学位論文要旨



No 213628
著者(漢字) 郡司,俊秋
著者(英字)
著者(カナ) グンジ,トシアキ
標題(和) RNA3’末端修飾法を用いたマイナス鎖C型肝炎ウイルスRNAの特異的検出法の確立
標題(洋) Specific detection of negative strand RNA of hepatitis C virus by RNA modification at 3’end
報告番号 213628
報告番号 乙13628
学位授与日 1997.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13628号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 清水,洋子
 東京大学 助教授 北村,聖
内容要旨

 日本には慢性肝炎患者が約100万人、肝硬変患者が約20万人いると推定されており毎年約2万人以上の人が肝臓癌で死亡している。1989年に米国カイロン社によりクローニングされたC型肝炎ウイルス(HCV)がこれらの慢性肝疾患の約7割の原因ウイルスである事が判明し、本ウイルスの感染、増殖機構の解明は基礎的研究分野のみならず臨床分野でもきわめて重要である。特に肝癌患者においては約9割でHCV陽性であり、従ってHCVの感染機構を解明しその増殖を抑制する事は、ひいては肝癌発生を抑制する事に続がる。HCVは約10Kbのプラス極性を持つ一本鎖RNAウイルスであり、そのゲノム構造はフラビウイルスと類似している。従ってHCVが増殖する際にはまずプラス鎖RNAに相補的なマイナス鎖RNAが合成され、次にこのマイナス鎖RNAを鋳型として再びプラス鎖RNAが複製されると想像されている。HCVが複製、増殖している感染細胞内にはこのマイナス鎖RNAが存在しているはずであり、HCVの感染、増殖様式を解明する上でマイナス鎖RNAの感染個体内での局在を明らかにする事が必要である。こうした理由でHCVマイナス鎖RNAを特異的かつ高感度に検出する手法を確立する事が極めて重要である。この検出系を確立する事は培養細胞を用いたHCV感染実験を行う際にも必須であると思われる。従来よりプラス鎖及びマイナス鎖RNAを検出する手法としては一般にstrand-specific reverse transcription-polymerase chain reaction method(strand specific RT-PCR)が汎用されてきた。この方法はプラス鎖RNAに対してはantisense primerを、又マイナス鎖RNAに対してはsense primerを用いてcDNA合成を行った後にPCRを施行することにより、両鎖を分別しようとした手法である。しかし本手法が真に各鎖を特異的に検出しているか否かは明らかにされていなかった。そこで著者はHCV5’noncoding regionからcore regionのN末側を含むプラス鎖及びマイナス鎖RNAを合成し、本手法の検出特異性を検討した。実際の臨床検体を模倣する為、正常肝組織より抽出したtotal cellular RNAをこれら合成RNAに添加したものをtemplateとして用いた。その結果HCVプラス鎖及びマイナス鎖RNAに対するcDNA合成は、逆転写反応の際に用いるprimerには依存しない事が明らかになった。この結果は、従来より用いられてきたstrand specific RT-PCR法ではマイナス鎖RNAを特異的に検出する事が不可能である事を示している。primerに依存しないcDNA合成(primer-independent cDNA synthesis)がおこる理由は明らかではないが著者は以下の事を推測した。

 (1)cellular RNAが非特異的にtemplate RNAにannealingし、nonspecific primerとして働く

 (2)HCV分子内または相補鎖RNAからのcDNA合成が起こる

 いずれの場合にも共通している事は,RNAをprimerとしてcDNAのprimingが起こる事である。そこで次に、こうしたRNA-intiated cDNA primingをブロックする目的でRNAの3’末端を不活化する事を試みた。このRNA3’末端の修飾は、NaIO4及びNaBH4を用いてRNA3’末端のヌクレオチドをdi-alcoholに変換する事により行った。RNA3’末端修飾法を行った後にstrand specific RT-PCR法を施行したところ、非特異的cDNA 合成が阻止されHCVプラス鎖及びマイナス鎖RNAを特異的に検出する事が可能となった。

 次にこの3’end modification-strandspecific RT-PCR法を用いて10例のC型慢性肝炎患者より採取した肝組織、血清及び末梢血リンパ球(PBMC)におけるプラス鎖及びマイナス鎖HCV RNAの存在様式を検討した。肝組織にはプラス鎖及びマイナス鎖HCVRNAが高率(100%及び90%)に存在し、肝内におけるマイナス鎖RNAを介したHCV増殖が明らかであった。

 マイナス鎖RNAは血清中にも50%の症例で存在していた。症例8及び症例10の血清を用いてsucrose density gradientsによるHCV RNAの浮遊密度の解析を行ったところ、プラス鎖RNAは3つの浮遊密度、すなわち1.02g/cm3,1.12g/cm3及び1.19g/cm3をピークとして検出された。しかしながらマイナス鎖RNAはすべてのフラクションにわたる非特異的な検出パターンを示しプラス鎖RNAとの相関は全く認めなかった。マイナス鎖RNAの血液中における存在形態としては(1)プラス鎖RNAと共にenvelope及びcoreを有するmatureなvirion内に存在している可能性、又は(2)envelope内に存在しているがcore等を伴わない特殊な形態で存在し、肝細胞の炎症にともない肝臓より血中に流出してきた可能性などが考えられる。患者血清を用いたsucrose density gradientsによる解析ではプラス鎖RNAとマイナス鎖RNAとは無関係な検出パターンを示しており、血中のマイナス鎖RNAがプラス鎖RNAと共に同一のvirion内に共存している可能性は少なく、むしろプラス鎖RNAとは別個の形態で血中に存在していると想像される。今回の我々の検討では血中のマイナス鎖RNAの有無は肝障害の程度又は組織学的進行度等とは明らかな相関が認められず、その真の臨床病理学的な意義を明らかにする為にはさらなる検討が必要であると思われる。

 PBMCにおいては、プラス鎖RNAは高率に検出されたがマイナス鎖RNAは1例(10%)においてのみ存在していた。従ってHCVが、肝細胞に比しはるかに低い細胞指向性ではあるものの、肝外組織であるPBMCにおいても感染、増殖している事が確認された。

審査要旨

 本研究はヒトにおける慢性肝疾患の原因ウイルスの7割近くを占めているC型肝炎ウイルス(Hepatitis C Virus;HCV)の生体内における感染様式および増殖機構に関する基礎的解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.HCVはその増殖の際マイナス鎖RNAを鋳型として用いるとされ、従ってHCVが増殖している事を確認する為にはこのマイナス鎖RNAの存在を確認する必要がある。in vitro transcription法により精製したプラス鎖およびマイナス鎖HCV-RNAを用いたコントロール実験の結果、逆転写反応の際プライマーに依存しないcDNA合成が起こる事が判明し、従って従来より一般に汎用されてきたストランド特異的RT-PCR法では増殖中間体であるマイナス鎖RNAを特異的に検出する事は不可能である事が示された。

 2.このようなプライマー非依存性cDNA合成が起こる理由として、宿主またはHCVのRNAが非特異的に鋳型RNAにアニーリングし、その3’末端からcDNA伸長が起こっている可能性が考えられた。そこでRNAの3’末端をNaIO4およびNaBH4により修飾し不活化させたところ、ストランド特異的なマイナス鎖RNAの検出が可能となった。

 3.新たに確立した本手法を用いて慢性C型肝炎患者の肝組織、血清およびリンパ球中におけるマイナス鎖RNAの存在様式を検討した。大多数の症例の肝組織にマイナス鎖RNAが検出され、肝臓におけるマイナス鎖RNAを介した高率な増殖が示された。

 4.一部の症例ではリンパ球中にもマイナス鎖RNAが確認され、極めて頻度は低いものの肝外組織であるリンパ球でもHCVが増殖している事が示された。

 5.半数の症例において血清中にマイナス鎖RNAが検出された。sucrose density gradientsによるHCV RNAの浮遊密度の解析の結果、血中のマイナス鎖RNAはmatureなvirion内に存在するプラス鎖RNAとは別個の形態で存在している事が示唆された。

 以上、本論文はC型肝炎ウイルスの増殖中間体であるマイナス鎖RNAを特異的に検出する手法を確立し、さらにその手法を用いて感染個体内におけるHCVの感染様式を明らかにした。HCV感染がヒトにおける肝癌の発生と密接に関連している事は明らかであり、HCVの肝臓内における感染、増殖機構を解明する事は臨床医学的にも極めて重要な課題である。本研究において確立されたHCVの増殖中間体を特異的に検出する手法は、HCVの増殖様式の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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