本研究は皮膚癌のなかでも予後の悪い悪性黒色腫に対する免疫療法の可能性を追及することを目的として、悪性黒色腫を特異的に殺傷する細胞傷害性T細胞を誘導しその臨床応用への有効性につき検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.悪性黒色腫関連抗原である810抗原および707抗原の9あるいは10アミノ酸残基からなるペプチドに対して抗原特異的細胞傷害性T細胞(CTL)を悪性黒色腫患者の末梢血リンパ球より誘導したところ、810特異的CTL株は326人中91人から誘導され、707特異的CTL株は258人中65人から誘導された。これら抗原特異的CTLはペプチド刺激によって18週以上増殖を続け、810および707ペプチドが免疫原性を有することが示された。 2.CTLが誘導された患者全員にHLA-A2が認められ、逆にHLA-A2を持たない患者からはCTL株が誘導し得なかったこと、そのHLA-A2+のCTL株はHLA-A2+自己Bリンパ芽球様細胞や悪性黒色腫細胞を傷害するがHLA-A2-標的細胞は傷害しないこと、さらに、その特異的細胞傷害性は抗HLA-A2モノクローナル抗体により阻害されることより810ペプチド(DLTMKYQIF)および707ペプチド(VAALARDAP)ともにHLA-A2拘束性にCTLに認識されることが示された。 3.810特異的CTLも707特異的CTLも正常角化細胞、線維芽細胞、末梢血リンパ球などの正常細胞は傷害せず悪性黒色腫細胞のみを殺傷することが51Cr放出試験によって確認された。また、これら正常細胞を悪性黒色腫細胞と80:1までの比率で標的細胞として混入してもCTLの悪性黒色腫細胞傷害性はほぼ阻害されなかったことより、in vivoにおいても体内の悪性黒色腫細胞を特異的かつ有効に殺傷する可能性が示された。 4.810と707のアミノ酸配列において各位置のアミノ酸残基をアスパラギン(N)で置換した類似ペプチドを合成し、それらのペプチドを標的としても810特異的CTLおよび707特異的CTLの双方ともに有意な傷害性を示さず、逆に類似ペプチドに特異的なCTLを誘導しても810や707ペプチドを認識せず悪性黒色腫細胞も傷害しなかった。したがって悪性黒色腫抗原としての810および707ペプチドのCTLによる認識は非常に厳密であることが示された。 以上、本論文は悪性黒色腫に表現される特異抗原を標的とした細胞傷害性T細胞を実際に誘導し得ることを示し、悪性黒色腫細胞のみを厳密な特異性をもって殺傷する可能性を明らかにした。本研究は副作用が少なく実用性の高い免疫療法の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |