内容要旨 | | 【背景と目的】 血管新生は固形腫瘍が増殖,進展する上で必要不可欠な重要なプロセスであり,この過程なしでは腫瘍は成長できない。腫瘍が増殖,進展し続けるためには,栄養や酸素の供給,老廃物の排泄をつかさどる腫瘍血管を動員し続けなければならず,血管新生誘導因子なるものを腫瘍自体が産生している可能性があると思われる。現在までにTGF- ,TGF- ,TNF- ,angiogeninといったさまざまな血管新生誘導因子が挙げれている。しかし,これらはin vivoにおいては確かに血管新生を誘導する活性があるものの,血管内皮細胞への直接的な作用がないことが知られており,腫瘍血管新生の主因子であるとは考えられない。また,bFGFは血管新生因子としての研究が進んでおり,この因子が血管内皮細胞へ直接作用し,新生血管を誘導することが知られている。しかしながらbFGFのターゲットは血管内皮細胞に限らないこと,またこの蛋白自身に細胞外への分泌に必要なシグナルシペプチドがないことから腫瘍が分泌する液性因子の主因子たり得ないことが想定される。1989年にFerraraらにより血管内皮細胞に特異的に作用する増殖因子Vascular Endothelial Growth Factor(VEGF)が単離された。分子クローニングにより,この因子は1983年にSengerらにより見いだされた血管透過亢進作用をもつVascular Permeability Factor(VPF)と同一であることが判明した。さらにVEGFはシグナルペプチドをそなえた分泌型蛋白であり,そのレセプターであるFlt-1やKDR/Flk-1は血管内皮細胞に特異的に発現していることも判明した。 以上の点を総合すると,上記の他の血管新生因子と比較してVEGFは腫瘍関連の血管新生因子として非常に有力な候補であると思われる。実際にもさまざまな腫瘍でVEGFの発現の増強が認められており,腫瘍の血管新生にVEGFが重要な役割を演じていることが報告されている。ところで肝細胞癌(以下,肝癌)の生物学的特徴の一つとして,その血管新生が非常に強い点があげられるのは周知のごとくである。したがって肝癌の血管新生においても肝癌細胞自身からのVEGFの発現が強く関与しているのではないかと考えられる。本研究では,ヒト肝癌の細胞株,臨床手術材料を用いてヒト肝癌組織においてもVEGFの発現が増強し,肝癌の進展に関与しているかどうかついて解析した。 【対象と方法】 preliminaryな実験として,肝癌細胞におけるVEGFの発現を肝癌細胞株においてに実証しようと試みた。使用した肝癌細胞株は5種類(Hep 3B,Hep G2,PLC/PRF/5,Mahlavu,Huh-7)。これらの培養細胞よりmRNAを抽出し,またホルマリン固定を施すと同時に,VEGFに特異的なプローブ,VEGFの合成ペプチドをもとにした特異的な抗体を作成する事によってNorthern blot analysis,および免疫組織染色を施した。さらに培養肝癌細胞株における培養上清中へのVEGFの分泌をWestern blot法で解析した。次に細胞株の実験に加えて,実際の生体における肝癌とそれ以外の非癌組織のVEGFの発現がどうかを比較検討するために,20症例の臨床手術材料をもとにして,VEGFの発現を同様の手法で検討した。 【結果と考察】 5種類の肝細胞株を検討した結果では,Mahlavuを除くすべての肝癌細胞株においてmRNA,蛋白レベルにおいてVEGFの高発現が,Northern blot analysisおよび免疫組織染色を用いた手法において認められた。また肝癌細胞株(Hep G2)の培養上清中にはVEGFの分子量42kDに合致する蛋白が分泌されているのが証明された。また,上記の5種類の肝細胞株を検討した結果では,VEGFの特異的レセプターであるFlt-1のmRNAレベルでの発現はいづれの細胞株においても認められなかった。培養された肝癌細胞株は,生体内における実際上の肝癌細胞あるいは肝癌組織の生物学的機構を正確に反映しているわけではないものの,これらの結果は肝癌細胞が自ら血管新生因子VEGFを遺伝子,蛋白レベルで高発現し,さらに細胞外に分泌しパラクライン機構で血管新生を誘導している可能性を示唆していると考えられた。次に20症例の臨床材料を用いて肝癌組織と同一症例の非癌組織でのVEGFの発現をNorthern blot analysisおよび免疫組織染色を用いた手法において比較検討した。Northern blot analysisでも免疫組織染色においても同様に,癌部,非癌部ともVEGFの発現が認められた。しかしながら20例中12例の症例において明らかに,肝癌組織においてVEGFの発現増強が認められた。さらにVEGFの発現増強は肝癌の血管造影所見におけるVascularityの豊富さと相関することが示唆された。VEGFの血管内皮細胞への直接的,特異的な作用を考慮すると,VEGFが肝癌の発育,進展に伴う腫瘍血管新生因子の一つとして有力な役割を担っているのではないかと考えられた。 |
審査要旨 | | ヒト肝癌の生物学的特徴の一つとして、腫瘍の進展過程における血管新生が非常に強い点があげられる。肝癌の血管新生おいては、血管内皮細胞に特異的に作用する増殖因子Vascular Endothelial Growth Factor(VEGF)が関与し、重要な役割を演じている可能性が想定された。本研究は肝癌細胞におけるVEGFのmRNAレベル、蛋白レベルでの発現をin vitro、in vivoの系で解析を試みたものであり、下記の結果が得られている。 1. 5種類の培養肝癌細胞株Hep 3B、Hep G2、PLC/PRF/5、Mahlavu、Huh-7を用い、Northern blot法、免疫組織染色法において検討した結果では、Mahalavuを除くすべての肝癌細胞株においてVEGFの高発現がmRNAレベルおよび蛋白レベルにおいて明らかになった。文献学的検討からはMahlavuは肝細胞株としての特徴が不明瞭なことが明らかとなり、上記結果に矛盾しないことが判明した。 2.肝癌細胞株Hep G2の培養上清を用いて検討した結果、同上清中にはVEGFの分子量42kDに合致する蛋白が分泌されているのがWestern blot法で証明された。 3.VEGFの特異的レセプターであるFlt-1のmRNAレベルでの発現はいづれの肝癌細胞株においても認められなかった。 肝癌細胞株を用いた以上の結果より、肝癌細胞における遺伝子レベルで高発現が認められたVEGFは蛋白に翻訳後、細胞外に分泌されうる可能性が示唆された。また、肝癌細胞株自体にはVEGF特異的レセプターの発現が認められないことから、VEGFの肝癌の進展への関わりとして血管内皮細胞を介したパラクライン機構による機序が想定された。 4.20症例の臨床材料を用いて肝癌組織と同一症例の非癌組織でのVEGFの発現をNorthern blot法および免疫組織染色法を用いた手法において比較検討した。Northern blot法でも免疫組織染色においても同様に、癌部、非癌部ともVEGFの発現が認められた。しかしながら20例中12例の症例において明らかに、肝癌組織においてVEGFの発現増強が認められた。さらに肝癌の血管造影所見におけるvascularityの豊富さとの関連を比較検討した結果、相関することが示唆された。 以上、本論文は肝癌細胞における血管新生因子VEGFの発現をヒト肝癌細胞株と実際の臨床症例において明らかにし、さらにVEGFの発現が肝癌のvascularityと相関することを明らかにした。これらの結果から肝癌細胞が自ら血管新生因子VEGFを遺伝子、蛋白レベルで高発現し、さらに細胞外に分泌しパラクライン機構で血管新生を誘導している可能性を示唆していると考えられる。本研究は、VEGFが肝癌の腫瘍血管新生因子の一つとして有力な役割を担っていることを明らかにした点で、今後肝癌の発育進展の解明、またそれを応用した治療の開発に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |