学位論文要旨



No 213640
著者(漢字) 関根,麻紀
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,マキ
標題(和) マウス角膜組織における腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor-2)の発現・分泌とその意義
標題(洋)
報告番号 213640
報告番号 乙13640
学位授与日 1997.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13640号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 助教授 水流,忠彦
 東京大学 助教授 藤野,雄次郎
内容要旨 目的:

 腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor-,TNF-)は主として活性型マクロファージやTリンパ球から産生されるサイトカインであり、生体内において多彩な作用を有し、様々な生理的・病的状態において重要な役割を果たすことが知られている。その広範囲にわたる分布と多種多様の作用を考えると、TNF-が眼組織においても何らかの作用を持ち、種々の眼疾患に関わっている可能性は十分推測される。しかし正常ないし障害された角膜によるTNF-の産生・分泌について詳細に検討されたものはなく、またTNF-が角膜組織においてどのような作用を及ぼすのかについてはほとんど知られていない。以上の点をふまえ、本研究ではマウス角膜片のin vitro培養系を確立し、さらにリポポリサッカリド(LPS)による角膜組織の直接刺激を行うことにより、角膜組織におけるTNF-の発現、分泌を検討した。また、日常臨床上免疫抑制薬として用いられている薬物、グルココルチコイドおよびシクロスポリンAの作用機序に関して、角膜よりのTNF-産生に及ぼす効果という点から検討した。

方法:

 生後4-6週の雌C57BL/6マウス角膜の中央部よりトレパンを用いて採取された径1.3mm大の組織片の培養を行った。この際、E.coli由来のLPS(1g/ml)でマウス角膜片の刺激を行なった。培養角膜片からのTNF-の分泌を高感度ELISA法を用いて測定し、同時にその生物学的活性を、TNF-に高い感受性を持つWEHI 164(subclone 13)を用いたバイオアッセイで測定した。また免疫抑制薬(ブデゾニド、プレドニゾロン、およびシクロスポリンA)の角膜組織からのTNF-の分泌に対する効果を調べた。各薬剤の効果が、他のTNF-産生組織においても認められるものであるかを検討するため、生体内における主要なTNF-産生細胞であるマクロファージを用いて同様の検討を行なった。さらに、1)角膜細胞におけるTNF-の産生調節が転写レベルにおいて行なわれているのか、2)TNF-の産生に抑制的に作用するグルココルチコイドがTNF-の転写にどのような影響を及ぼすかを検討するために、TNF-のmRNAの角膜組織における発現をReverse Transcription-Polymerase Chain Reaction(RT-PCR)法により検討した。最後に、本研究で確認された角膜組織により分泌されたTNF-が角膜片のどの細胞から産生されるのかを調べる目的で、免疫組織化学の手法を用いてTNF-の角膜組織における局在を検討した。TNF-の蛋白発現の検討はラット抗マウスTNF-モノクローナルIgM抗体を用いて、また角膜片における各細胞(角膜上皮細胞、T・Bリンパ球、ランゲルハンス細胞、マクロファージ)の判別はそれぞれを認識する特異的抗体で確認した。

結果:

 培養3日後の中央部角膜片においては、上皮細胞が辺縁部に沿って何層にも増殖し、さらにはトレパンによる切断面と内皮側縁を完全に覆っていた。上皮細胞は、サイトケラチン14を認識する抗体LL002を用いた免疫染色によって確認された。一方、角膜内皮細胞はほとんど認められなかった。またこの角膜片に角膜固有細胞以外のTNF-産生細胞が存在する可能性を考慮し、凍結標本を20切片確認したところ、T細胞、ランゲルハンス細胞はわずかに各5個確認されたにすぎず、マクロファージの存在は認められなかった。このように本研究において用いられた培養3日後のマウス中央部角膜片は、実際にはほぼ2種類のみの角膜細胞、すなわち上皮細胞と実質細胞から構成されていることがわかった。

 培養24時間中の培養上清へのTNF-の分泌を高感度ELISA法により検討したところ、LPS非存在下では検出されなかったが、LPSにより刺激された10個の角膜片の培養上清中には、120pg/ml(サンプル約300l中)のTNF-が測定された。同一の検体を用いて行なったバイオアッセイによれば、ELISA法で測定されもののの約6分の1に相当するTNF-活性が認められた。LPS刺激開始48時間前より添加されたブデゾニド(10-7M)、プレドニゾロン(10-6M)は、LPS刺激によるTNF-をそれぞれ-71%、-41%と著明に減少させた。これに対してシクロスポリンAは、10-7-10-5Mのいかなる濃度においても、LPSによって刺激された角膜細胞からのTNF-の分泌に有意な影響をおよぼさなかった。これら免疫抑制薬の効果は、バイオアッセイによる測定によっても確かめられ、その抑制の程度は両測定法においてほぼ同様であった。この場合、TNF-の分泌抑制効果が、角膜細胞に対する直接の細胞毒性によるものでないことを確認する目的で、同一の条件でMTTアッセイを施行した。その結果、ブデゾニド、プレドニゾロン、シクロスポリンAのいずれの添加によっても、角膜片によるMTT還元能に影響はみられなかった。マウス腹腔内マクロファージにおいては非刺激の状態でもTNF-の分泌がELISA法により検出されたが、LPSの添加により非刺激時の16.5倍にまでその分泌が増加した。非刺激時には、ブデゾニド、プレドニゾロン、シクロスポリンAいずれによっても、マクロファージからのTNF-分泌に有意の効果はみられなかった。しかし、LPSによって刺激されたTNF-の分泌に対しては、2種のコルチコステロイドが明らかに抑制作用を示した。これに反して、角膜において認められたと同様、シクロスポリンAは10-5Mで効果がみられず、また10-6および10-7MではわずかにTNF-分泌を抑制した。このようにシクロスポリンAの効果には明らかな容量依存性が認められなかった。

 非刺激下のマウス角膜片におけるTNF- mRNAの発現は極めてわずかであったが、LPS刺激によってその発現量は5倍以上に増加した。さらにブデゾニドを同時添加した場合には、ほぼ非刺激下同様のレベルにまでTNF- mRNAの発現が抑制された(p<0.001)。

 LPS非刺激下での角膜片においては、抗TNF-モノクローナル抗体による染色はみられなかった。これに対して、LPSで72時間刺激した後の角膜片では、角膜上皮細胞の分布に一致してTNF-に対する明らかな染色が認められた。一方、角膜実質細胞であるケラトサイトにおいてはTNF-染色は認められなかった。さらにブデゾニドのTNF-の発現に対する効果を検討したところ、ブデゾニド同時添加により、角膜上皮に発現されたTNF-がほぼ完全に消失した。

まとめ:

 本研究では、マウス中央部角膜片の器官培養系を確立し、角膜組織におけるTNF-の発現・産生を検討することが可能になった。この方法によって明らかにされたことをまとめると以下の点に要約される。(1)LPS刺激によるマウス角膜組織からのTNF-の分泌が、高感度ELISA法を用いたアッセイで測定しえた。バイオアッセイにより、ELISA法で検出したものの約6分の1に相当するTNF-の生物活性が測定された。(2)マウス角膜組織には非刺激下においてもTNF-のmRNAが存在し、LPSの刺激によってその発現が著明に増加した。(3)免疫組織学的検討によってマウス角膜組織において実際にTNF-の産生を行なう細胞は角膜上皮細胞であることが判明した。(4)日常臨床において汎用される免疫抑制薬、すなわちグルココルチコイドおよびシクロスポリンAのうち、前者が角膜によるTNF-の発現および分泌を明らかに阻害したのに対し、後者はそれらに影響を与えなかった。従って、グルココルチコイドの角膜における免疫抑制作用機序のひとつとしてTNF-遺伝子の転写レベルでの抑制によるものが考えられ、また上記2種の薬剤の細胞内作用部位の差異が示唆された。以上の結果と、最近の角膜組織におけるいくつかの他のサイトカイン産生の報告をあわせ考えると、角膜細胞が単に眼組織の防御機構を担う構成成分であるだけでなく、ある種の刺激に応じてサイトカインを産生することによって、同組織における免疫の成立・調節に積極的に関与する機能を有していることが強く示唆された。

審査要旨

 本研究は種々の角膜疾患において重要な役割を演じていると考えられるサイトカインの中で腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor-,TNF-)に着目し,その角膜組織における発現と分泌をマウス角膜培養系において解析したものであり,下記の結果を得ている.

 1.培養マウス角膜片はリポポリサッカリド(LPS)による刺激に反応してTNF-を培養上清中に分泌することが高感度ELISA法により確認された.このうち実際にバイオアッセイで生物学的活性が確認されたのは,ELISA法で測定されたものの約6分の1に相当するものであった.LPSは生体における主要TNF-産生細胞であるマクロファージにおいてもTNF-の分泌を著明に刺激するが,角膜組織もまた同様の機序でLPS刺激に反応してTNF-を分泌するサイトカイン産生細胞としての能力を有することが示された.

 2.マウス角膜組織におけるTNF- mRNAの発現がRT-PCR法を用いた解析により確認された.この発現はTNF-蛋白の分泌と同様にLPS刺激によって著明に増加することが示された.

 3.マウス角膜組織におけるTNF-の局在を明らかにするため,TNF-を特異的に認識するモノクローナル抗体を用いた免疫組織染色を行い,実際にTNF-を産生する細胞が角膜上皮細胞であることが示された.

 4.以上の検討を,日常臨床上頻繁に用いられる免疫抑制薬であるグルココルチコイドおよびシクロスポリン存在下で行ったところ,グルココルチコイド(プレドニゾロン,ブデゾニド)はTNF-の発現および分泌を明らかに抑制したのに対し,シクロスポリンはほとんど影響しなかった.このことから,グルココルチコイドのTNF-産生抑制作用の少なくとも一部はTNF-遺伝子の転写のレベルで生じること,および両薬剤の細胞内作用機序の差異が示唆された.

 以上,本論文はマウス角膜上皮細胞が,TNF- mRNAを発現し,LPS刺激に反応してその発現が増加し,TNF-蛋白の分泌を行うことを明らかにした.しかも臨床上汎用される免疫抑制薬の効果をも併せて検討し,グルココルチコイドがTNF-産生阻害作用を有することを示した.本研究はこれまで異論の多かった角膜組織におけるTNF-の発現について,詳細かつ慎重な検討を行うことによって解決を示し,さらには角膜組織が単なる眼組織表面を被う防御組織であるばかりでなく,サイトカイン産生によって同組織の免疫の制御,各種疾患の成立に積極的に関与しうるという新しい役割を提唱している点で重要なものと思われ,学位の授与に値するものと考えられる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51066