近年、全国各地の湖沼で富栄養化が進み、アオコ発生による悪臭、養殖魚の大量死等の問題が起きている。茨城県霞ヶ浦でも過栄養化が進んでいるが、土浦市や筑波研究学園都市の飲用水源として利用されているため、その水質が重大な問題になっている。これらの湖沼、ため池の富栄養化の原因として、農業面では多施肥野菜畑等での肥料の溶脱や畜産廃棄物が挙げられている。農業集水域では畑作とともに畜産が盛んであり、養豚場には家畜の糞尿を溜める素堀貯留池が多い。しかし、わが国では畜産が河川や地下水に与える影響についてはまだ十分研究されておらず、このタイプの養豚場が河川水に与える影響や、他の処理方法での影響の程度といった問題には不明な点が多い。そのため、畜産排出負荷量の算出が湖沼の水質改善対策を立てる際の大きな障害になっている。そこで本研究では、畜産の河川水質への影響を家畜の種類別、糞尿処理方法別に調査し、河川水への影響を明らかにし、その削減方法を解明することを目的とした。また、河川への年間流出窒素負荷量を解明するため、潅漑期や降雨時などの河川の水質変動特性の把握も行った。 対象とする糞尿処理方法は三種類とした。第一は養豚の素堀貯留池方式で、霞ヶ浦周辺で最も多く行われている。第二は農地還元方式の一種で堆肥・液肥化方式である。第三も農地還元の一種で主に牛で行われ、排出される糞尿が牧草地にまかれる草地方式である。 現地調査は、九州から北海道までの全国約20ヶ所で行った。素堀貯留池地区は霞ヶ浦流域の山田川と蔵川を本調査地区として継続的に調査を行った。千葉県の干潟町と海上町は、1990年農林業センサスにて、市町村ごとに飼養頭数密度を求めた際、飼養頭数が最も高かった地区(約2,500頭/km2)であり、高密度飼養地区として選んだ。また、九州の諫早、都城、笠野原は多降水量地区として、旭、鉾田、出島は飼養頭数急変地区として選んだ。堆肥・液肥化地区としては綾、赤羽根と網走の企業養豚場を選んだ。牛の草地方式地区としては北海道各地と阿蘇を選んだ。 まず、素堀貯留池方式であるが、この方法は地面に穴を掘って糞尿を貯留するもので、常に地下への浸透が起こり、地下水の汚染が懸念されている。大雨の際には表面流出するなど問題も多く、現在は規制されている。 霞ヶ浦流域の農業地域を流れる河川の窒素濃度は年々上昇し、本調査地区の山田川の硝酸態窒素濃度も、現在5mg/lをこえている。この高濃度の原因としては土地利用の変化も考えられたが、土地利用図や航空写真を用いて調査した結果、土地利用面積率は低濃度期からほとんど変化していなかった。また、畑地や林地の面積率と窒素濃度の関係を調べても相関はなく、窒素濃度の上昇に土地利用はほとんど影響を与えていなかった。 この河川の支流のうち、特に畜産が盛んな2小集水域で非潅漑期に詳細な水質調査を行った結果、素堀貯留池を伴う養豚場付近の湧水は高濃度で、中には50mg/lを超える場所もあった。豚の飼養頭数密度と硝酸態窒素比負荷との相関は高かった(相関係数R=0.95)。濃度との相関も高かった(相関係数R=0.80)。このように、飼養頭数密度は土地利用よりも大きな影響を河川水に与えている。なお、飼養頭数は空中写真に写る畜舎の規模より推定した。 この関係が他の地区でも成立するのかを、干潟・海上・諫早・笠野原・都城・出島・鉾田・旭の8つの対照地区について検討した。これらの地区間で濃度を比較する際には、降雨条件の違いによる流出水量の差を考慮する必要がある。多降水量地区は流出水量が多く、希釈されて低濃度になるので補正値を求めた。その結果、他の地区でも飼養頭数密度と河川水の窒素濃度との相関は高く、本調査地区で求められた回帰式で表すことができ、畜産が河川の窒素濃度に大きな影響を与えていた。その回帰式は河川水の硝酸態窒素濃度をY mg/l、飼養頭数密度をX頭/km2とすると、Y=0.0091X+3.3で示された。 畜産集水域河川の年間の水質変動を調べるため、山田川とその南に隣接する蔵川の集水域で月1回の水質調査を行った。潅漑期の窒素濃度は非灌漑期より低下した これは水田への灌漑により、窒素が水田での脱窒と水稲の吸収により減少するからである。窒素除去量は水田面積率の増加と河川水の窒素濃度の上昇に伴って大きくなる。だが、非常に高濃度の場合は、稲には窒素過多になるため農家はその水を灌漑せず、その結果除去量は抑えられていた。このように、潅漑期は水田の影響があるため、畜産の河川水への影響の調査は、非潅漑期に調査する必要がある。 また、集水域内に素堀貯留池のある河川水の窒素濃度は常に高く、年間にわたってほぼ一定であった。窒素濃度の変動は、流量の変動に比べると小さく、負荷の変動は主に流量の変動に左右されていた。従って非潅漑期の平水時調査では、1回の調査でもかなり精度の高い結果が得られる。 次に降雨時流出の影響であるが、降雨時には平常時とは違った流出特性があり、年間の流出窒素量の算出時には、降雨時流出の影響を考える必要がある。秋雨の時期70日間に降雨・流量・窒素濃度の変動を精密に調べた。降雨に対し、急激な流量の増加と濃度の減少が起こった。降雨増水時の負荷は先行晴天日数が多いほど増加する傾向があったが、降雨間隔が短いと平常時と変わらず、希釈による窒素濃度の低下が起こった。降雨増水時の全平均濃度は、平水時濃度の約96%であった。それで、0.96の値を降雨増水時の希釈による濃度低下係数と名付けると、全平均濃度は平常時濃度にこの低下係数を乗じれば求められる。また、集水域からの年流出負荷量は平常時の濃度と全流出水量と低下係数を乗じて求められる。 飼養頭数密度と窒素濃度の関係より、豚の排出する窒素量40g/日を使い、低下係数を考慮して計算すると、本調査地区において家畜の排出する窒素のうち、河川へ流出する窒素の割合を示す排出率は約35%となり、素堀貯留池を伴う養豚が河川へ大きな影響を与えることがわかった。また、他の地区でも流出水量を考慮して排出負荷量を計算すると、ほぼ同じ排出率を用いることができ、同程度の影響を河川に与えていた。 次に堆肥・液肥化地区であるが、同じ飼養頭数密度でも硝酸態窒素濃度は素堀貯留池地区より低くなった。したがって排出率も、素堀貯留池方式の地区より低くなった。これは、窒素が農地還元され、作物に吸収されること、肥料に製品化され、集水域外へ持ち出されることが挙げられる。ただし、排出率はその地区の処理の程度や方法に左右され、おおよそ数%から30%の範囲にあった。例えば、赤羽根地区は尿は液肥にせず、浄化槽を通して河川に流していたため、排出率は24%と高く、河川水にアンモニア態窒素が含まれていた。網走の高密度飼養地区では、特に持ち出しの効果が高く、排出率は約2%にとどまり、河川水への影響が非常に小さかった。 最後に牛で主に行われている草地方式であるが、これには酪農に多い舎飼と、肥育で多い放牧がある。舎飼3地区・放牧3地区で河川水質を調査した。放牧地区は草の収穫量で飼養頭数が制限されるため低飼養密度となり、下流部における窒素濃度が全窒素濃度で4.4mg/l以下、硝酸態窒素濃度で3.0mg/l以下と低くなった。そのため、解析の際にはバックグラウンドとなる面源の影響が相対的に大きいことを考慮する必要がある。舎飼では購入飼料で飼養するため飼養頭数密度は比較的高い。また、舎飼と放牧では、同じ飼養頭数密度でも放牧地区の方が河川の窒素濃度が低くなる傾向が見られた。夏季のみ放牧を行う地区において、放牧中の夏季と放牧しない冬季の窒素濃度を調査したが、差はほとんどなかった。ばっ気して発酵した糞尿を希釈してパイプラインによって草地に潅漑する肥培灌漑地区では、若干の濃度抑制効果が見られた。飼養頭数密度と硝酸態窒素濃度との間には正の相関が見られた。河川水への影響は素堀貯留池を伴う養豚より小さく、窒素排出率も10%以下と養豚の1/3以下であった。養豚地区との比較では、牛の排出する窒素量290g/日から、牛1頭=豚7.25頭と換算した。 ここで各要因の濃度への寄与を考える。家畜0のときの濃度は面源による濃度になる。素堀貯留池方式をとる集水域では、家畜飼養頭数に比例する濃度増加は排出率35%で示される。しかし、ここで堆肥・液肥化を行うと、農地還元後の作物による利用や、製品化による集水域外への持ち出しのために濃度は減少し、それが完全に行われると面源レベルまで下がる。逆に不完全であれば素堀貯留地地区の濃度に近づき、堆肥・液肥化地区の排出率は0〜35%の間で動くことになる。草地地区では糞尿が草地へ還元され、牧草の施肥量も少ないため面源レベルが低く、飼養頭数密度も小さいため濃度は全体的に低くなり、排出率も10%以下にとどまった。 本研究によって、各処理別に求められた排出率を用いることによって、畜産排出負荷量のより正確な算出ができるようになった。これは湖沼の水質保全対策を立てる際に有用だと思われる。また、河川水質の改善には、糞尿の堆肥化・液肥化の処理と、農地への利用を適正に行うことが必要である。飼養頭数密度が高い場合には、集水域外へ運搬できるシステムを作ることも必要である。また、大規模な処理施設を作るばかりでなく、水田作を行って湛水による脱窒機能を働かせ、作物に吸収させることも効果的な方法である。 今後の課題としては、素堀貯留池地区において、家畜が排出してから河川水へ流入するまでの土壌蓄積などによる時間遅れの解明、畜産廃業後も流出が続いている素堀貯留池跡の残留窒素の流出の把握を行うことが必要である。 |