学位論文要旨



No 213626
著者(漢字) 上塚,浩司
著者(英字)
著者(カナ) ウエツカ,コウジ
標題(和) oval cellの増殖・分化と細胞外基質
標題(洋)
報告番号 213626
報告番号 乙13626
学位授与日 1997.12.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第13626号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 中山,裕之
 (財)残留農薬研究所 毒性部部長 真板,敬三
内容要旨

 oval cellは肝に存在する幹細胞で、肝細胞と胆管上皮細胞の両方への分化能を有すると考えられており、肝障害後の再生過程で肝細胞の再生抑制がある場合に増殖してくるとされている。しかし、肝内における解剖学的な局在部位も含め、oval cellの増殖・分化の動態に関しては不明な点が多い。その理由の一つに、これまで利用されてきた試験系ではいずれもoval cellの増殖がごく一過性にしか認められないため、その動態を詳細に分析することが困難であったことが挙げられる。一方、細胞外基質は従来、組織構築のための単なる足場としての認識しか持たれていない存在であったが、最近では細胞との接触を通じて細胞の分化や機能発現に直接的・間接的に影響を及ぼしていることが徐々に明らかにされてきている。

 本研究では試験系としてガラクトサミン投与ミニラットの肝を用い、oval cellの増殖・分化の動態を細胞外基質の動態との関連で検索した。試験系として用いたミニラット(Jcl:Wistar TGN(ARGHGEN)1 Nts strain)は、成長ホルモンに対するアンチセンス遺伝子の導入により、成長ホルモンの合成が抑制されたトランスジェニック動物で、肝細胞の再生抑制があるところから、oval cellの増殖が長期間観察されることが期待できる。得られた結果は下記の通りである。

(1)oval cellの動態

 6週齢、雄のミニラットに1000mg/kgのガラクトサミンを1週間に1回、最高4回まで腹腔内投与した。対照群には同量の生理食塩水を腹腔内投与した。初回投与から1,2,3,5,7日後、および2,3,4週後に肝を採取し、各種の検索を行なった。

 肝の病理組織学的検索では、リンパ球・好中球を主体とする炎症細胞浸潤が初回投与の1日後より観察され、2日後には最も顕著となり、肝細胞壊死を伴う多数の大型炎症巣が肝小葉内に観察された(急性肝炎の炎症期)。その後、炎症細胞浸潤は次第に減弱し、7日後にはほとんど観察されなくなった。一方、初回投与の3日後よりグリソン鞘と周囲実質との移行部に小型卵円形細胞が出現し、7日後には肝小葉内で小塊状、線条状あるいは微細管腔状の構造を形成して明瞭に増殖していた(急性肝炎の増殖期)。小型卵円形細胞の増殖は初回投与の2週後以降には肝小葉内にび漫性に拡大し、微細管腔構造状の増殖が主体となった(亜急性肝炎期)。

 免疫染色では、これら小型上皮細胞のほとんどが胎児性肝細胞のマーカーであるフェトプロテインと胆管上皮細胞のマーカーであるサイトケラチン7の両方に陽性を示したが、フェトプロテインに対する染色性は次第に減少し、初回投与の4週後にはほとんど全ての小型細胞はサイトケラチン7にのみ陽性を示した。

 このように、ミニラットの肝ではガラクトサミンの初回投与後7日目においてもoval cellの増殖が明瞭に観察され、増殖oval cellは胆管上皮細胞系へ分化することが明瞭に示された。

(2)細胞外基質の動態

 oval cellの増殖と分化に関与すると考えられる肝内微細環境因子の一つとして、細胞外基質の動態に関して検索を行なった。その結果、急性肝炎期の炎症期には類洞壁に沿ってラミニンとフィブロネクチンの沈着が観察された。増殖期になるとoval cellの周囲でまず最初にヘパラン硫酸プロテオグリカンの沈着が見られ、その後、ラミニン、フィブロネクチン、4型コラーゲンの沈着が観察された。亜急性肝炎期では、類洞壁沿いのフィブロネクチンとラミニンの沈着は次第に消失した。また、oval cellの周囲ではフィブロネクチンの沈着は見られなくなり、基底膜構成成分であるヘパラン硫酸プロテオグリカン、ラミニン、4型コラーゲンの沈着だけが目立った。これらの細胞外基質の沈着は直接的および間接的にoval cellの増殖および分化の調節に関与していることが推察された。

(3)間質細胞の動態

 細胞外基質とならぶ肝内微細環境因子として、類洞壁に存在する伊東細胞とクッパー細胞の動態について検索した。急性肝炎期の炎症期には、小葉内でび漫性に伊東細胞とクッパー細胞の増数が観察された。その後の増殖期・亜急性肝炎期では、伊東細胞の増数はoval cellの周囲でのみ観察され、一方、クッパー細胞数は次第に減少していった。

 こうした細胞の動態を踏まえ、伊東細胞とクッパー細胞のoval cellに対する調節機構に関連する液性因子として、transforming growth factor-1(TGF-1)とhepatocyte growth factor(HGF)に関する解析を行なった。competitive RT-PCRによる定量では、TGF-1は初回投与の2日後に一相性のピークを示し、HGFは1日後と5日後に二相性のピークを示した。また、亜急性肝炎期では、TGF-1とHGFの両方ともに4週後に増加に向かう傾向がうかがえた。

 免疫染色では、実験期間を通じ、TGF-1はoval cellと胆管上皮細胞の細胞質に陽性像が観察され、HGFは急性肝炎期の増殖期と亜急性肝炎期に類洞壁細胞に陽性像が観察された。このHGF陽性の類洞壁細胞は、oval cellの周辺に限らず、それ以外の場所でも観察された。oval cell周辺のHGF陽性細胞は伊東細胞と考えられ、胆管上皮細胞系へと分化するoval cellの増殖・分化に関与しているものと推察された。一方、oval cell周辺以外でのHGF陽性類洞壁細胞はクッパー細胞あるいは類洞内皮細胞と考えられ、周辺肝細胞の再生・増殖に関与している可能性が考えられた。in situハイブリダイゼーションの結果では、HGFのmRNAに対するシグナルは増殖oval cellの周辺の伊東細胞と考えられる類洞壁細胞にのみ認められ、これはHGFmRNAの産生量の差を反映しているものと考えられた。一方、TGF-1のmRNAに対するin situハイブリダイゼーションでは、実験期間を通じてシグナルを検出することが出来なかったが、これには産生元細胞の種類によるmRNA合成量の違いが関連しているのかも知れない。

 以上の結果から、ガラクトサミンの単回投与によりミニラットの肝に誘導されるoval cellの増殖期間は他の系統のラットと比較して有意に延長しており、この増殖oval cellは細胞外基質(基底膜成分)の増生に伴って胆管上皮細胞系へと分化することが明瞭に示された。また、このoval cellの増殖・分化に対して、伊東細胞によるパラクライン機構でのHGFを通じた調節が示唆された。さらに、急性肝炎期の炎症期には、TGF-1の細胞増殖抑制作用が主体となり、TGF-1のmRNAの発現はピークとなり、それに拮抗するHGFのmRNA発現が減少すると考えられ、その後、亜急性肝炎期ではTGF-1の細胞外基質産生促進作用が主体となり、HGFのmRNA発現も次第に回復し、TGF-1・HGFともに正常対照群よりもやや高いレベルで安定したmRNA発現を行なっているものと推察された。こうした細胞外基質の動態を介した細胞の増殖・分化の機構の少なくとも一部は、生物学的により普遍的な意義を持つものと考えられる。

審査要旨

 申請者の学位論文の審査の結果の要旨は以下の通りである。

 oval cellは肝に存在する幹細胞で、肝細胞と胆管上皮細胞の両方への分化能を有し、肝障害後の再生過程で肝細胞の再生抑制がある場合に増殖してくる。本研究では肝障害の実験系としてガラクトサミン投与ミニラットを用い、oval cellの増殖・分化の動態を細胞外基質、類洞壁細胞および増殖因子の動態との関連で検索した。ミニラットは、成長ホルモンに対するアンチセンス遺伝子の導入により、成長ホルモン合成抑制を示すトランスジェニック動物で、肝細胞の再生抑制の結果、長期間のoval cell増殖が期待できる。得られた結果は下記の通りである。

(1)oval cellの動態

 6週齢、雄のミニラットに1000mg/kgのガラクトサミンを1週間に1回、4週間にわたって腹腔内投与した。肝では、炎症細胞浸潤が初回投与の1日後より観察され、2日後には最も顕著となったが、7日後にはほとんど観察されなくなった。-方、初回投与の3日後よりグリソン鞘および周囲に小型卵円形上皮細胞が出現し、7日後には肝小葉内で明瞭に増殖していた。この細胞の増殖は初回投与の2週後以降、肝小葉内にび漫性に拡大した。これら上皮細胞のほとんどがフェトプロテインとサイトケラチン7の両方に陽性を示したが、前者に対する染色性は次第に減少し、初回投与の4週後には小型細胞の多くは後者にのみ陽性を示した。このように、ミニラットの肝ではガラクトサミンの初回投与後7日目においてもoval cellの増殖が明瞭に観察され、増殖oval cellは胆管上皮細胞系へと分化することが示された。

(2)細胞外基質の動態

 oval cellの増殖と分化に関与する肝内微小環境因子である細胞外基質の動態に関して検索を行なった。oval cellの増殖、肝小葉内侵入に先立ち、類洞壁に沿ってラミニンとフィブロネクチンの沈着が観察された。その後oval cellの周囲でヘパラン硫酸プロテオグリカン、ラミニン、フィブロネクチン、4型コラーゲンの沈着が観察された。亜急性期になると、類洞壁のフィブロネクチンとラミニンの沈着は次第に消失した。oval cellの周囲でもフィブロネクチンは消失し、基底膜構成成分のヘパラン硫酸プロテオグリカン、ラミニン、4型コラーゲンの沈着だけが目立った。以上の結果から、まず、類洞壁に沿ったラミニンとフィブロネクチンの沈着がグリソン鞘周囲から肝小葉内へのoval cellの侵入を誘導し、ついで、増殖oval cell周囲の基底膜成分の沈着がoval cellの胆管上皮への分化を誘導しているものと推察された。

(3)類洞壁細胞の動態

 類洞壁に存在する伊東細胞とクッパー細胞の動態について検索した。急性期には、び漫性の伊東細胞とクッパー細胞の増数が観察された。その後、活性化伊東細胞の増数はoval cellの周囲でのみ観察され、クッパー細胞数は次第に減少した。competitive RT-PCRによる定量では、TGF-1mRNAは初回投与の2日後にピークを示し、HGFmRNAは1日後と5日後にピークを示した。亜急性期では、TGF-1、HGFともに4週後て若干増加傾向であった。免疫染色では、実験期間を通じTGF-1はoval cellと胆管上皮細胞の細胞質に、HGFは類洞壁細胞に陽性像が観察された。oval cell周囲にもHGF陽性細胞が観察されたが、これは伊東細胞と考えられ、oval cellの胆管上皮細胞系への分化に関与しているものと推察された。in situ hybridizationでは、HGFのシグナルは増殖oval cellの周囲の伊東細胞にのみ認められた。TGF-1については、実験期間を通じてシグナルを検出することが出来なかった。

 以上の結果から、ガラクトサミン投与によりミニラットの肝に増殖が誘導されるoval cellは類洞壁に沿ったフィブロネクチンとラミニンの沈着に伴ってグリソン鞘周囲から肝小葉内へと誘導され、さらに周囲への基底膜成分の沈着に伴って胆管上皮細胞系へと分化することが示された。また、oval cellの増殖・分化が伊東細胞によるHGFを介したバラクライン機構によって調節されていることが示唆された。

 こうした細胞外基質の動態を介した細胞の増殖・分化の機構は、生物学的により普遍的な意義を持つものと考えられ、本研究は獣医学のみならず医学分野においても重要であると思われる。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51065