学位論文要旨



No 213629
著者(漢字) 川崎,葉子
著者(英字)
著者(カナ) カササキ,ヨウコ
標題(和) 脳波および脳磁図による自閉症の脳障害部位の検討
標題(洋)
報告番号 213629
報告番号 乙13629
学位授与日 1997.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13629号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 宮下,保司
内容要旨

 自閉症ではてんかんが高頻度に合併すること、発作初発のピークのひとつが青年期にあること、また発作性脳波異常が高頻度で出現することが知られているが、発作波の内容については十分には知られていない。本研究は発作波の局在に着目し、自閉症の脳障害について検討した。本研究はI.脳波研究、II.脳磁図研究、と2つの部門で構成し、Iでは脳波を青年期まで継時的に追跡して発作波の局在をあきらかにし、IIでは脳磁図検査を用いてIで得られた局在部位の脳内の起源を同定した。

I.脳波研究対象:

 DSM-IVで診断した自閉症で脳波の最終記録年齢が15歳を越えている158例(男119例、女39例)である。検討した脳波の初回記録時年齢は平均11歳6ヵ月、最終記録時年齢は平均18歳0ヵ月であった。脳波所見とてんかんにかんしては、比較対照として15歳以降までの脳波記録のある非自閉的精神遅滞75例(男41、女34)(以下精神遅滞とする)を取上げた。精神遅滞の初回脳波記録年齢は平均15歳2カ月、最終記録年齢は平均19歳8カ月であった。

方法:

 各例における初診時から調査時までのすべての脳波記録、てんかん合併の有無および初発年齢、知能障害の程度、折れ線現象の有無を調査した。検討した脳波は自閉症では158例の延べ693記録であり、精神遅滞では75例の延べ336記録であった。

 降に多く、またparoxysm at Fの出現時期と対応していた。

 (3)他の臨床特徴との関連:paroxysm at Fは知能障害の程度、性差、折れ線現象の既往の有無のいずれとも有意な関連がなかった。

II.脳磁図検査対象:

 DSM-IVで診断した自閉症でparoxysm at Fが脳波に出現していた14名が脳磁図検査を受けたが、このうち5例は同時記録の脳波にparoxysm at Fが出現していなかった、相関係数が基準より低かった等で除外、最終的には9例(7歳〜21歳、全例男)が対象となった。9例の最終脳波のparoxysm at Fは、症例8ではFp1ないしFp2に孤発性鋭波の形で出現しており、残る8例ではFp1,2、F3,4、Fz、Czの部位に孤発性棘徐波複合として出現していた。局在は重複も含めてFp1,2が3、F3,4が7、Fzが4、Czが3であった。側性は右側優位が1例、左側優位が1例で残りは左右どちらにもparoxysm at Fは出現していた。症例1、2、3ではそれぞれ20、10、15歳でてんかんを発症し、抗てんかん薬を服用している。他の例はてんかんは発症していない。てんかんを発症していない例のうち1例は発作波が頻発するために抗てんかん薬を服用している。残りの5例は薬物は服用していない。知能障害の程度は軽度3名、中度4名、重度2名である。MRIは全例特別な異常所見は認めなかった。

方法:

 脳波と脳磁図を同時記録し、脳波に出現したparoxysm at Fの脳磁図で記録されたもののうち相関係数が0.985以上のものをMRIにスーパーインポーズして局在を調べた。

結果:

 paroxysm at Fは重複も含めて5例で右前部帯状回に、7例で左前部帯状回に、6例で右上前頭回に、3例で左上前頭回に、2例で右眼窩回に、1例で左眼窩回に出現していた。paroxysm at Fの局在が前部帯状回であるか、上前頭回であるか、眼窩回であるかあるいは右側であるか左側であるかと、てんかん発症や臨床特徴、知能障害の程度等とは関連がなかった

3.結論

 自閉症において思春期過ぎまでフォロウできた脳波記録では前頭部発作性脳波異常paroxysm at Fが約半数に出現しており、その局在部位は前頭・辺縁系に同定された。自閉症の脳機能障害の責任病巣は前頭・辺縁系を含んでいることが示唆される。自閉症の臨床症状を前頭・辺縁系機能不全の観点から検討することは今後の重要な課題と考える。

審査要旨

 本研究は、自閉症におけるてんかん発症の特徴に着目して自閉症の脳障害部位の検討を行ったものであり、以下の結果を得ている。

 1.15歳過ぎまで脳波を追跡できた自閉症158例を対象とし、同条件で選択した非自閉的精神遅滞75例を対照として発作性脳波異常の内容を検討した。非自閉的精神遅滞と異なり自閉症における発作性脳波異常は約半数で前頭部に局在していた。この発作波の出現経過をみていくと、6歳頃から出現し始め、青年期まで年齢があがるにつれて増加していた。自閉症に特徴的なこの前頭部の発作波をparoxysm at Fと命名した。

 2.自閉症と非自閉的精神遅滞におけるてんかん発症年齢を検討した。自閉症でてんかんを発症していた62例中40例が10歳以降に発作が初発しており、てんかんを発症していた非自閉的精神遅滞35例で10歳以降発症例が7例であったのと比較すると自閉症では有意に10歳以降の発症例が多かった。発作性脳波異常との関係では、自閉症のてんかん発症例62例中45例にparoxysm at Fが出現していた。とりわけ10歳以降にてんかんを発症した40例では発作波を認めた34例中32例でparoxysm at Fが出現しており、paroxysm at Fは自閉症でてんかんを発症する背景に背景の発作はであり、ことに10歳以降のてんかん発症はparoxysm at Fが関与していた。しかしてんかんを発症していない自閉症の脳波にもこの発作波は出現しており、この前頭部の発作波は自閉症に特徴的な神経生理学的所見であると推察した。

 3.paroxysm at Fの脳内起源を追求するために、paroxysm at Fが出現している14例の自閉症で脳磁図検査を施行した。9例で結果が得られ、paroxysm at Fは重複も含めて5例で右前部帯状回に、7例で左前部帯状回に、6例で右上前頭回に、3例で上前頭回に、2例で右眼窩回に、1例で左眼窩回に出現していた。すなわち、paroxysm at Fは前頭辺縁系に起源が同定された。このことより、自閉症の脳障害部位には前頭辺縁系が含まれることが示唆された。

 本論文は、脳波および脳磁図を用いて自閉症の脳障害部位の検討結果を報告しており、自閉症の病態究明に貢献する地検が得られており、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54040