近年、酪農地帯では環境問題や肥料問題さらに労力不足のため、ふん尿の処理・利用技術の確立が急務となっており、その対策として肥培潅漑が実施されてきている。肥培潅漑は資源の有効利用、地力の維持増進、経営の合理化、環境保全などの面で効果が期待されている。しかし、ふん尿を未処理で利用した場合、搬送・施用、肥料価値、環境保全の面で障害や問題が発生する。そこでその対策として曝気や希釈などのふん尿スラリーの調整・加工は必要不可欠なものである。肥培潅漑を行う上では、曝気や希釈などのスラリーの調整・加工を如何に効果的かつ十分に行うかが課題であり、そしてスラリーの調整・加工の進め方を示すような指針が必要となっている。 これまで、家畜ふん尿の処理・利用に関する研究は、耕種農業との結びつきが強いためにふんを中心とした堆肥に主眼が置かれ、農地での肥料問題として土壌肥料の分野で古くから多くの研究者によって取り組まれてきた。また堆肥の処理と利用については畜産の分野でも体系化が行われている。しかし、肥培潅漑に関する研究は、畜産と農業土木の境界領域の課題で極めて少なく、わずかにふんと尿を含めた液状物の管路搬送での流動特性や施用方法の検討が行われているのみであり、肥培潅漑での液状物の処理に関する研究は極めて少ない。したがってスラリーの性状変化に基づいた調整・加工方法については、明らかにされておらず、肥培潅漑システムの構築に向けての重要な課題となっている。 そこで本研究では、スラリーの調整・加工の面からスラリーの性状変化を明らかにし、その上で、曝気や希釈のもつ意味を明確にしようとしたものである。 以下、研究成果の概要ついて述べる。 第1章では、肥培潅漑とふん尿処理・利用の現状と課題を明らかし、本研究の目的と本論文の構成について述べた。また本研究の課題に関する従来の研究概要を搬送・施用とスラリー性状の面から整理した。 第2章では、北海道と青森県の代表的な酪農地帯を事例に、ふん尿の処理・利用の実態を調べその特徴を検討した。その結果、ふん尿処理・利用の形態について肥培潅漑を考慮し、『分離・希釈方式』、『分離・原液方式』『非分離・希釈方式』、『非分離・原液方式』の4つの分類方法を提示した。事例地区では分離・原液方式が大半を占めていることを明らかにした。次にそれぞれの処理・利用方式の特徴を整理した結果、原液方式に比べ希釈方式では、腐熟などの調整加工後に貯留する調整槽の容量が大きく、また施設機械が重装備であったが、搬送・施用の面では労力が軽減されていることを明らかにした。 第3章では、ふん尿処理・利用形態の異なる酪農施設を事例に、施設からの畜産雑排水の実態を1年間にわたり詳細に把握した。さらに貯留施設でのふん尿スラリーの調整・加工度合の特徴を性状変化の面から明らかにし、評価を行った。その結果、まず雑排水量についてはふんと尿だけでなく、その処理・利用形態の違いによって異なる。また貯留施設ごとに、分離機洗浄水や畜舎内洗浄水及び生活雑排水が流入していることがわかった。さらに畜産雑排水量を牛の舎内率との関係で整理を行った結果、舎内率は放牧可能時期によって大きく異なり、それに伴って畜産雑排水量が変化していることを明らかにした。次にふん尿スラリーの調整・加工の実態について性状の面から検討を行い、各貯留施設ごとの季節変動、曝気・攪拌や散布時の希釈の影響を明らかにした。またスラリーの調整・加工は、水分補給よりも肥培効果を主目的とし、搬送施用性の面から流動性を確保するための水分調整と曝気処理が行われていることがわかった。 第4章では、連続曝気がスラリーの性状に及ぼす影響を明らかにすために、夏と冬に現地施設を用い、集中(精密)調査を行い、その過程での性状変化の特徴を検討した。その結果、スラリー液温は、夏・冬ともに上昇し、夏で顕著であった。スラリーの発熱と曝気ポンプの送気温度が液温上昇に影響していることを明らかにした。次に、スラリーの曝気処理による、スラリーの繊維質の分解について粒度試験と実体顕微鏡による観察結果に基づいて検討した。その結果、スラリー繊維質の細分化について分解の特徴を明きらかにした。すなわちスラリーの繊維質を「分岐」、「割れ」、「めくれ」の3つに形態区分した。さらに曝気処理過程でのスラリーの繊維質の変化は、分岐、めくれが増加し、長さ・幅・重量が腐熟槽の全ての層で減少し、また全ての粒径区分で減少しており、スラリー繊維質の細分化を確認した。 第5章では、牛ふん尿スラリーの分解過程について、濃度・温度・曝気強度の処理条件を変えることの出来る実験装置を試作し、ふん尿スラリーの性状に及ぼす影響を検討した。曝気処理過程での窒素成分の変化は、NH4+-Nの減少が著しく、NO2--N、NO3--Nの含有量は少なく、曝気処理によりにわずかに増加傾向を示し、T-Nの減少は、NH4+-Nの揮散に起因していた。次に0.074mm以上の繊維質の分解は、主にめくれと分割により起きていることを示した。さらに0.074mm未満のスラリーの曝気処理過程での粒径特性は、5.0m未満での分解が著しく、5.0m以上の懸濁態のスラリーは、曝気・撹拌による機械的・物理的な作用による細分化であり、5.0m未満では曝気にともなう微生物による分解であるこを推察した。スラリー粒径別の全炭素でみた有機物の分解は、繊維質を多量に含む懸濁態のスラリーよりも、粒径の小さな溶存態のスラリーで顕著に見られることを明らかにした。曝気処理によるスラリーの分解は、曝気初期(3日〜5日)において溶存態の微細粒子で、かつBODで示されるような分解され易い有機物で起きていることを明らかにした。また曝気処理の諸条件がスラリーの性状に及ぼす影響を調べるために、濃度、温度、曝気強度を変えた12通りの実験を行った。その結果、曝気処理の諸条件がスラリーの性状に及ぼす影響は、スラリー濃度で大きく、これらの傾向は、15℃条件よりも35℃条件の温度の高いものほど顕著であることが明らかとなった。 第6章では、これまでの研究成果に基づいてスラリーの調整・加工に関する考察を行った。まず牛ふん尿スラリーの調整・加工による性状変化について統一的に表現できる構造モデルを示し、曝気処理過程でのスラリー分解のメカニズムとプロセスについて考察を加えた。すなわち曝気処理前のスラリーの存在状態を下水汚泥や牛ふん粒子の物理性の面から規定し、構造モデルを提示した。スラリーの内部構造は、洗浄水や希釈水の「外部水」と長さ74m以上、幅10m程度の繊維質に囲まれた「1次セル」からなっており、ここでの「1次セル」は、「間隙水」とスラリー粒子と微生物の細胞からなる「2次セル」と想定された。次に曝気過程でのスラリーの構造変化は、曝気に伴う攪拌により繊維質の離脱と1次セル内の間隙水の放出が起き、2次セル内のスラリー粒子は生物学的酸化により分解されていることを示した。さらに、曝気と希釈の機能をスラリーの性状変化の面から搬送・施用性、肥料価値、環境保全性との関係で整理した。その結果、曝気は粗繊維質の細分化、易分解性有機物の分解、窒素と臭気強度の減少などの面で機能し、また希釈は水分の増加、粘性と窒素濃度の低下などの面で機能していることを明らかにした。 第7章では、結論としてこれまで本研究で得られた成果をまとめ、肥培潅漑システムにおけるスラリーの調整・加工の構築に向けての提言を行った。 以上、これまで述べてきたように本研究は、スラリーの性状変化について年間変動調査、集中調査、室内実験の3つの方法で明らかにし、スラリー分解のメカニズムとプロセスを構造モデルで説明し、その上で曝気と希釈の機能を評価したことが大きな特徴である。これまで肥培潅漑に関する研究は、現場での試行が先行し、また畜産と農業土木の境界領域の課題であり大きく立ち後れ、そして極めて少ない現状であった。これらに対し本研究の一連の成果は、肥培潅漑を進める上での基礎資料として大きな役割を果たすものである。 |