学位論文要旨



No 213650
著者(漢字) 横田,昌幸
著者(英字)
著者(カナ) ヨコタ,マサユキ
標題(和) アズレン及び2-アザビシクロ[2.2.2]オクタン骨格を基本とする医薬化学研究
標題(洋)
報告番号 213650
報告番号 乙13650
学位授与日 1998.01.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13650号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨 1、トロンボキサンA2(TXA2)受容体拮抗剤、KT2-902及びKT2-962のアズレン環3位と6位側鎖の役割

 TXA2はアラキドン酸代謝物であり、強力な血小板凝集作用や血管及び気管支平滑筋収縮作用等を示し、脳梗塞や喘息等の病態に関与していると考えられている。このことより、TXA2受容体拮抗剤は脳梗塞、心筋梗塞、くも膜下出血後の血管攣縮、気管支喘息等の治療薬及び予防薬として期待されており、プロスタノイド系及び非プロスタノイド系受容体拮抗剤が見出され研究が進められている。我々は、強力なアズレン系TXA2受容体拮抗剤、KT2-902及びKT2-962を見出し、これらは現在、喘息の治療薬として臨床開発中である。

 

 最近、ヒト血小板のTXA2受容体のアミノ酸配列が明らかにされ、リガンド・受容体バインディングモデルにより、TXA2の1位のカルボキシル基は受容体295番目アルギニンと、15位の水酸基は201番目セリンと、C16位からC20位までのアルキル鎖は疎水性ポケットと、ビシクロ環は295番目アルギニンと201番目セリンの間の疎水性ポケットと、それぞれ相互作用すると報告された。KT2-902とKT2-962の構造上の特徴は、1、アズレン環1位の酸性基(カルボキシル基またはスルホン酸基)、2、アリールスルホンアミド部を含むアズレン環3位の側鎖、3、アズレン環6位イソプロピル基であり、アズレン誘導体の構造活性相関の研究からアズレン環1位の酸性基が活性の発現に必須であることが明らかとなっている。このことより、KT2-902とKT2-962のカルボキシル基またはスルホン酸基は受容体の295番目アルギニンと相互作用すると考えられるが、アズレン環3位と6位の側鎖の重要性は明らかではない。そこで、これらの側鎖と受容体との相互作用における役割を明らかにすることを目的に以下の検討を行った。

(1)KT2-902とKT2-962に共通するアリールスルホンアミド部を含むアズレン環3位側鎖の修飾とその誘導体のTXA2受容体拮抗作用

 KT2-902とKT2-962のアズレン環3位側鎖内のスルホンアミド部は受容体201番目セリンの水酸基と水素結合を形成し、4-クロロフェニル環は疎水性ポケットと相互作用すると推測できる。そこで、この側鎖の重要性を明らかにすることを目的として、側鎖内にプロスタノイド系受容体拮抗剤の部分構造を取り込んだダブルアミド、スルホンアミド-アミド、セミカルバゾン誘導体を、またスルホンアミド部を修飾したインバース・スルホンアミド、スルホニルイミド誘導体を合成し、それらのTXA2受容体拮抗作用を評価した。

 

 TXA2受容体拮抗作用は、U-46619により生じるラット大動脈の収縮とウサギ血小板凝集に対する阻止作用により評価した(in vitro)。KT2-902及びKT2-962のアズレン環3位側鎖の修飾により著明な活性低下を認めた。このことより、アズレン環3位とスルホンアミド部窒素原子の間のアルキル鎖及び末端のアリールスルホンアミド部が受容体との相互作用に必須であることが明らかとなった。

(2)6-アルキルアズレン誘導体の位置選択的酸化反応

 KT2-902とKT2-962のアズレン環6位のイソプロピル基に関しては修飾が困難であるため、誘導体の合成及びその薬理評価は充分に行われていない。そこで、アズレン環6位のアルキル鎖修飾のために応用性の高い中間体を得ることを目的として検討を行った結果、6-イソプロピルアズレン-1-カルボン酸エステルの6位が塩基存在下、酸素ガスにより位置選択的に酸化され、3級アルコールを与えることを見出した。

 

 塩基に酢酸カリウムを使用したMethod Aでは、DMF溶媒中、120℃の加温下で1-アシル-6-イソプロピルアズレンは3級アルコールを与えたが、1-スルホン酸エステルにこの方法は適用できなかった。一方、塩基に求核性を有さない水酸化テトラブチルアンモニウムを使用したMethod Bでは、DMFあるいはTHF溶媒中、酸化反応は室温で進行し、1-アシル-6-イソプロピルアズレン及び1-スルホン酸エステルは対応する3級アルコールを与えた。

 また、1-アシル-6-メチルアズレンはMethod Aにより対応するカルボン酸を与えた。

(3) KT2-902とKT2-962に共通するアズレン環6位イソプロピル基の修飾とその誘導体のTXA2受容体拮抗作用

 KT2-902及びKT2-962のアズレン環6位のイソプロピル基は、受容体201番目セリンと295番目アルギニンの間の疎水性ポケットに相互作用すると推測した。この仮説を証明するため、KT2-902及びKT2-962のイソプロピル基へ水酸基を導入し、この部位の親水性を高めた1級アルコール、3級アルコール、1,2-ジオール、1,3-ジオール誘導体のTXA2受容体拮抗作用を評価した。

 

 TXA2受容体拮抗作用は、(1)と同様に評価した。また、強い活性を示した化合物の経口活性をU-46619誘発突然死モデルマウスに対する防止効果を評価した(in vivo)。1級アルコールと3級アルコール誘導体は、in vitro及びin vivoでイソプロピル誘導体と同等の活性を示した。1級アルコール誘導体の6位の立体化学と活性の関係を調べるために光学活性体を合成したが、それぞれのエナンチオマーの活性には大きな差が見られなかった。一方、1,2-ジオールと1,3-ジオール誘導体の活性は、イソプロピル誘導体より1〜2オーダー弱かった。しかし、1,2-ジオールと1,3-ジオールに対応するアセトナイド誘導体はイソプロピル誘導体と同等の活性を示した。以上より、アズレン環6位には適度な疎水性を有する置換基が受容体との相互作用に必要であること明らかとなった。更に、KT2-962のイソプロピル基を立体的によりかさ高いアセトナイドに置換しても活性を保持していたことから、このバインディングポケットは比較的深く、他の活性部位とは異なり、柔軟性を有していることが推測された。

2、2H-シクロへプタ[b]フラン-2-オン誘導体の強心活性

 ジギタリス配糖体は強心作用を有し、うっ血性心不全の治療薬として臨床に用いられているが、薬効用量と中毒用量との範囲が狭い。また、アムリノンとミルリノンは白血球減少、心拍数増加等の副作用を有しているため、より安全で効果的な治療薬の開発が望まれている。我々は、アムリノン、ミルリノンと2H-シクロへプタ[b]フラン-2-オンとの構造的類似性に注目し、それら誘導体の強心活性を評価した。強心活性は、モルモット摘出心房とモルモット乳頭筋を用いて評価した。摘出心房を用いた構造活性相関の研究より、活性発現には2H-シクロへプタ[b]フラン-2-オン骨格の3位にエステル基、5位にアルキル基そして8位にアルコキシ基が必須であることが明らかとなった。中でも、5-イソプロピル-8-インプロポキシ-2-オキソ-2H-シクロヘプタ[b]フラン-3-カルボン酸エチルエステルは摘出心房においてアムリノンの30倍、ミルリノンの1/3の活性を示し、乳頭筋においてもアムリノンとミルリノンと同等の活性を示した。しかし、5-イソプロピル-8-イソプロポキシ-2-オキソ-2H-シクロへプタ[b]フラン-3-カルボン酸エチルエステルの心拍数に及ぼす影響はアムリノンとミルリノンより少なかった。また、5-イソプロピル-8-イソプロポキシ-2-オキソ-2H-シクロへプタ[b]フラン-3-カルボン酸エチルエステルは心筋収縮を増加する用量と同一用量でホスホジエステラーゼIII活性の阻害作用を示し、この作用がアムリノン及びミルリノンと同様に、強心活性の作用機序と考えられた。

 

3、N-ベンジルイソキヌクリジン誘導体の去痰活性

 慢性気管支炎をはじめとする閉塞性呼吸器疾患では、殆どの場合痰の喀出困難を伴うことから種々の去痰薬が用いられている。中でも、ブロムヘキシンとアンブロキソールは臨床において広く用いられている去痰薬であり、ブロムヘキシンは気道粘液溶解作用を、アンブロキソールは肺サーファクタント分泌促進活性を有する。前記化合物の構造の比較から、シクロヘキシルアミン部が去痰活性の作用機序に影響すると考えられることから、アミン部の活性に及ぼす影響を調べるために、2-ベンジル-2-アザビシクロ[2.2.2]オクタン(N-ベンジルイソキヌクリジン)誘導体の去痰活性を評価した。N-ベンジルイソキヌクリジン誘導体の去痰活性を、マウス気道粘液分泌促進活性とモルモット肺サーファクタント分泌促進活性を指標として評価した。これら誘導体の構造活性相関の研究より、肺サーファクタント分泌促進活性発現にはベンゼン環上の3個のアルコキシ基とベンジル位の塩基性窒素原子が必須であることが明らかとなった。中でも、2-(3,4,5-トリプロポキシベンジル)インキヌクリジンと2-(2,3,4-トリプロポキシベンジル)イソキヌクリジンは、強力な肺サーファクタント分泌促進活性を示し、その活性はアンブロキソールのそれぞれ2.3倍、4.2倍強力であった。更に、いずれの化合物も抗酸化作用を示し、2-(3,4,5-トリプロポキシベンジル)イソキヌクリジンについては気道炎症に伴う血管透過性亢進及び炎症性細胞浸潤も抑制した。

 

審査要旨 1.トロンボキサンA2(TXA2)受容体拮抗剤、KT2-902及びKT2-962のアズレン環3位と6位側鎖の役割

 TXA2はアラキドン酸代謝物であり、強力な血小板凝集作用や血管及び気管支平滑筋収縮作用等を示し、脳梗塞や喘息等の病態に関与していると考えられている。このことにより、TXA2受容体拮抗剤は脳梗塞、心筋梗塞、くも膜下出血後の血管攣縮、気管支喘息等の治療薬及び予防薬として期待されており、プロスタノイド系及び非プロスタノイド系受容体拮抗剤が見出され研究が進められてちる。横田昌幸らのグループでは、強力なアズレン系TXA2受容体拮抗剤、KT2-902及びKT2-962を見出し、これらは現在喘息の治療薬として臨床開発中である。

 最近、ヒト血小板のTXA2受容体のアミノ酸配列が明らかにされ、リガンド・受容体バインディングモデルにより、TXA2の1位のカルボキシル基は受容体295番目アルギニンと、15位の水酸基は201番目セリンと、C16位からC20位までのアルキル鎖は疎水性ポケットと、ビシクロ環は295番目アルギニンと201番目セリンの間の疎水性ポケットと、それぞれ相互作用すると報告された。KT2-902とKT2-962の構造上の特徴は、1、アズレン環1位の酸性基(カルボキシル基またはスルホン酸基)、2、アリールスルホンアミド部を含むアズレン環3位の側鎖、3、アズレン環6位イソプロピル基であり、アズレン誘導体の構造活性相関の研究からアズレン環1位の酸性基が活性の発現に必須であることが明らかとなっている。このことにより、KT2-902とKT2-962のカルボキシル基またはスルホン酸基は受容体の295番目アルギニンと相互作用すると考えられるが、アズレン環3位と6位の側鎖の重要性は明らかではない。そこで、これらの側鎖と受容体と相互作用における役割を明らかにすることを目的に横田昌幸は以下の検討を行った。

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(1)KT2-902とKT2-962に共通するアリールスルホンアミド部を含むアズレン環3位側鎖の修飾とその誘導体のTXA2受容体拮抗作用

 KT2-902とKT2-962のアズレン環3位側鎖内のスルホンアミド部は受容体201番目セリンの水酸基と水素結合を形成し、4-クロロフェニル環は疎水性ポケットと相互作用すると推測できる。そこで、この側鎖の重要性を明らかにすることを目的として、側鎖内にプロスタノイド系受容体拮抗剤の部分構造を取り込んだダブルアミド、スルホンアミド-アミド、セミカルバゾン誘導体を、またスルホンアミド部を修飾したインバース・スルホンアミド、スルホニルイミド誘導体を合成し、それらのTXA2受容体拮抗作用を評価した。

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 TXA2受容体拮抗作用は、U-46619により生じるラット大動脈の収縮とウサギ血小板凝集に対する阻止作用により評価した(in vitro)。KT2-902及びKT2-962のアズレン環3位側鎖の修飾により著明な活性低下を認めた。このことにより、アズレン環3位とスルホンアミド部窒素原子の間のアルキル鎖及び末端のアリールスルホンアミド部が受容体との相互作用に必須であることが明らかとなった。

(2)6-アルキルアズレン誘導体の位置選択的酸化反応

 KT2-902とKT2-962のアズレン環6位のイソプロピル基に関しては修飾が困難であるため、誘導体の合成及びその薬理評価は充分に行われていない。そこで、アズレン環6位のアルキル鎖修飾のために応用性の高い中間体を得ることを目的として検討を行った結果、6-イソプロピルアズレン-1-カルボン酸エステルの6位が塩基存在下、酸素ガスにより位置選択的に酸化され、3級アルコールを与えることを見出した。

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 塩基に酢酸カリウムを使用したMethod Aでは、DMF溶媒中、120℃の加温下で1-アシル-6-イソプロピルアズレンは3級アルコールを与えたが、1-スルホン酸エステルにこの方法は適用できなかった。一方、塩基に求核性を有さない水酸化テトラブチルアンモニウムを使用したMethod Bでは、DMFあるいはTHF溶媒中、酸化反応は室温で進行し、1-アシル-6-イソプロピルアズレン及び1-スルホン酸エステルは対応する3級アルコールを与えた。

 また、1-アシル-6-メチルアズレンはMethod Aにより対応するカルボン酸を与えた。

(3)KT2-902とKT2-962に共通するアズレン環6位イソプロピル基の修飾とその誘導体のTXA2受容体拮抗作用

 KT2-902及びKT2-962のアズレン環6位のイソプロピル基は、受容体201番目セリンと295番目アルギニンの間の疎水性ポケットに相互作用すると推測した。この仮説を証明するため、KT2-902及びKT2-962のイソプロピル基へ水酸基を導入し、この部位の親水性を高めた1級アルコール、3級アルコール、1,2-ジオール、1,3-ジオール誘導体のTXA2受容体拮抗作用を評価した。

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 また、強い活性を示した化合物の経口活性をU-46619誘発突然死モデルマウスに対する防止効果を評価した(in vivo)。1級アルコールと3級アルコール誘導体は、in vitro及びin vivoでイソプロピル誘導体と同等の活性を示した。1級アルコール誘導体の6位の立体化学と活性の関係を調べるために光学活性体を合成したが、それぞれのエナンチオマーの活性には大きな差が見られなかった。一方、1,2-ジオールと1,3-ジオール誘導体の活性は、イソプロピル誘導体より1〜2オーダー弱かった。しかし1、2-ジオールと3-ジオールに対応するアセトナイド誘導体はイソプロピル誘導体と同等の活性を示した。以上により、アズレン環6位には適度な疎水性を有する置換基が受容体との相互作用に必要であることが明らかになった。更に、KT2-962のイソプロピル基を立体的によりかさ高いアセトナイドに置換しても活性を保持していたことから、このバインディングポケットは比較的深く、他の活性部位とは異なり、柔軟性を有していることが推測された。

2.2H-シクロへプタ[b]フラン-2-オン誘導体の強心活性

 ジギタリス配糖体は強心作用を有し、うっ血性心不全の治療薬として臨床に用いられているが、薬効用量と中毒用量との範囲が狭い。また、アムリノンとミルリノンは白血球減少、心拍数増加等の副作用を有しているため、より安全で効果的な治療薬の開発が望まれている。横田昌幸は、アムリノン、ミルリノンと2H-シクロへプタ[b]フラン-2-オンとの構造的類似性に注目し、それら誘導体の強心活性を評価した。その結果、5-イソプロピル-8-イソプロポキシ-2-オキソ-2H-シクロヘプタ[b]フラン-3-カルボン酸エチルエステルは心筋収縮を増加する用量と同一用量でホスホジエステラーゼIII活性の阻害作用を示し、この作用がアムリノン及びミルリノンと同様に、強心活性の作用機序であることを見出した。

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3.N-ベンジルイソキヌクリジン誘導体の去痰活性

 慢性気管支炎をはじめとする閉塞性呼吸器疾患では、殆どの場合痰の喀血困難を伴うことから種々の去痰薬が用いられている。中でも、ブロムヘキシンとアンブロキソールは臨床において広く用いられている去痰薬であり、ブロムヘキシンは気道粘液溶解作用を、アンブロキソールは肺サーファクタント分泌促進活性を有する。前記化合物の構造の比較から、シクロヘキシルアミン部が去痰活性の作用機序に影響すると考えられることから、アミン部の活性に及ぼす影響を調べるために、2-ベンジル-2-アザビシクロ[2.2.2]オクタン(N-ベンジルイソキヌクリジン)誘導体の去痰活性を評価した。その結果、2-(3,4,5-トリプロポキシベンジル)イソキヌクリジンと2-(2,3,4-トリプロポキシベンジル)イソキヌクリジンは、強力な肺サーファクタント分泌促進活性を示し、その活性は、アンブロキソールのそれぞれ2.3倍、4.2倍強力であった。更に、いずれの化合物も抗酸化作用を示し、2-(3,4,5-トリプロポキシベンジル)イソキヌクリジンについては気道炎症に伴う血管透過性亢進及び炎症細胞浸潤も抑制することを見出した。

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 以上の結果は医薬開発上重要な知見であり、博士(薬学)に相当する十分な研究成果と認めた。

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