学位論文要旨



No 213634
著者(漢字) 福嶋,康之
著者(英字) Fukushima,Yasushi
著者(カナ) フクシマ,ヤスシ
標題(和) ヒスタミンH2受容体を介するシグナル伝達、脱感作、インターナリゼーションにおけるC末端の役割
標題(洋) Role of the C-terminus in histamine H2 receptor signaling,desensitization and agonist-induced internalization.
報告番号 213634
報告番号 乙13634
学位授与日 1997.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13634号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 講師 小池,和彦
内容要旨

 ヒスタミンH2受容体はG蛋白質共役型受容体であり、胃の壁細胞においてcAMP産生を介して胃酸分泌に関与している。その拮抗薬は抗潰瘍剤として広く臨床で使用されている。多くのG蛋白質共役型受容体においてアゴニスト刺激により受容体を介するその後の反応が低下する現象、脱感作が起こる。ヒスタミンH2受容体に関しても我々や他のグループの報告の通り、ヒスタミン依存性cAMP産生がヒスタミン刺激により脱感作を受ける。同時にヒスタミン刺激に際して細胞表面に存在するH2受容体が細胞内に入る現象、インターナリゼーションの存在も確認されている。しかしながら、これらの具体的機序については不明であった。最近G蛋白質共役型受容体のいくつかで、C末端が脱感作やインターナリゼーションに関与しているとの報告があるが、それぞれのC末端の関与の仕方は受容体ごとに異なる。

 今回の研究の目的は、ヒスタミンH2受容体においてこの重要な部位のシグナル伝達、脱感作、インタナリーゼーションにおける役割を解明することにある。この目的のため我々は、C末端を欠失させた受容体cDNAを作成した。まず、51アミノ酸と70アミノ酸を欠失させた受容体を作成しそれぞれT308受容体とT289受容体と名付けた。T308受容体はパルミチン酸付着部位のすぐ遠位側で、T289受容体はC末端の細胞内部位の最初の部位で欠失させた。ワイルドタイプ受容体と変異体のN末端に9アミノ酸からなるHAエピトープを付けてCOS7細胞細胞に発現させた。免疫組織染色ではT308受容体及びワイルドタイプは細胞膜に分布したが、T289受容体の大部分が細胞内にとどまっていた。すなわちパルミチン付着部より遠位側のC末端の大部分の部位はヒスタミンH2受容体の細胞内分布に関与していないことが明らかになった。次にヒスタミンH2受容体のC末端の機能的役割を解明するため、変異体とワイルドタイプ受容体のタイオチジン結合能を検討した。T308受容体はHAエピトープの有無に関わらずワイルドタイプ受容体と同様の親和性でタイオチジンに結合した。しかし、T289受容体は、タイオチジン結合能を有しなかった。タイオチジンは脂溶性で細胞膜を透過するので、T289受容体が結合能を有しないのは、細胞表面の受容体が無いためでなくT289受容体自体の問題であると考えられる。

 続いて、変異受容体を介するcAMP産生能を検討した。ワイルドタイプ受容体との比較をするためには、細胞表面の受容体量を合わせてcAMP産生を見る必要があるが、ヒスタミンH2受容体には適当なリガンドがなく困難を伴う。細胞表面の受容体量を推測するために抗HA抗体の結合量を測定することとした。また、COS7細胞のDEAE-dextranを用いた発現系で、トランスフェクションに使用するプラスミドDNAの量を変化させてた場合、トランスフェクションの効率は変わらず、1つの細胞あたりの発現量が変化するとの報告がある。我々も様々な量のプラスミドをトランスフェクションに用いてそれぞれトランスフェクションの効率、細胞表面の受容体量を測定したところ、同様の結果を得た。さらに、同じ量のプラスミドを用いても受容体ごとに発現量が異なることも判明した。細胞表面の受容体の各発現量におけるヒスタミン依存 性cAMP産生量を測定して、それぞれの受容体の機能の比較をすることにした。T289変異体発現細胞においては、ヒスタミン依存性cAMP産生は認められなかった。少量ながら抗HA抗体結合でT289受容体の細胞表面での発現が確認さているので、T289細胞自体が機能を失っているためだと予想される。これに対して、T308変異体発現細胞においては、細胞表面の受容体量が同じ時ワイルドタイプ発現細胞より多くのヒスタミン依存性cAMPが認められた。このデータは、C末端の51アミノ酸はG蛋白質との共役に必須でないばかりか、G蛋白質との共役に阻害的に働く部位があることを示唆する。

 さらに、脱感作およびインターナリゼーションを検討した。T289細胞ではヒスタミン依存性のcAMP産生が認められなかった為、この実験からは除外した。それぞれ同じ量の細胞表面の受容体を発現させるようにワイルドタイプとT308受容体のプラスミドをそれぞれ1.0g、0.4gを10cmディッシュでのトランスフェクションに用いた。24穴ディッシュにまいた細胞を、10-5Mヒスタミンの存在下非存在下で30分間インキュベートした後、ディッシュをよく洗い、さらに10分間様々な濃度のヒスタミン存在下でインキュベートした。ワイルドタイプとT308受容体を発現させた細胞の双方でヒスタミン前処置によってヒスタミン依存性のcAMP産生の低下、脱感作が確認された。フォルスコリン依存性のcAMP反応はヒスタミン前処置によって変化を受けていないが、トランスフェクション効率が100%でないので必ずしも受容体を発現している細胞でのフォルスコリン依存性cAMP産生が不変であることを示すものものではない。CHO細胞でのパーマネントな発現系でも、フォルスコリン依存性cAMP産生は低下しないのにも拘わらず、ヒスタミン依存性のcAMP産生の脱感作が見られることを確認した。すなわち、T308でも受容体のレベルで脱感作現象が起こっていることが示された。このことは、ヒスタミンH2受容体を介するcAMP産生の脱感作にC末端の51アミノ酸が関与しないことを意味する。C末端の近位側のアミノ酸の脱感作の関与についてはT289受容体が機能を有しなかったので検討できなかった。

 同様の前処置によってインターナリゼーションが認められるか、ワイルドタイプとT308受容体で検討した。先ずワイルドタイプ受容体発現細胞でヒスタミンとのインキュベーションに伴う細胞表面の受容体量の変化を見た。細胞表面のワイルドタイプ受容体量は、30分のインキュベーションでほぼ30%減少した。これに対して、膜分画でのタイオチジンの最大結合量、親和性には変化が認められなかった。膜分画でのタイオチジンの最大結合量は、細胞内の総受容体量を反映するので、ヒスタミンとのインキュベーションによってワイルドタイプ受容体が細胞内に入ったもの、すなわちインターナリゼーションを起こしたことが示された。興味深いことに、T308受容体では、インターナリゼーションが認められなかった。以上より、ヒスタミンH2受容体のインターナリゼーションに必須な部位がC末端の51アミノ酸に含まれていることが明らかになった。

 インターナリゼーションに関与する部位を絞り込むために、C末端の30アミノ酸を欠失させたT329受容体を作製して同様の実験を行った。この受容体では、ワイルドタイプ受容体と同程度で、脱感作、インターナリゼーションが認められた。さらにcAMP産生に関してもT308受容体とは異なり、ワイルドタイプと同等の活性を持つことが確認された。インターナリゼーションはC末端の39アミノ酸を欠失させた変異体(T320)では見られたが46アミノ酸欠失のT313受容体では確認されなかった。この結果からGlu314とAsn320に挟まれたアミノ酸配列ETSLRSNにインターナリゼーションに関わるアミノ酸が存在することが考えられた。セリン・スレオニンのリン酸化が関与している可能性を想定し、異なる動物種間で保存されているThr315とSer316の両者あるいは一方をAlaに変化させた受容体を作製してインタナリゼーションについて検討した。Thr315の変異によりインターナリゼーションが消失したが、Ser316の変異は影響しなかった。すなわち、ヒスタミンH2受容体のインターナリゼーションにはThr315が関与することが明らかになった。

 以上より、ヒスタミンH2受容体のC末端大部分(パルミチン酸付着部より遠位側の部分)は受容体のG蛋白質との共役、リガンド結合に必要でないことが判明した。さらに、C末端は、受容体を介するcAMP産生の脱感作には肝腎ではないが、インタリンゼーションに関与しており特にThr315が重要であることが判明した。また、これらの知見はヒスタミンH2受容体において脱感作現象とインターナリゼーションは別の機序で起こっていることを示唆する。

審査要旨

 本研究は、胃酸分泌において重要な役割を演じていると考えられているヒスタミンH2受容体の脱感作機構を明らかにするため、COS7細胞発現系にて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ワイルドタイプ(WT受容体)とC端の51と70アミノ酸を欠失させた受容体(それぞれT308受容体、T289受容体)のN端にHAエピトープを付加させCOS7細胞発現系で機能を検討した。WT受容体とT308受容体は細胞膜に分布したが、T289受容体は多くが細胞内にとどまっていた。ヒスタミン依存性cAMP産生はWT受容体とT308受容体発現細胞ではみとめられたが、T289受容体発現細胞はヒスタミン反応性を有しなかった。特異的H2受容体拮抗剤であるtiotidineに対しては、WT受容体とT308受容体は同様の親和性で結合したが、T289受容体は全く結合しなかった。以上よりヒスタミンH2受容体のC末端の70アミノ酸のうちの51アミノ酸は受容体の細胞膜分布、cAMP産生、リガンド結合には大きな関与をしていないことが判明した。

 2.WT受容体とT308受容体で脱感作およびインターナリゼーションを検討した。脱感作は発現細胞10-5Mヒスタミンの存在下非存在下で30分間インキュベートし、その後のヒスタミン依存性cAMP産生を比較することにより、インターナリゼーションはヒスタミン刺激後の各時間で抗HAエピトープモノクローナル抗体で認識される細胞表面の受容体量を測定することにより、検討した。その結果、WT受容体とT308受容体ともヒスタミン依存性cAMP産生の脱感作が起こることが、確認された。WT受容体ではヒスタミン刺激(30分間)で30%のインターナリゼーションが確認されたが、T308受容体では認められなかった。すわなち、ヒスタミンH2受容体のC末端の51アミノ酸は、脱感作には重要でないが、インターナリゼーションには必須であることが判明した。脱感作の程度がT308受容体と比較してWT受容体では大きかったが、これはインタナリゼーションとの相加作用によるものと考えられる。

 3.インターナリゼーションに関与する部位を絞り込むために、C末端の30アミノ酸を欠失させたT329受容体を作製して同様の実験を行った。この受容体では、ワイルドタイプ受容体と同程度で、脱感作、インターナリゼーションが認められた。さらに、インターナリゼーションはC末端の39アミノ酸を欠失させた変異体(T320)では見られたが46アミノ酸欠失のT313受容体では確認されなかった。この結果からGlu314とAsn320に挟まれたアミノ酸配列ETSLRSNにインターナリゼーションに関わるアミノ酸が存在することが考えられた。セリン・スレオニンのリン酸化が関与している可能性を想定し、異なる動物種間で保存されているThr315とSer316の両者あるいは一方をAlaに変化させた受容体を作製してインタナリゼーションについて検討した。Thr315の変異によりインターナリゼーションが消失したが、Ser316の変異は影響しなかった。すなわち、ヒスタミンH2受容体のインターナリゼーションにはThr315が関与することが明らかになった。

 以上、本論文はCOS7細胞発現系における各種変異体を用いた解析から、ヒスタミンH2受容体の機能および調節(脱感作現象、インターナリゼーション)におけるC末端の役割を明らかにした。本研究は、胃酸分泌機構で重要な役割を果たすヒスタミンH2受容体の機能解析に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50695