No | 213651 | |
著者(漢字) | 荒井,孝義 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アライ,タカヨシ | |
標題(和) | 多機能複合金属不斉触媒 : 触媒的不斉マイケル反応を指標とした触媒開発と反応メカニズムの解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 213651 | |
報告番号 | 乙13651 | |
学位授与日 | 1998.01.14 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 第13651号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 酵素の中には金属を取り込んだものが数多く知られており、酵素反応ではこれらの金属がアミノ酸残基と協調して反応を触媒することで遷移状態の安定化と基質の配向性の制御を行っているものと考えられる。本論文の著者は、多点制御能を有する「多機能複合金属不斉触媒」を創製することによって、酵素反応のような穏和な反応条件下における高い選択性の実現を目指した。 マイケル反応は、有機合成化学上基本的かつ有用な炭素-炭素結合生成反応の一つである。La(O-i-Pr)3に対し1当量のビナフトールを作用させた錯体を用いて反応を行ったところ、目的のマイケル成績体が77%の不斉収率で得られた。さらに検討を加え、La(O-i-Pr)3に対し先に1当量のマロネートを作用させた後にビナフトールを作用させた錯体を減圧乾燥して用いることにより不斉収率を95%eeまで向上させることに成功した(Scheme1)。本錯体の構造はNMR実験などによりオリゴメリックな構造を有していることが示されており、複核錯体中に存在する複数のランタンが、塩基性のアルコキシドとして希土類エノラートを与える一方、高配位性を特徴とするランタンがルイス酸としても機能してエノンを活性化しているものと考えている。 LnM3tris(binaphthoxide)錯体(LnMB)は、希土類元素とアルカリ金属により数十種の組み合わせが可能な錯体である(Scheme2)。当研究室ではリチウムを含有したLaLi3tris(binaphthoxide)錯体(LLB)を用いることで、初めての触媒的不斉ニトロアルドール反応に成功している。私は、同一錯体内に異種金属を取り込んでいるこれらの錯体を用いて触媒的不斉マイケル反応の検討を行い、ニトロアルドール反応では低い不斉しか誘起しなかったLaNa3tris(binaphthoxide)錯体(LSB)が触媒的不斉マイケル反応の極めて有用な不斉触媒となることを見いだした(Scheme3)。 LSBの構造は、X線結晶構造解析により解明した(Figure1)。LSBの結晶構造を基にすると、錯体の外側に存在し、塩基性の強いナトリウム-酸素結合からマロネートのナトリウムエノラートが生じていると考えられる。一方、NMR実験によりエノンが錯体中央の希土類金属に配位していることが示唆された。このことを基に、Universal Force Field(UFF)を用いて両反応基質を取り込んだ状態の分子力場計算を行ったところ、実験事実に見合うモデルの方がエナンチオマーを生じるモデルよりも4.9kcal/mol安定であった(Scheme4)。これは触媒中に取り込まれた異種金属が、分子間反応における基質の配向性の制御のみならず、両反応基質の活性化をも行うことが示された初めての例である。即ちLSBは、酵素反応にも似た多点制御の多機能複合金属不斉触媒として機能することで、非常に高い不斉収率でマイケル成績体を与えているものと考えられる。 多機能複合金属不斉触媒の概念は、希土類を中心金属とする錯体に限ったものではない。中心金属がアルミニウムからなる錯体を、LiAlH4に対し2モル等量の(R)-BINOLを作用させることで調製し、この錯体を用いて触媒的不斉マイケル反応を行うと、対応するマイケル成績体を最高99%eeで得ることができた(Scheme5,6)。錯体の構造はX-線結晶構造解析により決定し、AlLibis(binaphthoxide)錯体(ALB)の構造を有していることを明らかにした。このALBから触媒的不斉マイケル反応が進行するときも、錯体の外側に存在し、塩基性の強いリチウム-酸素結合からマロネートのエノラートが生じていると考えられる。一方、27Al-NMR実験により6配位アルミニウム錯体の存在が示唆され、アルミニウムにシクロヘキセノンが配位して反応が進行しているものと思われる。そこで、アルミニウムエノラートがアルカリ金属や希土類金属のエノラートに比べてプロトン化に対しかなり安定であることに注目し、アルミニウムエノラートのアルデヒドによる捕捉を計画した。アルデヒド共存下にALBを用いてマイケル反応を行うとマイケル-アルドール反応が触媒的不斉に進行し、三成分連結体が収率64%、91%eeで得られた(Scheme6)。これは、タンデムに触媒的不斉マイケル-アルドール反応が進行した初めての例であり、ALB以外の光学活性希土類錯体では達成できないALB特有の機能である。 ALBを用いて収率良くマイケル成績体を得るには、室温ながら長時間反応を行う必要がある。光学活性エノラートの効率良い発生法を種々検討したところ、ALBに対しNaO-t-Buを0.9モル当量添加することで、マイケル成績体の不斉収率を低下させることなく反応を加速することに成功した(Scheme7)。以後、ALBに塩基性アルカリ金属試剤を添加して得られた高活性の触媒を第2世代ALBとし、ALB-IIと表記する。 不斉空間に存在しない塩基からはアキラルなエノラートが生じ、またアキラルなエノラートが触媒量存在するだけでマイケル反応は速やかに進行してラセミ体の成績体を与える。にもかかわらず、不斉収率が低下しないこの実験事実は、ALBとNaO-t-Bu等の塩基(ないしはアキラルなエノラート)の間に完全な分子会合が存在し、反応系中には解離したアキラルなエノラートは存在していないことを示している。 Horner-Wadsworth-Emmons試薬とシクロヘキセノンの反応では、NaO-t-Buなどの塩基を用いると1,2-付加体(Horner-Wadsworth-Emmons成績体)のみが得られる。一方、NaO-t-Buを用いて活性化したALB-IIを用いると、1,4-付加体(マイケル成績体)が化学収率64%、不斉収率99%eeにて得られた(Scheme8)。これは、Horner-Wadsworth-Emmons試薬を触媒的不斉にマイケル付加させた初めての成功例である。 ALB-IIの構造を解明すべく、ALBと塩基性リチウム試薬を混合することで結晶を得た。X線結晶構造解析によりFigure2のようなAlLi3tris(binaphthoxide)錯体の構造を明らかにした。本錯体は、求核能をもつ塩基性リチウム試剤がALBのアルミニウムを求核攻撃することにより解離したビナフトールのジリチウム塩が、もう一分子のALBと反応することにより生成しているものと考えられる(Scheme9)。しかしながら、本錯体を用いて反応を行うと1,2-付加体の生成が観測され、先のALBIIの触媒活性を再現するものではなかった。ところで、先のAlLi3tris(binaphthoxide)錯体(III)が生成する機構では、ビナフトールのジリチウム塩がアルミニウム錯体から解離する際に光学活性アルミニウム錯体IIが副生することになる(Scheme9)。そこで、AlMe3とビナフトールからMeAlbinaphthoxide錯体IIを調製し、IIをAlLi3tris(binaphthoxide)錯体(III)に共存させて再度反応を検討したところ、1,2-付加体の副生は観測されず、ALB-IIの触媒活性を再現することに成功した(Scheme10)。すなわち、ALB-IIとは、AlLi3tris(binaphthoxide)錯体(III)を生じる過程に存在する錯体Iであると考えられ、実際の触媒的不斉マイケル反応では、4配位アルミニウム錯体のALBと6配位アルミニウム錯体のAlLi3tris(binaphthoxide)の間に平衡が存在し、錯体I(即ちALB-II)から反応が進行しているものと思われる。 以上のことから、ALB-IIの構造を踏まえた反応遷移状態モデルをFigure3の様に想定した。Horner-Wadsworth-Emmons試薬を触媒的不斉に1,4-付加できる事実は、多機能複合金属不斉触媒が、触媒的不斉合成において高い不斉を誘起できるのみならず、反応の位置選択性までもその酵素反応にも似た多点制御の機能によって人工的に制御できることを示している。 | |
審査要旨 | 酵素の中には金属を取り込んだものが数多く知られており、酵素反応ではこれらの金属がアミノ酸残基と協調して反応を触媒することで遷移状態の安定化と基質の配向性の制御を行っているものと考えられる。本論文の著者は、多点制御能を有する「多機能複合金属不斉触媒」を創製することによって、酵素反応のような穏和な反応条件下における高い選択性の実現を目指した。 マイケル反応は、有機合成化学上基本的かつ有用な炭素-炭素結合生成反応の一つである。La(O-i-Pr)3に対し1当量のビナフトールを作用させた錯体を用いて反応を行ったところ、目的のマイケル成績体を77%の不斉収率で得た。さらに検討を加え、La(O-i-Pr)3に対し先に1当量のマロネートを作用させた後にビナフトールを作用させた錯体を減圧乾燥して用いることにより不斉収率を95%eeまで向上させることに成功した(Scheme1)。本錯体の構造はNMR実験などによりオリゴメリックな構造を有していることが示されており、複核錯体中に存在する複数のランタンが、塩基性のアルコキシドとして希土類エノラートを与える一方、高配位性を特徴とするランタンがルイス酸としても機能してエノンを活性化しているものと考えられる。 LnM3tris(binaphthoxide)錯体(LnMB)は、希土類元素とアルカリ金属により数十種類の組み合わせが可能な錯体である(Scheme2)。有機合成化学研究室ではリチウムを含有したLaLi3tris(binaphthoxide)錯体(LLB)を用いることで、初めて触媒的不斉ニトロアルドール反応に成功している。荒井孝義は、同一錯体内に異種金属を取り組んでいるこれらの錯体を用いて触媒的不斉マイケル反応の検討を行い、ニトロアルドール反応では低い不斉しか誘発しなかったLaNa3tris(binaphthoxide)錯体(LSB)が触媒的不斉マイケル反応の極めて有用な不斉触媒となることを見いだした(Scheme3)。 LSBの構造は、X線結晶構造解析により解明した(Figure1)。LSBの結晶構造を基にすると、錯体の外側に存在し、塩基性の強いナトリウム-酸素結合からマロネートのナトリウムエノラートが生じていると考えられる。一方、NMR実験によりエノンが錯体中央の希土類金属に配位していることも示唆された。このことを基に、Universal Force Field(UFF)を用いて両反応基質を取り込んだ状態の分子力場計算を行ったところ、実験事実に見合うモデルの方がエナンチオマーを生じるモデルよりも4.9kcal/mol安定であった(Scheme4)。これは触媒中に取り込まれた異種金属が、分子間反応における基質の配向性の制御のみならず、両反応基質の活性化をも行うことが示された初めての例である。即ちLSBは、酵素反応にも似た多点制御の多機能複合金属不斉触媒として機能することで、非常に高い不斉収率でマイケル成績体を与えているものと考えられる。 多機能複合金属不斉触媒の概念は、希土類を中心金属とする錯体に限ったものではない。中心金属がアルミニウムからなる錯体を、LiAlH4に対し2モル当量の(R)-BINOLを作用させることで調製し、この錯体を用いて触媒的不斉マイケル反応を行うと、対応するマイケル成績体を最高99%eeで得た(Scheme5,6)。錯体の構造はX-線結晶構造解析により決定し、AlLibis(binaphthoxide)錯体(ALB)の構造を有していることを明らかにした。さらに、中間体のアルミニウムエノラートがアルカリ金属や希土類金属のエノラートに比べてプロトン化に対しかなり安定であることに注目し、アルミニウムエノラートのアルデヒドによる捕捉を計画した。アルデヒド共存下にALBを用いてマイケル反応を行うとマイケル-アルドール反応が触媒的不斉に進行し、三成分連結体を収率64%、91%eeで得た(Scheme6)。これは、タンデムに触媒的不斉マイケルアルドール反応が進行した初めての例であり、ALB以外の光学活性希土類錯体では達成できないALB特有の機能である。 Horner-Wadsworth-Emmons試薬とシクロヘキセノンの反応では、NaO-t-Buなどの塩基を用いると1,2-付加体(Horner-Wadsworth-Emmons成績体)のみが得られる。一方、Nao-t-Buを用いて活性化したALB-IIを用いると、1,4-付加体(マイケル成績体)が化学収率64%、不斉収率99%eeにて得られた(Scheme7)。これは、Horner-Wadsworth-Emmons試薬を触媒的不斉にマイケル付加させた初めての成功例である。 これらの新規触媒的不斉反応は、既に他の研究者により種々の生物活性物質合成に応用されており、今後ますますの利用が期待される。以上のことにより、博士(薬学)に相当する十分な研究業績と判断した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/51069 |