学位論文要旨



No 213657
著者(漢字) 銘形,和彦
著者(英字)
著者(カナ) メイガタ,カズヒコ
標題(和) ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)DNA定量法を用いた腎移植患者における尿中HCMVの推移とその臨床的意義
標題(洋)
報告番号 213657
報告番号 乙13657
学位授与日 1998.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13657号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 中原,一彦
内容要旨 緒言

 本邦でのHCMV(human cytomegaiovirus)の既感染は90%以上と高率であり、腎移植では再感染や再活性化によるHCMV顕性感染が問題となる。最近では有効な抗ウイルス剤が開発され、いかにHCMV顕性感染を診断し治療するかが重要な課題となっている。近年、PCR(polymcrase chain reaction)法が開発され、微量のHCMV・DNAの検出が可能となった。しかし、PCR法による検出は鋭敏であるため、HCMV・DNAが検出されても顕性感染とはかぎらず、その臨床的意義の解釈は難しいのが現状である。

 本研究では、PCR法とマイクロプレートハイブリダイゼーション法を併用したHCMV・DNAの定量法を確立するとともに、本法を用いて腎移植症例の尿中HCMV・DNAコピー数(以下、尿中DNA)を経時的に定量し、HCMVの体内動態の解析を試みた。その結果、尿中DNAの経時的変化は、HCMVの体内活性の一指標であることが示唆され、HCMV顕性感染症の予測や治療効果の判定に有用であることが示された。

材料と方法【HCMV・DNAの定量の基礎的検討】1.ウイルス株および検体からのDNA抽出

 PCRの特異性の検討に、HCMV(AD169.KH株)、単純ヘルペスウイルス(herpes simplexvirus,HSV)-1型(HF株)、HSV-2型(UDO株)および水痘・帯状庖疹ウイルス(varicella-zoster virus.VZV)のH-S1株の各感染ヒト胎児肺(HEL)細胞および正常HEL細胞からの抽出DNAを用いた。

 検体(早朝中間尿)Imlを25Krpmで2時間、超遠心し、その沈渣をTES-buffer(0.1MNaCl,10mM EDTA.Tris-HCl(pH8.0),0.6%SDS)400lで再浮遊した。Proteinase K処理、フェノール、クロロフォルム処理、エタノール沈殿後、DNA-buffer(0.1M NaCl,10mM EDTA,Tris-HCl(pH8.0))100lで再浮遊して、4℃に保存した。

2.HCMV標準DNAおよびPCR増幅領域

 PCR鋳型標準DNAはHCMV Towne株のクローン化Hin dIII・B断片(21kbp)を一定コピー数に調整した。目標増幅領域は粒子蛋白(virion protein25)をコードする領域(610bp)とし、±プライマーはforward primer 5’-ACTCACAACATATTCGTTTGC-3’、reverse primer 5’-TGTTCGGAAGTGATCGTGTTT-3’とした。

3.PCRの反応条件と電気泳動

 PCRは熱変性94℃2分、アニーリング55℃3分、伸長72℃4分で30サイクル増幅した。PCR産物の一部を1.5%アガロースゲルで電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色後UVイルミネーターで写真撮影した。残りのPCR産物をフェノール、クロロフォルム処理、エタノール沈殿後、buffer E(2mM NaCl,0.2mM EDTA,2mL Tris-HCl(pH7.8))で再溶解して-20℃で保存した。

4.ビオチン標識DNAプローブの作製と特異性

 プローブは標準HCMV・DNAのPCR増幅DNA断片を鋳型とし、ビオチン結合dUTP(Biotin-ll-dUTP,Enzo Biochem社)をTTPのかわりに用いてPCRを10サイクル増幅して作成し、プローブの標識度はマイクロプレート法による直接吸着法で検定した。

5.マイクロプレートハイブリダイゼーション

 増幅DNA断片を100℃5分間で熱変性した後、固相化液(1.5M NaCl)を用い、マイクロプレート内で10倍段階希釈し、37℃で3時間固相化した。ビオチン標識DNAプローブを用いて、50%Formamideの条件下で56℃、18時間ハイブリダイゼーションをおこなった。検出は -D-galactosidase conjugated-streptavidinを室温で1時間反応させた後、4-MUG(4-methylumbelliferyl--D-galactoside)を加えて、37℃で2時間反応後、glycine-NaOHで反応を停止し、反応遊離産物4-MU(4-methylumbelliferon)の蛍光強度をフルオロスキャンで測定した。

【臨床検体】

 14例の生体腎ドナーおよび6例の腎移植患者の早朝中間尿を材料とした。

結果【定量法の基礎的検討】1.PCRとハイブリダイゼーションの特異性

 HCMV、近似ウイルス(VZV、HSV-1、HSV-2)および正常HEL細胞の各DNAを鋳型とするPCR産物の電気泳動では、HCMVでのみ増幅され、目的の単一バンドが観察された。その検出限界は0.1pg(103.5コピー)であった。また、HCMVビオチン標識DNAプローブを用いたハイブリダイゼーションではHCMV・DNAのみ特異的に検出された。

2.HCMV・DNAコピー数の定量化

 標準HCMV・DNA断片溶液および検体DNAの各10倍段階希釈のPCR増幅DNA断片を10倍段階希釈し、ハイブリダイゼーションをおこない、標準曲線と検体の曲線を対比して検体のHCMV・DNAコピー数を求めることができた。検出限界は1020コピーであった。

【臨床検体での検討】1.生体腎ドナーにおける結果

 14名の生体腎ドナーの血清診断は全て陽性でHCMV既感染があり、尿中DNAは1名が1020コピー(/ml)で、他は1020コピー以下であった。

2.腎移植レシピエントにおける結果

 腎移植後のHCMV肺炎症例における尿中DNAの経時的推移を図1に示す。移植後、尿中DNAは102.0コピーないし1020コピー以下であったが、拒絶反応に対する免疫抑制剤強化の後に、徐々に増加して1047コピーまで上昇した。その約2ケ月後(移植8ケ月後)にHCMV肺炎を発症した。肺炎治癒後、尿中DNAは徐々に減少し、発症から約8ケ月後(移植16ケ月後1020コピー以下となった。

図1.賢移植後のHCMV肺炎・CYA:cicloaporui PRD:prednisolone AZA:azathuoprine MIZ:mizorilane GCV:gancilovir ・-el -globulm MP PULSE methylprednisolone pulse therapy

 他の腎移植症例として、無症状1例、急性拒絶反応2例、発熱1例、および肝炎1例における尿中DNAの経時的定量をおこなった。その結果、尿中DNA量の推移が臨床症状と符号することが示された。免疫抑制の強化後に、尿中DNAの増加が見られた。顕性感染に先行して尿中DNAの増加とピークを認めた。抗ウイルス療法後、症状の軽快とともに尿中DNAは減少した。免疫抑制剤の少量維持期に移行した後の尿中DNAは、検出感度以下であった。

考察とまとめ

 1.PCR法とマイクロプレートハイブリダイゼーション法を併用したHCMV・DNAの定量法は、簡便で多検体を扱うことが可能であり、日常の臨床検査に適していると考えられた。

 2.腎移植症例の尿中DNAの定量をおこない、ウイルス排泄からみたHCMVの体内動態の解析を試みた。

 1)既感染の健康人のウイルス排泄は検出限界あるいはそれ以下であり、ウイルス体内活性は低いと判断された。

 2)腎移植患者では、免疫抑制の強化後にウイルス排泄の増加がみられた。

 3)顕性感染に先行してウイルス排泄のピークが見られ、抗ウイルス療法後、ウイルス排泄は減少した。抗ウイルス剤の治療効果をみる一指標として経時的な尿中DNAの定量は有用であると考えられた。

 4)免疫抑制剤の少量維持に移行した後のウイルス排泄は検出感度以下であった。長期生着例の顕性感染の危険性は小さいと考えられた。

 5)HCMVとC型肝炎ウイルスの混合感染における肝炎において、尿中DNAの定量は起炎ウイルスの鑑別の一助となった。

審査要旨

 本研究はPCR法とマイクロプレートハイブリダイゼーション法を併用したHCMV・DNAの定量法を用いて、健康人および腎移植患者の尿中DNAの定量をおこない、ウイルス排泄からみたHCMVの体内動態の解析を試み、下記の結果を得た。

 1.既感染の健康人のウイルス排泄は検出限界あるいはそれ以下であり、ウイルス体内活性は低いと判断された。

 2.腎移植患者では、免疫抑制の強化後にウイルス排泄の増加がみられた。

 3.顕性感染に先行してウイルス排泄のピークが見られ、抗ウイルス療法後、ウイルス排泄は減少した。抗ウイルス剤の治療効果をみる一指標として経時的な尿中HCMV・DNAの定量は有用であると考えられた。

 4.免疫抑制剤の少量維持に移行した後のウイルス排泄は検出感度以下であった。長期生着例の顕性感染の危険性は小さいと考えられた。

 5.HCMVとC型肝炎ウイルスの混合感染における肝炎において、尿中HCMV・DNAの定量は起炎ウイルスの鑑別の一助となった。

 以上、本論文はHCMV・DNAの定量法を用いて、腎移植患者の尿中HCMV・DNAの定量をおこない、その変化から体内でのHCMVの消長を把握できることを明らかにした。これまで尿中の経時的なHCMV・DNA定量の報告はなく、本研究では尿中HCMV・DNA定量がサイトメガロウイルス感染の病態を解析するための一つの指標として有用であることを示した。よって、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54041