学位論文要旨



No 213632
著者(漢字) 澤村,成史
著者(英字)
著者(カナ) サワムラ,シゲヒト
標題(和) 急性肺障害に対する新しいHFOベンチレータの開発
標題(洋) Development of a new high frequency ventilator for acute lung injury
報告番号 213632
報告番号 乙13632
学位授与日 1997.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13632号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,和彦
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 山田,芳嗣
 東京大学 講師 滝澤,始
内容要旨 【背景】

 低酸素血症を呈する急性呼吸不全患者に対して、従来は従量式換気(Volume-controlled ventilation:VCV)が多用され成果を上げてきた。しかし近年、VCVによる大きな一回換気量と高い気道内圧が様々な肺の圧損傷を惹起し、患者の予後に影響していることが明らかとなった。そこで、できるだけ小さな一回換気量と低い最高気道内圧によって人工換気による圧損傷を最小限に抑えるために、多くの新しい換気モードが試られてきた。この中で、高頻度振動換気法(High Frequency Oscillation:HFO)は解剖学的死腔量より小さな一回換気量で高頻度に換気を行うもので、概念的にはもっとも興味深い。HFOは小動物のサーファクタント欠乏肺障害モデルで良好な成績を得たのち、新生児の未熟肺で多用されてきた。その後の臨床および実験データの蓄積により新生児領域における使用が確立され、圧損傷の予防及び酸素化能の改善に有効であることが立証されている。これに対して成人では、安全に臨床使用できるHFOベンチレータの作成が技術的に困難なためHFO換気は行われず、その基礎となる研究も乏しい。

 そこで本研究では、より大きな対象に安全に使用できるHFOベンチレータの試作機を開発し、その臨床応用の可能性を探ることを目的とした。まず、新機構のHFOベンチレータを開発し、テスト肺を用いてその作動特性を調べた。次に犬の正常肺を換気してその基本特性を評価した。最後に犬のオレイン酸肺障害において、HFOとVCVで酸素化能を比較した。

【方法】〔1〕新機構HFOベンチレータの開発とその作動特性の研究

 ベンチレータは、ブロアー、ロータリーバルブ、ピストンシリンダー、バイアス回路、平均気道内圧調整装置からなり(図1)、その特徴は以下の通りである。

 (1)ブロアーで生じた定方向流の流入・流出口の接続をロータリーバルブで切り換えることにより振動を発生する。(2)この振動源と患者との間にピストンシリンダーを介在させ安全機構とする。(3)バイアス回路の流出口を大気に開放せずシリンダーの振動源側に接続して、ローパスフィルターの効率化と機械死腔の減少を両立させる。(4)シリンダーをできるだけ患者の近くに置いて全パワーを患者の近くまで導き、一回換気量は最終的に口元の絞りで調節する。

図1:新しいHFOベンチレータの回路図

 このベンチレータの出力特性を簡便なモデル肺を用いて調べた。これは16literのポリエチレン製タンクに気管内チューブとミラーカテ先トランスデューサを接続したものである。まず換気周波数、肺コンプライアンス、気道抵抗がベンチレータの一回換気量に与える影響を調べた。肺コンプライアンスは、タンクの容量によって変化させ、気道抵抗は気管内チューブ径(4〜8mm)により変化させた。一回換気量は、モデル肺に既知量の空気を用手的に注入して得た圧容量関係から求めた。更にタンク内に炭酸ガスを吹送し(100、200ml/min)、バイアス流量(10〜30l/min)がタンク内の炭酸ガス濃度に及ぼす影響を調べた。

〔2〕正常成犬におけるHFO換気

 21頭の正常成犬(平均体重11kg)をペントバルビタールにて麻酔、挿管後、一回換気量20ml/kg、呼吸数10〜12/minのVCVで換気した。血液ガスが安定したのち、HFOベンチレータに接続し、3、9、15Hzで換気を行った。各周波数でPaCO2が35〜45mmHgとなるように一回換気量を調節し、10分間換気後の血液ガスを測定した。一回換気量は熱線流量計で得られる風向識別なしの流量を時間積分することにより測定した。さらに21頭中10頭については、ミラーカテ先トランスデューサを気管分岐部直上まで挿入して動的気道内圧(Dynamic airway pressure)を測定した。

〔3〕犬重症肺障害モデルにおけるHFO換気

 上記10匹の犬について、重症肺障害モデルを作成するため中心静脈カテーテルよりオレイン酸0.2ml/kgを緩徐に投与した。安定後、VCVとHFOで10分間ずつ交互に換気し、血液ガスを測定した。VCVによる換気は一回換気量20ml/kg、毎分10〜12回とした。HFO換気は9Hzと15Hzを無作為の順で用い、PaCO2が35〜45mmHgとなるよう一回換気量を調節した。なお各施行の前に気道内圧を30cmH2Oに20秒間維持した。VCVでは酸素化が保たれるようにPEEPレベルを設定し(5〜11cmH2O)、HFOでは平均気道内圧をVCVに一致させた。VCVとHFOでガス交換および動的気道内圧の比較を行った。

 統計解析には反復分散分析とDunnett’s testを用い、有意水準をp<0.05とした。

【結果】〔1〕HFOベンチレータの作動特性

 換気周波数の増加に伴って、一回換気量は急速に減少した。モデル肺のコンプライアンスは一回換気量に大きな影響を与えなかった。気道抵抗の増加とともに一回換気量は減少した。また、特に20l/min以下でバイアス流量の増加に伴いテスト肺内の炭酸ガス濃度は低下した。

〔2〕正常成犬におけるHFO換気

 新開発のHFOベンチレータを用いて、3、9、15Hzのいずれでも正常成犬を良好に換気できた。適正な一回換気量(VT)と周波数(f)は、V2×f=一定、の関係によく一致した。動的気道内圧の測定では、VCVと比較してHFOの3、9Hzで最低気道内圧が高く、気道内圧変動の振幅も小さかった。15HzではVCVと有意差はなかった。

〔3〕重症肺障害モデルにおけるHFO換気

 犬のオレイン酸肺障害モデルにおいて、HFOではVCVに比べて最高気道内圧は低く、最低気道内圧は高かった。平均気道内圧に有意差はなかったがPaO2はHFOで有意に高かった(図2)。

図2:オレイン酸障害肺におけるガス交換(Mean±SEM,n=7)
【考察】

 今回開発したベンチレータの特徴として、その駆動メカニズムとバイアス回路が挙げられる。ブロアーを動力源に使用してロータリーバルブで送脱気を切り替える方式は従来なかったが、単純な機構でありブロアーのパワーアップで出力の増強が可能である。また、バイアス回路の排出口をピストンシリンダーの振動源側に接続することにより、一回換気量が有効に患者側に送られ、同時にローバスフィルターによる機械死腔の増加も避けることができる。

 一回換気量が換気周波数に依存する現象はほとんどのHFOベンチレータに共通する特性であり、従来の従量式のベンチレータと対照的である。また一回換気量が気道抵抗に依存することから、臨床応用時には気管内チューブ径や病的肺の呼吸抵抗が重要となることが示唆される。さらに一回換気量がコンプライアンスに依存しないことは一般にコンプライアンスが低下する病的肺において有利な点である。

 正常肺での適正な一回換気量と周波数の関係(V2×f=一定)から、周波数より一回換気量の方がCO2レベルに与える影響が大きいといえる。また正常肺での気道内圧の振幅は3、9HzにおいてVCVより小さかった。「肺胞換気量一定の条件で気道内圧のふれを最小にする周波数」としてHFOの至適周波数を定義すると、正常成犬の場合、至適周波数は成犬の肺胸郭系の共鳴周波数とされる15Hzより小さいと推測される。

 犬の重症肺障害モデルにおいては、同一平均気道内圧の条件下でHFO換気がVCVに比べて酸素化の点で優れていることが成犬レベルで初めて明確に示された。そのメカニズムとして、重篤な肺障害においてVCVでは呼気終末時に一部肺胞の虚脱が生じるのに対して、HFOでは肺胞内圧の変動が小さいため、sustainedinflationで開いた肺胞の開存を維持できるためと考えられる。また虚脱した肺胞が再開通する際に気道上皮の障害や蛋白漏出が生じ慢性的な肺損傷へと進展することから、HFO換気が人工換気による肺損傷予防の観点からも有利であると推測される。

 従来の臨床仕様のHFOベンチレータでは体重5〜6kgの乳児が上限であったのに対し、本ベンチレータでは平均11kg、最大15kgの成犬が十分換気可能であった。今後は、さらに大きな対象に安全に使用できるHFOベンチレータを開発し、知見を蓄積することが必要である。

審査要旨

 本研究は、急性肺障害に対する高頻度振動換気法(High Frequency Oscillation:HFO)の応用を目的に、新しいベンチレータの開発を行ったものである。

 従来HFO換気は機械的制約から主に新生児を対象に行われてきたが、本研究では新生児より大きな対象に対し、十分な出力と安定した作動を得ることができる新機構のHFOベンチレータが開発された。まずモデル肺においてその基本作動特性が検討され、次に正常成犬においてHFO換気条件の検討が行われた。さらに成犬重症肺障害モデルにおいてその有効性が検討された。その結果は次の通りである。

1.ベンチレータの開発

 HFOの振動発生の機構として、ファンによって定方向流を発生させ、その接続をロータリーバルブで切り替える新しい方法が試みられた。また、換気の効率化と機械死腔の減少を目的に新機構のバイアス回路が採用された。

2.モデル肺における基本作動特性の検討

 モデル肺において、本ベンチレータの出力(有効な一回換気量)は、周波数および気道抵抗の増加とともに減少する一方、肺コンプライアンスの影響は受けなかった。また換気効率はバイアス流量に依存した。

3.正常成犬における換気

 このベンチレータを用いて、正常成犬(平均体重11kg)の換気を行ったところ、3〜15Hzにおいて十分な換気が可能であった。また、HFOの周波数と適正換気に必要な一回換気量、気道内圧変動の関係が得られた。以上の結果は、本ベンチレータを臨床使用する際の基礎データとして重要である。HFO換気は機械的制約から主に新生児を対象としてきたが、本ベンチレータにより、より大きな患者に対しHFOの臨床及び基礎的知見の蓄積を行うことが可能と考えられた。

4.重症肺障害モデルにおける有効性

 成犬の重症肺障害モデルにおいて、本ベンチレータを用いたHFO換気は、従来の従量式換気法と比較して、気道内圧の変動が小さく、酸素化能は優れていた。これは乳児以上の患者においても新生児同様に、HFO換気が酸素化の維持及び人工呼吸による肺障害の予防の点で優れている可能性を示唆する。

 以上、本研究は、有効性が確認されながら臨床使用が新生児に限られているHFOを乳児以上の患者に応用するため、新しいベンチレータを開発し、その有効性を示したものである。急性肺障害患者の呼吸管理に関しては、適正な換気の維持と人工換気によって惹起される肺障害の防止という2点の両立を目的にさまざまな換気様式が提唱されてきたが、未だ十分なものはない。本研究は近年成人でも注目され始めたHFO換気の臨床応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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