学位論文要旨



No 213649
著者(漢字) 坊ケ内,昌宏
著者(英字)
著者(カナ) ボウガウチ,マサヒロ
標題(和) ビナフトキシドー金属錯体を用いる新規触媒的不斉合成反応に関する研究
標題(洋)
報告番号 213649
報告番号 乙13649
学位授与日 1998.01.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13649号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨 1)Al-Li-BINOL(ALB)錯体を用いるアルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化

 ホスホン酸誘導体、特にホスホニル基の位がアミノ基やヒドロキシル基で置換されたホスホン酸誘導体の中には、レニンやHIVプロテアーゼのようなペプチド性プロテアーゼの阻害作用や抗代謝活性作用を有するものがあり、近年急速に注目を集めている。しかし、光学活性体を得る最も有効な方法の1つであるアルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化は、現在までに数例の報告しかなされておらず、しかもそれらは基質特異性が高く選択性の面でも満足のいくものではない。そこで筆者は、この触媒的不斉ヒドロホスホニル化における不斉触媒の検討を行うことで、種々の光学活性-ヒドロキシホスホン酸誘導体を効率良く合成することができれば、-ヒドロキシホスホン酸類の生理活性探索や、医薬品の構造活性相関の研究に貢献できるのではないかと考え検討を行った。

 LiAlH4と2分子のBINOLから調製されるルイス酸としての性質とブレンステッド塩基としての性質を併せ持つAl-Li-BINOL(ALB)錯体を不斉触媒として用いアルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化を検討した。その結果、トルエン中、-40℃で反応を行うことで、目的とする成績体が高い選択性で得られることがわかった。特に、芳香族アルデヒド、,-不飽和アルデヒドを基質として用いたときに55〜90%eeの高い選択性が得られた。飽和アルデヒドを用いたときには、化学収率は高いものの満足のいく不斉収率が得られなかったが、対応する,-不飽和--ヒドロキシホスホネートを水素添加することでラセミ化することなく定量的に飽和--ヒドロキシホスホネートが得られた。このことから、この反応は種々の-ヒドロキシホスホネートの触媒的不斉合成に適応できると考えられた。本反応の反応機序について調べたところ、Alによるアルデヒドの活性化とLiによるホスファイトの活性化の両方が、高い選択性発現に大きく関与していることが示唆された。

2)La-Li-BINOL(LLB)錯体を用いるアルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化

 La-Li-BINOL(LLB)錯体は、Laを中心金属として持ち、その周りに3原子のLiおよび3分子のBINOLを有する多機能複合金属錯体で、ニトロアルドール反応の優れた不斉触媒である。通常LLBはLa(O-i-Pr)3あるいはLaCl3・7H2Oから調製することができる。しかし、塩化物から調製したLLBを反応性の低いニトロアルドール反応の不斉触媒として用いた場合、不純物が存在するためか選択性の低下が認められることがわかり、この問題を解決するため塩化物から純度の高いLLBを調製する改良調製法が開発された。

 一方、LaCl3・7H2Oから調製したLLBを用いるアルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化はすでに報告されているが、1例を除いて満足のいく選択性が得られていない。筆者は、この原因がLLBの純度によるものではないかと考え、LaCl3・7H2Oから改良調製法に従い調製した純度の高いLLBを用い、アルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化を検討することとした。

 その結果、ベンズアルデヒドを基質として用いTHF中、-40℃で反応を行った場合、76%eeの選択性で成績体が得られることがわかった。(従来法で調製したLLBを用いた場合では20〜28%ee)。さらにこの反応を検討したところ、-78℃でも速やかに反応が進行すること、アルデヒドを反応系中にゆっくりと滴下することで選択性の向上が認められることがわかった。Table-1にALBおよびLLBを用いる触媒的不斉ヒドロホスホニル化の結果を示す。反応性の高いアルデヒドに対してLLBを用いた場合、ALBと比較して選択性の低下が認められた。一方、ALBでは十分な反応性や選択性が得られていないアルデヒドに対してLLBを用いると、反応性及び選択性の著しい改善が認めらた。すなわち、ALBとLLBは、アルデヒドのヒドロホスホニル化の選択性に関して相補的に働き、これらの不斉触媒を使い分けることで、種々のアルデヒドから光学活性-ヒドロキシホスホネートが効率良く合成できることがわかった。ALBとLLBの選択性の違いは、両不斉触媒の塩基性の違いに由来しているのではないかと推測される。

Table 1. Asymmetric Hydrophosphonylation of Aldehydes Using LLB and/or ALB.
3)希土類-BINOL錯体を用いる,-不飽和ケトンの触媒的不斉エポキシ化

 エポキシドは種々の反応により、その周辺に多くの化学的修飾を行うことができる優れたビルディングブロックであることから、天然物合成や医薬品合成などにおける重要中間体としてしばしば用いられる。アリルアルコール類および単純アルケンの触媒的不斉エポキシ化は、すでに多くの報告がなされ優れた不斉触媒が開発されている。しかしながら、,-不飽和ケトン類(以下エノンと省略)の触媒的不斉エポキシ化の報告は、そのほぼすべてがカルコン誘導体が基質として用いられており、汎用性の面からまだまだ改善すべき問題がある。そこで、筆者はエノン類の触媒的不斉エポキシ化において、汎用性の高い不斉触媒の開発を目指し、研究を行うこととした。

 エポキシ化の反応機構は、ペルオキシドのエノンへのMichael反応に続く分子内での閉環反応であり、エポキシドの立体は初めのMichael反応で決定されると考えられる。そこで、不斉Michael反応に有効な複合金属不斉触媒を種々検討したが、汎用性の点において満足のいく結果が得られなかった。しかし、構造は不明であるがMichael反応に有効性が示されている、アルカリ金属を含まない希土類-BINOL錯体を用いることで、高い選択性で成績体が得られることがわかった。特に、ベンゾイルタイプのエノンに対しては希土類金属としてLa、酸化剤としてCMHP(クメンヒドロペルオキシド)を用い、アルキルケトンタイプのエノンに対しては希土類金属としてYb、酸化剤としてTBHP(t-ブチルヒドロペルオキシド)を用いることで良好な結果が得られた。また、反応系中にMA4Aを共存させることで反応性および選択性が向上すること、錯体を構成する希土類:BINOLの最適比はおよそ1:1であり、この値はLa,Ybいずれの場合も同じであること、本反応は室温で行うことができ、無水溶媒を必要としないこと等が明かとなった。希土類-BINOL錯体を用いる種々のエノンの触媒的不斉エポキシ化の結果をTable2に示す。いずれの反応においても、cisのエポキシ体の生成は認められなかった。さらなる選択性の向上を必要とするものもあるが、たしかに希土類-BINOL錯体は、エノンの触媒的不斉エポキシ化に有効な不斉触媒となりうることが示唆された。

Table 2. Asymmetric Epoxidation of Various ,-Unsaturated Ketones Catalyzed by Lanthanoid-BINOL Complex.

 錯体構造の情報を得るため希土類-BINOLの13C NMRを測定したが、芳香族領域はブロードニングしたシグナルを与えるのみであった。しかし、このエポキシ化において不斉増幅が観測されたことや、希土類金属が高配位数をとりやすいことなどから考えると、希土類-BINOL錯体は反応溶液中でオリゴメリックな構造をとっているものと思われる。そして、オリゴメリックな構造中、1つの希土類金属錯体がLewis酸として機能しエノンを活性化させる一方で、近傍に位置するもう1つの希土類金属錯体が塩基として作用し、希土類金属-パーオキシドを生成することにより進行しているのではないかと推測される。

4)まとめ

 1)ALBおよび高純度のLLBは、アルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化に関して有効な不斉触媒であり、これらの不斉触媒は、本反応の反応性、選択性の点において、お互いが相補的な関係にあり、これらを使い分けることで種々のアルデヒドから光学活性-ヒドロキシホスホネートが効率良く得られることを明らかにした。

 2)アルカリ金属を含まない希土類-BINOL錯体が,-不飽和ケトン類のエポキシ化において、有効な不斉触媒となりうることを初めて明らかにした。

審査要旨 1)Al-Li-BINOL(ALB)錯体を用いるアルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化

 ホスホン酸誘導体、特にホスホニル基の位がアミノ基やヒドロキシル基で置換されたホスホン酸誘導体の中には、レニンやHIVプロテアーゼのようなペプチド性プロテアーゼの阻害作用や抗代謝活性作用を有するものがあり、近年急速に注目を集めている。しかし、光学活性体を得る最も有効な方法の1つであるアルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化は、現在までに数例の報告しかなされておらず、しかもそれらは基質特異性が高く選択性の面でも満足のいくものではない。そこで坊ヶ内昌宏は、この触媒的不斉ヒドロホスホニル化における不斉触媒の検討を行うことで、種々の光学活性-ヒドロキシホスホン酸誘導体を効率良く合成し-ヒドロキシホスホン酸類の生理活性探索や、医薬品の構造活性相関の研究に貢献することを計画した。

 LiAlH4と2分子のBINOLから調製されるルイス酸とブレンステッド塩基としての性質を併せ持つAl-Li-BINOL(ALB)錯体を不斉触媒として用いアルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化を検討した。その結果、トルエン中、-40℃で反応を行うことで、目的とする成績体が高い選択性で得られることを見い出した。特に、芳香族アルデヒド、,-不飽和アルデヒドを基質として用いたときに55〜90%eeの高い選択性を得た。本反応の反応機序について調べたところ、Alによるアルデヒドの活性化とLiによるホスファイトの活性化の両方が、高い選択性発現に大きく関与していることが示唆された。

2)La-Li-BINOL(LLB)錯体を用いるアルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化

 La-Li-BINOL(LLB)錯体は、Laを中心金属として持ち、その周りに3原子のLiおよび3分子のBINOLを有する多機能複合金属錯体で、ニトロアルドール反応の優れた不斉触媒である。坊ヶ内昌宏は、このLLBを用いるアルデヒドの触媒的不斉ヒドロホスホニル化を検討した。

 その結果、ベンズアルデヒドを基質として用いTHF中、-40℃で反応を行った場合、76%eeの選択性で成績体が得られることを見い出した。さらにこの反応を検討したところ、-78℃でも速やかに反応が進行すること、アルデヒドを反応系中にゆっくりと滴下することで選択性の向上が認められることも見い出した。Table-1にALBおよびLLBを用いる触媒的不斉ヒドロホスホニル化の結果を示す。反応性の高いアルデヒドに対してLLBを用いた場合、ALBと比較して選択性の低下が認められた。一方、ALBでは、十分な反応性や選択性が得られていないアルデヒドに対してLLBを用いると、反応性及び選択性の著しい改善が認められた。すなわち、ALBとLLBは、アルデヒドのヒドロホスホニル化の選択性に関して相補的に働き、これらの不斉触媒を使い分けることで、種々のアルデヒドから光学活性-ヒドロキシホスホネートが効率良く合成できることがわかった。ALBとLLBの選択性の違いは、両不斉触媒の塩基性の違いに由来しているのではないかと推測される。

Table 1.Asymmetric Hydrophosphonylation of Aldehydes Using LLB and/or ALB.
3)希土類-BINOL錯体を用いる,-不飽和ケトンの触媒的不斉エポキシ化

 エポキシドは種々の反応により多くの化学的修飾を行うことができることから、天然物合成や医薬品合成などにおける重要中間体としてしばしば用いられる。アリルアルコール類および単純アルケンの触媒的不斉エポキシ化は、すでに多くの報告がなされ優れた不斉触媒が開発されている。しかしながら、,-不飽和ケトン類の触媒的不斉エポキシ化の報告は、そのほぼすべてがカルコン誘導体が基質として用いられており、汎用性の面からまだまだ改善すべき問題がある。そこで、坊ヶ内昌宏はエノン類の触媒的不斉エポキシ化において、汎用性の高い不斉触媒の開発を目指し、研究を行うことを計画した。

 その結果、構造は不明であるがMichael反応に有効性が示されている、アルカリ金属を含まない希土類-BINOL錯体を用いることで、高い選択性で成績体が得られることを見い出した。特にベンゾイルタイプのエノンに対しては希土類金属としてLa、酸化剤としてCMHP(クメンヒドロペルオキシド)を用い、アルキルケトンタイプのエノンに対しては希土類金属としてYb、酸化剤としてTBHP(t-ブチルヒドロペルオキシド)を用いることで良好な結果が得られた。また、反応系中にMA4Aを共存させることで反応性および選択性が向上すること、錯体を構成する希土類:BINOLの最適比はおよそ1:1であり、この値はLa,Ybいずれの場合も同じであること、本反応は室温で行うことができ、無水溶媒を必要としないこと等が明かとなった(Table2)。このエポキシ化において不斉増幅が観測されたことや、希土類金属が高配位数をとりやすいことなどから考えると、希土類-BINOL錯体は反応溶液中でオリゴメリックな構造をとっているものと思われる。そして、オリゴメリックな構造中、1つの希土類金属錯体がLewis酸として機能しエノンを活性化させる一方で、近傍に位置するもう1つの希土類金属錯体が塩基として作用し、希土類金属-パーオキシドを生成することにより進行しているのではないかと推測される。

Table 2.Asymmetric Epoxidation of Various ,-Unsaturated Ketones Catalyzed by Lanthanold-BINOL Complex.

 以上、坊ヶ内昌宏の研究は、医薬開発上重要な新反応を提供するものであり、博士(薬学)として十分な業積と認めた。

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