本論文は5章からなり、第1章はレーザー分光学における博士論文の研究の位置づけ、第2章はXeAr分子のC1状態における回転前期解離ダイナミクス、第3章はH2O分子の状態における回転前期解離ダイナミクス、第4章は超音速ジェット中におけるCS2分子の回転緩和過程、第5章は蛍光スペクトルの測定に伴って観測される放射捕獲という現象に関する理論研究について述べられている。 第1章では、まず光吸収による分子の光解離反応について概説している。そして高励起状態における回転前期解離に関する情報を得るためには超音速ジェットにより極低温にまで分子を冷却した上で分解能の高いスペクトルを測定することが特に有効であることを示し、研究の動機を明らかにしている。さらに、超音速ジェット中における分子の回転緩和と放射捕獲についての研究の意義を説明している。 第2章で論文提出者は二光子共鳴四周波差混合法により発生させた高分解能の波長可変真空紫外(VUV)レーザー光を解離光源とし、超音速ジェットで冷却されたXeAr分子を基底状態からC1状態へ励起し、さらに波長425.11nmのレーザーでイオン化し、その結果、XeAr分子がC1状態において回転前期解離反応を起こすことをはじめて明らかにした。生成されたXeAr+イオンとXe+イオンを高分解能リフレクロン飛行時間型質量分析器で同時に検出し、C1-X0+(v’,0)(v’=2-6)の各振電遷移の回転スペクトルを得、その回転構造の解析により、二つの解離チャンネルの存在を突き止めている。そのうち、一方はC1状態と解離性状態=0-との電子-回転相互作用によって起こる回転量子数に依存する前期解離チャンネルであり、もう一つは、Xe6s(3/2)1あるいはXe6s(3/2)2フラグメントに相関する解離性状態とC1状態の間の断熱非交差相互作用に伴う回転量子数に依存しない前期解離チャンネルであることが述べられている。回転構造の最小二乗解析により、二つの前期解離速度の寄与を表す線幅、各振動状態の回転定数、および各振電遷移のバンドオリジンを得ている。その結果、断熱非交差相互作用によるポテンシャル曲線の歪みによって、これらのパラメーターが振動量子数に対して不規則な依存性を持つことが示されている。 第3章では、超音速ジェットで冷却されたH2O分子を高分解能VUVレーザー光によって基底状態から状態へ励起し、生成された電子励起OH(A2+)フラグメントからの蛍光を観測することによって、オリジンバンドの回転スペクトルが測定された。そして、簡単な一光子の遷移選択則と極低温のため、低い回転準位からの遷移のみが重なることなく観測されている。その結果、前期解離によって各回転遷移の線幅が直接測定可能となり、観測された線幅は状態の回転量子数に強い依存性があり、式で表せることが説明されている。そして、と状態の均一的な相互作用により電子基底OH(X2i)フラグメントが生成され、と状態の不均一な相互作用(a-軸まわりの電子軌道-回転)により電子励起のOH(A2+)フラグメントが生成されることが示されている。この式を利用し、最小二乗法でスペクトルの強度についてもフィッティングが行われ、状態からのOH(A)生成の分岐比が得られ、さらにこの分岐比と以前報告された吸収振動子強度に基づき、OH(A)フラグメントの絶対生成断面積が励起エネルギーの関数として求められている。 第4章で論文提出者は、ジェットにおいて状態から状態への回転緩和ダイナミクスを研究するため、Arジェット中のCS2分子の回転分布およびその衝突による変化を蛍光励起(LIF)スペクトルを測定することによってはじめて明らかにした。ジェット軸上の回転分布及び変化を19ヶ所で測定し、そして回転分布の時間変化を与える方程式を導き、実験結果にフィッティングすることによって、状態から状態への緩和過程の断面積を表わす式を得ている。 第5章では、放射捕獲が理論的に検討され、Holsteinの方程式を直接に積分することにより、蛍光の時間発展をテーラー級数で表すという新しい方法が提案されている。その結果、隣接した展開項の比は級数のインデックスが無限大になるとともに一定値に収束することが述べられている。提案された方法によれば、収束を確認しさえすれば、その比の収束値および有限な項までの和によって、蛍光減衰の全時間発展が表現できることを示している。 以上、論文提出者の真空紫外領域におけるXeArとH2O分子の回転前期解離に関する研究は、独創性が高いものである。また、これらの研究に関連する回転緩和と放射捕獲についての研究においては、新しい方法と考え方が導入されている。なお、本論文第2、3章は、菱川明栄、山内薫との共同研究、第4章は、Qing Zhang、Congxiang Chen、Zhiping Zhang、Jinghua Dai、Xingxiao Maとの共同研究、第5章は、Re Lai、Xingxiao Maとの共同研究であるが、いずれの場合にも論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、審査委員会は論文提出者劉世林に博士(理学)を授与できると認める。 |