世界で分析するのに対して、具体的な歴史的時間の流れの中で、農業保護の削減や価格政策、貿易政策の効果をシミュレーションできる。IFPSIMモデルは国際食料政策研究所(IFPRI、ワシントンD.C)において筆者により開発され、農林水産省の2010年予測及びIFPRIの2020年予測に用いられた。

 IFPSIMモデルは、多地域(アジアに重点を置いた32の国または地域)、多品目(農産物14品目)を対象としたダイナミックな価格均衡型の世界モデルであり、他の大規模な世界食料需給モデルと同じく、弾力性等のパラメーターを他の研究成果に依存する統合型(synthetic)の農業部門モデルである。

 IFPSIMモデルの基本構造は平易であるが、畜産部門と飼料部門のリンケージ、油脂部門の油脂と植物蛋白の結合生産という食料部門内における基本的な相互依存関係を組み込んでいる。さらに各国別に異なった制度、政策のスペシフィケーションが時間的経過の中で変更できる仕組みとしてのスウッチング関数が導入されている。多地域、多品目のダイナミックモデルにこれらの食料部門内の依存関係を統合したものとして、IFPSIMは、世界的に見ても最先端の世界食料需給予測モデルの一つといえる。

 食料需給の長期的決定要因は、需要については人口と、経済成長であり、供給については耕地面積と単収の変化、とりわけ後者の貢献が大きいが、これらはIFPSIMモデルを含めて多くの世界食料需給モデルでは、多くの場合傾向値が与えられている。つまり、複雑なモデルによる予測結果も結局は予測者のトレンドの与え方に依存している。

 IFPSIMモデルによる予測結果で特徴的なのは、FAO,OECD、アメリカ農務省などの予測と大差ない結果を示す標準的な予測ではなく、極端な仮定をおいた予測である。その結果は、世界経済の成長如何が需要を、単収の増加如何が供給を左右するというきわめて常識的な結論を確認させるものであるが、この両者の相対関係如何によって今後、世界の食料需給が緩和するか、逼迫するかが決まる。

 1980年代まで、世界的全体として見れば、需要を上回る食料の生産が達成されてきた背景には、東西の冷戦構造の下での各国の食料自給政策があり、冷戦構造の崩壊後の将来について、過去と同様な単収の増加を仮定することはできない。今後は、資源・環境の制約と一般経済と農業との関係を組み込んだ食料需給モデルの開発が課題である。

審査要旨

 本論文は、世界食料需給モデルの最新版としての国際食料政策シミュレーションモデル(IFPSIMモデル)とこれを用いた予測結果を基に、世界の食料需給の展望と予測方法について考察したものである。全体で6章からなり、本論文の中心にあって学問的貢献度の高い部分は第3章と第4章である。

 まず第1章では、世界食料需給モデルの開発と長期予測の意義が考察される。第2章では世界食料需給モデルに関する既往モデルのレビューがなされる。既往モデルとしてはFAOやアメリカ農務省のモデル、農林水産省の世界食料モデル等があるが、1980年代以降、政策と世界的食料需給の問題との関連が強く意識されるようになり、農業保護の削減や価格政策の転換を組み込んだ新しいモデルの必要性が高まってきたとされる。

 続く第4章では、著者によって開発された国際食料シミュレーションモデル(IFPSIMモデル)の基本構造が説明される。その特徴は、(a)タイムラグを持った変数の部分調整過程を組み込んだ動学モデルである、(b)多地域、多品目の価格均衡の世界モデルであること、(c)農業保護水準、為替平価等政策変数を外生変数とする政策シミュレーションが可能であること、(d)農産物を重点とするセクターモデルであること、(e)弾力性等のパラメーターを他の研究成果に依存する統合型モデルであることの5つにまとめられる。

 続く第4章では、IFPSIMモデルによる2020年に至る世界食料需給の予測を提示し、世界的な連続不作や経済成長の加速がない限り、世界的には食料需給に不安はないという結果が提示される。結果としてみればIFPSIMによる予測値は既存モデルを用いた予測と大差ないものとなっている。いずれの予測も、人口や経済成長率については国連やOECD及び世界銀行の予想値をベースにしている。供給面では、どの予測も収穫面積は作付地を巡る競合関係により相互に相殺する仕組みとなっている。単収についてもいずれの予測も過去の傾向をベースとしている。つまり、長期的な需要と供給を規定する要因はいずれの予測もほぼ同じ前提に立っている。

 IFPSIMモデルによる予測において、特徴的なのは、標準的な予測ではなく、極端な仮定をおいた予測の結果である。その結果は、世界経済の成長如何が需要を、単収の増加如何が供給を左右するという基本的ではあるが重要な帰結を確認させるものである。この両者の相対関係如何に依って今後、世界の食料需給が緩和するか、逼迫するかが決まる。

 第5章では以上の分析を踏まえて、世界食料需給の長期展望がについて議論がなされ、さらに、最終章では今後の研究課題が提示される。

 以上本論文では新しい世界需給モデルが開発されそのモデルをもとにした世界食料需給の予測がなされている。結果として基本的ではあるが重要な帰結が確認された。

 本論文の中でもっとも重要な部分は著者の開発したIFPSIMモデルである。そのモデルは平易な基本構造をベースにしながらも、畜産部門と飼料部門のリンケージ、各国別に異なった制度・政策のスペシフィケーションとその時間的経過の中での変更を可能とする仕組みとしてのスウッチング関数の導入など多くの工夫がなされている。単純化して言えば、多地域・多品目を対象としたダイナミックモデルにこれらの食料部門内の依存関係を統合したものであり、著者の開発したIFPSIMモデルは世界的に見ても最先端のモデルであるということができよう。ここに著者のオリジナルで意義深い貢献が認められる。

 また、IFPSMモデルは標準的なパソコン上で、多地域市場均衡モデルのビルディングシステムを用いて構築されており、拡張性、部分的改良、シミュレーション操作が容易であるとともに、今後、中国など大国内の地域を区分したモデルへの適用など、応用性の高いモデルである。この点も高く評価されてしかるべきであろう。

 以上、本論文は学術上また応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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