学位論文要旨



No 213659
著者(漢字) 高橋,毅法
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,タケノリ
標題(和) 悪性黒色腫関連抗原に特異的な細胞傷害性T細胞を用いた悪性黒色腫に対する免疫療法の可能性
標題(洋) Possible immunotherapy for malignant melanoma with cytotoxic T cell specific to melanoma-associated antigen
報告番号 213659
報告番号 乙13659
学位授与日 1998.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13659号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 助教授 北村,唯一
 東京大学 講師 大河内,仁志
内容要旨 1.背景

 悪性黒色腫は放射線療法に対して感受性が低く、また著効を示す化学療法も確立されていない。一方では急速に自然消退を示す例が経験されるため、有効な治療法の一つとして免疫療法の可能性が検討されてきた。近年悪性黒色腫関連抗原が次々と同定され、それら一群の抗原を特異的に認識する細胞傷害性T細胞による強い悪性黒色腫傷害性が報告されている。ジョン・ウエイン癌研究所においても悪性黒色腫患者由来のモノクローナル抗体L92、L94により810抗原、707抗原が悪性黒色腫関連抗原として最近同定されたため、これらの抗原を標的として細胞傷害性T細胞を用いた免疫療法の可能性に関して興味が持たれた。

2.目的

 各々の抗原に特異的な細胞傷害性T細胞をin vitroで誘導し、各抗原がどの程度の免疫原性を持つか(細胞傷害性T細胞をどの程度誘導し得るか)、それら抗原は細胞傷害性T細胞に認識される際HLAの拘束を受けるか、また抗原特異的細胞傷害性T細胞は悪性黒色腫を特異的に傷害し正常細胞へは影響しないか等に関して検討した。

3.方法および結果

 AJCC Stage II-IVの悪性黒色腫患者326人より得た末梢血リンパ球を810抗原のC末端9-mer(DLTMKYQIF)で1週毎に刺激し、4週後に8109-merを加えた自己Bリンパ芽球様細胞に対する傷害性を評価した。91人から確立した細胞傷害性T細胞株で有意な810特異的傷害性が得られ、91人全員にHLA-A2が認められた。従って810ペプチドはHLA-A2拘束性に細胞傷害性T細胞に認識されると考えられる。326人中154人がHLA-A2を有していたため、59.7%(91/154)の患者より810特異的細胞傷害性T細胞が誘導されたことになる。同様の方法で707 10-mer (RVAALARDAP)を用いて刺激したところ悪性黒色腫患者258人のうち65人より707特異的傷害性が得られ、65人全員にHLA-A2が認められた。707ペプチドもHLA-A2に拘束を受け、258人中113人がHLA-A2を有していたためHLA-A2+患者の57.5%(65/113)より707特異的細胞傷害性T細胞が誘導された。

 細胞傷害性T細胞による810あるいは707ペプチド認識は抗HLA classI抗体および抗HLA-A2抗体により阻害され、抗HLA classII抗体には阻害されなかった。この結果からもHLA-A2拘束性の認識が確認された。各ペプチドの刺激で特異的な細胞傷害性T細胞が増殖してこない場合には4週頃より細胞数が著明に減少し、逆に増殖してくる場合には18週以上培養し続けることが可能であった。フィーダー細胞としてプレートに付着した細胞(マクロファージ及び樹状細胞)のみを使用したため18週後には純度の高い特異的細胞傷害性T細胞株が得られていることが予想された。18週間育成した810および707特異的細胞傷害性T細胞株の表面マーカーはどちらもCD3+/CD4-/CD8+であった。

 810と707の9あるいは10のアミノ酸配列において各位置のアミノ酸残基をアスパラギン(N)で置換した類似ペプチドを合成し、それらを用いて悪性黒色腫患者の末梢血リンパ球を刺激したところ幾つかの類似ペプチドに特異的な細胞傷害性T細胞が誘導された。707の類似ペプチドの中では2番と9番の位置のアミノ酸が置換されたペプチドのみが細胞傷害性T細胞の誘導能を有さなかった。一方、810では偶数番が置換された類似ペプチドに細胞傷害性T細胞の誘導能が認められなかった。細胞傷害性T細胞を誘導し得た類似ペプチドは免疫原性を持っていると考えられるものの、どの類似ペプチドに特異的な細胞傷害性T細胞株も悪性黒色腫細胞に対する傷害性は示さなかった。逆に810あるいは707に特異的な細胞傷害性T細胞が類似ペプチドを認識することもなく、悪性黒色腫抗原としての810および707ペプチドの細胞傷害性T細胞による認識は非常に厳密であることが示された。

 810抗原あるいは707抗原特異的細胞傷害性T細胞の実用性をさらに検討するため、18週間育成した特異的細胞傷害性T細胞株を用いて正常細胞への殺傷能を調べた。正常角化細胞、線維芽細胞、末梢血リンパ球などの正常細胞は傷害されず悪性黒色腫のみが殺傷されることが確認された。正常細胞を各ペプチドでパルスしても810あるいは707特異的細胞傷害性T細胞による殺傷は起こらなかった。さらに、これら正常細胞は悪性黒色腫と80:1にて標的細胞として混入されても悪性黒色腫の殺傷をほぼ阻害しなかった。

4.考察

 実験結果より810、707の両ペプチドともHLA-A2拘束性に細胞傷害性T細胞に認識されることが考えられた。707ペプチドには2番、9番の位置にHLA-A2分子のアンカーアミノ酸(各々バリン・イソロイシン)が存在するものの、810ペプチドには2番の位置にロイシンが認められるのみであった。各位置のアミノ酸残基を置換した類似ペプチドの免疫原性を確認した結果より810ペプチドでは8番の位置のイソロイシンがアンカーとなっている可能性が示唆された。ペプチド抗原の細胞傷害性T細胞に対する免疫原性はアンカーの強さとともに、配列を構成するアミノ酸残基の組み合わせにも由来すると考えられる。810、707ペプチドともに約6割の悪性黒色腫患者から特異的細胞傷害性T細胞株を今回誘導し得た。全員から誘導し得なかったのは末梢血中に存在する810あるいは707ペプチドを認識する細胞傷害性T細胞の前駆細胞の頻度が少なかったことが理由として推察される。より免疫原性の強いペプチド抗原の同定が今後の課題となる。

 類似ペプチドを標的とした実験結果より、悪性黒色腫抗原としての810および707ペプチドの細胞傷害性T細胞による認識は非常に厳密であることが示された。この結果は正常細胞内に類似性の高いアミノ酸配列が存在したとしても傷害を受けない可能性を示唆する利点を持つ一方、悪性黒色腫での一つのアミノ酸残基変異(例えばp15抗原などに見られる)が細胞傷害性T細胞の攻撃を消失させる危険性をも示唆している。

 810あるいは707特異的細胞傷害性T細胞株は正常細胞を殺傷せず悪性黒色腫のみを攻撃する結果が得られた。810あるいは707抗原を特異的に認識する細胞傷害性T細胞を用いた有用な免疫療法の可能性が示唆されるものと考えられる。臨床応用における安全性をさらに追求するためにはクローン化した細胞傷害性T細胞株を用いて厳密な悪性黒色腫特異性を調べることが今後必要とされる。

審査要旨

 本研究は皮膚癌のなかでも予後の悪い悪性黒色腫に対する免疫療法の可能性を追及することを目的として、悪性黒色腫を特異的に殺傷する細胞傷害性T細胞を誘導しその臨床応用への有効性につき検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.悪性黒色腫関連抗原である810抗原および707抗原の9あるいは10アミノ酸残基からなるペプチドに対して抗原特異的細胞傷害性T細胞(CTL)を悪性黒色腫患者の末梢血リンパ球より誘導したところ、810特異的CTL株は326人中91人から誘導され、707特異的CTL株は258人中65人から誘導された。これら抗原特異的CTLはペプチド刺激によって18週以上増殖を続け、810および707ペプチドが免疫原性を有することが示された。

 2.CTLが誘導された患者全員にHLA-A2が認められ、逆にHLA-A2を持たない患者からはCTL株が誘導し得なかったこと、そのHLA-A2+のCTL株はHLA-A2+自己Bリンパ芽球様細胞や悪性黒色腫細胞を傷害するがHLA-A2-標的細胞は傷害しないこと、さらに、その特異的細胞傷害性は抗HLA-A2モノクローナル抗体により阻害されることより810ペプチド(DLTMKYQIF)および707ペプチド(VAALARDAP)ともにHLA-A2拘束性にCTLに認識されることが示された。

 3.810特異的CTLも707特異的CTLも正常角化細胞、線維芽細胞、末梢血リンパ球などの正常細胞は傷害せず悪性黒色腫細胞のみを殺傷することが51Cr放出試験によって確認された。また、これら正常細胞を悪性黒色腫細胞と80:1までの比率で標的細胞として混入してもCTLの悪性黒色腫細胞傷害性はほぼ阻害されなかったことより、in vivoにおいても体内の悪性黒色腫細胞を特異的かつ有効に殺傷する可能性が示された。

 4.810と707のアミノ酸配列において各位置のアミノ酸残基をアスパラギン(N)で置換した類似ペプチドを合成し、それらのペプチドを標的としても810特異的CTLおよび707特異的CTLの双方ともに有意な傷害性を示さず、逆に類似ペプチドに特異的なCTLを誘導しても810や707ペプチドを認識せず悪性黒色腫細胞も傷害しなかった。したがって悪性黒色腫抗原としての810および707ペプチドのCTLによる認識は非常に厳密であることが示された。

 以上、本論文は悪性黒色腫に表現される特異抗原を標的とした細胞傷害性T細胞を実際に誘導し得ることを示し、悪性黒色腫細胞のみを厳密な特異性をもって殺傷する可能性を明らかにした。本研究は副作用が少なく実用性の高い免疫療法の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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