本研究は鉛取扱作業者の鉛の摂取経路について、従来より問題とされてきた経気道以外の経路に注目し、鉛が作業者の汚染された手や顔面皮膚を経由して経口摂取される可能性について検証したものであり、下記の結果を得ている。 1.湿式精錬および金属精錬残さいの煙灰により鉛に曝露される可能性のあった男性作業者36名について、作業をしばらく行った後、洗顔を行っていない状態で、消毒綿により対象者の両頬と額の拭き取りを行い、また作業合間に手洗いを行っていない状態で左右の手の爪を収集し、顔面および指爪の汚染状況を調べた。その結果、対象者の顔面皮膚および爪に付着していた鉛量は、いずれも血中鉛濃度との間に有意な正の相関関係が認められた。 2.各作業現場における作業環境空気中の鉛濃度と対象者の平均血中鉛濃度との間には、有意な相関関係は認められなかった。 3.自記式質問票により対象者の作業・衛生行動(手洗い、洗顔の有無)、喫食・喫煙習慣、保護具(マスク、手袋)の使用に関して調査し、作業者の血中鉛濃度に影響を及ぼす因子について重回帰分析した結果、顔面清拭綿中の鉛と作業中の喫煙本数および爪の鉛濃度が有意な説明変数として採択された。空気中鉛濃度との有意な関連は認められなかった。 4.対象者の顔面に作業時間中、顔面に電顕用伝導性テープを密着させ、吸着した環境中浮遊粒子の粒径分布を顕微鏡下で観察し、X線ミクロアナライザーにより粒子構成元素の分析を行ったところ、粒径10 m以上の非吸入性粒子の存在が確認され、それら粒子の含有元素を分析したところ、鉛が主成分の1つとして検出された。 以上の結果より、空気からの鉛曝露量が比較的低レベルの作業者では、経気道吸入され得ない鉛含有の大粒子を、顔面の皮膚や爪(手指)を経由して経口的に摂取している可能性が示された。 低濃度長期曝露による非顕牲の鉛中毒により健康障害を引き起こすことが近年報告されており、わが国の産業現場においても鉛取扱作業者の作業環境管理や健康教育が依然として重要な課題となっているため、本研究によって作業者の汚染皮膚を経由した鉛の経口摂取が血中鉛濃度に寄与する重要な経路であることが示されたことは、鉛中毒の第一次予防対策上の問題点を喚起し、作業者の健康状態の改善に貢献できるものと考えられた。以上のごとく、本論文は汚染された皮膚からの経口摂取を検証したわが国で初めての試みであり、また、産業現場の作業環境の改善にも応用し得る有用性も兼ね備えていることから、学位の授与に値するものと認められる。 |