学位論文要旨



No 213636
著者(漢字) 大城,秀巳
著者(英字)
著者(カナ) オオシロ,ヒデミ
標題(和) 血小板活性因子(PAF)がin vivo微小循環に与える影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 213636
報告番号 乙13636
学位授与日 1997.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13636号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 高山,忠利
内容要旨 研究目的:

 血小板活性因子(PAF)は、生体内の炎症反応、アレルギー反応などにおけるメディエータとして、虚血再還流障害、敗血症、エンドトキシンショック、多臓器不全などさまざまな病態に密接な関連があると考えられている。PAFは形質膜上の特異的受容体を介した複数の細胞内シグナル伝達経路で活性化される(図1)。カルシウムイオン(Ca2+)は細胞内シグナル伝達におけるセカンドメッセンジャーとして普遍的な存在であり、PAF投与により細胞内濃度の著明な上昇をきたすことが報告されている。PAFにより惹起された微小循環の変化においてCa2+は重要な役割を果たしていると考えられるが、PAF投与による細胞内Ca2+濃度の上昇の機序、特に細胞内への流入機序の詳細に関してはいまだ不明である。また、細胞内Ca2+濃度が上昇すると平滑筋細胞や非筋細胞においてCa2+はカルモデュリン(CaM)と結合しCa2+-CaM複合体を形成して多くの標的酵素を活性化することから、PAF投与によりこれらの活性化された酵素が互いに影響を及ぼし合って複雑な微小循環動態変化をきたしているものと考えられる。さらに、血管内皮細胞で産生される一酸化窒素(NO)は重要な微小循環調節因子の一つであり、NO合成酵素(NOS)の活性化が血管拡張のみならず白血球膠着や毛細血管後細静脈の血管透過性などに影響を及ぼすことが明らかとなってきたが、constitutive NOS(cNOS)はCa2+-CaM依存性であり、細胞内Ca2+濃度の上昇はNO産生にも深く関与している。

 以上より、PAF、Ca2+(-CaM)、NOが微小循環動態に及ぼす影響を究明することは虚血再還流障害を含めたさまざまな病態の解明や治療の確立に役立つものと期待され、本研究では、PAFの局所投与が惹起するin vivo微小循環の変化に対して、Ca2+拮抗剤、CaM及びNOSの各阻害剤がいかなる影響を及ぼすかを検討した。

図1
研究方法:

 雄性Golden Syrian Hamster総計98頭を用いて、そのチークパウチ(頬袋部)in vivo微小循環を生体顕微鏡下に観察し、特に細動脈口径変化と毛細血管後細静脈における血管透過性(高分子物質血管外漏出)に関して検討を行った。手術:動物の右頚動静脈にカテーテル挿入後、左頬部に特殊容器を装着してチークパウチ表面を重炭酸緩衝液(bicarbonate buffer;BB)で持続潅流を行い、生体顕微鏡で観察した。血管透過性の定量:分子量150kDのfluorescein isothiocyanate dextran(FITC-Dx150)を静脈内投与及び持続静注して一定の血中濃度を維持し、チークパウチ表面を潅流した上清液及び血漿中に含まれるFITC-Dx150濃度を分光光度計を用いて測定、以下の式でクリアランス値を算出して各群間で比較検討した。クリアランス値(nl/分/g)=[潅流液上清中FITC-Dx150濃度(ng/ml)×潅流速度(ml/分)]/[血漿中FITC-Dx150濃度(mg/ml)×チークパウチ平均質量(g)]。細動脈口径測定:透過光下に内径20-40mの細動脈を無作為に選択し、画像解析ソフトで経時的に細動脈内径を測定した。薬剤投与前の対照値に対する実験測定値の比(相対口径比)を各群間で比較検討した。使用薬剤:PAFのほか、Ca2+拮抗剤としてL-タイプCa2+チャンネル阻害剤のべラパミル及びニフェジピンを、また、CaM阻害剤としてN-(6-aminohexyl)-5-chloro-l-naphthalenesulfonamide(W-7)を、NOS阻害剤としてNG-monomethyl-L-arginine(L-NMMA)を使用した。統計学的処理:すべてのデータは平均値±標準誤差(Mean±SEM)で表示し、one-way analysis of variance test(ANOVA)に引き続きStudent’s unpaired t-testあるいはMann-Whitney’s U testを行い、p<0.05を有意差ありと判定した。

実験結果及び考察:

 【実験I】PAF局所投与の効果10-8及び10-7M PAF投与によるFITC-Dx150クリアランス値は各3864.0±480.5、4747.7±584.3nl/60min/gであり、対照値(498.7±225nl/60min/g)に比べ著しい増加を示した(各p<0.05、p<0.01)。また、細動脈口径は10-8M、10-7Mいずれの濃度でも投与2分後に最小値をとり(各0.69±0.04、0.45±0.03)、約10分後に投与前値に回復した。【実験II】CA2+拮抗剤の効果ベラパミル及びニフェジピン前処置は10-8MPAF投与によるクリアランス値増大を有意に抑制した(各1909.1±620.2、2037.2±427.5vs3864.0±480.5nl/60min/g;各p<0.05、p<0.05、図2)が、いずれも細動脈口径変化に対しては有意な影響を与えなかった。

図2.ベラパミル及びニフェジピン前処置の効果(*p<0.05vsPAF10-8M)

 【実験III】W-7の効果(1)W-7潅流:5×10-5M W-7の持続潅流ではクリアランス値、細動脈口径ともに対照に比べ有意な変化を認めなかった。(2)W-7+PAF:5×10-5M W-7前処置後10-8及び10-7M PAF投与によるクリアランス値は各3998.9±590.5、8414.4±708.6nl60min gであり、5×10-5M W-7+10-7M PAFで著明な増大が認められた(p<0.01)。また、5×10-5M W-7+10-8M PAFでは細動脈拡張が認められた。以上から、1)5×10-5M W-7+10-7M PAFにおける著明な透過性増大、2)5×10-5M W-7+10-8M PAFにおける細動脈拡張、の原因を検討するため以下を行なった。(3)10-5Mまたは10-4M W-7+10-7M PAF:10-5Mまたは10-4M W-7前処置後10-7M PAF投与ではクリアランス値はいずれも10-7M PAF単独投与に比較して有意な変化は認められなかったが、10-4M W-7+10-7M PAFでは細動脈拡張が認められた。すなわち、1)10-5M W-7前処置は10-7M PAF投与にほとんど影響を与えず、2)10-4M W-7前処置では10-7M PAF投与後にクリアランス値の変化はなく、著明な細動脈拡張が認められた。このため、W-7の投与方法に関して以下の実験を行なった。(4)W-7+BB:10-5M、5×10-5Mまたは10-4M W-7潅流後にBB局所投与(W-7の急速除去)を行なったところ、クリアランス値はW-7持続潅流中に比較して濃度依存性に増大を示し(10-5M、5×10-5M、10-4M W-7持続投与vs急速除去は、各85.5±22vs246.1±49.7、227.6±64.4vs622.7±114.6、347.5±86.5vs1061.4±243.6nl/30min/g;各p<0.05、p<0.05、P<0.05)、また、濃度依存性に細動脈の拡張を示した(各1.13±0.11、1.54±0.13、1.89±0.11;W-7投与前対照値に対する最大相対口径比)。(5)W-7+W-7:5×10-5M W-7潅流後同濃度のW-7投与では、W-7+BBに比べクリアランス値が有意に軽減され(582.0±115vs1657.6±306.3nl/60min/g;p<0.05)、細動脈拡張は認められなかった。したがって、W-7の急速除去により血管透過性亢進及び細動脈口径増大が起こったものと考えられた。【実験IV】NO合成酵素阻害剤(L-NMMA)の効果(1)L-NMMA潅流:10-4ML-NMMA持続潅流ではクリアランス値、細動脈口径ともに対照に比べ有意な変化は認めなかった。(2)L-NMMA+PAF:10-4M L-NMMA前処置後10-7M PAF投与では、PAF単独投与に比較して有意にクリアランス値の抑制が認められた(2670±356.1vs4747.7±584.3nl/60min/g;p<0.05)。また、L-NMMA+PAFではPAF単独投与に比べ、4、6分後に細動脈口径が有意に低値を示した(各0.46±0.07vs0.69±0.06、0.64±0.08vs0.88±0.06;各p<0.05、p<0.05)。したがって、L-NMMA前処置でNO産生を阻害するとPAFの血管透過性亢進が抑制され細動脈収縮が遷延したことから、PAFの局所投与による微小循環変化にNOが関与していることが示唆された。(3)(W-7+L-NMMA)+L-NMMA:5×10-5M W-7及び10-4M L-NMMA前処置後に、10-4M L-NMMAを局所投与したところ、5×10-5M W-7急速除去によるクリアランス値の増大が有意に抑制された(各176.7±60.0vs5×10-5M W-7急速除去によるクリアランス値の増大が有意に抑制された(各176.7±60.0vs1657.6±306.3nl/60min/g、p<0.001)。また、細動脈口径変化に関しては、L-NMMA投与後にはやや拡張する傾向は示したものの、前処置前の対照値を超えた拡張(相対口径比1.0以上)は認められなかった。したがって、W-7前処置+急速除去における血管透過性亢進及び細動脈拡張にはNOが関与していると考えられた。(4)(W-7+L-NMMA)+PAF:5×10-5M W-7+10-4M L-NMMA前処置後、10-7M PAFを局所投与したところ、クリアランス値は1750.6±473.4nl/60min/gであり、これはW-7及びPAF投与時のクリアランス値の増大に比較し著明な低下を示し(p<0.0001)、PAF単独投与に比べても有意に抑制された(p<0.01)(図3)。

図3.L-NMMA前処置の効果(*p<0.05、**p<0.01vs PAF 10-7M、♯♯♯p<0.0001 vs PAF 10-7M+W-7 5x10-5M)

 以上の結果より、ハムスターチークパウチin vivo微小循環においては、PAF単独投与あるいはW-7前処置後PAF投与のいずれよるクリアランス値の増大にもNOが関与しており、NOS阻害剤を用いることによりこれらの血管透過性の亢進を有意に抑制できることが示された。

まとめ:

 1)ハムスターチークパウチin vivo微小循環に対するPAF局所投与によって惹起される毛細血管後細静脈での高分子物質血管外漏出増大はCa2+拮抗剤により有意に抑制されたが、細動脈収縮は影響を受けなかった。2)CaM阻害剤であるW-7前処置は、PAF局所投与による血管透過性亢進に対し抑制的効果を及ぼさず、逆に血管透過性を著明に増大させる場合がある。3)W-7の局所投与は、急速除去を行うとNOの関与が推測される細動脈拡張及び血管透過性亢進をもたらすため、W-7のin vivo実験での使用にあたってはこれに十分留意する必要がある。4)NO合成酵素(NOS)の特異的阻害剤の一つであるL-NMMA前処置は、PAF単独またはPAF+W-7投与によるクリアランス値の増大を有意に抑制したことからNOが血管透過性に主たる影響を与えている可能性が示唆された。

結論:

 PAFの関与する病態に対しCa2+拮抗剤は血管透過性の抑制効果を介して治療的に用いられることが期待されるが、CaM阻害剤であるW-7には少なくとも血管透過性の抑制効果は期待できず、逆に投与方法やその濃度によっては著明な透過性亢進をきたし病態を悪化させる可能性がある。NOS阻害剤はPAF単独投与あるいはPAFとW-7の組み合わせによる血管透過性の亢進を軽減することから、PAFの関与する病態を有効に制御できる可能性が示唆された。PAF、CaM及びNOは微小循環の調節に重要であり、それぞれの役割と相互関係を探究し明らかにすることは、今後、炎症やアレルギー反応をはじめとする生体反応の解明と治療の確立に役立つものと期待される。

審査要旨

 本研究は生体内の炎症反応やアレルギー反応などにおけるメディエータとして、虚血再潅流障害、敗血症、エンドトキシンショック、多臓器不全などさまざまな病態に密接な関連があると考えられる血小板活性因子(PAF)がin vivo微小循環に与える影響の解析を試みたものであり、細胞内シグナル伝達経路におけるカルシウムイオン(Ca2+)の役割に着目してCa2+拮抗剤、カルモデュリン(CaM)及び一酸化窒素合成酵素(NOS)阻害剤を用いた検討により、下記の結果を得ている

 1.ハムスターチークパウチin vivo微小循環に対するPAF局所投与によって惹起される毛細血管後細静脈での高分子物質血管外漏出増大(血管透過性増大)はLタイプCa2+拮抗剤であるベラパミルやニフェジピンにより有意に抑制されたが、細動脈収縮はCa2+拮抗剤により影響を受けないことが示された。

 2.CaMは、平滑筋細胞や非筋細胞におけるカルシウム受容蛋白質でありCa2+-CaM複合体を形成して多くの標的酵素を活性化するが、CaM阻害剤であるN-(6-aminohexyl)-5-chloro-1-naphthalenesulfonamide(W-7)前処置はPAF局所投与による血管透過性亢進に対して抑制的効果を及ぼさず、逆にその濃度によっては血管透過性を著明に増加させる場合があることが示された。

 3.W-7をハムスターチークパウチに局所投与し急速に除去すると、一酸化窒素(NO)産生によると推測される細動脈拡張及び血管透過性亢進をもたらすことから、in vivo実験におけるW-7の使用にあたってはこのことに十分留意する必要があることが示された

 4.NO 合成酵素(NOS)の特異的阻害剤の一つであるNG-monomethyl-L-arginine(L-NMMA)前処置を行うことにより、PAF単独投与あるいはW-7前処置後PAF投与による高分子物質血管外漏出を有意に抑制したことから、NOが血管透過性増大に主たる影響を与えている可能性が示された。

 以上、本論文はPAFがin vivo微小循環に与える影響に関して検討し、PAF、Ca2+(-CaM)及びNOが相互に密接な関連を持っていることを明らかにした。本研究は炎症やアレルギー反応をはじめとする生体反応の解明と治療の確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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