学位論文要旨



No 213643
著者(漢字) 浜田,知久馬
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,チクマ
標題(和) 一般毒性試験における外れ値と用量反応パターンの統計学的な評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 213643
報告番号 乙13643
学位授与日 1997.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第13643号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 大江,和彦
 東京大学 助教授 真鍋,重夫
 東京大学 助教授 橋本,修二
 東京大学 助教授 木内,貴弘
内容要旨 I.研究目的・研究背景

 新薬の開発にあたっては臨床試験に入る前に,薬剤の有害性確認のため,マウス・ラットなどのげっ歯類,イヌ・サルなどの大動物を用いた毒性試験が義務付けられている.このような試験で得られた膨大なデータを客観的かつ定量的に判断するにあたっては,統計学的な評価が必須である.近年,ICH(International Conference on Harmonization)に関連して,毒性試験の統計解析について,日・米・欧で標準化しようとする動きがあり,この分野への関心は急速に高まりつつあるが,我が国では生物統計の専門家の絶対数が不足しており,非臨床試験の部門に統計の専門家がいないため,急速な変化に対応しきれず,毒性試験の現場では混乱が起きている.また欧米では毒性試験データを対象として,様々な統計手法が提案されてきたが,必ずしも毒性試験の現場で抱える問題が全て解決されているわけではない.例えば,毒性試験の評価において,外れ値と用量反応パターンの解析が重要であるが,これらをどのように統計学的に評価すべきかについては,現在までのところコンセンサスはない.

 このような背景をふまえて,本研究では毒性学の専門家と共同して,げっ歯類を対象とした一般毒性試験において,標準的な統計解析手法を推奨することを目的とした.統計解析の結果は毒性学の専門家に直観的に受け入れられるべきであると考え,用量反応パターンと外れ値の検出の問題を中心に,標準的な統計解析手法と毒性家の判断の一致度を評価した.その結果に基づき,望ましい毒性試験データの解析法について考察した.また特に用量反応パターンの評価については,最大対比法の利用を提案し,その性能について評価を行った.

II.方法およびデータ

 1)ラット雌雄18試験の一般毒性試験データ(血液・生化学・臓器重量(絶対・相対値))を入手した.延べ項目数は2001,用いたラット数は合計1711匹(雌:862匹,雄:849匹)になった.各試験で対照群を含めた群数は3-6群であり,1群あたりのサンプルサイズは10〜25匹であった.

 2)10年以上の毒性試験の評価の経験を持つ毒性家8人をノミネートした.8人中6人は毒性学の専門家であり,残りの2人は病理学者であった.それぞれの試験について3〜4人を無作為に割り当て,8人の評価者が,各項目の測定値のグラフ・生データ・平均値に基づき,外れ値,用量相関性,変化を起こしている用量の判断を独立に行った.延べ評価項目数は,7485項目・人であった.

 3)統計学的な評価

 いくつかの標準的な統計手法を,これらのデータに適用し,毒性家の判断と比較した.

 1外れ値の評価:skewness,kurtosis,studentized residualを適用した

 2用量相関性の検定:回帰分析,対数変換後の回帰分析,ヨンキー検定を適用した.

 3対照群と各用量群の比較:ノンパラ型のDunnett検定を適用した.

 なお外れ値については各群ごとにその有無を評価した.

III.結果と考察1)外れ値の検出

 skewnessとkurtosis比較してstudentized residualの方がより毒性家の外れ値の判断に近くなった.この理由はstudentized residualでは,プールした群内分散を用いるため,より安定した,信頼性の高い結果が得られるの対し,skewnessとkurtosisの計算では,それぞれの群毎の分散を用いるため,結果が不安定になるためであった.

2)用量相関性

 回帰分析,対数変換後の回帰分析,ヨンキー検定の3手法間で,顕著な差は存在しなかったが,外れ値が存在する場合には結果が大きく食い違う場合があった.Table 1にヨンキー検定と毒性家の判断の一致度を示した.

Table 1 Consistency of dose-dependency

 Table 1に示したように,用量相関性については,統計手法と毒性家の判断の一致度はそれ程高いものではなかった.統計学的には明らかに有意になる0.001>pのケースでも,毒性家の陽性判定率は64%に過ぎなかった.この原因は用量反応関係についての認識が,毒性家間で定性的に異なっていたためである.8人の毒性家のうち3人は,直線的に近い用量反応関係のみを用量相関性ありと判断していたのに対し,残りの5人は,単調的な変化であれば直線的ではなくても,用量相関性ありと判定した.

 また用量相関性検定の有意水準を5%とした場合,用量相関性の検定は毒性家の判断と比べて,革新的で有意に出過ぎる傾向があった.より厳しい有意水準である1%の方が毒性家の判断に近くなる.

IV.最大対比法

 単調性のある用量反応関係としてはいくつかのパターンを考えることができるが,前述のように,一部の毒性家は直線的でないパターンを用量相関的な変化であるとは認識しなかった.しかしながら,ヨンキー検定などの用量相関性の検定は,直線的でなくても単調な変化であればある程度変化が大きくなるといずれも有意となり,検定の結果だけではこれらのパターンを区別することはできない.単に単調な用量反応関係を検出するだけでなく,用量反応のパターンを客観的に分類できる統計手法が必要である.本論文では用量反応パターンを明らかにする方法として,用量反応関係を複数の対比(contrast)によってモデル化する最大対比法の適用を提案した.

 一元配置分散分析型のデータ構造を想定し,Yijを第i群のj番目の観測値を表すものとする.

 このとき帰無仮説の下で分散が1になるように基準化した対比統計量(Z)は,次のようになる.

 Z=CiYi./SQRT{Ci2s2/ni}

 ここでCi:群iの対比の係数(期待値を0にするためCi=0とする)

 Yi:第i群の平均値

 ni:第i群のサンプルサイズ

 s2:誤差分散{Yij-Y.i.}2/{ni-1}

Table 2最大対比法の対比の係数

 毒性試験で興味ある用量反応関係を検出するため,Table 2のような6本の対比を設定することが考えられる.このように複数の対比の値を同時に計算し,その最大値Zmaxに基づいて,用量反応関係についての情報を得るのが最大対比法である.

V.最大対比法の性能評価

 シミュレーション実験により最大対比法の検出力を調べ,回帰分析と比較した.また最大対比法による用量反応パターンの解析結果と,人による判断の一致度について評価した.

 ・検出力

 単調性のある様々な用量反応関係について,最大対比法と回帰分析で検出しやすいパターンに違いはあるものの,全体的にはその差は小さく,最大対比法の検出力は,回帰分析と比べて同等であり,また,最適な対比を1本のみ用いる場合と比べてもそれほど性能が落ちるものではない.2次曲線的な変化や,頭打ち現象などが起こり,単調性が成り立たない場合については,最大対比法の検出力は回帰分析よりかなり高くなる.

 ・人による用量反応パターンの判定との一致度の評価

 毒性学の専門家7人と,統計解析の業務従事者5人,合せて12人が,研究用データベースから選択された18項目について,用量反応パターンを判定し,この結果を,最大対比法と比較した.その結果,最大対比法による用量パターンの解析結果は,最大対比法で考慮した用量反応関係があるケース,想定しない用量反応関係があるケース,用量反応関係なしのいずれの場合においても,評価者間で最も多い判定に一致することがわかった.

VI.結論

 本研究では,毒性学の専門家の判断と統計解析の結果を比較することにより,望ましい毒性試験の統計解析手法について検討した.その結果,以下の点が明らかになった.

 1)外れ値を検出する手段としてはstudentized residualが毒性の専門家の判断に近くなり,推奨できる.

 2)用量相関性についての認識が,毒性家間で質的に異なることが判明した.

 3)用量相関性の検定の有意水準としては,通常用いられる5%より厳しい1%以下の有意水準の方が毒性家の判断に近くなる.

 4)用量反応のパターンを評価する方法としての最大対比法を提案し,その性能を評価した.回帰分析と比べて,最大対比法は同等以上の検出力を持ち,かつそのパターン判定は,人による最多数の判定に一致した.用量反応パターンを客観的に評価する方法として,最大対比法の妥当性が示されたといえる.

審査要旨

 近年,医薬品の開発におけるICH(International Conference on Harmonization)と関連して,毒性試験の統計学的な評価について国際的に調和しようという動きがあり,国際水準を満たすような質の高いデータの統計学的評価が要求されるようになっている.しかし我が国では,生物統計学の専門家の不足が深刻な問題であり,急速な変化に毒性試験の現場は混乱をきたしており,標準的な統計手法の確立が強く望まれている.このような情勢の中,本論文の目的は一般毒性試験における標準的な統計手法を推奨することであり,この意味で本論文は毒性試験現場の要求に応えたものといえる.

 本論文の既存研究にない新規性は,大きく分けて次の2点である.1つは標準的な統計手法と,毒性の専門家の判断の一致度を,現実のデータに基づき評価した点である.これまで多くの統計手法が提案されながら,実際の毒性試験の現場でそれらの統計手法が,普及していかなかった一因は,毒性試験の現場で必要とされている統計手法と,統計学者が提案する統計手法の間には乖離があったためである.例えば,毒性試験においては外れ値の検出が重要であるとされていながら,これまで一般毒性試験において,外れ値を統計学的に検出する方法についての具体的な提案はなかった.本研究では,外れ値と用量相関性の解析を中心にして,毒性家と統計手法の一致度を調べた結果に基づき,望ましい統計手法を考察・推奨している.本研究は毒性学と統計学の間の橋渡し的な役割を果たしたといえる.

 また本論文のもう1つの重要な成果は、一般毒性試験において用量反応パターンを評価する方法として,最大対比法の利用を提案し,その性能について評価した点である.既存の用量相関性の検定は単調な用量反応関係であれば,ある程度,変化が大きくなればみな有意となり,どのような用量反応パターンであるか区別できない.これに対し,提案法は用量反応パターンを明示的に区別できる新しい統計手法として位置づけることができる.また提案法において,多重性調整p値を計算する際に標本再抽出法の利用を提案しているが,この方法は最新のコンピュータの高速な計算機能を利用したものであり,統計学的にも最先端な手法といえる.更に提案方法の性能評価として、高い検出力を持ち,人による判断との一致度も高いことを示しており,提案法の有効性についても確認されたといえる.

 以上より,本論文で示されている知見および提案された統計手法は,一般毒性試験データの統計学的な評価を標準化する上で極めて有意義なものであり,本論文は学位論文に値するものと認められた.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51067