内臓錯位症候群(visceral heterotaxy)に合併した先天性心疾患の形態学的構造は、極めて変異が多く複雑である。歴史的に観ても、疾患グループとして未だ十分な分類が確立されておらず、研究者により異なった表現が用いられてきたのが現状であり、それに起因した概念的・実地的な混乱が少なくない。また、心臓外科領域の目覚ましい技術進歩にもかかわらず、未だに治療成績・予後が不良であることも知られている。 これらの複雑心奇形における詳細な解剖学的特徴を明らかにする目的で、内臓錯位を有する183例の患者から得られた剖検心標本を観察・検討し、診断的および外科治療的観点から考察を行った。 心耳内面に見られる櫛状筋構造(pectinate muscles)が房室間結合(atrioventricular junction)に対してどの範囲まで存在するかが、心房正位(usual atrial arrangement) ・逆位(mirror image)そして両側性右心耳(isomeric right appendages)あるいは両側性左心耳(isomeric left appendages)形態を正確に区別する上で、重要な特徴であることがわかった。結果的に、対象とした183症例は、125例の両側右心耳を有するものと58例の両側左心耳を有するものとに分類された。これらの心臓では、静脈・心房間 結合(v enoatrial connections)、房室間結合 (atrioventricular connections)、そして心室・大血管結合 (ventriculo-arterial connections)が、極めて高率に異常であった。また、心房・心室自体の構造にも様々な異常が見られた。体静脈が両側の心房に流入するものが、全体183例中の67%に見られた。全ての肺静脈がほぼ正常な結合様式で一側の心房に還流しているものは、両側左心耳を有する23症例(58例中の40%)のみであった。両側右心耳を有する症例では、高率(125例中の58%)に心外型の肺静脈還流異常を認めた。主心室(dominant ventricle)と低形成な痕跡的心室(rudimentary and incomplete ventricle)を有し、主心室のみに房室結合が存在するもの(univentricular atrioventricular connection)は、74例(183例中40%)であり、特に、両側右心耳を有する症例に多かった(125例中の50%)。主心室の形態は、解剖学的左室が29例・解剖学的右室が45例であった。この他に、8例(183例中4%)は、解剖学的左心室とも右心室とも決められない単一な心室(solitary and indeterminate ventricle)のみを有していた。心室・大血管結合が正位のもの(concordant ventriculo-arterial connections)は、両側右心耳を有する症例では5例(125例中4%)、両側左心耳を有する症例では26例(58例中45%)であった。肺動脈狭窄は、131例(183例中72%)に認め、特に、両側右心耳を有する症例に多かった(125例中86%)。心房間交通がないものは4例(183例中2%)、心室間交通がないものは21例(183例中11%)と低頻度であった。房室弁形態は、共通房室弁が、両側右心耳を有する125症例の93%、両側左心耳を有する58症例の66%と多く、正常な三尖弁および僧帽弁に類似の分割された房室弁の形態を呈するものは、両側右心耳を有する症例の3%、両側左心耳を有する症例の12%と低頻度であった。 これら共通房室弁に関するさらに詳細な形態学的検討の結果、以下のことが判明した。弁尖の弁輪部への付着は大多数の症例で平面構造ではなく、弁輪部前方が頭側に偏位した三次元的構築を呈しており、特に、これは房室結合が両心室に存在する場合に顕著であった。弁口が複雑な形態を有する症例が、10%に見られた。主心室のみに房室結合が存在する症例では、三尖あるいは四尖のものが有意(P=0.016)に多く、心房正位・房室中隔欠損(atrioventricular septal defect)にみられる共通房室弁の構造とは異なることが示唆された。また、乳頭筋が痕跡的心室に付着しているもの(straddling)が23%、腱索が乳頭筋を介さずに直接に心室筋に付着する様式を持つ心臓が81%と、体心室として不利と思われる構造が比較的高頻度であった。房室結合が両心室に存在する症例では、解剖学的左心室に付着する乳頭筋が単一であるものが、心房正位・房室中隔欠損・共通房室弁の状況で見られるよりも、有意(P<0.01)に高頻度であった。一対の乳頭筋が存在する場合であっても、乳頭筋付着部の間の距離は、心房正位・房室中隔欠損・共通房室弁でのそれよりも、有意(P<0.005)に短かった。これに相関(r=0.73)して、解剖学的左心室の自由壁側の弁尖(mural leaflet)は、相対的に狭小であった。各乳頭筋に関しても、特に両側右心耳を有する心臓に、短かいもの、細いもの、あるいは不均整な形態のものが統計的有意差(P<0.001)をもって高頻度に見られた。 両側右心耳を有し房室結合が両心室に存在する(biventricular atrioventricular connections)症例において、解剖学的左心室の流入側(ventricular inlet)に対する流出路側(ventricular outlet)の相対的長さは、心房正位・房室中隔欠損・共通房室弁の場合に比較して、有意(P<0.001)に長かった。 冠循環に関する形態学的検討として、冠動脈と心臓静脈の構造を詳細に調べた。冠動脈走行・分枝パターンは、心室構造および心室・大血管結合様式の異常に関連して、極めて多様であった。また逆に、冠動脈走行を注意深く検索することにより、心室構造をより確実に認識することが可能であった。分枝・走行・起始異常として、単冠動脈(single coronary artery)を13%に認めたほか、2%に大動脈壁内走行 (intramural course within the aortic wall)を、8%に異常な冠動脈口を認めた。外科治療に際して、心室切開を必要とした場合、心室切開が制限されたであろう冠動脈走行が多数に見られた。一方、心臓静脈の構造に関する研究はこれまで皆無であり、これまでに記述されたことのない異常が見い出された。両側右心耳を有する心臓では、房室間溝(atrioventricular groove)に沿った冠状走行を呈する静脈成分(circumflex system)が、全例で、完全に欠如していた。従ってそれに伴い、冠静脈洞(coronary sinus)は全例で欠如していた。心室表面を長軸方向に走行する各静脈(longitudinal veins)は、直接心房に開口していた。長軸方向に走行する心臓静脈全483本中、95本(20%)は奇妙な心房壁内走行(intramural course within the atrial wall)を呈していた。この心房壁内走行は、両側右心耳を有する心臓99例中61例(62%)に見られた。同様の壁内走行は、両側左心耳を有する心臓49例中14例(29%)にも見られた。両側左心耳を有する場合には、冠静脈洞と定義できる構造が43%に見い出され、さらに47%には、不完全ながら、房室間溝に沿って冠状走行する静脈成分が認められた。これらの複雑な心臓静脈系の構造は、外科治療の際の心房操作により、容易に損傷・閉塞されうることが推測された。術後急性期に、より良好な冠循環を維持することを目的として、これらの心臓静脈系を極力温存することは、有用なことと考えられた。 以上のような形態学的な特徴に関する研究結果は、外科手術手技上、重要な基礎情報となるばかりでなく、機能的側面、すなわち臨床的に内蔵錯位症候群を呈する患者において房室弁逆流と心室機能不全にしばしば遭遇するという印象に、密接に関係している可能性が示唆される。内臓錯位症候群における心疾患は、両側性右心耳あるいは左心耳形態を有することにより統合・分類することが可能であり、これら一連のグループの剖検心標本を検討して得られた詳細な形態学的特徴に関する知見は、今後、臨床的に、さらに正確・緻密な診断のための検査評価を可能にし、そして最適な外科治療戦略を決定していく上で、重要かつ有用と考えられた。 |