学位論文要旨



No 213633
著者(漢字) 齊藤,延人
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ノブヒト
標題(和) 神経細胞樹状突起のキネシン型モーター分子、KIFC2のクローニングと機能解析
標題(洋)
報告番号 213633
報告番号 乙13633
学位授与日 1997.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13633号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 講師 小山,文隆
内容要旨

 神経細胞は著しく分化した突起である軸索と樹状突起を持ち、この形態が神経細胞の機能や神経ネットワークの形成に重要な役割を果たしている。細胞内物質輸送は軸索や樹状突起の形成、維持、機能に重要で、多様化した輸送システムを担うために、様々なモーター分子が存在する。キネシンは最初に同定された順行性軸索輸送のモーター蛋白であるが、マウスの脳よりキネシンスーパーファミリー蛋白質(KIF)が同定され、それらはすべてそのN末端にモータードメインを持っており、オルガネラの輸送に関わっていることが示されてきた。

 一方、有糸分裂や減数分裂の分子生物学的研究により、KIFのkar3/ncdサブファミリーは、他のKIFとは異なり、モータードメインをC末端側に持ち、微小管に沿って他のKIFとは反対向きに動く分裂のモーターであることが明らかとなった。そこで神経細胞においても細胞内物質輸送に携わるC末モータードメイン型のKIF(KIFC)が存在するのではないかと推測し、神経細胞に新たなKIFCを探索した。

KIFC特異的なPCRスクリーニングを用いたKIFCのクローニング

 KIFCに特異的なコンセンサスシークエンスを、頭部ドメインの1strandのすぐ上流の頸部に発見した。このコンセンサスシークエンス利用して、二つの新たなKIFCであるKIFC1とKIFC2をクローニングした。KIFC1はCHO2antigenのホモログであった。

 KIFC2は792アミノ酸からなり、モータードメインはC末端に位置している(410-760aa)。モータードメインよりも上流(1-409aa)は他のKIFや蛋白質と類似性がなく、全く新しいKIFである。系統発生学的解析でも、これまでに知られているKIFCであるkar3/ncdサブファミリーに属さなかった。KIFC2のポリクローナル抗体を作成しその機能を解析した。

KIFC2は関連蛋白質のないホモダイマー蛋白である

 KIFC2の中央部は長い-helical coiled coil構造をとり、N末端側は尾部を、C末端側はモータードメインを形成すると予測され、kar3/ncdサブファミリーと同様にホモダイマーではないかと予測された。また、ショ糖密度勾配遠心法の結果、nativeのKIFC2蛋白の沈降係数は6Sであり、2kinesinや、KIF1A、KIF1Bと比較すると、分子量は約200kDaと推測され、KIFC2ポリペプチドの計算上の分子量のおよそ2倍であった。さらに、抗KIFC2抗体を用いてマウスの脳より精製したnative KIFC2蛋白には関連蛋白質は検出されなかった。したがってKIFC2蛋白質はホモダイマーではないかと推測された。

KIFC2の活性

 モーター活性を調べるために大腸菌とバキュロウイルスの発現系を用いて、いくつかの遺伝子組み替えKIFC2蛋白質の発現を試みたが、不溶性の細胞内封入体を形成し、活性のあるリコンビナント蛋白質の精製が困難であった。

 N末にthioredoxin tagをつけた、尾部とストークのほとんどを欠くdeletion mutantは可溶性分画に回収できた。これらのフラグメントは微小管依存性ATPase活性を示し、生理的なイオン強度でヌクレオチド依存性に微小管と結合、解離した。カバーガラスに吸着させるとATP依存性に微小管を捉え、1-2mMのATP存在下では微小管の振り子様運動が観察された。これらの活性や動きはKIFC2が微小管依存性のモーターであることをサポートするが、今のところin vitromotility assayに成功していない。これはストークの欠失やthioredoxin tagとの融合が、モーター活性に重要な頸部周辺の構造変化を起こしたためかもしれないと考えられた。

KIFC2は成獣神経細胞に特異的に発現している

 mRNAブロッティングと免疫ブロッティングでその発現を解析した。KIFC2はマウス成獣脳に豊富に発現しており、胚ではほとんど検出されず、成長に伴い増加した。この発現パターンは有糸分裂のモーターとは全く異なり、KIFC2が細胞分裂に関わるのではないことを強く示唆した。

KIFC2は樹状突起に局在する

 抗KIFC2抗体は培養神経細胞の免疫ブロッティングで97kDaのバンドを一つ認識した。このバンドは遺伝子組換えアデノウイルスAxCA-YK-mycKIFC2の感染で過剰発現させたKIFC2蛋白と同じ位置にあり、この抗体がKIFC2蛋白を認識し、KIFC2が神経細胞に発現していることを示す。馬尾や坐骨神経のような末梢神経の抽出液中でのKIFC2の量は、大脳皮質の抽出液中の量の0.1-0.3%にすぎず、ほとんどのKIFC2が細胞体や樹状突起に局在した。

 マウス大脳皮質の蛍光染色では、V、VI層の錐体細胞に強い染色が認められ、樹状突起が細胞体とともに強く染色されたが、白質は染色されなかった。海馬神経細胞の分散培養での蛍光染色では、細胞体と樹状突起に大型班点状構造を染色したが、軸索には染色は見られなかった。これらの大型班点状構造は細胞内オルガネラのマーカーであるミトコンドリアのMitotracker、シナプス小胞やその前駆体のsynaptophysin、RNA顆粒のSYTO14と共在しなかった。

 さらに遺伝子組換えアデノウイルスベクターの感染によるmyc-tagged KIFC2の培養神経細胞での過剰発現では、抗KIFC2抗体による染色パターンは抗myc抗体を用いた染色と一致し、軸索のマーカーである抗neurofilamentH抗体での染色とオーバーラップしなかった。すなわち、過剰発現したKIFC2蛋白は樹状突起と細胞体に局在したが軸索には検出されなかった。

 以上の細胞内局在パターンより、KIFC2は樹状突起の輸送モーターであると考えられた。

KIFC2はmultivesicular body-like organellesと結合している

 KIFC2が膜性小器官と結合するのかRNA輸送particle等の他の複合体と結合しているのかを確かめるために、大脳皮質抽出液のpost nuclear supematant(PNS)を分画遠心法、及びNycodenz密度勾配遠心法(NDG)で解析した。KIFC2の結合した膜性小器官は分画遠心法でP2、P3fractionに回収され、NDGでp1.13g/mlの単一ピークに回収された。一方、KIFC2を結合した蛋白複合体がp1.3g/mlの重いfractionに回収された。

 さらに免疫沈降法でこれらのKIFC2を含む膜性小器官と蛋白複合体を精製し、免疫ブロッティング法でKIFC2cargoの分子構成を解析した。KIFC2cargoはKIF1A、KIF3、KIF5(kinesin)、cytoplasmic dynein、dynactin等の他の微小管依存性モーターを含まなかった。さらにシナプス小胞蛋白質(synaptophysin,SV2)、シナプス前膜蛋白質(syntaxin,SNAP-25)、シナプス後膜蛋白質(glutamate receptor)、被膜小胞に関係する蛋白質(clathrin,adaptin,adaptin)、エンドサイトーシスに関係する蛋白質(dynamin,rab5,Lamp2,trk)などの多くの神経細胞蛋白質をテストしたがKIFC2と共沈しなかった。

 NDG fractionからKIFC2を結合した膜性小器官とKIFC2を含む蛋白複合体を抗KIFC2抗体でコートしたビーズで免疫精製し、電子顕微鏡で観察した。KIFC2を含む蛋白複合体を含む重い方のピークでインキュベートしたビーズの表面には同定できる構造は認められなかった。しかしKIFC2を結合した膜性小器官を含む軽い方のピークでインキュベートしたビーズは膜性小器官で修飾されていた。このうち約半分(145/271)のオルガネラはmultivesicular body(mvb)-様のオルガネラであった。残りは細胞破糾や精製過程で生じたmvb様オルガネラからできた破片ではないかと推測している。この結果からKIFC2はmvb様のオルガネラと特異的に結合し、これを輸送していると考えられた。KIFC2の蛋白複合体はKIFC2と結合したチュブリンのオリゴマーや非常に短い微小管の破片ではないかと考えている。

 mvbは早期と後期のエンドサイトーシスコンパートメントの輸送に関わると考えられている。そこで、KIFC2抗体で精製したmvb様のオルガネラが、エンドソームやライソソームのマーカー蛋白質を含むかどうかを調べた。Rab5、dynamin、lamp2、trkはKIFC2-cargoオルガネラと共沈しなかった。また、エンドサイトーシスされたオルガネラをラベルするRhodamine-BSA、早期エンドソームをラベルするtransferrin receptor、ライソソームや後期エンドソームをラベルするLamp2は、海馬の樹状突起でKIFC2と共在しなかった。したがって、KIFC2と結合するmvb様のオルガネラは早期と後期エンドソーム間の輸送に関わらない新しいクラスのmvbであると考えられた。

 以上、KIFC2は神経細胞に特異的なC末モーター型KIFで、樹状突起に豊富で、mvd様オルガネラを微小管に沿って輸送していることを明らかとした。

審査要旨

 本研究は神経細胞における細胞内物質輸送のメカニズムを明らかにするため、キネシン型モーター分子のコンセンサスシークエンスを利用して新たな分子(KIFC2)を発見、その機能解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

 1.キネシンスーパーファミリー蛋白質(KIF)のアミノ酸一次構造を比較することにより、C末モータードメイン型KIFCに特異的なコンセンサスシークエンスを発見した。このコンセンサスシークエンス利用して、二つの新たなKIFCであるKIFC1とKIFC2をクローニングした。KIFC2は系統発生学的解析により全く新しいKIFであることが示された。

 2.他のKIFとの一次構造の比較、抗KIFC2抗体によるnative KIFC2の免疫精製で関連蛋白質は検出されなかったこと、ショ糖密度勾配遠心法での他のKIFとの沈降係数の比較により、KIFC2の分子構造はホモ二量体と推測されることが示された。

 3.KIFC2のモーター活性を証明するin vitro motility assayには、大腸菌とバキュロウイルスの発現系でrecombinant KIFC2が不溶性の細胞内封入体を形成するために成功していない。しかしながらKIFC2のdeletion mutantが微小管依存性ATPase活性を持つこと、生理的なイオン強度でヌクレオチド依存性に微小管と結合、解離能を有することを示し、KIFC2が微小管依存性のモーターであることを示唆した。

 4.mRNAブロッティングと免疫ブロッティングでKIFC2の発現を解析したところ、KIFC2は神経系に特異的に発現し、胚ではほとんど検出されず、成長に伴い増加し、成獣脳に豊富に発現していることを示した。この発現パターンは有糸分裂のモーターとは全く異なり、KIFC2が細胞分裂に関わるのではないことを示した。

 5.抗KIFC2抗体を作成し、マウス脳の免疫ブロッティング、およびマウス脳の免疫染色を行ったところ、KIFC2が神経細胞の特に細胞体や樹状突起に局在し、軸索には存在しないことを示した。さらに遺伝子組換えアデノウイルスベクターによりmyc-tagged KIFC2を培養神経細胞で過剰発現したところ、KIFC2がやはり樹状突起と細胞体に局在し、軸索には検出されないことを示し、KIFC2が樹状突起の輸送モーターであることを明らかにした。

 6.培養海馬神経細胞の蛍光染色で、抗KIFC抗体で染まる大型班点状構造が、細胞内オルガネラのマーカーであるミトコンドリアのMitotracker、シナプス小胞やその前駆体のsynaptophysin、RNA顆粒のSYTO14と共染しないことを示し、KIFC2がこれらのオルガネラを輸送するのではないことを示した。

 7.大脳皮質抽出液を分画遠心法、及びNycodenz密度勾配遠心法(NDG)で分画後、免疫沈降法でKIFC2を含む膜性小器官を精製し、KIFC2cargoの分子構成を解析したところ、KIFC2cargoは他の微小管依存性モーター(KIF1A、KIF3、KIF5、cytoplasmic dynein、dynactin)、シナプス小胞蛋白質(synaptophysin,SV2)、シナプス前膜蛋白質(syntaxin,SNAP-25)、シナプス後膜蛋白質(glutamate receptor)、被膜小胞に関係する蛋白質(clathrin,adaptinb,adapting)、エンドサイトーシスに関係する蛋白質(dynamin,rab5,Lamp2,trk)等と共沈しないことを示し、これらの蛋白を含むオルガネラを輸送するのではないことを示した。

 8.KIFC2を結合した膜性小器官を抗KIFC2抗体で免疫精製し、電子顕微鏡で観察したところ、ほとんどが多胞体様のオルガネラであることを示し、これを輸送していることを明らかにした。このオルガネラは、Rhodamine-BSAラベル、transferrin receptor、Lamp2を含まず、既知のエンドソームとは異なる新しいクラスの多胞体であることを示した。

 以上のように本論文は細胞内物質輸送に関わる初のC末モータードメイン型KIFを発見し、神経細胞樹状突起における多胞体様の細胞内小器官を輸送するモーターであることを明らかにした。本研究は神経細胞における細胞内物質輸送のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク