学位論文要旨



No 213646
著者(漢字) 安中,武幸
著者(英字)
著者(カナ) アンナカ,タケユキ
標題(和) 成層浸潤におけるフィンガー流の形成と水理特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 213646
報告番号 乙13646
学位授与日 1998.01.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13646号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 助教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨

 近年、地下水汚染の予測と防止、灌漑効率の評価および塩類土壌の改良などにあたって、不飽和土壌帯における物質の溶脱と輸送を担う降下水移動の実態と特性を知ることが不可欠となっている。その際、土壌断面の一部のみに速い流れを生じる不均一な水移動現象の発生が、その予測を困難にするものとして注目されている。フィンガー流はこの様な不均一な水移動現象の1形態であり、土壌断面に指状の流路が形成される。フィンガー流に関する既往の研究は、それが浸潤前線の不安定性に起因する現象であること、安定なフィンガー流が乾燥した砂やガラスビーズで形成すること、しかしそれが初期含水率数%で著しく抑制されることを示している。また、水の浸入を制御するしきい値である水浸入圧が、安定なフィンガー流の形成と密接に関わっているとの指摘もなされている。しかしながら、フィンガー流の発生条件、水理特性および流れのメカニズムの解明は、依然として土壌物理分野における重要な研究課題の1つとなっている。本研究では、成層浸潤におけるフィンガー流の形成と水理特性を、従来の研究では明確にされてこなかった試料の動的な水浸入特性と関連づけて明らかにしようとした。このため、本研究では、第1にガラスビーズ充填層の動的水浸入特性を実験的に明らかにすること、第2に初期乾燥および湿潤条件におけるフィンガー流の形成と水理特性を実験的に明らかにすること、第3に安定なフィンガー流内部の水理特性を理論的に考察すること、第4にフィンガー流の維持メカニズムを明らかにすることを目的とした。

 平均粒径0.4mmのガラスビーズ充填層を対象として、動的水浸入特性を実験的に検討した。すなわち、給水水圧上昇過程の水の浸入を制御するしきい値を動的水浸入圧と定義し、その有無を検討した。風乾状態の乾燥試料および体積含水率およそ2%の湿潤試料について、給水水圧一定条件での浸入フラックスの測定と給水水圧上昇過程で水浸入を生じる水圧値の測定を行った。まず、給水水圧一定条件で、すなわち給水水圧を設定値に維持して、水浸入状況の観察と積算浸入量の測定を行った。乾燥試料では、給水水圧-3.0cm以上でのみ浸入量の経時測定が可能であった。この場合、コックを開けた直後1分間の初期浸入フラックスは、給水水圧-2.2cmで不連続的に変化することが示された。一方、湿潤試料では給水水圧-11cm以上で測定が可能であった。この場合には、水圧を高くするにつれ初期浸入フラックスは連続的に増大した。次に、給水水圧上昇過程で水浸入が生じる水圧値を6反復で測定した。乾燥試料では、測定値が-2.7〜-1.6cmに分布し、その平均が-2.0cm、湿潤試料では、測定値が-7.8〜-4.8cmに分布し、その平均が-6.2cmであった。この様に、湿潤試料の方がより低い水圧のもとで水浸入を生じることが示された。これらの測定結果から、平均粒径0.4mmガラスビーズ充填層の動的水浸入圧について次の結論を得た。すなわち、乾燥試料では動的水浸入圧が存在しその値は-2.0cmであること、および湿潤試料では動的水浸入圧は存在せず、給水水圧上昇過程の測定値-6.2cmはしきい値ではないことである。

 ガラスビーズを用いて成層浸潤におけるフィンガー流形成実験を行い、初期乾燥条件における流路の性状と水理特性、および初期水分を変えた場合のフィンガー流形成への影響を検討した。初期乾燥条件においては安定なフィンガー流が形成し、先端を除いては流路断面が一定であり、それが浸透の継続によっても安定に維持されることが確認された。浸潤前線が到達し下層への水浸入が生じる時、層境界水圧は急上昇して最高値を示した後低下した。下層粒径0.4mmの場合、この最高値は上層の粒径が0.05mm、0.1mmの場合とも-4〜-2cmに分布し、動的水浸入圧-2.0cmに近い値であった。層境界水圧はフィンガー長の増大に伴って低下し、徐々に一定値に近づく傾向を示した。また、流路内の水圧も先端が降下するにつれて低下すること、水圧は層境界で最も低く先端に向かって高くなる分布を示すこと、およびフィンガー先端の伸長につれて層境界から下方に向かって一定の水圧値に漸近していくことが明らかとなった。試料断面積に対するフィンガー流路総断面積の比(湿潤率)として、上層0.05mm、下層0.4mmの場合0.12、上層0.1mm、下層0.4mmの場合0.36が得られた。一方、個々のフィンガー流路の断面積は、上層粒径に依らず0.7cm2の倍数に近い値を示した。このことは、初期に0.7cm2程度の流路が発生し、それらが成長過程で融合することを示唆している。

 上層0.05mm、下層0.2mmの成層条件について、初期含水比によるフィンガー形状の違いを明らかにした。すなわち、風乾条件では明瞭で安定なフィンガー流が形成したが、初期含水比0.5%ではフィンガー幅が大きくなり、1.0%になると波状の浸潤となった。また、初期含水比が増えるにつれて、浸潤域と未浸潤域の境界が不明瞭となることが観察され、浸潤域の含水比が低くなることが示唆された。上層0.05mm、下層0.4mm、初期含水比1.0%の場合、形成したフィンガー流路には分岐が目立つとともに、浸透を継続すると、時間経過に伴い流路が水平方向に拡大することが観察された。流れ内部の水圧変化については、乾燥条件に比べ層境界水圧の低下の度合いが小さいこと、および層境界より流路内の水圧が低くなっていることが示された。また、この場合には、フィンガー先端が50〜60cm程降下したところで、それが断面全体に広がって識別できなくなった。

 動的水浸入圧をもとに成層浸潤における安定なフィンガー流をモデル化し、1次元の水移動式を適用した。そして、フィンガー流路内の水圧分布変化を解析し、乾燥条件で得られた実験結果を再現した。この時、フィンガー流路の断面は時間的・空間的に一定であること、およびフィンガー先端の水圧は動的水浸入圧で一定であることを仮定した。フィンガーの伸長に伴う流路内の水圧分布変化の解析結果は、実験結果と良い一致を示した。すなわち、先端が降下するにつれて流路内各点の水圧が低下すること、層境界で最も低く先端に向かって上昇する水圧分布が形成されること、および初期に形成される直線的な水圧分布が、層境界から下方に向かって排水が生じると、その領域では一定値に漸近する分布となることである。この漸近値は、浸入フラックスと等しい不飽和透水係数を与える水圧値である。しかし、層境界およびそれに近い領域の水圧の計算値は、実測値より低い値を示した。これは、層境界面近傍で生じる流れの収縮の影響であると考えられた。フィンガー伸長速度の変化についても、フィンガー長が大きくなるにつれて速度が大きくなるという実測値が良く再現された。測定が困難であり、実測値のない飽和・不飽和境界の降下速度や飽和域の伸長速度の変化についても、その変化傾向を推定できた。すなわち、飽和・不飽和境界は不飽和域が出現すると不連続的に増大し、その後は徐々に増大すること、および飽和領域の伸長が継続していることである。

 フィンガー流路の断面が時間的・空間的に一定であるという仮定の妥当性、すなわちフィンガー流の維持メカニズムについては、動的水浸入圧をもとに、以下の様に説明できる。下層に動的水浸入圧が存在する場合、水が浸入し浸潤前線が不安定化すると、飽和に近いフィンガー先端が形成される。そして、この過程で湿潤率が決まる。また、先端通過後少なくとも分オーダーの短い時間では流路断面が一定と見なせる。重要なことは、引き続くフィンガー伸長過程で流路内の水圧が低下することである。フィンガー流形成の初期には流量が増大するが、この時、先端の水圧は動的水浸入圧で一定であり、流量の連続性を満たす様に層境界水圧の低下が起こる。これが流路内の水圧低下をもたらす。流路内の水圧が低下しても、それが空気侵入圧より高いうちは流路断面積、含水率および透水係数が一定に保たれるため、さらに流量が増大する。そして、流路内の水圧が水浸入圧以下に低下すると、水平方向への浸潤が停止するため、流路が長時間維持される。さらに、流路内の水圧が空気侵入圧以下になると排水が生じ、浸入フラックスに等しい透水係数を与える水圧値に漸近する。

 本研究では、平均粒径0.4mmのガラスビーズ充填層という限られた試料についてではあるが、動的水浸入圧の有無と安定なフィンガー流の形成および水理特性との関連が明らかにされた。また、動的水浸入特性が初期水分条件に顕著に依存し、これが初期水分によるフィンガー流形成への影響と密接に関連していることが示された。

審査要旨

 地下水汚染の予知や防止、灌漑の効率的な実施、塩類土壌の改良などにあたり、不飽和土壌帯における降下水移動の予測をおこなうことが不可欠であるが、土壌断面の一部に指状の流路を形成して流れる速い流れ、すなはちフィンガー流が発生し、全体として不均一な水移動が表れることがあり、適切な対策をとることに困難をきたしていることが、近年になって注目されている。

 本論文は、成層条件の下で発生するこのフィンガー流について、発生条件、発生形態、水理学的な特性をガラスビーズのモデル土層を用いた詳細な実験、水移動理論による解析によって明らかにしようとしたものであり、7章から構成されている。

 第1章は、序論であり、研究の背景、目的を述べ、第2章で従来の研究を総括し、解決すべき課題と研究方向を整理している。

 第3章は、試料への水の浸入には一定の圧力条件が必要であることに注目し、水圧を徐々に高めていく斬新な測定装置を考案して乾燥試料と湿潤試料について水浸入圧を測定している。その結果、水が最初に浸入を始める水浸入圧とその後突然に多量の水が浸入するようになる動的水侵入圧がある。しかし、たとえば平均直径0.4mmのガラスビーズでは、乾燥試料では動的水浸入圧(-2.0cm)が存在するが、湿潤試料ではこれは存在しない。この存在の有無がフィンガー流の形成に関係があると示唆した。

 第4章では、上層に直径0.05mmから0.4mmの種々のガラスビーズ、下層に直径0.4mmのガラスビーズからなる成層条件を設定し、円筒カラムおよび平板カラムを用い、光透過法によりフィンガー流の形成状況を調べている。その結果、乾燥条件では下層に安定なフィンガー流が形成され、その発生時の上下層の境界の水圧は、動的水浸入圧に近く、フィンガーの成長につれ次第に低下し、一定値に漸近する。また、フィンガー流内部では、水圧は先端で常に高く、上部不飽和域に表れる圧力勾配が零の領域が伸長につれて次第に拡大する傾向にある。フィンガーによって濡れた部分の面積を湿潤率で表すと、それは浸入フラックスが大きいと大きくなる。湿潤試料では、含水比が大きくなるとフィンガー流は不安定となり、たとえば1.0%ではもう波状の浸潤前線を持つ流れになる。内部の水圧は、先端が常に低いものになる、などを明らかにし、動的水浸入圧の存在が安定なフィンガー流の形成条件として重要であることを実験的に証明した。

 第5章では、安定なフィンガー流の水理特性の理論的な考察を図り、不飽和水移動理論を用いた解析をしている。すなはち、フィンガー流の先端には飽和域が形成され、上部には湿潤率を考慮した流量の連続性が維持されるものとして、リチャーズ式およびダルシー式を数値計算している。その結果、フィンガー流内部の水圧分布の経時的な変化がこの解析によって極めて良く再現できることを示した。さらに、フィンガー流の伸長に伴う上下層の境界の水圧変化の傾向も実験事実を良く表現している。また、実験では測定が困難なフィンガー上部の不飽和域の発生と伸長の様相および先端に表れる飽和域の形成状況が克明に明らかにされ、それらの降下速度や伸長速度がフィンガーの伸長につれて増大する傾向にあることが明らかにされている。このような解析および知見は国際的に始めて行われ、得られたものである。

 第6章では、以上のような実験的、理論的研究によって得られた知見に基づいて、フィンガー流が安定して維持されるメカニズムについて考察し、フィンガー流には重力、粘性力および毛管力の3っつの力が関わっているが、安定なフィンガー流は優れて重力に支配される降下流れであり、粘性力は安定化に寄与し、毛管力は動的水浸入圧として安定化に寄与するものであり、フィンガー内の水圧が水浸入圧以下に低下してフィンガーは安定化すると述べている。第7章は、まとめの章である。

 以上を要するに、本論文は、成層土層内に発生するフィンガー流について、水浸入圧に着目して動的水浸入圧なる概念を発見すると共に、水移動理論の創造的な適用に成功し、その形成と水理学的な特性を詳細に明らかにし、灌漑における諸課題、環境における諸課題の解決に寄与したものであり、環境地水学、農地環境工学、水利環境工学の学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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