学位論文要旨



No 213664
著者(漢字) 岡田,加奈子
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,カナコ
標題(和) 看護学生に対する「喫煙に関する教育」の評価
標題(洋)
報告番号 213664
報告番号 乙13664
学位授与日 1998.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第13664号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金川,克子
 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 助教授 橋本,修二
 東京大学 助教授 野村,忍
内容要旨 目的

 近年、我が国における喫煙者率はおおむね減少ないしは横ばい傾向にあるにもかかわらず、若い女性の喫煙者率は上昇している。また、看護婦の喫煙者率も高い。しかし、喫煙はその依存性のためやめることが大変困難であり、そのため近年では喫煙を開始する以前の小中高校生を対象とした喫煙防止教育に重点が置かれてきた。しかしながら、日本においては18才以降に喫煙開始もしくは喫煙常習開始が訪れる者も多いことからそれらの年代を対象とした教育も重要である。これらの世代の中でも特に看護学生は喫煙者率の高い看護婦予備軍であり、また諸外国では禁煙教育が看護婦の重要な役割となっていることから喫煙防止・禁煙教育の必要性がとりわけ高いと考えられる。しかしながら、日本においてはこれらの役割の認識も低く、看護学生に対する教育はほとんど行なわれていない。そこで看護婦予備軍である看護学生を対象とした喫煙に関する教育プログラムを開発し、その後評価・改訂を繰り返し行なってきた。この教育プログラムは対象者が看護学生であることから、対象者の喫煙者率を低下させる、もしくは上昇させないことを目的とする通常の喫煙に関する教育内容とともに、「禁煙の呼びかけ」を行なう教育内容が含まれていた。これは将来の健康教育を担うものとしての第一歩を経験することと共に周囲の喫煙者を巻き込んで相互に禁煙の効果をもたらすことをねらっている。

 本研究の目的は、いくたびかの評価・改訂を繰り返してきた本教育プログラムを比較的規模の大きな対象に実施することにより、総合的評価を行ない、プログラムの基本的改訂の必要性とその方向性の検討を行なうこと、ひいては看護学生に対する喫煙防止・禁煙教育プログラムの可能性をさぐることである。さらにこの目的を達成するために、教育プログラムとともに看護学生を取り巻くどのような要因が喫煙行動に影響を及ぼしているかを考察し、看護学生の喫煙行動のモデルの構築を試みた。

方法

 対象は、3年制看護学校・看護短期大学14校の看護学生女子1368名(年齢20.01±1.47)、および彼女らの周囲の喫煙者156名であった。看護学生のうち、674名が教育プログラムの対象となった教育群、残りの694名は比較のため教育プログラムを受けなかったコンパリソン群であった。

 教育プログラムは、「授業」および周囲の喫煙者に対する「禁煙の呼びかけ」から成り、授業は1授業時間で、講義、グループディスカッション、及び禁煙用自主学習教材の説明から構成されている。

 調査は大きく分けて看護学生に対する調査と周囲の喫煙者に対する調査があった。看護学生に対する調査は質問紙法によって、事前調査(授業前2週間以内)、事後調査(授業後2週間以内)、追跡調査(授業後約6ヶ月後)の3種類を教育・コンパリソン群ともほぼ同様の内容で行なった。調査内容は、本人の喫煙行動、喫煙行動予測、喫煙リスク認識、喫煙に対する態度、喫煙に対する知識、学校生活満足度、喫煙に関する経験、生活背景等、さらに周囲の喫煙状況・本人の喫煙行動に関する願望であった。また、教育群に対しては、授業直後に授業に対して興味深かった部分と感想等を求めた直後調査を行なった。

 周囲の喫煙者に対する調査は、2種類で一つは「呼びかけ時調査」と「呼びかけ1ヶ月後調査」の2回に教育群の看護学生が質問紙を用いた面接によって行い、その内容は喫煙行動、禁煙関心度等であった。もう一つは、禁煙用自主学習教材の使用後に実施する自由記述式の質問紙調査(使用者調査)であった。

 本研究では最終的に教育プログラムとともに、どのような要因が追跡調査時の喫煙本数に影響を与えるかを明らかにし、教育プログラムの改訂の方向性を探る意味から、看護学生の喫煙行動モデルの構築を行った。モデル図は大枠には追跡調査時の喫煙本数を目的変数においた重回帰分析結果を検討した後、追跡調査時の喫煙本数に影響を与えた要因を配置し、教育プログラムと追跡調査時の喫煙本数の間には、コンパリソン群に比較して教育群で変化した要因、及び教育群内で喫煙本数の変化に影響を与えた要因をおいた。

結果1.教育プログラムの評価(1)看護学生に関する調査結果

 1)結果評価

 (1)事前調査時の喫煙行動と追跡調査時の喫煙行動を教育・コンパリソン群別に比較した。その結果、事前調査時に週(1-29本)喫煙者であった者のうち、追跡調査時に非喫煙者に変化した者の割合が、相変わらず週(1-29本)喫煙者にとどまっていた者に比べて教育群で有意に高かった(P<0.05)。

 週(1-29本)喫煙者では、事前調査から追跡調査にかけての将来喫煙行動予測の変化がコンパリソン群がやや上昇、教育群ではやや低下し、両群に有意差がみられた(P=0.0176)。

 (2)教育プログラム前後の変化のうち、喫煙本数の変化と他の要因の変化との関連を検討するため、教育群のみを対象として、喫煙本数の変化を目的変数とし、事前調査時の喫煙行動によって層化して重回帰分析を行なった。その結果、喫煙本数の変化と関連の見られた要因は、非喫煙者では将来(P=0.0001)及び看護婦になった時(P=0.0157)の喫煙行動予測の変化、週(1-29本)喫煙者では将来喫煙行動予測の変化(P=0.0001)であった。

 2)活動評価

 直後調査では本授業に対して「自分の問題として感じられた」と答えた者が、事前調査時の週(1-29本)喫煙者に著しく多く、反対に非喫煙者に少なかった(P=0.001>)。また、事前調査時の週(30本<)喫煙者では、特に講義とグループディスカッションで「興味がもてた」と答えた者が少なかった(P=0.005,P=0.004)。

(2)周囲の喫煙者に関する調査結果

 周囲の喫煙者の変化としては、禁煙用自主学習教材を渡された時に日(20本<)喫煙者だった者の33.3%が日(1-29本)喫煙者になるなどの変化が見られた(P=0.0029)。

 また、使用者調査において、禁煙を段階を踏めてできるようになっていること、絵やイラスト等で理解しやすいこと等の利点を指摘する意見が多く見られた。

2.看護学生の追跡調査時の喫煙本数と関連する教育プログラムも含めた様々な要因

 喫煙本数に影響を与える要因を明らかにするために、追跡調査時の喫煙本数を目的変数とした重回帰分析を行なった(表1)。その結果、追跡調査時の喫煙本数と関連が見られた項目は、非喫煙者では暮らしの形態(一人暮らし、同居喫煙者数)、友人(同性・異性友人の喫煙者数及び本人の喫煙行動に対する願望)、アルバイトの多忙度で、週(1-29本)喫煙者では事前調査時の喫煙本数と追跡調査時の同性及び異性友人の喫煙者数、同性友人の本人の喫煙行動に対する願望、一般的授業の多忙度、週(30本<)喫煙者では喫煙開始時期であった。

 さらに将来喫煙行動予測について層化して重回帰分析を行なったところ、非喫煙者と週(1-29本)喫煙者については、将来喫煙行動予測の高いものに本授業の標準偏回帰係数が負であるものがみられたが、有意ではなかった。

表1 看護学生の追跡調査時の喫煙本数と関連する教育プログラム・事前調査および追跡調資時の要因
考察

 本教育プログラムは、週(1-29本)喫煙者の追跡調査時の将来喫煙行動予測に影響をあたえ、ひいては喫煙本数の減少に対する有効性が示された。非喫煙者に対して効果が見られなかった理由として、将来の喫煙の可能性についての自覚がないことが考えられた。直後調査でも「自分の問題として考えられない」と答えた者が多かったことから、これが教育プログラムの阻害要因であると思われる。これらを考慮した教育内容をさらに付加することによって教育効果を上げる可能性があると考えられた。

 週(30本<)喫煙者に対しては、喫煙行動予測の変化や喫煙行動への効果は見られなかった。しかし直後調査で「興味深い」と答えた者が少なく、喫煙防止・禁煙教育に対する認知的不協和が存在すると考えられ、これが教育プログラムの阻害要因であると思われる。つまりこれを考慮し、心理的に受け入れやすくしてゆけば教育効果がよりあがることが予想される。

 また、「禁煙の呼びかけ」は周囲の喫煙者のうち日(20本<)喫煙者だった者の喫煙本数の低下等にある程度の効果が見られた(P=0.0029)。

 看護学生の喫煙行動モデルを構築したところ、非喫煙者では、暮らしの形態(一人暮らし、同居喫煙者数)、友人(同性・異性友人の喫煙者数及び本人の喫煙行動に対する願望)、アルバイトの多忙度等様々な要因が追跡調査時の喫煙本数に影響を与えていた。また、週(1-29本)喫煙者では本授業が将来喫煙行動予測に影響を与え、さらにそれが追跡調査時の喫煙本数に影響を与えていた。また、一般的授業の多忙度が喫煙本数を抑制する方向に、事前調査時の喫煙本数、友人(同性・異性友人の喫煙者数及び同性友人の本人の喫煙行動に対する願望)が助長する方向に影響を与えていた。週(30本<)喫煙者では、喫煙開始時期が影響していた。

結論

 1.本教育プログラムは、週(1-29本)喫煙者の将来喫煙行動予測を低下させ、ひいては喫煙本数を減少させる有効性が示された。

 2.非喫煙者に対しては、喫煙行動予測及び喫煙行動への効果は見られなかった。その理由として将来の喫煙可能性についての自覚がないことが考えられた。つまり、彼らが喫煙を自分の問題として考えていないことが教育プログラムの阻害要因であることが推定され、これを考慮した教育内容を付加することが大切であると考えられた。

 3.週(30本<)喫煙者に対しては、教育効果は見られなかった。この理由として本授業に対し興味をもてない者が多いことから、認知的不協和による喫煙防止・禁煙教育に対する心理的拒否傾向が存在すると思われ、教育プログラムではこれを考慮し、心理的に受け入れやすくすることが必要であると考えられた。

 4.看護学生の喫煙行動モデルより、喫煙本数に影響を与える教育プログラム以外の要因として、友人の喫煙者数や本人の喫煙行動に対する友人の願望、一人暮らしや同居喫煙者数、様々な生活多忙度等が明らかとなった。また、それらの要因は事前調査時の喫煙行動レベルによって影響の仕方が異なっていた。

 5.「禁煙の呼びかけ」は,周囲の喫煙者のうち日(20本<)喫煙者だった者の喫煙本数の減少等にある程度の効果が見られた。

 6.本教育プログラムの改善の方向性と喫煙防止・禁煙教育の可能性

 本研究により、週(1-29本)喫煙者に対する教育プログラムの有効性は示された。同時に、非喫煙者、週(30本<)喫煙者に対する教育プログラムの有効性を阻害する要因が推定され、それに対処する教育を加味することによって効果が上がると考えられた。さらに喫煙行動モデルより看護学生の喫煙行動に影響を与える諸要因が明らかになり、それらを考慮した教育プログラムの改善についても示唆されるところがあった。

 つまり看護学生に対する喫煙防止教育・禁煙教育の可能性についての知見が得られたと考えられた。

審査要旨

 本研究は、いくたびかの評価・改訂を繰り返してきた看護学生を対象とした喫煙に関する教育プログラムを比較的規模の大きな対象に実施することにより、総合的評価を行ない、プログラムの基本的改訂の必要性とその方向性の検討を行なうこと、ひいては看護学生に対する喫煙防止・禁煙教育プログラムの可能性をさぐることを試みたものである。さらに、この目的を達成するために、教育プログラムとともに看護学生を取り巻くどのような要因が喫煙行動に影響を及ぼしているかを考察し、看護学生の喫煙行動のモデルの構築を試み、その結果、下記の結果を得ている。

 1.本教育プログラムは、週(1-29本)喫煙者の将来喫煙行動予測を低下させ、ひいては喫煙本数を減少させる有効性が示された。

 2.非喫煙者に対しては、喫煙行動予測及び喫煙行動への効果は見られなかった。その理由として将来の喫煙可能性についての自覚がないことが考えられた。つまり、彼らが喫煙を自分の問題として考えていないことが教育プログラムの阻害要因であることが推定され、これを考慮した教育内容を付加することが大切であると考えられた。

 3.週(30本<)喫煙者に対しては、教育効果は見られなかった。この理由として本授業に対し興味をもてない者が多いことから、認知的不協和による喫煙防止・禁煙教育に対する心理的拒否傾向が存在すると思われ、教育プログラムではこれを考慮し、心理的に受け入れやすくすることが必要であると考えられた。

 4.看護学生の喫煙行動モデルより、喫煙本数に影響を与える教育プログラム以外の要因として、友人の喫煙者数や本人の喫煙行動に対する友人の願望、一人暮らしや同居喫煙者数、様々な生活多忙度等が明らかとなった。また、それらの要因は事前調査時の喫煙行動レベルによって影響の仕方が異なっていた。

 5.「禁煙の呼びかけ」は,周囲の喫煙者のうち日(20本<)喫煙者だった者の喫煙本数の減少等にある程度の効果が見られた。

 6.本教育プログラムの改善の方向性と喫煙防止・禁煙教育の可能性

 本研究により、週(1-29本)喫煙者に対する教育プログラムの有効性は示された。同時に、非喫煙者、週(30本<)喫煙者に対する教育プログラムの有効性を阻害する要因が推定され、それに対処する教育を加味することによって効果が上がると考えられた。さらに喫煙行動モデルより看護学生の喫煙行動に影響を与える諸要因が明らかになり、それらを考慮した教育プログラムの改善についても示唆されるところがあった。

 以上、本論文は、喫煙行動別による教育プログラムの効果の相違および、教育プログラムの有効性を阻害する要因についての知見が得られたと考えられた。

 本研究は、いままでほとんど未知に等しかった看護学生に対する喫煙防止教育・禁煙教育の可能性について重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54042