内容要旨 | | はじめに マイカラミドA(1)は、1988年Blunt,Munroらによりニュージーランド産海綿(the genus Mycale)から単離、構造決定された海洋産天然物であり、分子中に10個の不斉炭素を持ち、左右のエーテル環ユニットがアミド結合で縮合した特異な化学構造を有している。興味深いことにその化学構造は昆虫アオバアリガタハネカクシ(Paederus fuscipes)が分泌する毒素ペデリン(2)と極めて類似している。 図表 マイカラミドA(1)の構造類似の天然物としては、その同族体であるマイカラミドBのほか、沖縄産あるいは八丈島産の海綿より得られたオンナミド類、八丈島産海綿より単離されたテオペデリン類の存在が知られている。 マイカラミドA(1)は、顕著な抗ウィルス、抗腫瘍活性および免疫抑制活性を有しており新しい医薬品のリード化合物として魅力的な化合物である。しかしながら海綿からは微量しか得られないため、化学合成による化合物供給が強く望まれている。 筆者の所属する研究室では、多官能性生理活性天然物の合成研究を展開しているが、今回筆者はマイカラミドA(1)を目標化合物として設定し、その全合成に成功した。つぎに1の合成手法を応用することにより、10種の新規なマイカラミド誘導体を合成し、その生物活性を測定した。その結果から、構造-活性相関に関するいくつかの知見を得ることができた。 Right halfの合成 まずマイカラミドA(1)のright half 14の合成を行った。(S)-Pantolactoneから文献既知の方法で合成したエポキシド3にvinyl基を導入後、Sharpless不斉ジオール化を行いsyn-トリオール4を主生成物として得た。筆者の所属する研究室ではすでに4をへる14の合成を達成しているが、今回4をより短工程かつ高収率で合成できる新ルートの開発に成功した。一方anti-トリオール6もアルデヒド7の異性化をへて共通の中間体5へと変換することができた(Scheme 1)。 Scheme 1.(a)CH2=CHMgBr.Cul.THF.-20℃-rt(89%):(b)OsO4.(DHQ)2PYR.K3Fe(CN)6.K2CO3.t-BuOH.H2O.0℃(90%):(c)TBDPSCl.imidazole.DMF.rt;(d)Me2C(OMe),CSA,CH2Cl2,rt(92%.2 steps);(e)PivCl,pyridine,CH2Cl2.0℃;(f)Me2C(OMe).CSA.CH2Cl2,rt:(g)K2CO3.MeOH.rt:(h)DMSO,(COCl)2,CH2Cl2.El3N.-78℃-rt(68%.4steps):(i)K2CO3.MeOH.rt:(j)NaBH4.EtOH.rt:(k)TBDPSCI,imidazole,DMF,rt(91%,3 steps). 中間体5はトリオール9へと変換後、6工程をへてエノン10とし、C13位の還元および12-水酸基の導入を行ってアセテート11とした。旧ルートでは11のC11位にアレンを導入していたが、反応の再現性に問題があり、今回保護基をアセチル基に変更した12の使用により常に高収率で11-アレン13が得られるようになった。さらに13はジオキサン環の閉環をへて目的のright half 14へと変換できた。この際、反応条件を改良することにより旧ルートよりも高収率でアミン14を得ることに成功している(Scheme 2)。 Scheme 2. (a)H2,Pd(OH)2.THF.rt (98%):(b)DMSO.(COCl)2.CH2Cl2.Et3N.-78℃-rt(92%):(c)allyMgCl.THF,0℃:(d)AcOH-H2O(5:1),60℃:(e)O3.MeOH,-78℃:Me2S.-78-rt:(f)CH(OMe)3.CSA.MeOH.rt:(g)Me2C(OMe)2,CSA.CH2Cl2.rt(80%.5steps):(h)DMSO.(COCl)2.Et3N.CH2Cl2.-78℃-rt(75%):(i)n-Bu4N,THF,rt(87%):(j)NaBH4.CeCl3.MeOH.-78℃-rt(94%):(k)Mel.KH.THF.0℃(92%):(l)m-CPBA.CH2Cl2.rt:(m)K2CO3.MeOH.rt:(n)Ac2O.pyridine.rt(96%.3steps):(o)AcOH-H2O(10:1).60℃:(p)Ac2O,pyridine.rt(92%.2steps):(q)propargylTMS.TMSOTl.MeCN.0℃(88%):(r)K2CO3.MeOH.rt:(s)Im2CO.THF.0℃(91%,2steps):(t)O3.CH2Cl2-78℃:Me2S,-78℃-0℃:(u)(CH2O)n.CSA.CH2Cl2.0℃:(v)Ac2O.pyridine.rt(75%.3 steps):(w)TMSN3.TMSOTf.MeCN.0℃(82%,10:10=1:2):(x)H2.10%Pd-C,AcOEt.rt.Left halfとright halfの縮合反応 つぎに、left half 16とright half 14の縮合反応を行った。筆者の所属する研究室ですでに全合成に成功しているペデリン(2)の合成中間体15から2工程をへてカルボン酸16とし、混合酸無水物とした後right half 14と縮合し、アミドをC10位に関する異性体混合物として得た。異性体を分離した後、保護基を除去することによりマイカラミドA(1)の全合成を達成した。また同様に10-epi-マイカラミドA(17)を得た(Scheme 3)。 Scheme 3.(a)H2O2.THF.rt:El3N.benzene. reflux:(b)n-PrSLi.HMPA.rt(90%.2 steps):(c)p-TsCl.DMAP.CH2Cl2.0℃-rt:(d)addition of amine 14 in CH2Cl2rt:separaion:(e)LIOH.MeOH.rt(47% for 1.29%for17,each 3 steps). Left half analogの合成 つぎに、構造-活性相関に関する知見を得る目的でマイカラミド誘導体の合成を行った。最初にマイカラミドA(1)およびペデリン(2)全合成で確立した手法を利用し、left half analogとして3種のカルボン酸27、31、34を合成した。,-不飽和エステル18から合成したラクトン19のC4位ニトロメチル基をホルミル基に変換し、得られる2環性ラクトンを異性化により安定な21を主生成物として得た。21から合成したラクトン23にグリコール酸残基を導入後、-ケトエステル24とし、Zn(BH4)2還元により7-アルコール25を主生成物として得た。その後、セレニド26をへて目的のC3位メチル基のないカルボン酸27を得た(Scheme 4)。 Scheme 4.(a)Triton B.MeNO2.rt(82%):(b)p-TsOH.MeOH.rt.then benzene azeotropic (85%.4:4=1:1);(c)TlCl3.AcONH4.-H2O.THF.rt:(d)c.HCI.CH2Cl2.rt;(e)HSCH2CH2SH.BF3Et2O,CH2Cl2.rt(40%,3 steps):(f)LDA.MeOC(Me)2CH2COOMe.THF.-78℃:(g)CSA.CH(OMe)3.MeOH,CH2Cl2.rt(71% 2 steps);(h)DMSO.DCC.pyndine.CF3COOH.Et2O,rt(69%):(l)Zn(BH4)2.Et2O,-78℃(7:7=6.8:1)(j)BzCl.DMAP. pyridine(66%.2 steps):(k)HgO,HgCl2.MeCN.H2O.60℃;(l)Zn(BH4)2,Et2O,-78℃;(m)PhSeCN,n-Bu3P.THF.0℃(75%.3 steps):(n)H2O2.THF.rt:Et3N,benzene.reflux:(o)n-PrSLl.HMPA.rt(69%,2steps). C3、4位置換基のない31は、以下のようにして合成した。,-不飽和エステル18をラクトン28へと変換した後、27の合成と同様にグリコール酸残基の導入とそれにつづく官能基変換を行いカルボン酸31を得た(Scheme 5)。 Scheme 5.(a)NiCl2.NaBH4.MeOH.rt(92%):(b)p-TsOH.MeOH.rt.then benzene azeotropic(83%):(c)LDA,MeOC(Me)2CH2COOMe.THF.-78℃:(d)CSA.CH(OMe)3.MeOH.CH2Cl2.rt(60% 2 steps):(e)DMSO.DCC.pyridine,CF3COOH,Et2O.rt(36%):(f)Zn(BH4)2.Et2O,-78℃(7:7=6.8:1):(g)BzCl.DMAP,pyridine,rt:(h)n-PrSLi,HMPA,rt(67%,3 steps). C7位エピマーである34は、ペデリン(2)合成の途中で得られる中間体32を出発原料として用い、先の27の合成と同様の変換を行うことにより合成した(Scheme 6)。 Scheme 6.(a)HgO,HgCl2.MeCN,H2O.60℃:(b)Zn(BH4)2,Et2O.-78℃:(c)PhSeCN,n-Bu3P,0℃(50%,3 steps):(d)H2O2.THF.rt:Et3N.benzene,reflux:(e)n-PrSLi,HMPA,rt(87%,2 steps). 得られたleft half analog27、31、34はマイカラミドA(1)の合成と同様の手法を用いてright half 14と縮合し、つづく脱保護によりマイカラミド誘導体を合成した。27からはMA-1(35)とC10位エピマーであるMA-2(36)を、31からはMA-3(37)とMA-4(38)を、34からはMA-5(39)とMA-6(40)をそれぞれ得た(Scheme 7)。 Scheme 7.(a)p-TsCl.DMAP.CH2Cl2.0℃-rt:(b)addltion of amine 14 in CH2Cl2,rt:separation:(c)LiOH,MeOH,rt(29% for 35,13% for 36. 36% for 37.23% for 38.25% for 39.10% for 40,each 3 steps).Right half analogの合成 つぎに、right half analogとしてマイカラミドA(1)と同様の環構造を有する45および三環性化合物47を合成した。市販の41を出発原料として、アセチル化につづくアレンの導入を行い11-アレン42とし、保護基の変更を行ってジオール43とした後、1のright half 14合成と同様、閉環反応とそれに続くC10位の官能基変換により目的のアミン45を得た。この45は14に比較し、極めて短い工程数で合成できた。また三環性の47は45の合成中間体を用いて合成した。すなわち44のアシル保護基を加水分解後、ジオキサン環を形成させ、さらに水素添加して目的の化合物47を得た(Scheme 8)。 Scheme 8.(a) Ac2O.pyridine,rt:(b)propargylTMS,TMSOTf,BF3.Et2O.MeCN,0℃(68%.2 steps):(c)K2CO3,MeOH.rt:(d)PivCl.pyridine,CH2Cl2.0℃-rt(91%.2 steps):(e)O3.CH2Cl2.-78℃:Me2S.-78℃-0℃:(f)(CH2O)n.CSA.CH2Cl2.0℃:(g)Ac2O.pyndine.rt(74%.3 steps):(h)TMSN3.TMSOTl.MeCN.0℃(88%,10:10=2:3);(i)K2CO3.MeOH,rt(j)Me2C(OMe)2.CSA.CH2Cl2.rt(85%.2 steps):(k)H2.10%P-C. EtOAc.rt. 得られたright half analog45、47はマイカラミドA(1)と同様の手法を用いてleft half 16と縮合し、つづく脱保護によりマイカラミド誘導体を合成した。45からはMA-7(48)とC10位エピマーであるMA-8(49)を、47からはMA-9(50)とMA-10(51)をそれぞれ得た(Scheme 9)。 Scheme 9.(a)p-TsCl.DMAP.CH2Cl2.0℃-rt:(b)addition of amine 45 or 47 in CH2Cl2.rt:separation:(c)LIOH.MeOH.rt(16% for 48.22% for 49.22% for 50.35% for 51.each 3 steps). また、今回合成したマイカラミド誘導体の1H NMRを詳細に解析し、C10位の立体配置がマイカラミドA(1)と同じものは1と同様のコンフォメーションをとり、そのC10位エピマーは10-epi-マイカラミドA(17)と同様のコンフォメーションをとることが判った。また、MA-9(50)のright halfのコンフォメーションはchair-chair-chair formであり、そのC10位エピマーであるMA-10(51)のright halfはchair-boat-chair formであることがNOE実験より判明した。 マイカラミドAおよび誘導体の生物活性 以上のようにして得られたマイカラミドA(1)、10-epi-マイカラミドA(17)およびマイカラミド誘導体MA-1(35)〜MA-6(40)、MA-7(48)〜MA-10(51)の生物活性を測定した。 HeLa cell(ヒト子宮頸癌細胞)に対する細胞毒性では、35と37が1に匹敵する活性を有していたが、そのC10位エピマーは1/100以下に活性が低下した。C7位エピマー39は無効であったが、糖から短工程で合成した48、50は対照薬5-fluorouracilと同等の活性を有していた。 HSV-1(単純ヘルペスウィルス1型)に有効な化合物は見出されなかった。1および構造類似の35、37は強い抗ウィルス活性を示したが、同程度の細胞毒性を有していた。 VZV(帯状庖疹ウィルス)に対する活性において興味ある知見が得られた。1、35、37はHSV-1と同様、強い抗ウィルス活性を示したが毒性も強かった。一方C10位エピマーである17、36、38およびC7位エピマーである39に抗ウィルス活性があることを今回初めて明らかにした。また糖から容易に合成可能な48も抗ウィルス活性を有していた。さらに38および39は腫瘍細胞であるHeLa cellには毒性を示さずウィルス感染細胞に選択的に有効という極めて有望な化合物であることが判明した。 まとめ 今回筆者は、海洋産天然物マイカラミドA(1)の全合成を達成し、化合物供給への道を開拓すると共にその合成手法を基盤とした新規な誘導体の合成に成功した。その生物活性から構造-活性相関に関するいくつかの知見を得ることができ、新規な医薬品創製の手がかりとなることが期待される。 |